浮気相手の正体

 これから私が何を話そうとしているのかも知らずに、眼前の女性は、呑気に茶を淹れている。

 夫の義妹から、夫が眼前の女性と関係を持っていると聞かされた際は、悪い冗談かと思ったが、義妹が目にした光景などを知れば知るほどに、信ずることを避けたいと思いながらも、おぞましい現実を受け入れなければならない状況に至っていた。

 その女性を前にした私は、口の中が渇き、手の汗が止まらなくなっている。

 それは、夫の浮気相手をようやく突き止めることができるという達成感によるものなのか、眼前の女性本人から夫との関係を明かされることで、信じたくはなかった出来事が事実であると改めて聞かされることへの恐怖によるものなのか、私には分からない。

 だが、夫の義妹から情報を得てしまったからには、何も知らない振りをしながら今後も夫との人生を過ごすことなどは、私には出来なかったのである。

 瞑目しながら深呼吸を繰り返し、最後に頬を思い切り叩くと、私は眼前の女性に夫との関係について訊ねた。

 湯呑み茶碗に緑色の液体を注いでいた女性の動きが一瞬止まったというその反応から、図星を指されたのだと推測することができる。

 しかし、女性は即座に何事も無かったかのように茶を淹れながら、苦笑を浮かべた。

「急に、何を言っているのですか。関係も何も、あなたが昔から知っているものと、何も変化していません」

 そのような言葉を吐くことは、予想していた。

 ゆえに、私は夫の義妹から受け取っていた数葉の写真を鞄から取り出すと、机上に載せた。

 その写真を目にした途端、女性はそれまでの余裕を一瞬にして失い、目にも留まらぬ速度で写真を手に取った。

 苦しい言い訳を口にすることもなく、極寒の地に下着姿で立っているのではないかと錯覚してしまうほどに身を震わせ、これ以上ないほどに目を見開いている様子は、眼前の女性本人から事実を聞かされなくとも、義妹の情報が真実であるということの裏付けと化した。

 夫との行為の様子を記録した映像も手元に存在しているが、どうやらその映像の出番は無いようである。

 女性が夫と関係を持っていたということは、本人の口から明かされなくとも、その動揺した様子が雄弁に語っていたのだ。

 だが、私には眼前の女性に訊ねるべきことがあった。

 そればかりは、本人の口から明かされなければ分からないことだったからだ。

 私は眼前の女性の名前を呼び、意識を此方に向かせてから、問うた。

 何故、血が繋がっていないとはいえ、息子と関係を持つようになったのか。


***


「私が二人の関係を知ったのは、半年ほど前のことです」

 私が使っている寝台に並んで座ってから、夫の義妹はそのように切り出した。

 半年前ということは、私と夫が交際するよりも前のことである。

 義妹は私を見ることなく、床に敷いた自身の布団を見つめながら、

「その日、私は友人と外出をしていたのですが、出先で友人の体調が悪くなったために、予定を切り上げ、家族に話していた時間よりも早く帰宅したのです」

 義妹は自宅が存在する方向に目を向けた後、再び視線を布団に戻すと、

「自宅に入ったとき、誰かの声が聞こえてきたのです。聞いたことがないようなものだったために、何かの音声かと思いながら二階へと向かうと、その声は段々と大きくなっていきました。やがて、それが母親の部屋から聞こえてくるということに気が付いたのですが、同時に、それは奇妙な話だと思ったのです」

 それは何故かと問うと、義妹は私の目を見ながら、

「母親の部屋には、寝台や衣服といったものしか存在していなかったからです。何らかの機械から音声が聞こえてくることなどは無く、其処に存在する人間が発しなければ、声が聞こえることはなかったのです」

 義妹は顔を手で覆うと、絞り出したかのような弱々しい声で、

「其処で、私は見たのです。自身の母親と、血が繋がっていないとはいえ息子である兄が、快楽に溺れている姿を」

 再び現われた義妹の顔は青く、今にも倒れてしまいそうな様子だった。

 それでも、義妹は口を動かし続けた。

「最初は、悪い夢でも見ているのかと思いました。私が外出する前までは、普通の親子として振る舞っていたのですから。血が繋がっていないとはいえ、それまで十数年も母親と息子という関係性で生きてきた二人が、簡単に思考を切り替えられるとは考えられませんでした。ですが、何度目を擦り、何度頬を叩こうとも、母親が阿呆のような声を出して義理の息子と交わっている現実は、変わることはありませんでした」

