第17話 王の気まぐれ




「放して」


 廊下の先から女の声が聞こえてきて、その場にいたノースランド家の三人は何事かと立ち止まった。


 見るとリターが二人の屈強兵な兵士に両脇を抱えられ、市民の好奇の目の中を廊下を引きずられてこちらに向かって来る。


「痛い、痛いって」


 叫ぶリター。


 ビンデは思わず駆けていって、行く手を遮るように立った。


「どけっ」


 兵士が邪険に手で払う。


「その人は知り合いなんだ。何があったか知らないけど、とりあえず放してやってくれないかい?痛いっていってるし」


 ビンデはニコニコしながら言った。


「うるさい。これは公務だ。退かねば、公務執行妨害になるぞ」


「そんなこと言わないで。これで……」


 ビンデは兵士に近づき、ポケットの中から札を取り出して見せた。


 兵士二人は互いに顔を見合わせてリターを放した。


「早々に王宮から出て行くように」


 袖の下を受け取り、兵士二人はそう言い残し、去って行った。


「ありがとうございます」


 リターはビンデに礼を言った。


「いったい何があったんだい?」


 セッツがリターに聞いた。


「お見苦しいところを見せてしまって……」


 リターは洋服の乱れを直して息をついた。


「接見審査が上手くいかなかったのみたいだね」


 ビンデが言った。


「目安箱なんて、嘘ばっかりです。王様は民の声など聴く気が無いんだわ」


 リターは目に涙を溜めて吐き捨てた。


「やっぱりか……じゃあ、俺たちと一緒に来るかい?」


「えっ?」


「王に招待されているって言ったろう?そこで不満をぶちまけちまえばいいよ」


「……いいんですか?」


「ああっ」


「それは出来ませんよ」


 いつのまにアルフレドが背後に立っていた。


「なんで?」


「王に接見する人間をあなたが決めていいわけないでしょう」


「行きの女の子は許してくれたじゃん。それに三人が四人になっても大して変わらないんじゃないの?いいじゃん、一人くらい」


「そんないい加減なことが通る訳がありません。この国の王に会うのです。サウズ・スバートを統治している国王様に。大体、この人が何者であるか、あなたご存じなのですか?」


