第15話

 翌日――。

 イオルクがいつも通りの時間に修練場へ顔を出すと、普段はイオルクより先に居るティーナの姿が見えなかった。

 首を傾げながらイオルクは呟く。

「たまには、こんなこともあるかな?」

 しかし、修練場の片隅に腰を下ろしてティーナを待ち続けるも、他の部隊が修練場を訪れるまで誰の出入りもなかった。

(何かあったのかな?)

 顔を見せなかったティーナを不思議に思いながらも、イオルクはユニスの仮の部屋を訪れる。

 ノックのあとの返事を確認し、扉を開けて部屋の中に入ると、部屋の中はどこか暗い雰囲気が漂っていた。

(入る部屋を間違えたか? でも、さっき返事は返ってきたし……)

 扉を閉めて部屋の奥へと進み、ユニスとティーナの居る机の前に辿り着く。すると、この部屋の雰囲気を作っているのがユニスとティーナであることがはっきりと分かった。

 ユニスとティーナの様子は、いつもと違って沈み込んでいた。

 イオルクはチョコチョコと頬を掻き、ワザとらしくおどけるように声を掛けた。

「どうしたんですか? 拾い食いでもして腹でも壊しちゃったのかな?」

「…………」

 無反応。

 反論する声も、グーも飛んで来ない。あまりにも不気味だった。

「あ、あの……何か、ありました? 今日は隊長も修練場に来なかったし……」

 困惑気味にイオルクが訊ねると、ユニスとティーナが勢いよく頭を下げた。

「イオルク、ごめんなさい!」

「本当にすまない!」

「え? ちょっと⁉ ええっ⁉」

 状況が飲み込めず、イオルクはオタオタと無様に慌てふためいた。

 そのイオルクに対して、本当に申し訳なさそうにユニスが恐る恐る顔を上げる。

「貴方の……過去を知ってしまいました」

「過去?」

 混乱していたイオルクの目が定まっていく。

 イオルクの目がしっかりとユニスに向くと、ユニスは小さな声で答えた。

「……見習いの時のことです」

「見習いの? そんなの、とっくに知ってたんじゃないの?」

 ユニスは『知らなかった』と首を振る。

「じゃあ、どうして、俺はこの仕事を?」

「そこは、本当にわたしの好奇心だったの。でも、この前の言葉遣いから、貴方の過去が気になって……」

「言葉遣い?」

 少しの間、イオルクにはユニスが何を気にしているのか分からなかった。しかし、やがて暗殺者と対峙した時の自分の態度だと気が付いた。

「それって、この前の暗殺事件の時のことですか?」

「……ええ」

 俯いてしまったユニスに代わり、ティーナが本当に悪いことをしてしまったという顔で話を引き継ぐ。

「あれだけのことが過去にあったのだ。お前は知られたくなかったのだろう」

 イオルクは困り顔で頭を掻く。

「まあ、正直に言えば知られたくなかったですけど……」

 顔を上げたユニスは真っ直ぐにイオルクを見て口を開く。

「だから、謝らなくてはいけないのです。軽い気持ちで知っていいものではありませんでした」

 イオルクは頭に手を置いたまま視線をやや上に向けて思う。

(ユニス様と隊長に会ったばかりの頃なら嫌だったかもしれないけど、今は別に、そんなに気にならないんだよなぁ)

 イオルクは腰に右手を置いて言う。

「もういいですよ。ちゃんと謝って貰ったから」

「でも……」

 再びユニスが俯いてしまったのを見て、イオルクは見えないぐらいの小さな溜息を吐く。

(今後のためにも、すっきりさせておくべきか)

 イオルクは両ひざに手を当ててユニスの視線に合わせて腰を落とす。

「知ってしまったものは仕方ないし、俺の過去はいつまでも隠し通せることだとは思っていません。だから、話せることは話してしまいますから、ユニス様達も正直に話してください。――で、何処まで知っているんですか?」

「……全部」

「全部ですか……。そうなると、調べるのも大変だったでしょう? 俺、見習いに在籍していた期間が長かったから」

 イオルクは普段通りに話していたつもりだったが、その普段通りの声がユニスには怖かった。イオルクがどれだけ酷いことをされてきたか、ユニスは知っており、その酷いことをしていた中心人物が身内であることも知っていたからだ。

