31話から40話までのあらすじ・登場人物

 オリアスの昏睡状態は続き、取り調べの結果、イレーナが行商人の娘に化けた間諜で、第一王子ザガムの命令でヨトゥンヘイムに潜伏していた事が判明する。

 だが、オリアスに呪詛を掛けた者が誰なのかは、依然として謎のままであり、スリュムは呪詛の首謀者がアグレウスではないかとの疑いを抱き、戦の可能性を仄めかす。

 ヴィトルは呪詛を解く事を最優先とし、その為に魔導師を探す事を進言し、ヘルヘイムに密使を送ったが、結果は芳しくなかった。

 緊張が高まる中、ゲイルロズがアグレウスに魔導師を探させる事を提案する。

 ヴィトルはグレウスが首謀者で無ければ――首謀者であったとしてもそれを自ら認めるのでなければ――魔導師を探し出し、オリアスに掛けられた呪いを解く事に協力する筈だとしてアグレウスに密使を送る事を進言する。

 ただちにオリアスの側近である文官たちと、側近護衛官たちが召喚され、事の次第と密使の任務の重要性の説明がなされた。

 密使に選ばれたのは、自ら名乗り出たヒルドだった。

 多くの側室を侍らせているアグレウスの許に、ヒルドのように若く美しい女が交渉に赴けば有利になるかも知れないと、ヴィトルは考えたのだった。


 ヴィトルはヒルドに対し、アグレウスの性格やスリュムやオリアスとの距離感、ヘルヘイム皇宮内の勢力図、アグレウスの側室とその子供たちについてなど、細かく注意を与えた。

 オリアスに呪詛をかけた首謀者がアグレウスであると、スリュムが本気で疑うほどに険悪だというヴィトルの説明はヒルドには想定外だったし、初めて会う事になるアグレウスがオリアスとは大分、性格の異なる男であるらしい事に不安すら覚えていたが、十三の時に立てた誓いを守るべく、自分の生命を賭けてでも任務を遂行する決意を新たにする。


 その頃、エーギルはアロケルの身を案じて地下牢を訪れていた。

 アロケルは拷問される事を恐れ、自分がヨトゥンヘイムの内情を探る為にアグレウスによって遣わされた事を洗いざらい話しており、それがアグレウスの耳に入ればヘルヘイムでの将来が閉ざされるのだと思い、ヨトゥンヘイムに来た事を後悔していた。


 ヒルドは飛竜に乗って単身ヘルヘイム皇宮に赴き、王の密使としてアグレウスに謁見を願い出た。

 アグレウスは廷臣たちとの会議のあと公爵達と会食の予定があり、ヒルドが謁見を許されたのは夜も大分、更けた頃だった。


 アグレウスは呪詛の首謀者として自分に疑いが掛けられているのだと気付いたが、魔術の心得のある侍医を遣わすとだけ言って、魔導師を探す事は拒絶した。

 ヒルドは必死になってアグレウスを説得しようとしたが、アグレウスは高貴な血筋であるオリアスの呪殺には時間がかかる筈だと考え、まず侍医を派遣して様子を見てからでも手遅れになる可能性は殆ど無いと判断し、ヒルドの説得に応じない。

 アグレウスの冷淡な態度にヒルドは次第に冷静さを失い、その余りに必死な様子と美しい肢体に、アグレウスはヒルドがオリアスの密かな愛妾ではないかと勘繰る。

 そしてオリアスの秘密を握る事で自分の立場を有利にしようと目論むアグレウスは、ヒルドとオリアスの関係を確かめる為に、魔導師を探し出す代償として、ヒルドに夜伽を命じた。


