第30話

 鬼蜘蛛ちゃんは糸を撒き散らしながら、残る6本の多脚で動きまわっていた。応援にかけつけた射手達が矢を放つ。


 ―――バシュン―――バシュ――


 何人かは牛鬼のほうにむかったけど、この射手達も弱すぎるわね。本気で浄化する気があるのかしら、まるで……。

 鬼蜘蛛ちゃんと距離をとりながら、わたしは亮介さんに問いかけた。


「ねぇ亮介さん。応援にきた射手達の実力を見て、何か感じない?」

「ゆり子も感じていたか、俺も思っていた。練度がなさすぎる。まるで素人だ」


 やっぱり思うところは同じなのね。そしたら、考えられる可能性は一つ。2年前の元凶、その大神による仕業ね。


「わざと射手達を殺しているのかしらね」

「考えたくもないが、そうかもしれん。射手守を連れた者も二人だけ、俺達と水無瀬達だけだ。化神クラスの異形とはいえ、あまりにもお粗末に思う」

「そうよね。この近くには大社たいしゃクラスの神社があるのに、ここに来てる神楽の射手は私と静香だけ――――」


 もしかして、狙いは異形の化け物ではなくて……ふと海の光景に目を向けた。射手達が奮闘しているけど、まともに戦えてるのは、神楽かぐら射手いてである水無瀬だけかな。その使い魔の背中には―――弥生ちゃん? 


「ねえ、亮介さん」

「………わかっている。俺も見た」


 もし、もしも狙いが弥生ちゃんなのだとしたら。これは危険ね。

 ホント、胸糞悪い神共ね。あの子は餌じゃないわ。何を炙り出す気がしらないけど、今の弥生ちゃんをこの場に連れてくる意味が分からないわ。


「ゆり子、どうする?」

「決めた。鬼蜘蛛を消して、牛鬼を消すわ。水無瀬ならたぶん大丈夫。あの女、かなり強いからね」


 留まっていたその場から、鬼蜘蛛がいるほうに体を向けた。

 ホントに弱い射手達ね。どこの所属か知らないけど、はっきり言って邪魔だわ。

 射手や使い魔を食い散らかす鬼蜘蛛、その脚付近には悶え苦しむ声。

 どうして命を粗末にするのかしら……勝てないなら、逃げればいいのにね。


「亮介さん、危険だけどお願い」

「……わかった」


 使い魔が羽を大きく広げ、鬼蜘蛛へと接近する。

 わたしに気が付いたのか、目玉の点がこっちに集まった気がしたわ。


「つがえ!」


 構えた和弓に、光の矢が装填された。そのまま急接近。

 鬼蜘蛛の近くで低空飛行。弓を構え、狙いをつける。

 会―――狙って。鬼蜘蛛の口内を。

 至近距離。動いた―――亮介さんが飛び降りる。


「フン!!」

「シャあ!!」


 亮介さんを貫こうとしたその脚、鬼蜘蛛が伸ばしてきた毛深い前脚を、射ち貫く。 

 十文字に振るった太刀筋。体重を乗せたそれは、宙で舞う。

 華麗な乱舞。その光は、多脚をジワジワと切り刻む。

 声を張り上げ、叫んだ。


神楽かぐら射手いてが命ずる。そなたら退魔の射手よ、鬼蜘蛛の口もとに一斉射撃!!」

「しゃあ――――」

「は―――しゃぁ!」


 周囲にいた数名の射手達が同時に―――狙い射る! 一斉射撃!!


―――キイイン――バシュン――バシュン!!


 複数の矢が鬼蜘蛛へと飛んでいく。暴れる多脚が亮介さんを弾き飛ばした。ごめんなさい、でもこの方法が一番手っ取り早いの。

 弓を構え、矢をつがえる。放電のように輝くそれは、弦を介し、弓にも宿る。


(ここからよ、集中―――神楽の射を放つ!!)

 

 そのまま、鬼蜘蛛の目玉とすれ違いざまに――零距離射撃!!


「しゃああ!!」 


 鋭い離れ、稲妻のようなそれは蜘蛛の目を貫く。


「―――――。」


 耳障りな断末魔ね。もうそろそろ、浄化されてほしいのだけど。

 弓構え、打起し、引き分けを通り越して、会。

 狙うのは鬼蜘蛛の目玉の下。その口内、周りにいた射手達が矢を放つ。

 

――バシュン―――バシュン。


「――――――。」


 鬼蜘蛛は口から糸を吐き、射手のうち一人をとらえた。

 口元へと引き寄せ、口に咥える。


(命は無駄にしないわ、その瞬間を!!)


シャ!!」


 弦から飛び出した一線は、鬼蜘蛛の口元へ。咥えた体のギリギリ真横を貫く。

 鬼蜘蛛の身体を突き抜け、その矢は閃光のように輝いた。


「フン!!」


 太刀の大振り。それは鬼蜘蛛の外殻をそぎ落し、黒い肉があらわになる。

 その隙を、逃すわけがないじゃない。


「つがえぇ!! しゃああああ!!」

 

―――キイイイン――――ヒュン。


 弦から飛び出したその矢は、そぎ落とした外殻の部分、その奥へと深く突き刺さる。そこから続けて、多数の矢が降り注いだ。

 鬼蜘蛛は徐々に動きが鈍くなり、その場へと倒れこむ。泡のように体が分解されていき、浄化されていく。

 

(こういった時だけ、威勢がいいのね)


 浄化されていく鬼蜘蛛から距離を保って道路に降り立つ。死んだ射手達を想い、両手を合わせて冥福を祈った。時世を楽しんでね。

 紗雪の事はもう仕方ない、それは自分自身の問題だから。この世界ではそうね。

 弱肉強食、それ以上でも以下でもない。


「神楽の射手様、私達はどうすれば?」

「ここはもういいわ、帰りなさい。あなた達の腕では命を無駄にするだけよ。守れるものを守りなさい」

「は、はい……」

「わかりました……」


 この場を去る射手達を見届けながら、使い魔の首元をなでていると、亮介さんがこちらへ走ってきた。使い魔の背中に乗ると、わたしも背中へ。

 白い翼を広げて、次は牛鬼へと向かって飛び立った。

 弥生ちゃんはわたしが守るわ、みんなの希望を守るの。


 

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