第28話

 私は弓具を身に着けて、弓道場を飛び出した。左手には和弓を持って、右手には茶色いかけ。背中には8本ほどの矢が入った矢筒を背負って。

 桟橋を蹴り進むとギシギシと音が鳴って、水無瀬お姉様が待つ場所へと急ぎます。やがて大きな白い鳥さんにまたがる、お姉様が見えてきました!


「弥生ちゃん。あたいの使い魔に乗りな!」

「は、はい!」


 使い魔は大きな白い鳥さん。シマウマ模様みたいな緑色のラインがカッコいいです! 

 お姉様は変身してます。そしてそして、赤色のメッシュがギラリと輝いて……あ、急いで乗らなきゃ。私は鳥さんの背中に慌てて乗りました。


「いくよ、しっかり掴まってな!!」


 砂地から飛び立とうとした瞬間、サンジョ様はピョコピョコ飛び跳ねながら、口に咥えた何かを放り投げました。

 右手に白い和弓を持ちかえて、それをパシっと左手で受けとったお姉様は、ニヤニヤしながら私の懐にそれを突っ込んできました。白い、お守り?


「お、お姉様!?」

「説明はあとだねぇ。いくよぉ!!」


 鳥さんは大きな翼を大きく広げて、勢いよく羽ばたき飛び立つ。砂煙を巻き上げて、弧を描くように空で旋回。


(身体が、引っ張られる〜〜!)


「静香サン、弥生サン、おたっしゃでゴザイマス〜」

「もうお姉ちゃん! また帰ってくるんだよ!!」

「…………スヤスヤ」


 サンジョ様に見送られて、薄暗い大空へ。


「は、はやい〜」

「あっはっは、その心意気だよ! 大丈夫、弥生ちゃんはあたいが守るよ!」


 風をきって進みます。その風はお姉様が頭につけている、長い白色のリボンをひらひらとさせて。飛んでゆくぅ!


「目的の場所まで飛ぶけど、一つだけあたいと約束してほしい」

「約束です?」

「そのお守りは、転移ゲートを起動させる鍵なんだ。いざとなったら、それを使って逃げるんだよ」


 この白いお守りは、転移ゲートの鍵?

 やっぱりあの時配達で使ったお守りと同じなんだ。でも、それだと駅に行かないと―――。


「かっ飛ばすよ、弓をしっかり持っとくんだよ。そらぁ!」


 速い―――めっちゃ速い。起き上がったら飛ばされそうになります。

 やっぱり伏せるようにしないと……。体を鳥さんにくっつけたとき、温もりを感じた。―――そっか、おウマさんの背中と同じだ。


(退魔の射手じゃないけど、私も戦える)


 深緑色の海を越え、陸沿いに飛んでゆく。移り変わる景色が、元気のない色褪せた世界のように思えて。それでも真っ直ぐと進んで。

 やがて見えてきた光景が―――え、嘘でしょ。化け物が……二匹いる?

 ここからじゃよく見えないけど、クモみたいな黒い塊と、大きな角を持つ黒い牛………頭が8つある。

 ここからはまだ小さいけど、誰かが戦っている光景がみえた。

 光の一線が、流れ星のように無数に飛び交っていて。白い鳥、白い馬。体に緑色の模様がある使い魔に乗って、巫女服姿の人達が矢を放っていた。


「弥生ちゃん」

「……はい」

「これから見る光景に、心を飲まれないようになぁ。人が、使い魔が死ぬ姿を見てもあたいを信じて。いいかい?」


 飲み込んだ唾が、喉を通り過ぎていく感覚。バクバクした気持ちじゃない。全身を寒気が包み込むような、そんな気持ちで。

 私は和弓をギュッと握って、ゆっくりと深呼吸をした。飲み込んだ風が冷たくて、ほのかに鉄の味がして。

 それでも―――目を閉じて心に言い聞かせた。


(私は……射手なんだ。戦うんだ)


「―――いけます」

「よし。いくよ」


 身体が化け物に引っ張られて、いや違う。近付いているんだ。小さく見えていた牛が徐々に大きくなっていく。こんなにも巨大だったんだ。

 まるで、マンションがそのまま動いているかのように感じて。それでも周囲を飛びまわり、水上を駆けまわる人達は勇敢に戦っていた。

 退魔の射手さんが異形と戦っている。白い馬にまたがって、和弓を振るう巫女服姿の人達が。白い鳥に乗って、光る矢を放つ人達が。


(紗雪さんは? 周さんはどこ??)


