第14話

 風化した道路上を進んでいく。道中の景色に目立った変化はなくて、違うのは雰囲気だけだった。田舎のような場所なのに、小動物とかの姿はない。いるのは紅いドロドロだけ、数は多くないけど、いろんなところにいた。


 中間ちゅうかん世界。それは現世げんせの世界と呼ばれる世界と、うりふたつの世界。ここは死んだ生き物の念が彷徨っていて、次なる生まれ変わりを待つための世界。

 おウマさんは簡単に言えば、三途の川みたいな場所っていってました。


「じゃあ、現世の世界でよく言われる幽霊とかってのは、この世界の念が影響しているからですか?」

「それは少し違うな、念と幽霊は違う生き物と考えろ。物理的な干渉は基本的に念には無理だ、ただ怨念となり、心に憑依する事はできる」

「じゃあ、急に良い人が悪者になったりするんですか?」

「なる。だがそもそも、現世の世界に干渉するには、神クラスでなければ無理だ。つまり念を喰って成長した異形いぎょうが、現世の世界に移動する力を得る」

「その……化け物はどこからくるんですか?」

「それは知らん、俺にはわからん」

 

 おウマさんの背中に乗りながら色々聞いてると、目的の場所かな?

 駅のような場所へとたどり着いた。


「ここは……吉備の神社から一番近い駅ですね」

「現世の世界ではそうだろうな。ただこの中間世界では仕組みが違う」

「しくみ?」


 おウマさんは歩きながら、駅のホームを目指すみたい。無人の改札口を通り抜け。線路の前で立ち止まった。

 キョロキョロと見渡すけど、構造物の色が変色している以外、特に違和感は感じなかった。


「木箱を空けろ。中にお守りが入ってるだろ、それを握れ」


 私は伏せていた体を起こし、懐から木箱を取り出した。蓋を開けるとそこには白いお守り。箱から右手で取り出すと、字は何も書いてなくて、おもむろにそれを握った。


『――――――』


 おウマさんが何かを喋った次の瞬間―――。私達の体を淡い光が包み込み、どこかにふっ飛ばされたような感覚。ほんの一瞬で、さっきまでいた場所と景色が入れ代わる。その場所はどこか見慣れた感じがあって。


(ここは……都市部のメインホーム?)


「しまえ!!」

「え―――なに?」

「さっさと木箱にしまえ。早くいくぞ」


 慌ててお守りを木箱に戻し蓋をする。懐にしまい込んで、急いでおウマさんの背中に乗りました。


「掴まれ、少し走る」

「は、はい」


 私は体を伏せて、ガッチリとおウマさんにしがみついた。体が仰け反りそうになりながらも、全身を使って必死にしがみつく。

 ホームにある線路を飛び越え、フェンスを飛び越える。


(凄いジャンプ力だ……こんなにも高い……)


 風を感じるくらい速かった。着地した反動に耐えて、でもすぐに前が見えなくて。視界に映る景色が――――早送りみたいに感じる―――。


「ブラァァァ!!」


 おウマさんの体から伝わる、バクバクした鼓動。これは私の鼓動なの?

 ビルの間を抜け、路面電車の線路を辿っていく。やがて河川をまたぐ橋が見えてきて、その手前で右折。大きな河川に沿うように、それを下流側へとむかって駆け抜ける。高架下のトンネルをくぐり、ひたすら蹴り進む。


(ここからの道はしばらく一直線、さらにスピードが速くなって―――)


 低い堤防のある土手沿いを進んでいく。アスファルトを叩きつけるヒヅメの音が、怒涛どとうのように聴こえてくる。


「絶対落ちんなぁぁぁぁぁ!!」


(おウマさんが焦ってる? どうして?)


 その答えを聞くのに、さほど時間はかからなかった。

 ヒヅメの音が―――聴こえなくなったような感覚―――なにか―――くる。


 抱きついているはずなのに、温もりを感じなかった。

 全身が凍らされたかのように硬直して。

 力を振り絞って、硬くなった体を――――お願い、動いて。


 バシャ―――音。それは大きな水しぶきのようで、それが聴こえてきて。

 どこかになにかいる、なにかが這っているような気がした。

 這う? なにが?? 

