おウマさんと初仕事です!

第13話

 次の日の早朝、私は白い葉をもつ神木の前にきていた。なんとなく勇気が出るかもって、袴姿になったけど、やっぱり怖かった。


「いってらっしゃい、弥生ちゃん」

「フン」


 その声に振り向くと、そこにはゆり子さん。その隣には亮介さんが腕を組んで立っていた。

 ゆり子さんはニコニコしてるけど、亮介さんは相変わらずって感じ。


「あの、いってきます!」


 2人を見ていたら、ここから動きたくなくなっちゃう気がして、勢いで神木に手を添えた。白い葉が光り、ゆさゆさと揺れ始める。


 私は目を閉じて―――その時をまった。



 *



「おい。いつまでそうしているのじゃ?」


 ミコト様の声―――私は目をあけた。


「ブラアァァ!!」

「はひぃ!?」


 驚いて思わず飛び跳ねた、今の声って!?


「きさまか。新しい見習いの射手よ」

「え……ウマ?」

「ウマでわなぁぁぁい!!」

「うわぁ!!」


 ドスンとまさかの尻もち、痛いです。


「なんじゃ。そう驚くこともなかろう」

「あ、キツネさん」

「ミコトじゃ」


 隣にはミコト様がチョコんと座っていて。目の前には灰色の馬だ。うま?

 でもさっき喋ってたよね。なんか鼻息荒くして、フンフン言ってる。


「どれ。仕事とは言ったが、別に念を射つわけではない。要は配達じゃ」

「はいたつ?」

「そうじゃ、その者は神の使い魔。名は――」

「おおっとぉぉ、名は名乗る必要はねぇぞ。この娘がどうか、俺が試してやらぁ。フン!」


(ええ…さっぱりわかんない。使い魔?)


 ミコト様は起き上がると、顔だけクイっと動かす。

 その先には、小さな四角い木箱があった。


「それをある場所に持ってゆくだけじゃ。その場所は、こやつが知っておる」

「ブラアァァ! よろしくぅ!」


 フンフンと鼻から息を吹き出しながら、この灰色のおウマさんは、首をグルグル回している。

 なんだろう、ちょっと変な人みたい。あ、馬か。


「じゃああとは任せたぞ。言っておくが弥生、必ずその者の言う事を聞くようにの。聞かねば……まぁよい。大丈夫じゃろう」


 そういってミコト様はいつもの囲炉裏がある建物へと歩いていった。私は小さな木箱を手にもつと、そこから立ち上がった。

 このおウマさん、背中の高さは私の身長よりもずっと高い。身体も大きくて、頑張れば人が3人くらい乗れそうです。そのせいか頭をいれたら結構大きいかも。


「よし娘よ。乗れ」

「へ?」

「背中にぃ。のるんだよブラアァ!!」

「は――はい!」


 あわてて木箱をしまおうとしたら、ポケットがなかった。ふと服装を見ると、赤い袴姿だったことに気がつきました。

 上は白地に赤いラインが入った弓道衣っぽいけど、赤い帯はお腹付近に巻いてあるし、袴と違ってなんか本当にスカートみたい。

 

(そういえば、中間世界にくると、この服装になるのなんでだろ? 巫女服みたいでかわいいけど)


「はよせぇや!」

「ただいま!!」


 乱暴な言葉づかいのおウマさん。よじ登るように背中へと乗ると、なんか広いです、頑張らないと足を挟めません。でも毛はしっかり掴めそう。でもなんか―――え、なんかフサフサが太ももに……うぅ。

 ひとまず懐に木箱をしまって、落ちないように奥へと押し込んだ。木箱がちょっと痛いです。


「いいかぁ娘、落ちないようにしろよぉ? 落ちそうなら伏せるようにしがみつけ。いいな?」

「こ、こうですか?」

「なんだ、あんがい膨らみがあるなぁ」

「はい? うわっ――」

「ブラらぁぁぁぁ!!」


 おウマさんはヒヒーンって感じでポーズをすると、パカパカ歩き出した。思わずギュッと抱きついたけど、このおウマさんは男の子かも。

 おウマさんの背中がゆっくりと上下して、その揺れにあわせて私の体が上下するんだけど、なんか結構安定している感じ。


 神木から歩き出してすぐ、以前ミコト様と歩いた方向とは逆方向に進んでいく。

 紫色の木々が生い茂る急な斜面を下り、回廊を横切る。

 弓道場を横切り、神社の敷地から外に出る直前でおウマさんは一度歩みを止めた。


「おい娘。絶対背中から落ちるなよ、あと木箱を落とすな。いいな?」

「は、はい」


 神社の敷地を出てから、目についた光景に心細くなった気がして。おウマさんに触れている部分だけが、温かく感じた。


 ヘドロのような色をした池に、廃墟のような半壊した社がある。その周辺には毒のような紫色や、滲んだ血のような色をした植栽や木々。

 風があるわけでもないのに……なんだか笑っているかのように思えて。


(目を背けちゃ駄目……見なきゃ、慣れなきゃ)


 風化したアスファルトを叩くヒヅメの音だけが、リズミカルに響いていく。

 ところどころに、紅くドロドロした生き物が徘徊している。ここは商店街じゃないからか、本当に彷徨っているようだった。

 それに、いつ空からあの化け物が現れるか不安になって、何度も薄暗い空を見上げた。何度も何度も、不安を募らせながら。

 陽の光がない気味の悪い空が。遠いはずの空が、やけに近く感じられて。怖かった。


「おい娘。今から行く場所はな、ここからしばらくかかる。その間に色々と教えてやるよ」

「はい、お願い……します」


――――ブシュュュ……。


 ウロウロしていた紅いドロドロした生き物。それが突然人の形になって、私のほうをじっと見ている。顔があるわけでもないのに、人の形をしたそれに狙われているような気がして。


「大丈夫だ、この念に害はない。俺は神の分身たる使い魔だから区別はできる。といっても、ミコト様の使い魔ではないがな。娘が不安がる化け物の気配も感知できるし、いざとなったら走り出す。その時は落ちないように掴まれ、そうすれば生きてられる」

「はい、お願いします……」

「だからこの世界をよく見ておけ。少しでも慣れておけ」


 私はただ、灰色の毛にしがみつきながら。

 周りの景色をじっと見ていることしか出来なかった。










 


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