 ヒルドに取って悪夢のような一夜が過ぎ、夜明けと共にヒルドは侍医たちを伴ってヨトゥンヘイムに戻った。

 一方、アグレウスはヒルドがまだ誰にも手折られていない花だった事を知り、オリアスの秘密を共有できなかった事を残念がる。

 僅か一晩でヒルドがすっかし憔悴し、やつれ切っている事に、ヴィトルはすぐに気づき、何があったのか、察する。


 オリアスが倒れてから六日後、アグレウスが遣わした魔導師がヨトゥンヘイムに到着し、四日目の朝、オリアスは目を覚ました。

 憔悴して実家で休養していたヒルドは、ヴィトルの使者であるスルトの口からオリアスの呪詛が解けた事を聞き、安堵の涙に暮れる。

 ヘルヘイム郊外にある城で、亡き第三王子マルバスの母であるミリアムが死の床に就いていた。

 呼ばれた医師はミリアムの症状が呪い返しである事に気づき、恐れをなして治療は無理だと言いおいて早々に立ち去った。

 ミリアムは「あの女」がマルバスに毒を盛って死なせたのだと信じており、その報復の為に呪詛を行ったが、呪詛返しによって自らの生命を危うくしていた。

 ミリアムは報復の成就を確認し、もし失敗していたなら自分に代わってマルバスの仇を討つ事を侍女長に言い残して世を去った。


 体調が回復したヒルドはオリアスを見舞い、重大な責務を無事果たし、主を危機から救う事が出来た事を前向きに考え、ヘルヘイムでの一夜の事は忘れる決意をする。

 朗らかな笑顔で密使に選ばれた事に礼を言うヒルドに、ヴィトルは罪悪感を覚える。


 ドロテアやアロケル達が地下牢につながれていると知ったオリアスは悲しみ、すぐに釈放する事をスリュムに進言する。

 オリアスは順調に回復してその後公務に復帰し、呪詛事件は――首謀者や術者は不明のままだったが――解決したように見えた。


 ヴィトルの母ベイラはオリアスの回復を喜び、安堵のあまり気が緩んで、アグレウスとスリュムの仲が冷え切った原因の一端はドロテアにあるのではないかと口にする。

 同じように安堵から緊張が解けたヴィトルはオリアスが非の打ち所がない王太子だと称賛するが、ベイラはオリアスの優しさが災いを招く事を懸念する。


 同じ頃ヘルヘイム皇宮の一室では、宮中護衛兵の長官エリゴスが第一王子ザガムに、ヨトゥンヘイムから密使がアグレウスを訪れ、翌日に侍医、その三日後に何者かがヨトゥンヘイムに向かった事を報告していた。

 側近のハーゲンティは、状況から推測して何者かがオリアスに呪詛を掛け、その首謀者がアグレウスであった可能性を仄めかす。

 ザガムは気位の高いアグレウスが、下賤と見做される魔導師と関わりを持ったらしき事を意外に思う一方、それは誇りと引き換えにしてでも得る価値のある力なのだと思い、自分も魔導師を利用する事を考え、ハーゲンティに魔導師探しを命じる。


 ザガムたちが密談していた頃、グレモリーは兄フォルカスからの文を前に、溜息を吐いていた。

『面白い』話を知りたがっているという内容で、商人であるグレモリーの夫スロールの耳に入る噂話を当てにしていた。

 スロールは『面白い』話では無いが、オリアスが暫く病で臥せっていたらしいとの噂を伝える。

 グレモリーはフォルカスが今この時期に噂話など聞きたがった事に、何か意味はあるのかと、不安に感じる。


 ザガムの命を受けたハーゲンティは、ヨトゥンヘイムの様子を探る為に密偵のイレーナに連絡を取り、オリアスの身に何か異状が無かったか尋ねたが、イレーナは厳重な監視下に置かれている為、それはすぐにスリュムに報告された。

 スリュムは呪詛の首謀者がザガムであった可能性を考え、ギリングとゲイルロズを私室に呼ぶ。

 事情をスリュムから聞いたゲイルロズは、レオポルドゥス公爵とマクシミリアヌス公爵が、自家の姫をオリアスに嫁がせようと画策しているらしいとイレーナが報告していた事を指摘し、スリュム達は首謀者がザガムであったとの見方を強める。


 スリュムはこの事をオリアスにもフレイヤにも知らせずに処理する事を決意し、自分の側近護衛官を密使としてアグレウスの元に送り、呪詛の首謀者としてザガムに嫌疑が掛かっている事、証拠が見つかり次第、相応の処罰を行うよう、要請する。