 アルフレドはじろりとリターを見おろした。


「当たり前だろ。オーブンから来たラク酒の製造会社の主人、パムル・リターさんだよ」


「証明できますか?」


「だって……本人が、ねえ?」


「はい。ちゃんと身分証も持っております」


 リターは鞄を開けた。


「そんな物、いくらでも偽造できます」


「なっ」


 リターが驚き、息を詰まらせる。


「それに例え、あなたがラク酒の主人だとしても、殿下に刃を向けようとしていないとも言えない」


「私がそんなことする訳が……」


「そうだよ」


「証明できますか?」


「出来るよ。俺は人を見る目があるんだ。何しろ、毎日、何百人と旅人を見てるんだ。悪人か善人か、見て、すぐにわかる」


「しかし、この人は今、騒ぎを起こしだでしょう?」


 その指摘に二人は息を詰まらせる。


「……まあ、それはそれ。だいたい王様に刃を向けるわけがない。ねえ?」


 ビンデの問いにリターは懸命に頷く。


「そんな曖昧では、国は守れないのです。しかも晩餐の席を共にするのです。簡単に殿下の前に座らせる訳にはいかないのです」


 アルフレドの言葉に一同が沈黙する。


「ありがとうございます、ビンデさん。そう言ってくれただけで嬉しかったです。でも、もういいです。町に戻って、また出直してきますので」


 リターはビンデに頭を下げた。


「……いや、逆に不愉快にさせてしまったんじゃないかな。お詫びと言っては何だけど、俺の方から国王にちゃんとラク酒の税金のことは話しておくから」


「よろしくお願いします」 


 リターは深々と頭を下げた。



  *        *        *



 大臣たちが待つ部屋にロス王が現れた。


「……王妃は内密にとのことでございます」


 クロースンでない執事とロス王は話している。


「それは楽しみだが、何でも戯曲家のパミンに台本を依頼したそうじゃな」


「はい。パミンは大急ぎで台本を完成させ、今も戯曲の稽古に励んでおります」


 大臣たちは待ち構え、ロス王が先に着席すると宰相のウェス・ドムスンが話し始めた。


 恰幅のいい白い髭を生やした厳しい顔の男である。


「殿下にはご機嫌麗しゅうございます。早速ですが、始めたいと思います」


「……うむ」


 この日の会議の議題は、国内の財政と治安になっていた。


「……今年に入り、憲兵による逮捕者はグララルン・ラードだけでも五百人を超え、目安箱への訴えも日に日に増えております」


 ウェス・ドムスンがテーブルの上に山のように置かれた書状を指して言った。


「これは偏に、政策への不満が民衆に根付き始めていることを意味しているのではないでしょうか。速やかに何らかの対応をすべきではないでしょうか」


「……このまま行くと暴動でも起こると申すのか?」


 国王は他人事のように言った。


「あるいは。国民の生活は困窮しています。このまま何の策も講じないと国民の不満は益々、膨れ上がり、どうなることか分かりません」


 ウェスが鼻息を荒くした。


「内務大臣、これについては何か申す事はあるか?」


「はい。宰相がおっしゃるように現在、多くの逮捕者が出ていることは確かですが、彼らを労働力として使うのはいかかでしょうか?国のインフラ整備が遅れております。彼らを長期刑にして、労働者として使えば、逆らう者も減り、国の労働力も上がる。一石二鳥でございます」


 内務大臣のヨーサは細身の狡猾そうな目をした男である。


 ヨーサの発言にロス王は頷く。


「しかし、それでは、彼らの本来の仕事や養う家族はどうするのですか?」


 ウェスが異議を唱えるが、それを制して、ロス王は別の大臣を見た。


「なかなか好い案だ。では、財務大臣、お主は何かないか?」


 ロス王に呼ばれ、立ち上がった財務大臣は先日、発言した肥った男ではなく、細身の切れ長な目をした若い男に変わっていた。


「一刻も早く、デートラインに兵を送り、キッカ石を大量に手に入れることがサウズ・スバートの財政を立て直す唯一の方法だと考えております」


 新任の財務大臣の名はボトノアといい、王家の血筋にあたる。


 ロス王がほほ笑んだ。


「しかし、今年招集した兵の訓練がまだ済んでない」


 つかさずセンス軍事防衛大臣が口を挟む。


「問題ありません。兵士の他に異国から買い付けた奴隷を同行させれば、その分、経費が減りますし、彼らに荷物を運ばせれば、兵士の負担がへり、訓練の期間も減らすことが出来る。すでに奴隷に当たりは付いております」


 ボトノアは細い目を更に細くして微笑む。


「しかし、訓練されていない奴隷ではデートラインどころか、その手前のシシリアの森まで命が持たないだろう。かえって足手まといになる」


「構いません。奴隷がいくら死のうが目的はキッカ石なのです。キッカ石1モルで一億ルギーの値が付くのだから、あっという間に財政が賄えます」


「甘い考えだ。そんな簡単にデートラインへ行けるなら苦労はせん」


 センスはボトノアを睨みつけた。


「軍事大臣が怒るのはもっともですが、どうか冷静に。殿下のご意見はいかかでございますか?」


 ボトノアがロス王を見た。


「うむ。ボトノアの案が気に入った」


「しかし、殿下。それでは兵士たちの身が持ちません。ただでさえ、五年が十年に伸びたのです。この伸びた十年で兵士を育て、長い目でデートラインへ挑んだ方が、後々の為にはよろしいかと存じます」


 センスが訴える。


「よい、兵士たちも国務の為に身命を擲つことは覚悟の上であろう。国難をのり越える為であることもな」


「それでは……?」


 ウェス宰相が聞くとロス王が立ちあがり、宣言した。


「デートラインの遠征を三か月早めて、来月の頭にいたそう。それ迄に奴隷の準備も致して万全の準備をしておくように」


「はっ」


 ボトノアだけが威勢よく返事をした。


 他の大臣たちは唇を噛み、机の下で拳を握りしめていた。

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