 そして牛の化け物は8つの頭から咆哮をあげた。波動のような輪が、放射状に放たれて。


「つがえぇ!!」


 お姉様の声がして、まぶしい稲妻のような一線。私は身体を飛ばされないようにするので、精一杯だった。


 キイイィン――――バシュン――。


 その光は弾かれた―――化け物の咆哮で。何かを寄せ付けないバリアに阻まれたかのように、弾かれた。

 次の瞬間、その側面を飛んでいた鳥が――――――喰われた。

 ひらひらと舞う、白い雪のような輝き。喰われた―――あの牛に。


牛鬼ぎゅうき】4本の脚と、その体には頭を8つもつ、化神。


 同時に海面を飛び交う水しぶき。サメのような黒い魚が、水上を掛ける誰かへと無数に飛びかかった。姿が見えないくらい、ウジャウジャと。


「ああ―――――!?」


 その群れを薙ぎ払う光。視えてきたのは、ゆっくりと動くウシの背中で、光る太刀を振るう―――周さん!!

 

「せぇや!」


 三日月のような筋。その残影は連続的に輝き、鮫のような化け物を切り裂いていく。飛んでくる影を次々と薙ぎ払う、その太刀筋は見事だった。

 牛の背中に目を凝らすと―――うそ、そんな……。


「うぅ……うぅ……紗雪さん……」

「泣いてる場合じゃないよ!! 助けにいくよぉ!!」


 ドクンと胸が鳴った。張り裂けそうなくらいに、激しい痛み。―――前をみなきゃ。

 私は声を張りあげて叫んだ―――聞こえて!!


「さゆきさぁぁぁん!!」


 喉が枯れそうになるくらい叫んだ。聞こえて、おねがい―――おねがいだから。


「紗雪ぃ!! 手をあげろぉ!!」


 その言葉が聞こえたのか、紗雪さんは寝転んだまま右手を伸ばして。


「弥生いぃ!!」

「はい!!」


 私は身を乗り出すように両手を伸ばした。持っていた弓をお腹の下に敷いて。紗雪さんの手を掴む、絶対つかむ!!

 すれ違うと、冷めきった体温が伝わってきて。それでも両手にギュッと力を込めた。

 牛の背中には、刀を振り回す周さんを残して。お姉様と一緒に紗雪さんだけ引き上げた。

 周さんは一心不乱に刀を振るい、サメを切り刻む。


「あいつなら大丈夫さ、強いからなぁ。近くの神社まで運ぶぞ!!」

「うぅ………うぅ………」


 涙が一瞬で溢れた。紗雪さんを引き上げ、抱きかかえて。冷たいよ―――身体が冷たいよ――。


「ガフッ」

「さゆきさん! さゆきさん!!」


 吐血をして、虚ろな目をしてる。どうして、どうして―――左肩が大きくえぐれて、何かに食いちぎられたように、無くなっていて―――。


「ホント……馬鹿みたい」

「え? え??」


 紗雪さんが喋った! 生きてる!! 

 お姉様が紗雪さんを見て、無表情になった。

 生きてるよ、大丈夫、大丈夫。


「まだ助かります! そうですよね、お姉様!!」

「…………そうだな」


 山を通り過ぎて、ここから少し離れたこじんまりした神社に降りる。私はお姉様と紗雪さんを抱えて、いたわるように寝かせた。冷たい土だけど、我慢してください。


「……いくぞ、弥生」

「え? でも、でも――」

「はやくいって……私なら大丈夫。時間があれば再生できるわ。神の使いは人じゃない。だから原理は使い魔と同じ」


 弱々しい声のせいか、説得力がなかった。

 でも、使い魔と同じなら……きっとそうなんだ!


「紗雪さん。待っていてください」

「そう」


 私は水無瀬お姉様と一緒に、空へと飛び立つ。紗雪さんを見つめ続けて、その姿は小さくなって、やがて前をむいた。


「あたいの夫を助けたら、使い魔を身体に戻すだろう。そうなりゃ大丈夫だ」

「はい、はい!!」


――信じます。信じてます。



 ***



 飛んでいく白い姿が、小さくなった。ホント、馬鹿みたいに能天気な子ね。大丈夫なわけないでしょ。

 徐々に力が抜けていくのがわかる。もう持たないのがわかる。


(そう。ここで死ぬのね)


 使い魔を身体に戻すには、至近距離じゃないと無理だし。周だけでも………。


「頑張ってね。弥生。あなたならきっと、ポカポカしたあなたならきっ―――と」


 視界がぼやけてきた。だんだん暗くなって――天国?

 いや地獄ね。きっと黄泉の国だわ。ホント、呪われた運命なんて。

 神様なんて―――いい加減なものよね。


 音―――なんの音? ………足音?

 誰かくる―――そう、黄泉あの世への案内人かしら。

 その影は、私の横に立つと、頭をグルグル回してる。

 鼻息も荒いし、へんなの……。


(変な………案内人だこと)

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