 アグレウスは調査の為、エリゴスをザガムから引き離す事を決意し、エリゴスに脅しを掛ける。

 初めはシラを切ろうとしていたエリゴスだが、自分の宮中護衛兵長の地位が保たれる事と引き換えに、アグレウスの命に従う決意をする。


 ザガムに魔導師探しを命じられた数週間後、ハーゲンティは漸く一人の魔導師と連絡を取るまでに漕ぎ着けていた。

 深夜に城下の無人の宿屋で魔導師と落ち合ったハーゲンティだが、エリゴスの裏切りにあって捕縛される。

 エリゴスは魔導師も捕縛する為に宿屋を包囲していたが、魔導師は自分の身代わりに傀儡を操っており、その場には来ていなかった。

 エリゴスの報告を受けたアグレウスは、後の処置をエリゴスに一任する。


 エリゴスとハーゲンティが魔導師との密会の為に町外れの宿屋に向かっていた頃、テレンティウス伯爵家では、華やかな舞踏会が催されていた。

 グレモリーは、フォルカスが『面白い』話を聞こうと文を寄越した事が、オリアスの病と無関係では無いだろうと問い質す。

 覚悟が出来ている事を仄めかすフォルカスに、グレモリーは母が亡くなった時、オリアスは優しい言葉をかけてくれた唯一の方だったと言って、オリアスに害を為そうとするフォルカスの真意を問う。

 フォルカスはオリアスに害を為すつもりなど無く、この時期に手紙を書いたのも偶然だと言い張る。


 ザガムの私室を訪れたエリゴスは、ザガムを言いくるめて自分の屋敷に連れ出した。

 その翌日、ザガムが側近のハーゲンティ共々、前夜から行方不明となっていると、エリゴスはアグレウスに報告する。

 エリゴスは既にザガムとハーゲンティを自身の屋敷内で謀殺していたが、不慮の事故として二人の死を処理する事を仄めかしたアグレウスの意に添って城内の捜索を続け、裏庭の池から上がった二体の白骨遺体を、ザガムとハーゲンティの遺体として強引に処理する。

 宮中の勢力図を大きく書き換える事になるこの事件に貴族たちは色めきたったが、ザガムのライバルと看做されていた第二王子ダンタリオンは素直に喜べなかった。

 乗馬を一切しないザガムが、狩りや遠乗りの場として使われている皇宮の裏庭で池に落ちて事故死したなど、ありえないと考えたからだ。

 ダンタリオンは暫くは身を慎み、目立つ行動を避ける事を決意する。


 オリアスへの呪詛事件から三ヶ月後。

 暫く前から体調を崩して休暇を取り実家で静養していたヒルドだが、体調不良の原因が懐妊であると、母のアルネイズに見抜かれる。

 ヒルドは秘密を守ろうとしたが、胎児の父親がアグレウスであり、魔導師を派遣する代償に夜伽を命じられた事も知られてしまう。

 ヒルドは事が明るみに出る前に身の始末をつけようとしていたが、誰にも知られずに堕胎薬を手に入れる方法がわからずに悩んでいたのだった。


 二人が思い悩んでいた時、オリアスがヒルドの見舞いに現れる。

 アルネイズが応接間でオリアスの応対をしている間に、ヒルドは自室で自殺を図った。

 侍女の悲鳴でそれを知ったオリアスは、何があったのかアルネイズに聞き質し、アルネイズはヒルドが懐妊し、そしてそれを必死で隠そうとしているのだと話した。

 何があったか察したオリアスは、憤りを覚えてヴィトルを呼び、知っていながら黙っていた事を詰問する。

 ヴィトルはオリアスへの呪詛が解かれた以上、事を荒立てるつもりは無いと言い切り、犠牲となったのはヒルド一人ではないと付け加える。

 ザガムの死が事故死では無かった事にオリアスは愕然とするが、事を荒立てれば、ヘルヘイムとヨトゥンヘイムの両国間の関係に亀裂が入だけなのだと考え、そしてヴィトルには覚悟ができているのだと感じる。

 オリアスは両国の間に諍いが起きる事など望んではいないとしながらも、ヒルドをこのまま泣き寝入りさせるつもりは無いと言い、その言葉にヴィトルは、ヒルドを密使に選んだ自分も非難されているのだと感じる。



 40話までの登場人物


 □ ヨトゥンヘイム側


 アルネイズ


 ヒルドの母。

 ヴィトルの母であるベイラらと共に、故国であるアルフヘイムが闇の妖精によって滅ぼされた時、ヨトゥンヘイムへと逃れてきた妖精の一人。

 ヨトゥンヘイムで夫を得、ヒルドが生まれた。

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