 これから強い言葉を浴びせられることを覚悟して、ユニスは震えながら口を静かに開く。

「イ、イオルクは……本当は、わ、わたしのことを恨んでいるのでしょう? 嫌い……なのでしょう? ドルズド・メペルト――メペルト家は、わたしの親戚ですから……」

 そう言い、ユニスは俯いて震えていた。イオルクが自分のことをどう思っているかが怖かった。あの命がけで守ってくれた行動も、その時に励ましてくれた言葉も、イオルクの本心ではないと思いたくなかった。それだけイオルクのことを信頼し始めていた。

 その俯くユニスの前で、イオルクは真っ直ぐに立つと腕組みをして答える。

「まったく何を気にしているのか……。俺は、そんなことでユニス様を嫌いにはなりませんよ」

「でも……」

 涙目になって見上げたユニスの視線を受け止めてイオルクは言う。

「ドルズドの奴は大っ嫌いです。恨んでます。俺の親友を殺したのはアイツと言っても違いはありませんから――」

 そこで言葉を区切り、イオルクはいつもの緩い顔をユニスに向けて言う。

「――でもね、俺はアイツとユニス様を一緒にするのを許しません」

「イオルク……」

「それが他人でも自分でもです」

 イオルクが両手を広げて答える。

「ユニス様がどういう人間かなんて、もう知っていることです。俺みたいな駆け出しに礼を言ってくれて、死んでしまった人間にも心を痛めてくれる。俺は、そんなユニス様の騎士ですよ」

「わたしの……騎士?」

 イオルクは頷く。

「ユニス様の騎士です」

 そうイオルクが言うと、ユニスは胸に右手を置いて安堵した顔になった。

「……よかった」

 その様子を見て、このことについてユニスがどれだけ心を痛めていたか知っていたティーナも同じように安堵した顔になる。

(これでユニス様の不安もなくなったことだろう)

 ユニスと同じように小さく笑みを浮かべていたティーナへ、ゆっくりとイオルクの顔が向く。

 その顔はユニスに向けていたものと違い、目が座っていた。

「でも、隊長には、何かして貰いたいですね」

「なに⁉」

 ユニスと一緒に許されたと思っていたティーナは、虚を突かれて一歩後退する。

「な、な、な、何故、私だけ――」

「だって、話の流れからして調べたのは隊長なんでしょう?」

「う……」

 ティーナは何も言えなくなり奥歯を噛み締めたが、今回に関しては自分に非がある。

 強く目をつむり、言い訳を諦めると忌々しく口を開く。

「わ、分かった。何でも……言ってみろ」

「では――」

 イオルクは咳払いを一つ入れる。

「――顎に指を当てて、振り向きざまに目を潤ませながら『ごめんね』って、可愛らしくお願いします」

「……は?」

 ティーナの頭が真っ白になる。決めていた覚悟とは違う、何か別の恐ろしいことをイオルクが口走った。瞬時に理解できない。

(コイツは……今、何を言った?)

 イオルクの言ったことが、ゆっくりと頭で形作られていく。その想像が完成し、頭の中で流れるとティーナは顔を真っ赤にした。

 直後、ブチッ!と何かが切れると、ティーナのグーがイオルクに炸裂した。

 そして、床に突っ伏すイオルクを指差し、ティーナが叫ぶ。

「姫様! コイツ、何も気にしていません!」

「そうなのかしら?」

 ユニスは首を傾げると椅子から立ち上がり、突っ伏すイオルクの前にしゃがみ込む。

「ねぇ、イオルク」

「何ですか?」

「本当に気にしてないの?」

「気にしてません」

「嘘ついてないよね?」

「嘘?」

「言いたくないから誤魔化しているってこと。もちろん、言いたくないなら、それでいいの」

「無理して嘘をついているように見えます?」

 ユニスは首を振る。

「見えない。普段と変わらない。だから……かな? 余計に気になって」

「…………」

 のそのそと起き上がるとイオルクは立ち上がり、ユニスに右手を差し出す。

 その右手を掴んでユニスが立ち上がると、イオルクは頬を指でチョコチョコと掻き、ユニスを見る。真っ直ぐに見据えるユニスの目は純粋にイオルクを見抜いているように思えた。

 イオルクは両腰に手を当て、頭を下げて正直に話す。

「……実は無理してます。やっぱり、辛い話ですからね」

「ごめん……なさい」

 イオルクは顔を上げ、困り顔で頭を掻く。ユニスに謝って貰いたい訳ではないのだ。

 そのイオルクを見て、ティーナは溜息を入れる。

(私をからかったのも自分の嘘を隠すためだったのか。この男は普段からまともなことをしていないから、嘘かどうかを見抜くのが本当に難しい)

