第19話  テロリスト

 

 アンナといったコンサートの帰り道でレイは一方的に別れを告げられた。

「さようなら、あなたとは一緒にいられない」

 悲しそうに微笑むアンナ。

「いやだ」

 レイはそう叫んで、アンナの腕を掴もうとしたが振り払われた。

 アンナは走り出した。

「アンナ行くな」 

 レイは大きな声で叫んだ。


 レイは自分の声で目を覚ました。

 ぼんやりとしてよく見えないので、もう一度目を閉じた。

 もしかしてあの世なのかもしれないと、そう思っていたら、ツンと鼻をかすめるようなエタノールの匂いがした。

 匂いを感じる取ると、レイはゆっくりと目を開けた。

 見えたのは白い天井だった。。

 五感の内の鼻と目は大丈夫だ。

 首も動き辺りを見渡すと、白いカーテンで仕切られていて、腕には点滴がされていた。

 隣を見ると、いつも側で寝ている筈のアンナはいなかった。

 レイは、今いる場所が病院である事がわかった。

 生きていることがわかった今、怪我をしている場所を確認しようと身体を動かすことにした。

 まず手がついているのを確認する為に、右手から指を一本ずつ動かしてみた。

 大丈夫だ、両手は有るし指も動く。

 今度は足だと思い、右足を曲げて膝を立てようとすると右足の動きは問題なかった。

 次は左足も右足と同じ事をしようとすると、膝から下の足首の感覚がなく、全く動かなかった。

 目で見て確認しようして起き上がろうとしたが、全身に激痛が走り起き上がることができなかった。

 レイは激痛の為に、膝から下がどうなっているのかを見ることができなかった。

 痛みがなくなったら後から確認しよう、そう思っていたら急に眠くなってきた。

 朦朧とする意識の中で、部屋に人が入ってくるのを感じた。

 それは、看護師と医師だった。

 二人の話声が聞こえてきたが、フランス語なので何を話しているのかは理解できなかったが、どうやら入院費のようだった。

 パスポートを見て日本人と分かったので、大使館に連絡をしようとしているようだった。

 レイは素性が分かってしまうのが嫌で、止めて欲しかったが声を出すことが出なかった。

 その後も麻酔と点滴のせいで、レム睡眠とノンレム睡眠を何日も繰り返した。


 やがて意識が戻ったきたレイに、淡々と看護師が英語で話かけてきた。

 年末のパリのカフェで、自爆テロがありその事件に巻き添えになった事。

 多くの人が怪我をして、4人が無くなった。 

 レイはそこにいたが、運よく助かった。

 でも、重傷で顔の一部が火傷をして、左足の足首から先の足が無くなった事。

 もっと残念な事は、一緒にいたアンナがその時に死んでしまった事だった。

 アンナはまだ25歳の若さで、あまりにも早すぎる死だった。

「俺と一緒にパリにこなければ・・・」

 レイは、そう思い悔やんだ。

 アンナの事を思うと、レイの目頭が熱くなって来るのがわかった。

 その事に気づいた看護師が、柔らかなタオルでそっと涙を拭った。

 何故ここにいるのか、その状況をレイはやっと理解する事が出来た。 

 

 病院での一週間が過ぎて、キズの痛みも少し和らいできた。

 レイはベッドで静養をしている間に、これからの事を考えた。

 怪我が治ったら、何をしたらどうしたらいいか悩んでいた。


 その後アンナの両親が、遺体を引き取りに警察を訪れ、レイの病院にも面会に来た。

 レイは容態が悪くベッドから、起き上がれずに寝たままだった。

 顔の一部は火傷をしていたので、口が回らずに上手く喋れなかったが、何とか英語で挨拶をした。

「娘を返して欲しい」

 母親は泣きながら言い、憎しみを込めた目でレイを睨んだ。

 レイは申し訳なさで一杯だったが、顔の火傷のせいで、謝罪の言葉が上手く伝えられなかった。

 怪我で葬儀には参列できないが、治ったら墓参りをしたいと、アンナの家族に申し出た。

 家族の返事は、レイが思っていたよりもかなり冷たかった。 

「あなたとは、もう二度と関わりたくない。目の前から消えて欲しい」

 父親が怒りを込めて吐き捨てるように告げると、別れの挨拶もしないで病室から出て行った。

 レイは悔して唇を嚙みしめたが、当たり前のことだと思い引き下がることにした。

 レイは病院のベットに寝たまま天井を見ながら、今まで起きた事を考えていた。

『大丈夫。今まで、数多くのパッシングや困難を乗り越えてきた。自分は強運の持ち主だ。決して神様は見捨てない』

 レイは火傷で引きつった顔に、自信に満ちたうすら笑いを浮かべてた。

 



 

 


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救質しますが、高額です 綾風 凛 @kuzuhahime

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