第37話
やがて住宅街の側方に小さな駅が見えてきた。もう少しで駅につく、そう思った。でも、おウマさんは駅を無視するように通り過ぎていく。私は疑問に思って、理由を聞いてみた。
「あの? 駅があったんですけど?」
『ブラァァ! あのゲートじゃ駄目だ。目的の場所に転位するには都市部中央の駅に行く必要がある』
「じゃあ、あそこを通っていったほうが速いわね」
『リスクはあるが……仕方ねえ』
目的の場所……でもなんだろ。紗雪さんはおウマさんの事を良く知っているようだし、おウマさんも紗雪さんの事を良く知ってる感じがしているんだよね。不思議です。そんな事を考えていると、高速道路のインターチェンジをくぐり、荒れた舗装を蹴り進む。
港のような場所がみえるその場所を、その海を横断していく。
「ねえ、弥生ちゃん」
横に並んで走り抜けるゆり子さんが、ニッコリと微笑んだ。
「弥生ちゃんが神社に就職してくれて、本当に良かったと思うわ。なんだかね、若かったあの頃を思い出したの。真っ直ぐで、一生懸命だったあの頃をね。だからね―――弥生ちゃんは私が守るわ」
「どうして……どうしてそんな事をいうんですか? まるで―――」
お別れみたいなこと、言わないでください。そんな気も知らないで、ゆり子さんは言葉を続けた。どうして? そんなことを急にいうんですか??
紗雪さんは黙ったまま、何も言ってくれなくて。ゆり子さんは遠ざかっていった。
「ねぇ。あなた星城さんだったの? ホープの射手だって、聞いた事があるわ」
「わたくしも、ゆり子様のことは存じておりますわ。退魔の射手の上位クラス、神楽の射手の中でも、かなりの腕だと」
「おいおい。あたいだって神楽の射手だぞ。そもそも、腹黒ろゆり子よりも、あたいのが上手い!」
「ふふふ。よく言うわ。静香よりも、わたしのほうが腕があると思うよ?」
「へぇ〜あたいと競おうってのかい?」
「水無瀬さまのことも、もちろん存じてますわ!」
なんだか、みんな急に笑い始めて。それがどこか寂しくて。それでも、口に出して言えなくて。その想いを心に隠した。わかってる、また何かがくるってことが……。遠い先の空で、台風がくるかのような気配を感じてるから。
みんな弓に矢をつがえて、弓を構えた。
「よっしゃぁ。じゃあ誰が一番多くあてるか、勝負だなぁ!!」
「星城さんも、付き合っていただける?」
「わ、わたくしもですの!? こここ、光栄ですわぁ!」
雷のような落雷音が鳴り、暴風も吹き始める。
前方の空には黒い雲が2つ、薄黒い空からそれは接近してきて、周囲には放射状に落雷が落ちた。ゴロゴロと鳴る音、焦げ臭い匂い。
雲に乗る緑色の身体をしたその鬼のような姿は裸で、背中に複数の太鼓、
同時に暴風のような風。矢の天敵、強風。同じように緑色の身体で、腰に大きな袋、
【
こっちに近付いてくるその2体にむかって、光の一線が放たれる。雲に乗りながら、それぞれ左右に散った。同時にゆり子さん達の背負っていた矢筒に、光がともる。
タキツ様と一緒に、イチキ様が目をゴシゴシしながら戻ってきた。
『………戻ってきた………ただいま』
『ごめ~ん。手こずった~。でも、今度はちょっと強敵だね!』
お姉様は紗雪さんに叫んだ。
「さぁ!! こいつらはあたいらが引きつける。迷わず突っ走るんだよ!!」
「またあとでね〜。弥生ちゃん」
「よくわかりませんが、わたくしの腕がなりますわ!!」
みなさん―――信じてます。絶対勝てるって、信じてます。
「……スピードを上げて」
『―――ブラララァァ!!』
イチキ様は両手で刀を構えると、瞬時に雷神のほうへと飛んで行く。
『………勝てないかも………本気だそ』
雷神はれんづつみを叩き、稲妻を放つ。槍のように飛んでくる稲妻が、イチキ様に降り注ぐ。目で追えない速度―――雷撃を切り払いながら雷神に近寄る。
放射状に屈折する稲妻、雷神は距離を置くようにこの場から遠ざかる。
『いっくよ~。風を振り払うのは任せてよ!!』
タキツ様は弓を構えると、風神に急接近。和弓を振るいながら、光の矢を連射した。風神が風袋に手を突っ込み、なにかを撒き散らし矢の軌道を変える。
風の刃―――かまいたち。タキツ様は光の弓を振るい、それらを受け流す。そこにすかさず、地上から風神に向かって3本の矢が飛んでいく。風神は不気味に微笑むと、周囲に強風を巻き起こした。
『ブラァァァ!! 全速前進!!』
「弥生、つかまってて!!」
「うん―――うん―――」
後ろを振り向くことが出来なかった。だって――私は前に進むことしか、できないから。今は精一杯、耐える事しか出来ないから。
やがてその場を切り抜け、高速道路を突き進む。
見えてきた―――都市中心部の駅が!!