 当時の光景を思い出してしまったのか、義妹は口に手を当て、嘔吐しそうな素振りを見せた。

 私は義妹の背中を摩りながら、自身が記憶している夫とその義理の母親が身体を重ねている姿を想像する。

 想像することは出来るが、それが実際に起きるとは、考えられなかった。

 それまで実の親子のように同じ時間を共にしてきた人間たちが突如として男女の関係に至るなど、夢でなければ起こるとは思えなかったのである。

 しかし、血が繋がっていないという点で見れば、関係を持ったとしても、一概に否定することはできない。

 だが、親子として二人が過ごしてきた時間の長さを思えば、何を理由として一線を越えたのか、私には想像することもできなかった。

 当人同士が望んでいることに他者が口を出すべきではないだろうが、それでも、夫と義母の関係は、公にすることができないようなものであり、実際、夫の口からそのような事実を聞かされたことはない。

 他者に明かすことがないということは、後ろめたさを感じているということになるために、私や義妹に黙って関係を持っていたということを思えば、夫と義母は、自分たちの関係を少なからず良いものではないと考えているに違いない。

 それを知ってしまったからこそ、夫の義妹は、今にも嘔吐しそうな状態と化しているのだ。

 ようやく落ち着いた義妹は、私に対して感謝の言葉を告げてから、自身の衣服などが入った鞄の下へと向かっていく。

 そして、鞄の中から何かを取り出すと、それらを私に差し出してきた。

 渡されたものを目にした私は、思わず口元を手で押さえてしまった。

 それらは、夫と義母の行為を撮影した写真だった。

 行為の意味を理解することができない純粋な子ども以外ならば、二人が快楽に溺れていると即座に分かるような姿が写っていたのである。

 しかし、その男女が親子であると考える人間は、存在しないことだろう。

 そこに写っている人間は、親と子ではなく、まぎれもなく雄と雌だった。

 これまで見たことがないような表情を浮かべている二人の姿に、私は言葉を失ってしまった。

 言葉で説明されることと、実際にその姿を目にすることでは、その衝撃の差異は大きなものがあったからだ。

 無言と化した私の代わりに、相変わらず青い顔をしながら、義妹が再び口を開いた。

「それらは、同じ日の写真ではありません。その写真の枚数の日数だけ、二人は身体を重ねていたのです。私が知らないだけで、何年も前から関係が続いている可能性も存在していますが」

 其処で義妹は、自身の小指ほどの大きさである物体を手にしながら、

「これには、行為の様子が映像で記録されています。写真だけでも充分でしょうが、それでも言い逃れをした場合には、追い詰めることができるような内容の映像です。私はこの目で見たために、わざわざ確認する必要もありませんが、あなたが望むのならば、見るべきでしょう」

 義妹から記憶装置を受け取った私は、其処で疑問を抱いた。

 何故、義妹はそこまで赤裸に夫と義母の関係を私に伝えたのか。

 それは私が義妹に対して、夫のことを避けるようになった理由を訊ねたためだろうが、このような事実を正直に伝える必要は無く、誤魔化すことも可能だったはずだ。

 義妹が私に事実を明かすということは、下手すると、夫と義母の人生を破滅へと追いやることになってしまうのである。

 私の問いに、義妹は私を案ずるかのような目を向けながら、

「私が義兄や母親を避けるようになったのは、二人がおぞましい真似をしていたためですが、あなたはそれを知ることなく、今後は義兄と関係を深めていくことになるでしょう。そのことが、不憫に思えてしまったのです。口にすることも憚られるような行為に及んでいる人間を愛し続け、多くの時間が経過した後に事実を知ったときのあなたの絶望は、想像することもできないほどに大きなものと化すことでしょう。だからこそ、私はあなたに一度、考える時間を持ってほしかったのです。その後、この事実を知りながらも何も知らなかったことにして義兄を愛し続けることも、義兄との関係を終わらせることも、あなたの自由ですが、私は、あなたが深い絶望に苛まれる姿を見たくはなかったのです。今ならば傷は浅いと考えたゆえの行動ですが、もしも余計な世話だと感じたのならば、心から謝罪します」

