第12話 ネッコと和解せよ

潜在意識を活用する、あるいは潜在意識を書き換える。

誰もがこの甘言を信じ、自己改革メソッドによって理想の人生を手に入れようとするが、それがひどい矛盾を孕んでいることに気付く者は何人いるだろうか?


潜在意識とは、他ならぬ『自分自身』。野良猫を調教して従順なペットに仕立て上げるのとはわけが違う。自分の腕を道具として扱う者がいるか? 自分の脚に鞭を打てば、速く走れるようになるのか?

己の源を否定し、欲望で脳を支配しようとするのは、右手と左手が争い続けるようなものではないのか――。


セン「人は皆、母の胎内にある時は顕在意識も潜在意識もない、完全な『一』として在る。じゃが、ずっと純粋な一であり続けることはできぬ。外界に生まれ出でて、自分以外の存在を知り、それに適応するために自我が芽生えていく。

中心から伸びた自我は真我から離れ、やがて分離を起こして自分をエゴと思い込むのじゃ・・・」


健「ケンとセン・・・潜在意識と顕在意識は、元々同じものだったということですか?」


セン「うむ、植物の根から茎が生えて葉が生い茂るように、全ては一つの種から分かたれた存在。全ての部位をひっくるめて、一つの生命が成り立っておる。しかれども、最も先に延びた細胞は、自身が種であったことを忘れる。やがて地中深くに潜む根は見えなくなり、人は地上で繁栄する葉や花にしか価値を見出せなくなる・・・」


健「はい、僕も怒りとか恨みとか感情的な部分だけを見て、それが自分だと認識していた気がします」


セン「己をどう定義付けるかは各人の自由じゃが、分離したままでは本来の能力を発揮することはできぬ。いかに葉が光を受けても維管束を断たれれば枯れるように、真我と断絶した者は必要な栄養を与えられずにやせ細る他ない。お主と儂が水面下でずっと絶縁状態にあったようにな・・・」


健「僕はケンカしていたつもりはないんですが・・・このままじゃいけない、失敗や困窮を招く潜在意識を書き換えなきゃいけないって、ずっと思ってました」


セン「それが逆効果だったんじゃよ。真我はお主が起伏のある人生を楽しめるように力を送り続けたが、お主は与えられた試練を不幸として呪い、あまつさえ自己啓発メソッドを利用して潜在意識を支配下に置こうとした」


健「そんなつもりじゃなかったんです! まさか潜在意識の活用がもう一人の僕を痛めつけることになるなんて、思いもしなかった・・・!」


セン「わかっておるよ。お主は引き寄せメソッドなる物を用いて自分の片割れを便利な道具を出してくれる猫型ロボットと誤解したが、こうして儂の存在を認めてくれた。じゃから、ここで儂らは『和解』し、再び縁を結ぶことができる・・・」


健「随分長く喧嘩別れしていたけど、やっと仲直りできるですね。和解すると、どうなるんですか?」


セン「特別なことは何も起こらぬ。ただ、ただ、あるべき姿に戻るだけじゃ。長い分離の結果、儂とお主を繋ぐエネルギーパスは細く狭くなり、十分な活力を送ることができなくなっておった。心を開いて地の底から来るものを素直に受け止めるようになれば、これまで止められていたエネルギーが堰を切ったように溢れ出すじゃろう」


健「それは、もしかして・・・・・・血管が詰まってボロボロになった僕の身体が治るってことですか!?」


セン「真我より送られる精力とて、魔法の類ではない。死滅した細胞が急に復活するようなことはあるまい」


健「そうですよね・・・。そんな都合のいい話があるわけ・・・」


セン「――じゃが、お主が運動や食事療法に励み、受け取った力を肉体の隅々まで届けることができたなら、新たに細胞分裂を促して傷をふさぐことはあるかもしれぬ。すっかり落葉した木も再び葉を茂らせるように、切り株から新しい芽が息吹くように、時間をかけて快方に向かう可能性は十分にあるぞ」


健「希望は、あるんですね! ありがとうございます!」


セン「じゃが、それを成すにはお主が儂を受け入れ、エゴに限定された自我からより拡大する自己へ認識を改めねばならぬ」


健「具体的には、どうすればいいのでしょうか?」


セン「そんな難しい話ではない。先ほども言ったように異なる自分の存在を認め、その『視点』を共有すればいいのじゃ」


健「セン・・・潜在意識の『視点』で物事を見たらいいんですか?」


セン「世界が愛に満ちておると、お主は信じるか? この世のに無駄なものなど何一つなく、全てが完璧に進行していることを、お主は信じられるか?」

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