神谷 ゆり子

第29話

神谷かみや ゆり子》


 薄暗い空。光を失ってもう2年かしら。

 それにしても、活力のない世界になったものね。緑豊かだった昔が懐かしいわ。


「おいゆり子。そろそろつくぞ」

「そうね~。今弥生ちゃんはどうしてるかしら?」

「知らん。生きてるだろ」


 わたしの背中には、いつものように無愛想な亮介さんが射手守の姿で座ってる。たまには弥生ちゃんに笑ってあげてもいいと思うんだけどな。

 ミコト様も何を考えているのかしら、紗雪を助けに行けってのもね〜。そんなにピンチなのかな?


「あそこね〜。あらあら、大勢の射手がいるのに、まだ浄化出来てないみたい」

「化神が2体いるな。珍しい」


 空を飛びながら、先の光景に目を凝らす。そこには退魔の射手達の姿。射手守は海に1人だけ。あの子は〜周ちゃんね。頑張ってるみたいだわ。

 そっか。紗雪が……でも、今はそんな事より、あの化け物をどう駆除しようかな。


「牛鬼は水無瀬夫婦に任せよう。そっちのが射手の数も多い」

「そうね~。さて、浄化しなきゃね。哀れな神様たちをね」


 飛んでいくスピードを上げ、私は左手に持っていた和弓を構えた。右膝をつき、弓構え。

 徐々に鬼蜘蛛が近付いてきたところで、地面スレスレに降下。あらあら?

 死んでしまって……かわいそう。あなた、弱いのね。


「つがえ!」


 弓を引分け、浄化の矢を頬に添えて狙う。矢摺籐やずりとうの先にみえているもの……鬼蜘蛛ちゃんね。


「あれは少し骨が折れそうだな。目を狙うんだろ?」

「うん。ほかに狙うとこなんてないよ?」

「フン。まぁな」


——————バシュン!


 かけ声と共に放った矢が、鬼蜘蛛ちゃんの目玉を狙い飛んでゆく。

 咥えていた肉片を吐き出してからの咆哮。賢いわね、この化神。脚を縮めその場から飛び上がると、黒い影がこの場を覆う。


「亮介さん!!」

「言われなくても!!」


 亮介さんは使い魔から飛び降りると、背中に背負っていた長い太刀を構えた。和弓より長いそれは、その場で樹木を切り倒し、亮介さんはそこに飛び乗る。

 使い魔の体を急旋回させ、影の外へ。その場から距離をとる。

 影が落下して崩壊音。舗装が砕け、地面が裂けた。

 

「つがえぇえ!」

「フン!!」


 光の長刀をひと振り。毛深い前脚に刃が食い込んだ。休む暇なんてないよ、鬼蜘蛛ちゃん。


「シャアッ―――」


——キイイイイン——————バシュン。


 鋭い離れ。その矢風は大気をかき分け、稲妻のように飛んでいく。太刀が食い込んだ毛深い脚に一射を放つ。

 矢の輝きと共にその前脚はもげると、切られた断面が覗いた。相変わらず気持ち悪いわね。

 鬼蜘蛛ちゃんが悶えている間、そのまま右側面を通過。

 戸惑う複数の射手達に叫び伝える。


「弱点は目よ!! 負傷した人は下がって。邪魔よ!!」

「わ、わかりました———」

「そんな!? まだ戦えます!」


 その場から空を飛び、逃げるように去るもの。弱い人は戦うべきじゃないわ。

 果敢にも弓を振るい、陸から射を放つもの。あらあら、その腕じゃ無謀だよ?

 鬼蜘蛛ちゃんは牙を開き、何かを吐き出そうとする動作―――糸ね。すぐさま体を伏せて、垂直飛翔、上空に抜けるわ。体に感じる反重力をまとい———空へ。


「弱い人が、使い魔化神に勝てるわけないのにね」


 下を向くと、鬼蜘蛛ちゃんは黒い糸を吐き散らしている。触れたものがゆっくりと溶けるように形を失っていくわ。あら。あの子、くらっちゃったみたいね。


「ギャァァァ!! ———か……カグラの射手様ぁぁぁ!!」


 その声に視線を動かすと、馬に乗った1人の女性。おばさんみたい。ちゃんとスキンケアしているの?? 

 糸に囚われた体がもがくように溶けていく。可哀想。 

 その時、糸を切り落とす光の太刀筋。亮介さんが振りかぶった太刀が、音を鳴らす。


——————キイン———キン。


 糸を切るも、溶けかけた身体はなかなか治癒しないのに。

 やっぱり亮介さんは優しいわ〜。素敵。


「ここから離れて、使い魔を引っ込めろ。いいな!!」

「は———はい。ありがとうございます、射手守さま」

「お喋りはいい。はやくいけ!!」


 亮介さんに助けられた射手は、その場から逃走。

 あらあら、何をしに来たのかしら?


 威圧的な咆哮なきごえ——————。


 耳障りな咆哮ね。そっか、消されるのが怖いんだね。

 でも大丈夫よ。いま、楽にしてあげるからね。


「つがえぇ!!」


 和弓に宿るのは魔を滅する力。矢は光り輝き、それを右頬に添える。

 鬼蜘蛛ちゃんの頭上から、乱れ射る!!


——————バシュン———バシュン!

———バシュ——————バシュン!!


 離れを出すたびに、矢が飛んでいく。やっぱりこれくらい大きい的だと中てやすいわ〜。

 鬼蜘蛛ちゃんは再び咆哮。生ぬるい風が吹き、香る腐ったような臭い。そうなのね、念をたくさん食べたようね〜、食い意地を張ってる悪い子。

 一旦距離をおいてから、もう一度急接近。今度は至近距離で射る!


「亮介さん!」

「———ち、相変わらず無茶をする!!」


 亮介さんは太刀を振い、一筋の光を描く。

 向かって右側の脚、さっき切り落とした脚の後ろ。前から二番目。

 

「はぁ!!」

「シャア!」


 鬼蜘蛛ちゃんの脚を狙って、その距離———1メートル。複数の目がこっちを見た。ギョロギョロしちゃって可愛いわね。でもこっちの方が速いわ———残念でした〜。

 

————キイイイン———バシュン!!


 毛深い足が動く前に、その足に矢を叩き込む。刺さった場所が光ると同時に、亮介さんの太刀が脚を切り落とした。バランスを崩した鬼蜘蛛ちゃんが、悶えるように暴れはじめた。

 2本目———あと6本落とせば……いや、2本かな。

 その時だった。———――まずいわ!!


「亮介さん!!」


 その声と同時に、亮介さんはわたしの使い魔に飛び乗った。急いでその場から飛翔する。急いで、出来るだけ速く!!

 散らすように口から吐かれた糸、それを切り裂く私の射手守。


「フン!!」

 

 光の乱舞が糸を切り裂く。ありがとう、さすがわたしの旦那さんね〜。

 一旦距離を置いて、暴れ狂う鬼蜘蛛ちゃんを眺めた。


「……どうする? 他の射手達だと、やられるだけだ」

「今近づいたらやられるわね」


 チラッと山のほうを見ると、他の射手達が応援にやってきていた。射手守はいないけど、たぶん各地で同時に異形が発生しているんだわ。

 確かに化神クラスが2体だけど、そこまで慌てる事かしらね。貴重な存在なのに、無駄死にさせてどうするのかしら

 でもいっか、また神様が頑張って、新しい射手を生み出すかな。


「ねえ。あの射手達と協力しましょう」

「本気か? いったい何を思いついたんだ?」

「ふふふ。はやく浄化出来そうな方法よ」



 

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