 その口調から察するに、義妹は私のことを真剣に考えてくれたのだろう。

 だが、夫と義母の関係は、この先何年、何十年も続くものなのだろうか。

 当然ながら、我々よりも義母の衰えは早く訪れ、それは肉体にも現われるに違いない。

 皺だらけの肉体と化した年老いた人間を、夫は愛し続けるのだろうか。

 私には考えられないことだが、夫がどのように考えているのかは不明である。

 心から愛した相手ならば、年齢を気にすることはないと考える人間も存在しているだろう。

 夫がその部類の人間ならば、義母と関係を持ち続けたとしても、不思議なことではない。

 その場合、確かに何十年も私が夫のことを愛し続けていた裏で、義理とはいえ母親と関係を持ち続けていたということを知れば、どれほどの深い絶望に襲われるのか、想像するだけで恐ろしい。

 夫と交際を開始したばかりの今だからこそ私の傷は浅いと考えた義妹なりの気遣いだが、残念ながら、私には、何十年も夫を愛し続けた記憶が残っている。

 勿論、義妹はそのことを知らなかったために仕方が無いことなのだが、義妹が案じていた未来は、今の私に襲いかかっているのである。

 私に囁いていた愛の言葉は、おそらく自身の義母にも伝えていたのだろう。

 経産婦と関係を持っていたゆえに、私が初めて夫と身体を重ねた際に顔を顰めた理由が、夫には分からなかっただろう。

 私が妊娠すると、身体を重ねることができなくなってしまったが、夫が気にする素振りを見せなかったのは、代わりの相手が存在していたからなのだろう。

 私が家族のために必死になって働いていた裏で、ただ眼前の快楽を貪ることだけを考えながら、義母と愛し合っていたのだろう。

 私は、その場で叫び声をあげたかった。

 手の骨が砕けるまで、壁を殴り続けたかった。

 可能ならば、今すぐ脳を取り出し、義妹から伝えられた情報を取り除きたいという衝動に駆られた。

 それらを実行することがなかったのは、私を心配そうに見つめている義妹が存在していたからなのだろう。

 深呼吸を繰り返し、落ち着きを取り戻そうとする。

 そして、改めて己の感情と向き合った。

 私は、夫のことを愛している。

 しかし、義妹から聞かされた事実によって、その感情は揺れ動いていた。

 それでも夫に対する愛情を完全に失わなかったのは、夫の義母から、事情を聞いていなかったためである。

 もしかすると、夫と義母の関係は、私や義妹が想像しているよりも、単純なものなのではないか。

 それは、互いを性欲処理の道具としてのみ見ている、ということである。

 夫の義母は自身の欲望を発散するために、手近であり、御しやすい存在である夫を利用しているだけだという可能性が考えられ、夫もまた、義母との関係を、自慰行為と同じだと考えている場合もある。

 その場合、私が夫にこの身を捧げ、義母では不満を感ずるほどに夫のことを激しく愛することで、二人を遠ざけることも出来るのだ。

 この期に及んで、未だに目出度い思考を抱いているのかと考える人間も存在することだろうが、義妹から伝えられた情報の内容を考えれば、あまりに非現実的であるために、それを受け入れることを拒否したとしても、仕方の無い話ではないだろうか。