 静まり返ってしまった場の空気を変えるため、ティーナはイオルクの過去について質問する。

「イオルク、見習い時代のことについて気になっていることがある」

「何ですか? 突然?」

「突然ではない。お前がふざけなければ、話の流れでしていたことだ」

「はあ……」

 イオルクが向き直り、ユニスも顔を上げると、ティーナはイオルクに話を続ける。

「お前の見習い時代のことを知っていたのは、見習い時代の最初の同期だけだった。ドルズド・メペルトのことを当事者以外――家族にも話していなかったのか?」

 その質問にイオルクはいつもとは違い、少し寂しさと懐かしさを湛えて暫し沈黙していた。

 イオルクはティーナの質問に普段より低い声で答える。

「二人は、クロトルのことも知っているんですよね?」

 その問い掛けに、ユニスとティーナは頷いた。

「俺のことを調べたんだから、当然か」

 イオルクは深呼吸を一つ入れる。

「俺がドルズドのことを黙っていた理由を、順を追って話します。どこから話そうか?」

 顎に右手を当て暫し考えると、やがてイオルクはゆっくりと語り出した。

「初めての戦場で戦果をあげた俺とクロトルはドルズドに目を付けられて、次の戦場から無茶なところに配置されるようになりました。あからさまに本体の囮になる場所だったり、見習いは死んでもいいから敵の数を一人でも減らして戦いを有利にするような場所に……。今振り返っても、とても作戦なんて言えるものじゃなかった」

「ドルズドは進んで見習いを使い捨てにしたのか?」

 そう質問したティーナに、イオルクは視線を下げて答えた。

「……はい」

 それを聞いてティーナは奥歯を噛み締め、ユニスは想像した恐怖に自分を抱きしめるように支えた。

「同期の奴らは本当に良い奴で……俺もクロトルも誰一人死なせたくなかった。だから、ドルズドから皆を守ろうって、クロトルとは約束して戦いに臨みました。何も言わずに心配掛けないで、仲間も家族も……」

 ティーナが額に右手を当てて呟く。

「たった二人でなんて……。フレイザー様もジェム様も居たのに頼らなかったのか?」

 イオルクは頷く。

「俺とクロトルは身に付いている技術は飛び抜けていたから、二人で何とかなってしまった。そこで勘違いをして突き進んで、貴族の汚い見栄や欲がどれほど恐ろしいものかを分からなくて、結果は……」

 イオルクが語らなかったその先は、ユニスもティーナも分かっていた。

「俺は馬鹿だから、クロトルが死んでしまっても、ドルズドに派遣されるままに戦いました。俺達が立てた『ドルズドから皆を守ろう』って約束を破りたくなくて、クロトルを約束を破らない立派な騎士にしてあげたくて……。だから、ドルズドが情報の操作をしていたのもあるけど、クロトルとの約束を守るために仲間に口止めして、必死に色んなことを家族にも隠しました」

 ティーナに向け、イオルクは苦笑いを浮かべる。

「まあ、仲間うちで黙っていられない奴も居たみたいだから、隊長に洩れてしまったんですけどね」

「お前……」

 そこでイオルクは上を向き、大きく息を吸って吐いた。

 次にユニスとティーナに向けた顔はいつも通りで、声の大きさも戻っていた。

「そういう理由があって、ドルズド・メペルトが見習いの指揮を執ると分かっている間は、ワザと試験に落ちていました」

「筆記試験の落第はワザとだったのか……」

(コイツは友との約束を守るために、そこまでしていたのか)

 ティーナは初めてイオルクの本質を見た気がした。普段は気の抜けた緩い騎士の印象しか目に映らないのに、何故、それにそぐわない実力がイオルクに備わっているのかが不思議だった。

 しかし、真実を知れば不思議なことはない。イオルクという騎士は友に対して一途で、友を守るために力を付けたのだ。そこに私利私欲の欠片は微塵もない。

 イオルクが目を閉じて続ける。

「ドルズド・メペルトが居なくなった最後の一年は、純粋に父さんや兄さん達みたいな騎士になりたくて頑張っていました。でも、何故か筆記試験に受からなくなっていた。試験に落ち続ける理由が分からなかった」