*
市街地を通り抜ける際、複数の化け物と出会った。それでもおウマさんと紗雪さんが頑張ってくれて、切り抜ける事ができた。
私の持っていた弓は、いまは紗雪さんが持ってます。私より上手いからって。でも右手の皮はめくれて、左肩は赤く滲んていて。戦ってもらうのがとても辛かった。それでも紗雪さんはいいよって、下手糞な弥生が引くより、絶対確実だからって。
いつもよりトゲがある言い方なんだけど、その言葉にどこか気持ちがこもっているように思えたから。感覚的なものだけど、それでも私はそう感じた。
駅のロータリーを駆け抜け、ホームへと向かう。いくつもの柱の間を、ぬうように駆け抜ける。やがて改札口を飛び越えて、そのまま階段を駆け下りていく。
「弥生、お守りを握って」
「はい」
懐にあったお守りを右手で握ると、ギュッと力を入れた。やがて駅のホームでおウマさんは立ち止まると、私は紗雪さんと一緒にゆっくりとおウマさんから降りた。
「この和弓は私が使うわ。立ったままでいいわ、矢筒とかけを貸して」
紗雪さんに矢筒とかけを渡す。
美人さん……でも、そんな事よりも。
「紗雪さん。一つ聞いてもいいですか?」
「お喋りをしている暇はないけど、なに?」
これ、言ってもいいのかな? でも気になるから。
もしかしたら、何かいいことがあったのかもしれないし。
「紗雪さん、どうしてそんなにもニコニコしているのです?」
「え?」
穏やかな沈黙の風が吹き、紗雪さんは紺色の髪をかきなでた。やっぱり、笑ってる。自覚ないのかな?
でも、恥ずかしそうなその笑い顔は、今までの紗雪さんの中で一番素敵です。その微笑みが、本当の紗雪さんなのなら、私だけしか知らないかも。あはは。
「そう、あとで鏡で見てみるわ。それよりも、お守りの使い方は知ってる?」
「はい。知ってます」
『早くいけ。モタモタしてると、間に合わんかもしれん』
私はゆっくりと後ずさると、線路のほうを向いた。深呼吸。
そのとき―――紗雪さんの声がして。思わず振り向いた。
「あの時、私と弥生が初めて出会った時。不快だなんて言って……ごめんなさい。だから、今度は弥生の帰りを待ってるから。おかえりって……言ってあげる」
「はい―――はい!」
嬉しかった、なんでだろう。照れたように頬を染めて、優しく微笑んで。紺色の髪は艷やかで。あんなにクールだった紗雪さんが、まるで生まれ変わったみたいで。どうして……ううん、なんでもいいや。だって、可愛いもん!!
「いってきます!!」
「ええ、いってらっしゃい」
白いお守りを握りしめ、その言葉を唱える。
「
眩い光、暖かい光。体が宙に浮かぶ。
意識が――――遠のいた。
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