 追いかけられてる。空からじゃない。再び水しぶき。


 左頬がぬれた―――なんで? 


 ふと視線を左にむけたら、そこには……ギョロリとした黄色い目。

 あたしをじっと視てる。いや、いや、いや――――。


「前をむけえぇぇぇぇぇ!!」

 

 前を見たかったのに、見れなかった。私―――睨まれてる。

 突然呼吸がしにくくなって―――肺が……痛いよ……。 

 大きな黄色い目玉、それが徐々に大きくなってく――――黒い?。


 蛇だ、黒い大蛇―――美味しそうに私をみて………。


「やよいぃぃぃ!!」

「―――――はッ」

「掴まれええぇぇぇぇ」


 我に帰ったあと、体が宙に浮いた。そのまま姿勢が垂直に―――駄目。

 力を振り絞り、浮きそうになった身体を再び灰色の背中へと戻す。

 垂直になった身体が急に横に引っ張られて。だからありったけの力でしがみついた。


(私……飛んでる………)


 次の瞬間、足元にあった建物が一瞬で消えた。

 消えた――違う。あいつだ、あの化け物。

 黒い影が這うよに通り抜けて、それが黒くて。

 崩れ落ちる建物の崩壊音。なにかが滑るように這う音。


「やよい。今から落下する、我慢だ」


 なにも言葉が出なかった。そのかわり、灰色の毛をギュッと掴んだ。

 急降下―――重力に、体が引っ張られた。

 

「くぅ……」


 着地した反動、その衝撃が体を襲う。弾みそうになったけど、なんとかこらえた。

 ふたたび身を裂くような風を感じて―――。

 背中のほうから気味の悪い鳴き声が聴こえてきた。同時に地響きの音。

 伏せた体をより密着させるように、ギュッと両手足に力を入れた。


 咆哮鳴き声――――――――ぬるい追い風。


「もう一度飛ぶぞぉぉ!!」

「うん!!」


 地面を蹴り飛ばし、建物を垂直に駆け上がる。

 そこからもう一度壁を蹴って―――さらに高く飛翔した。

 黒い影が足元スレスレで地上を蛇行する、手が届きそうなくらい近く感じた。

 その大蛇の体はとてつもなく巨大で、長かった。

 

「すまねぇな、ちょっと痛いぞ」


 その言葉のあと、見下ろすように見えた神社の鳥居。横転するようにそこへ落下―――え?


 地面と激突した衝撃で体が弾み、全身に激痛がほどばしる。

 何度も地面にたたきつけられた。そして――私の目の前にさっきの大蛇。

 眼だけギョロリと、こっちをむいた。

 あまりの恐怖に声が出なかった。叫びたいのに、叫べなかった。

 体が痛い、動かない。恐怖のせい? 痛みのせい?


 気味の悪い、まるでガラスを引っ搔いたかのような鳴き声――――ギョロギョロと黄色い目を動かしたあと、その黒い蛇は名残惜しそうに、ゆっくりとその場を立ち去った。


(川に……帰っていく……どうして??)


 わずかに両手だけが動いてくれたのに、体を動かすと激痛。

 大丈夫、生きてる。なんとかこらえて周囲を見渡す。


「あぁ―――あぁ――」


 おウマさんが倒れている姿を見つけたとき。うめき声をあげた。だって――。


「バカやろう、心配するな。俺は使い魔だ、これはそのうち治る」

「足が――あしが――」

「だから言ってんだろうよ………ったく。仕方ねぇだろ」


 四本あるはずの後ろ足2本が、無くなっていたのだから。

 私はズリズリと這うように近づいていって、横たわる灰色の体に寄り添った。


「おい娘、木箱はあんだろ?」

「え、うん……痛くないんですか?」

「痛くねぇよ。それに多少の再生能力もある。しばらくしたら復活だ。俺にくっついて寝ろ、多少は弥生の体も回復するだろ」


 その言葉に説得力はなかった。ただ少しだけ安堵して。

 だんだんとまぶたが重くなってきた。


「ここは結界の中だ。ここにいれば襲われることもねぇ」

「うん………うん」


 そこ言葉を最後に、私の身体は眠りを求めた。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る