 イオルクは目を開け、ユニスとティーナに微笑む。

「やっと理由が分かったのは、本当はユニス様の悪戯のお陰だったんです。俺は誰かのために命を懸けるのが嫌になっていたのに気付かなかった」

「じゃあ、わたしの思い付きが気づいた切っ掛けだったの?」

 ユニスが訊ねると、イオルクは頷く。

「あのテストは落ちる方が難しいですからね。三年間は白紙で出していたんで納得いっていたんですけど、最後の一年は混乱しましたよ」

 イオルクは『ははは』と笑っているが、ユニスとティーナは顔を見合わせ、何と言っていいか分からないという顔をしていた。

「ついでだから、もう一つ言っていいですか?」

 ティーナが答える。

「胸のつかえが取れるのなら話すといい」

「では」

 イオルクは咳ばらいを一つ入れる。

「これは見習いの同期にも言ってないことなんですけど、俺とクロトルには夢がありました」

「夢?」

「正義を貫き、弱い者に手を差し伸べ、清廉潔白な立派な騎士になること。簡単に言うと、隊長みたいな感じです」

「じょ、冗談だろう?」

 信じられないと顔を引きつらせるティーナを見て、イオルクは笑っている。

「まあ、クロトルに出会った時点で、理想の騎士像っていうのは大分違ってるんですけど、そういう気高い騎士になろうって約束をしてたんです。だから、城に勤める騎士は、皆、誇り高い者しか居ないって疑いませんでした」

 そこでイオルクは話を止め、ユニスに顔を向けた。

「ユニス様、暗殺者に襲われた時、『恐れを知らないで指揮を執るとどうなるか?』という話をしたのを覚えていますか?」

 ユニスは、そっと右手を胸に当てて答える。

「覚えています」

「あれと同じことを、俺たちはしてしまったんです」

 ユニスは難しそうな顔になり、イオルクの言った意味が分からなそうだった。

 その側でティーナはイオルクが伝えようとしていることを理解し、静かに口を閉じていた。

「戦場に理想だけを持って行ってはいけないんです。全員が正義を貫ける力を持っているわけではなく、弱い者に手を差し伸べられない。人は清廉潔白な生き物ではないという、現実を認識しないといけない」

 イオルクは眉をハの字にした情けない顔で続ける。

「理想を貫くために退かず、弱き者を守るために前に出続ける。上官の間違った命令でも、清廉潔白な騎士はやり通さなければいけないと思い込む……」

 ユニスの背丈に合わせてしゃがみ、イオルクは言う。

「あの時に話したことと逆です。騎士の中には見栄や欲を優先する者も居るし、全員が清廉潔白なんてあり得ない。それでも自分の理想の騎士像を追えば、現実と理想に摩擦が生じて何かを犠牲にしないといけなくなる。俺は、戦いから一歩も引かずに突き進みました。戦場で無理を押し通すために、自ら死地へと踏み込み続けました。――これが間違いだというのは分かりますよね?」

 ユニスはゆっくりと深く頷いた。

「つまり、こういうことですよね? イオルクは二人の夢と約束のために、周りに頼れなくなってしまった……と」

 イオルクは頷いた。

「ちゃんと、出来ることと出来ないことを考えるべきでした。何も知らないでドルズドを見てしまって、俺達は真っ白い布地に真っ黒なペンキを投げつけられたような気持ちになりました。そして、意固地になって夢を貫こうとした結果が……今の俺みたいなのを作ってしまったんです」

 そう言ったイオルクをユニスは悲しそうに見詰めた。そういう視線を向けられたくないであろうことも分かっていたが、友達と憧れた騎士像を奪われてしまったイオルクに胸を痛めた。

 そのユニスを見て、僅かな間だけティーナも同じ目をした。しかし、直ぐに凛とした顔つきに戻り、自分の考えを述べた。

「権力や利権が絡むなど、子供は分からない。だから、立派な鎧を身に着けた騎士が、皆、思い描いた者達だと思っても仕方がない。そして、本来なら徐々に理解していく事柄を、お前の場合は少しずつではなく、いきなりすべての汚いところを見せられてしまった。それが、ああいった行動に出てしまった原因なのだろう」

 イオルクは頷く。

「そう思います。俺は、その時から貴族の見栄や欲を敏感に感じ取るようになりましたし、俺を含め貴族が嫌いです。出来ることなら、この世界の全ての人間を平民にしたいぐらいです。でも――」

