第31話 報われず

「ところで、そのアジトの情報ってどこから仕入れたの?」

関係筋かんけいすじだよ」


 アズボンドは、時に誰も知りえないようなことを口走ることがある。そのとやらも怪しいが、彼の言うことで誤った情報を聞いたことは一度もない。

 気になるけどあまり詮索しないでおこう。


「この辺りのはずなんだけど」


 地図が書き示す盗賊団のアジト。それはギルドや憲兵舎からそう遠くない場所にあった。周りは貴族や商人などの屋敷がある住宅街。そこに一棟だけある大きな宿屋がアジトのひとつだという。

 一見しただけではここに悪党がいるとは思えないが……。


「とにかく入ってみないことには分からないよね」


 そう言って、アズボンドはその宿屋に入っていった。

 内装から見ても普通の宿屋。しかし、拭えない違和感が僕を不安にさせる。


「いらっしゃい」


 ゴツめの主人が受付台越しにこちらを見ている。

 挨拶もほどほどに、アズボンドが宿泊したい旨を主人に伝えたところ、彼は首を大きく横に振り一言「満室です」と答えた。


「そうなのですか。でも、知り合いに勧められてこの宿が一番と聞いたのですがね」


 それを聞いた主人の眉がピクリと動く。

 やはり、彼も盗賊団に肩入れしている共犯者なのだろうか。


「……お客様はここがどんな所かご存じで?」

「確か相応の対価を払えば泊めてもらえるとか」

「ええ、その通りです。例え重罪人であろうとね……」


 主人はそこまで言うと、『三階、窓が無い部屋』と書かれた小さな紙を受付台に滑らせた。


「ありがとう、ご主人」

「まいど」


 アズボンドは鍵を受け取るわけでもなく、反対に主人にチップを渡した。

 僕は蚊帳の外で、今何が行われたのか状況を把握できずに、ただ彼にいざなわれるがまま三階の角部屋の前に立った。


「後でちゃんと説明してね」

「もちろんさ。でもその前に仕事をしなくちゃね」


 恐らくこの向こうには凶悪な盗賊たちがいる。用心に越したことはない、と、僕は魔物用催眠スプレーを取り出した。

 アズボンドとアイコンタクトを取り、一気に部屋の扉を開ける。僕はスプレーを向けつつ、部屋にはいる。しかし、そこにいたのは盗賊ではなく、目と口を覆われ、手足を縛られた幼い子どもが数人突っ伏すように倒れていた。


「大丈夫!? 今助けるからね」

「シント、応援を呼ぼう……」


 子どもたちの拘束を外そうとした僕の手を、アズボンドが止めた。その時はなぜ止められたのか分からなかった。でも、ゆっくりと確認するように一人の男の子に触れた瞬間、手に伝わったひんやりとした感覚が止めたその理由を教えてくれた。


「クソっ!」

「遅すぎたようだね」


 頭に血が上るのを感じる前に、僕は階段を駆け下りていた。


 あの男を一発、いや二、三発殴らないと気が済まない。

 

 そう思ったからだ。

 そんな燃えるような思いも直ぐに消えることとなる。なぜなら僕が殴ろうとした相手は、受付の後ろ側で首から大量の血を流して死んでいたからだ。

 受付台の上には「償い」とだけ書かれた紙切れが置かれ、彼の手には小型のナイフが握られていた。


「ガキどもの死因は極度の栄養失調だったらしい」

「胸糞わりぃ話だぜ」


 あの後、僕とアズボンドは憲兵を呼び、今回のことを細かく説明した。そして数時間ほど取り調べを受け、学園に設置された会議室へと戻った。


「お前らが第一発見者らしいな。ふとすると、この錬金術師の仕業じゃねえのかぁ?」


 本当にやめてほしい。

 反射で魔剣を取り出しそうになったのを、辛うじて理性が止めてくれたから良かったものの、あと少し遅れていたらこの部屋ごと吹き飛んでいただろう。

 

 なぜそんな物を持っているか。

 一応のさ。


「シント、落ち着いて。相手はたかが冒険者だよ」

「僕は落ち着いているよ。ちょっと危なかったけどね」


 苦笑を浮かべるアズボンドを見て、「僕だけならまだしも、彼に迷惑はかけられないしな」と再認識した。


「オッホン……今回の件、二人の偵察によりアジトの一つを潰すことができた。しかし、攫われた少年らは死亡。加えて共犯者と思われる宿屋の男も自死。このような結果は今回限りにしたいところである」


 何故か睨まれる僕とアズボンド。

 僕は怒りを抑えるので精一杯だったが、アズボンドは怖い笑顔で意見した。


「ひとつ申し上げますと、私たちの行動は何も誤りはありませんでした。皆様方が呑気にお喋りに講じる中、たった二人で盗賊がいる可能性の高いアジトに向かったのです」


 憲兵団、騎士団、学園の教師、冒険者たちはまさにぐうの音も出ないといった雰囲気だった。


「ありがとう。アズボンド」

「君を罪人にするわけにはいかないからね」

「僕ってそこまで信用ない?」


 彼は意地悪気に笑う。

 

「よく言った小僧!」


 声を張り上げたのはベテラン冒険者のルーカスだった。彼は立ち上がり、騎士団長の前に立つと、


「事態は一刻を争う。俺たちが揉めている間に盗賊やつらは罪を犯し続ける。基本はアンタの指示に従うが、俺たちを蚊帳の外に追いやる言動だけはやめてくれよ」

「……ああ、分かった。改めて、これより盗賊団のアジトを殲滅する! 協力してくれるな」


 頷くルーカス。

 盗賊連中には少々同情さえ覚える。

 この国が団結したら一体どうなるのか。


 楽しみだ。


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ようこそ神様〜もしも、工作が好きな普通の男の子が伝説のスキルを手に入れたら〜 小林一咲 @kobayashiisak1

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