第2話

温泉地をふらふらと。裏道、小道に入っていく。

外灯は、どこか頼りなく、暗がりの残る道を、とぼとぼと行く。

住宅の方が目立つ。あまり、店などは見られない。とはいえ、そこは観光地。ぽつぽつと、店がある。住宅の合間に、スナックの看板が光る。そば屋の文字。コーヒーとスナックのメニュー。

店の人間としての顔はあるだろうが、ここら辺の人にとっては、近所のだれだれさんなのだろう。この土地での生活を共にする相手としての顔をもって、関り合いがあるのだろう。もっとも、自分は異邦人だから、店の人としての顔しかわからないだろうが。

地元の繋がりの中に入るには、少し勇気がいる。扉の向こうは、この土地の生活に一歩踏み込んだ場所だ。顔馴染みのいつもの人たちの談笑に混ざるのは、なかなか難しい。その人たちのいつもの風景をまるで知らないのに、ぽっと入り込んだ身で、観光客として気を遣ってもらうのも、少し気がひける。扉に隔てられた道の上だから、人畜無害な存在でいられる。

そんなことを考えるわけだが、わりと、どうでもいいことではある。人によっては、おかまいなしに混ざっていけることも知っている。自分は臆病なのだ。暗がりに隠れて細い道を行くあたり、性格ってやつだよな、と思う。


少し足をのばして、初めての宿に行った。泊まるわけではなく、日帰り入浴というやつだ。旅館というやつは、古めかしいところがいい。ちょっと剥げた床のタイルも、年月を思えば、味わい深いものだ。なんでもかんでもきっちりきれいに整っていなくても、良さってものはある。まあ、限度はあるだろうけど。


シャワーで体を流して、風呂に浸かる。温泉は、とろみがあって、包まれるような感じがたまらない。冷えた体は、じんわりと温もりに包まれて、頬が緩んでしまう。

わりと、湯あたりなどするので、こまめに上がって体を冷やす。こういうことも、何度か聞いた気はするが、一番新しい記憶は、公衆浴場で男性から聞いたときのものだ。そのあと、すぐに実感することになったので、以来、のぼせないように、こまめに上がるようになった。

入ってすぐは、湯から出ると寒いものだが、繰り返し入っていると、だんだんと、湯から出ても寒さを感じないほどに体が温まってくる。


もう、年なのか、立ちくらみなんか起こすもんだから、気をつけなくてはならない。風呂から上がるときは、ゆっくりと。上がったら、床に腰を下ろして、一息つく。そこから、また、ゆっくりと立ち上がる。

窓から見える景色には、廃墟のようなところも見えて、年月というのを、また、感じる。また、色づいた山の木々と一緒に並んでいるもんだから、なんともミスマッチで浮いているところに、人間の残念なところを見ているようで、物悲しさってやつもある。

そんな景色を眺めながら、窓から入る風で冷えたころ、浴槽に戻るわけだ。

そうやってると、けっこう時間が経つもので、30分くらいになっている。そしたら、一度、水分でもとって、長めに休憩する。15分くらいだろうか。そして、また、浴槽に戻る。そんなことを、やって1時間半なんかは過ごす。


火照った体には、眠気がくる。

帰り道で目が覚めてしまうのは残念だ。

いずれ素泊まりでもしようかしら。

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薄暗い路地裏で。 ごいし @goishi

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