 イオルクはユニスとティーナに視線を向ける。

「――そんな中でユニス様と隊長に会えて良かったと思ってます。俺は、努力をしている貴族の女の子の未来を守ってあげたいと思えたし、その女の子を命懸けで守る騎士が存在していたというのは救いでした」

 右手の親指と人差し指をつなげて輪を作ると、イオルクは笑みを浮かべる。

「今なら、あの問いに○を書けます。守るべき守りたい主が居るっていうのは、騎士にとって最高の喜びですからね。俺は、隊長と命を懸けてユニス様を守れることが誇らしいです」

「イオルク……」

 ユニスは胸の前で両手を重ね、大きく息を吐いた。イオルクが自分に嫌悪感を抱いていなかった安堵感と自分のために命を懸けてくれるという言葉が嬉しかった。

 静かに目を閉じて佇むティーナも、同じ志を持った騎士が側にいることを喜んでいるようだった。

「俺の秘密は、これで全てです」

 イオルクの話が終わり、ユニスの部屋にいつもの雰囲気が漂い始める。

 暫しの静寂のあと、ユニスが落ち着いた声でイオルクに訊ねる。

「最後に一つだけ、聞いていい?」

「ええ、いいですよ」

「イオルクが貴族らしくないのは、クロトルという友人のため?」

 そこでイオルクは腕を組んで考え、首をやや斜めに傾けながら答える。

「それもあると思うけど、少し違うかな? たぶん、アイツの自由さに憧れたからだと思う」

「憧れ?」

 イオルクは頷き、昔を思い出しながら静かに話し出した。

「最初は少し年上のクロトルの話し方や態度を真似していたのを覚えてる。でも、それはクロトルだけが特別じゃなくて、周りに居た平民出だった見習いの騎士達全員が持っていた。身分とか生まれとかを、どうでもいいと思わせる強さってヤツを持っていた。俺は、そういうものを持っていなかったから、凄く羨ましかった。だから、クロトルが貴族としてではなく、ただのイオルクとして接してくれたのが嬉しくて一緒に馬鹿なこともしたし、背中を預けられる友達にもなれた。俺は貴族なんかより、クロトル達と同じ仲間で居たかった」

「そう……」

 イオルクは頭に右手を当てる。

「でも、危機感が高まると俺の原点であるブラドナーに立ち戻ってしまうみたいで、見習いに入る前の言葉遣いが出てしまうみたいです。敬語なんて意識しても使えないぐらいに忘れてしまっているのに、戦いの中では体に染みついた動きと一緒に当時の自分へ戻ることがあります」

 ユニスがクスリと笑う。

「敬語を強制して一般の人と同じにして、またティーナに敬語の使い方を教わってるなんて、おかしな話ね」

「本当に。付き合ってた連中の個性が強かったせいか、今度はなかなか元の言葉遣いにならないんですよ」

 ユニスは声に出して笑っている。

「何か、イオルクらしくて安心した。あと……正直に話して貰って」

「そうですか? 話し終えてしまえば、特に許す事柄も特になかったような気もしますけど」

 ユニスに向けたその言葉に、ティーナがピクリと反応すると咳払いをする。

 イオルクとユニスがティーナに目を向けると、ティーナは右手を腰に当てて左手を返しながら言う。

「それでは許す事柄はないのだから、私も無罪放免ということでよいのだな。先ほどの何でもやるというのは無効ということだ」

 ユニスはティーナの冗談めいた言葉を初めて聞いた気がした。そして、その言葉を聞いて、『イオルクはしてやられたわね』と思った。

 しかし、それを聞いたはずのイオルクは不思議そうな顔をしたまま首を傾げて、こう言うのであった。

「じゃあ、さっき俺が言った『振り向きざまに、ごめんね』っていうのは、やらないんですか? 是非とも見てみたいんですが」

「だ、誰がやるか! そんな恥ずかしいこと!」

 再び恥ずかしさで顔を真っ赤にしたティーナを見て、ユニスはおかしそうに笑う。暗殺事件のせいで、ここ暫く暗くなっていた雰囲気が一気に晴れた気がした。

 しかし、本当に晴らされたのは、イオルクの心だったのかもしれない。ユニスとティーナという存在がイオルクに再び騎士としての誇りを取り戻させたのだから……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

そして、それは彼女に受け継がれ……。 序章・切っ掛けの少年【電撃小説大賞 応募用】 熊雑草 @bear_weeds

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