第27話

 あれから、夢中になるくらい念と化け物を貫いて、今日の仕事を終えた。

 緑色の海に浮かぶものはもうなにもない、これで終わりね。名残り惜しい気もするけど、のんびりしてたら大物がくるかもね。

 バシャっと音をたてて、海から陸地へと飛翔し、舗装の上に着地した。


「紗雪殿。そろそろ戻りましょう」

「そうね、もう帰ろうかしら」


 アスファルトを蹴り叩くヒヅメの音が響いて、海岸沿いをすこしだけ進んだその時だった。何かの視線を感じて、左手側に目を凝らす。遠い海面、そこにはチョコんと頭をのぞかせている、細長い何かがいた。私の視線を感じたのか、引っ込むようにいなくなった。


「あれは……」

「どうした、なにかいたか?」

「…………蛇がいたわ」

「………まずいな」


 ヒヅメの音が聴こえる感覚がなくなって、髪が引っ張られるくらいのスピードで、急いで西へと向かって駆けていく。もしあれが本当に蛇なら、さすがに危険だわ。

 その時だった、醜いプレッシャーを感じて―――急旋回!!

 身体が痛むくらい引っ張られて―――くっ!!


「紗雪殿!! 東へいけ!!」

「急いでる!! 我慢して!!」


 来た道とは逆方向に、急いで東へ。ここから結界のある神社はそう遠くないはず、そう思った時だった、背後から咆哮雄叫び。無惨にも樹木が薙ぎ倒されるような音が鳴って、醜い鳴き声が聞こえた。

 轟音ごうおんにまぎれて聴こえる地響きと崩壊音。くる―――アイツのが速い。


咆哮奇声――――」


 緑色の海面に写った巨大な黒い塊、それには何本もの長い足があって、7……8本ね、蜘蛛だわ。それもとびきり大きな―――跳ねた!?

 前を向いたまま弓を構え、かけ声と同時に弓を打起し―――引分ける。


「つがえぇ!!」


 後ろへ体ごと振り向き、装填された矢を放つ。威嚇射撃で異形との間隔を保てるはず。


―――バシュン―――カン!


「はじかれたッ!?」

「そらぁ!!」


 巨大な黒い塊がすぐそこに着地して、砕け散る黒い破片と腐卵臭の香りがして。

 周の刀が蜘蛛の脚を斬りつけた、その刃は浅く身を切り裂く。ひるんだ隙に後ろを見つつ、振り切るように距離をかせぐ。

 無数にある気味の悪い紅い目に、タランチュラのような背格好。口元には腐ったような匂いがした唾液と、鋭い牙が2本。それがキチキチと動いて。

 剛毛な体毛に覆われた、気持ちの悪い多脚。そう、厄介な異形ね。


鬼蜘蛛おにぐも】異形の中でも上位クラスである、化神けしん


「近くに結界がある神社がある、なんとか逃げきるわ!!」

「ああ、わかった!」

「つがえぇー!」


 鬼蜘蛛の咆哮―――私達を突き刺そうと振り降ろす剛毛の脚。周はそれを刀で弾きながら受け流す。さすがは射手守ね、頼もしいわ。

 近くの神社まで逃げる間、耐えるしかない。弓を構え狙いを定める―――


「しゃぁ!」


―――――キイイィン――――バシュン――。


「刺さった!? でも」


 鬼蜘蛛は暴れ狂うように悶えた、その間で少しだけ距離があいて―――10メートル。それでも矢が刺さったまま、再び追いかけてくる。


「――――――――。」


 耳鳴りがするくらい、激しい咆哮。


「伏せて!!」

「わかった!」

「つがえぇぇぇ、しゃぁぁぁぁ!!」


 周が体を伏せると、精神力を集中させ、力声と共に矢を乱射する。連続的に弓はそり返り、飛び出していく一閃。右手は休むことなく離れを出し続ける。3連射!!


 キイイン——————鬼蜘蛛の咆哮——————。


  矢が刺さった鬼蜘蛛は体を縮め、大きくその場から跳び上がった。とんでもない脚力ね。

 同時に光を失って落下していく、数本の矢。


「つかまって!!」

「ああ!!」


 鬼蜘蛛の影から逃げるように、海面へと飛び込んだ。着水と同時にそのまま海面を蹴り込む、弧を描くように反転。

 鬼蜘蛛が着地したと同時に、亀裂の入った道路が崩れ落ちる。激しい崩壊音、海面になだれ込む土砂と道路。それはえぐられたように、無くなった。


「嘘でしょ―――アイツ………」


 するとその鬼蜘蛛はその場に留まり、咆哮をあげた。やがて周囲に黒い糸を吐き散らす。こいつ、ただの化神じゃない……。

 キチキチと動く牙が、まるで私達をあざ笑うかのように思えた。奴の背後には目指していた場合がある。そう、コイツは神社を守ってるように……。

 私はその場で立ち止まり、鬼蜘蛛を眺めながら静かに和弓を降ろした。


「ねえ周。他にも結界がある神社を知ってるかしら?」

「知ってる……だけどアイツを消さない限り、おそらく同じ事だろう」

「やっぱりそう、わかった。浄化するわよ、周」

「それは無茶だ! 冷静になれ、紗雪殿!」


 鬼蜘蛛に背を向けゆっくりと前進。同時に、海面に大きく荒波がたつ。

 それは異形――――とてつもなく大きくて、まるで岩壁で。


「なんて大きいのかしら」

「紗雪殿、他の射手がくるまでは、防戦するしかない」

「ほんと、今日は厄日ね。こんな距離になるまで、気がつかない異形だなんて」

「僕も正直驚いた。でも、今は悔やんでる場合じゃない」

「そうね。つがえぇ!」


 弓を構え、もう一匹の化け物へと向かって海面を蹴り進む。どうしてかしら……吐息が白いわけでもないのに、冷たく感じる空気が肺を満たしていく。そう。 

 これは運命かしら? 嫌よ……もし運命だとしてもあらがう。もう一度あの人に会える可能性がある限り、それが希望だから。


《その〜。私は歳をとらないってのが、いいな~って思うんです。ほら、ずっと若いままって事じゃないですかぁ!!》


 なんでここでポカポカ能天気娘が出てくるのかしら……ふふふ。ほんと、何も知らない馬鹿みたいな子。もう私たちは人じゃない、神の使いと呼ばれるけど、その本質は兵隊人形

 異形を使役する神に反旗をひるがえし、あらがう存在、退魔の射手。その目的は太陽神が復活するまでのあいだ、神にとってはただの暇潰しでしかないのに。


(教えてあげれば良かったかしら? そしたらあなたはなんて言うかしら。ねえ、弥生ちゃん)


 そう、私はここまでなのかしら。周まで巻き添えにしてしまうなんて。呪われた運命ね、ホント。


(最後にもう一度だけ会いたかったわ、大好きだった貴方に。あの人もそうだった、真っ直ぐに前を見て、弓を引いてるとき……心の底から楽しそうで。あの横顔、カッコ良かったな)


「しゃあッ!!」


 キイイイン――――バシュン―――。


 私の放った矢は、緑色の海を照らしながら飛んでゆく。やがて光の矢は、その化け物に弾かれた。

 まるで、ここには希望がない事を、示唆しているかのようにね。

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