第10話 偶像から真のネコに

幼少の頃、母親は口癖のように言っていた。

「お天道様に恥じない生き方をしなさい」と。


科学的に考えるなら、太陽は地球から1億4960万kmも離れた空間にある水素とヘリウムの塊で、地表を這うちっぽけな人間のことなんか見ているわけがない。だったら、いったい何が僕達を見ているのだろう? 母は誰に認められるために、僕に立派に生きろと言ったのだろうか?


健「――観客って、誰のことですか? 僕には親も兄弟も、子供もいませんよ。近所付き合いもないし、バイトの同僚との人間関係も希薄です。葬儀に来てくれる人も、せいぜい店長ぐらいでしょう。

まさか僕の半生を伝記にしろ、とか言いませんよね? 確かに死後に本や映画で有名になる人はいますけど、僕には彼らのようにドラマチックな人生を送ったわけではありません」


セン「そんなことは期待しておらんよ。ドラマになんぞならんでも、お主の活躍を応援している者はおる。それも、目の前にな・・・」


健「目の前・・・? あ、もしかして猫神様ですか? そういえば死んだ母もそんな話をしていましたね。神が実在するとは露ほども思っていませんでしたが、こうしてお会いすると流石に疑いようもありません。ほんの僅かな付き合いですが、今日は話を聞いてくれてありがとうございます。

この地域を見守る土地神様からすれば僕との出会いなんて数万回のうち一つにすぎないんでしょうけど、こんなバカもいたと少しくらい覚えておいてもらえたら、少しは報われる気がします」


セン「何度も言った気がするが・・・・・・儂は神などではない。猫でもない。お主のネッコじゃ・・・」


健「ネッコとかイッヌとか、溺愛してる飼い主みたいになんか凄い動物だって強調したいのはわかりますけど、もう素直に猫の神様ってことでよくありませんか? それとも、やっぱりこれはただの夢で、実際は猫も神もいないんですかね?

まぁ、招き猫が動き出して天啓を授けてくれるなんて、そんな都合の良い話は小説だけですか・・・」


セン「夢でも招き猫でもないわ!お主、本当に何も気付いておらんかったのか?」


健「――え? 余命いくばくもない僕が神社をお参りしたから、奉られている神様が可哀そうに思って話を聞いてくれるって、なろう小説みたいな夢物語でしょ?」


セン「メタい表現をするな! よーく考えて、思い出してみるがいい。儂は神社の猫神とお主に名乗ったか?」


健「えーとっ、そういえば・・・・・・神とは聞いていないような・・・」


僕はない頭を捻って回して唸りながら、この巨大な老猫と出会った時のことを思い出していた。


確かこのヘンテコな白い空間で目覚めて、そこに茶色のモジャモジャがいて、ネコとかネッコとか言っていた・・・。

ううん、そうじゃない。最初は神社にお参りして、五円玉を賽銭箱に入れて、その後に変な声を聞いたんだ――


じゃあ、この猫は神社の賽銭箱の前にあったご神体?

いいや、それも違う。

あの声は眼前のご神体からではなく、『僕の中』から響いてきていた――


そうだ、猫(?)はこう言っていた。


――儂はお主のネッコ――


――お主はケンで、ネッコの儂はセン、まさにビッタリじゃ――


――ネッコは人間の意思を否定しない。お主が全身全霊で足りないものがあると表現するなら、世界はその不足を肯定するしかない――


???「やっと、気付いたかの・・・?」


そうだ、この無駄にモフモフした毛皮の塊は、神でも仏でも、ましてや猫科動物ですらない・・・


???「儂は、お主の・・・・・・『根っこ』じゃ――」

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