第11話 終わりの日に人はネコの前に立つ

人里や野原に咲く、ありふれたタンポポ。ほんの十センチそこらしかないその花の下には、一メートルにも達する長い根が広がっているのを知っているだろうか? 植物の成長は、根っこから始まる。種子から開いた命は地中に根を伸ばし、時にはコンクリートすら突き破って全体を支える礎を作る。地上に茎を伸ばし葉を茂らせた後、根は周囲の土から水分や無機養分を吸収し、維管束を通じて他の器官へそれを運んでいく。

動物や害虫によって葉や茎が損傷しても修復は可能だが、根が失われた場合は長くはもたない。水や養分の供給が断たれれば、いくら光を受けても光合成できずに、たちまち枯れてしまうのだ。


――ネッコ、ねっこ、根っこ・・・。物事の基礎や土台、あるいは事件が起こる根本原因――


このよく喋る猫はどこからどう見てもでかいだけのイエネコなのだが、実は一度も猫とは名乗っていなかった。『僕の猫』ではなく、『僕の根っこ』だと言い続けていたんだ。

今時小学生でも笑わないような冗談に聞こえるが、これがこの摩訶不思議な対話の真相だった。


セン「儂はお主の根っこ。広大な潜在意識の根底にて精神を支える、土台なのじゃ。真我やハイアーセルフと呼ぶ者もおるな。お主が生まれてから21年と304日、一日たりとも休むことなくお主の成長を見守ってきた・・・」


健「神社のご神体じゃ、なかったんですか・・・。どおりで個人情報が筒抜けなわけですね。なんで僕は人間なのに、潜在意識は化け猫の姿をしてるんですか?」


セン「お主には儂がプリチーでエレガントな美猫に見えるようじゃが、潜在意識に決まった形など存在せぬ。直前に神社で見たご神体のイメージが刷り込まれたか、あるいは文字が欠けたキリスト看板から連想して、お主の脳が猫の偶像を作り出したのじゃろうて」


健「――えーと、あなたの姿は、僕の想像の産物ってことですか?」


セン「いかにも、儂の姿もこの空間もテーブルも、お主の思考が創った。それだけではない。お主がこれまで生活してきた現実世界も、同様にお主の創造物なのじゃ・・・」


健「ええ、そんなバカな!? 僕はずっと夢の世界に住んでいたとでも言うんですか?」


セン「神ならぬ人の身では、物質世界をありのまま知覚することはできぬ。誰もが五感を主とした己のレンズによって外界の情報を収集し、それを電気信号として脳に伝え、合成した映像を脳内のスクリーンに投影して見ておる。

同じ場所で同じ体験をしたとしても、映す者の観念によって投影される映像は全く変わってしまう。お主が瞳を閉じて暗闇の中に入れば、これまで描いてきた世界も消滅するのじゃ・・・」


健「思考が現実を創造する、ってそういうことだったんですか・・・」


セン「欲する物に注意を向ければ、それが手に入る世界が作られる。欠乏に注意を向ければ、それが手に入らない世界が作られる。どのように情報を受け取って判断するかによって、世界は楽園にも地獄にもなり得る。

まさにお主が否定した『引き寄せの法則』じゃろ?」


健「本当に・・・僕が世界を作っていたんですね」


セン「うむ、誰もが自分のモノサシで世界を創っておいて、その責任を他人に求める。お主は特に創造者としての自覚が欠けておるから、儂が直々に真実を教えに来た。お主が認識する世界はわしらの共同創作物であり、主観的に見れば辛いだけの人生も、真我にとっては完璧な経験だと伝えるためにな・・・」


健「猫神様・・・いや、僕の根っこは、ずっと見守ってくれていたんですか?」


セン「ずっと、ずーーーーとじゃ。赤子のお主が初めて自分の足で立った時も、小学校の校門で転んで泣いた時も、持ち株が急落して三日寝込んだ時も、すぐ傍で見守っておった。他人にとってはつまらぬ情景でも、儂にとってはかけがえのない宝物じゃった――」


健「どうして今まで黙っていたのに、今更そんなことを言うんですか? もっと早く言ってくれたら僕も・・・」


セン「儂はずっと、呼びかけたおったよ。お主が心を閉ざしておったから、それに気付かなかったのじゃ・・・」


健「――――」


セン「潜在意識と顕在意識、異なる二つの意思が波長を合わせて向かい合う珍事など、夢の中でもそう起きることではない。この神社に宿る神気が力を貸してくれたのか、あるいはかの巨神の気まぐれか・・・・・・理由はよくわからぬが、とてつもない偶然が重なってこの場が設けられた。

じゃが、これは正真正銘一度きりの奇跡。ここで合一を逃さば、お主の助かる目は消え失せる。儂の最後の言葉を、心して聞くがよい――」

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