 夫の義母に真偽を確認すれば、認めたくはない現実を受け入れなければならないことになってしまう可能性も存在するのだが、私はそうしなければならなかった。

 何故なら、どのような事実であろうとも、事情を知った後、夫と義母を引き離すことができれば、今後は夫が私のことだけを愛してくれると信じていたからである。

 だからこそ、私は立ち止まっているわけにはいかなかった。

 私は義妹に感謝の言葉を吐いた後、数葉の写真と記憶装置を指差しながら、それらをしばらく貸してほしいと頭を下げた。


***


 私の疑問を耳にすると、もはやどのように取り繕ったとしても意味は無いと観念したのだろう、夫の義母は大きく息を吐いてから、湯気の立っている茶を一口飲んだ。

 そして、棚に飾っていた家族写真を手に取ると、今は亡き夫の父親を指差しながら、

「愛していた夫がこの世を去ってしまったことが、全ての始まりでした」

 いわく、夫の義母は、今は亡き夫の父親のことを、心から愛していたらしい。

 かつて夫の義母は、誰からも匙を投げられているかのような素行の悪い人間であり、本人もその認識を改めさせるような行為に及ぶことはなかった。

 そんなある日、夫の義母は、同じように性質の悪い人間たちから声をかけられた。

 自分たちと同類だと認識していたのか、馴れ馴れしく声をかけてくる男性たちに対して、夫の義母は強い言葉で姿を消すように告げた。

 その言葉に腹を立てたのか、男性たちは数と腕力に物を言わせ、夫の義母を路地裏に連れ込むと、怒りと性欲を発散するための行動を開始した。

 性欲を処理するためだけの道具としてしか見ていないような行為は経験したことがなく、そのとき初めて夫の義母は、恐怖というものを覚えた。

 涙を流し、助けを求めたが、眼前の男性たちが手を緩めることはない。

 一秒でも早く行為が終了することを望んでいたところ、其処に新たな人間が現われた。

 それは、夫の父親だった。

 多対一であり、敗北することは分かっていたにも関わらず、夫の父親は傷だらけになりながらも、夫の義母を庇い続けた。

 やがて騒ぎを聞きつけた制服姿の人間たちが現われたために、男性たちは逃げていった。

 病院に運ばれた夫の父親に対して、夫の義母は感謝と謝罪の言葉を吐くと同時に、自分の悪評を知っているにも関わらず、何故助けたのかと疑問を呈した。

 その言葉に、夫の父親は真顔で、

「困っている人間に手を差し伸べることは、当然である。ましてそれが暴力に怯え、涙を流している女性ならば、なおのことだ」

 そのとき、夫の義母は、胸の中が熱くなったのを確かに感じた。

 誰もが相手にすることを避けるような自分を助けたところで何の得も存在していないにも関わらず、ただ困っていたということを理由に、夫の父親は手を差し伸べてくれた。

 それほどまでに丁重に扱われたことがないために、夫の義母にとっては相手の言動が衝撃的だったのである。

 眼前の男性から目を離すことができず、顔が熱を帯びていた。

 相手が笑みを浮かべるだけで、自分もまた、嬉しくなってしまう。

 夫の義母は、このとき初めて、他者に対して好意を抱いたのである。

 それからの夫の義母は、自身の素行を改め、夫の父親と並んで歩いたとしても文句を言われることがないような生活を心がけた。

 やがて、夫の義母に関する悪評が鳴りをひそめたために、夫の父親に想いを伝えようとした。

 だが、夫の父親には、既に相手が存在していた。

 自分には見せたことがないような幸福そうな表情を浮かべていたために、夫の義母はその顔を曇らせることがないように、大人しく身を退いた。

 しかし、その相手が夫を産んで二年ほどが経過した頃、この世を去ってしまったことを聞いた。

 悲しみに沈みながらも子どもの手を握る夫の父親を見て、夫の義母は、かつての恩を返したいと考えた。

 夫の父親が愛した相手ほどの効果があるとは考えていなかったが、それでも自分が傍らに存在することで、夫の父親が感ずる寂しさを少しでも減らすことができるのではないかと思ったのだ。

 また、夫の義母は当時父親が不明である子どもを産んで育てていたということもあり、夫のことも同時に育てることができると伝えると、夫の父親は、驚いたような表情と化したが、やがて弱々しい笑みを浮かべながら感謝の言葉を吐いた。

 それ以来、夫の父親と義母は、度々顔を合わせるようになった。

 子どもを預かるだけだったものが、休日には共に外出し、毎日のように並んで食事をするようになっていくと、夫の父親は、夫の義母に対して、同じ屋根の下で今後も共に生活してほしいと告げた。

 その言葉を、夫の義母は待ち焦がれていた。

 再婚したことで、これからは夫の父親との濃密な時間を過ごすことができると期待していたのだが、夫の義母の思惑は外れた。

 何故なら、夫の父親が不慮の事故でこの世を去ってしまったからだ。

 愛する人間を失い、夫の義母は、打ちひしがれた。

 毎日のように涙を流し、子どもの笑顔を見たとしても、気分が晴れることはなかったのである。

「そんなとき、私はあの子の行為を目にしたのです」

 それまで自身の過去を語っていた際の表情とは異なり、夫の義母は、其処で口元を緩めると、義理の息子である夫との関係が始まった理由を口にし始めた。

 愛する人間を失って数年が経過しても、夫の義母の悲しみが失われることはなかった。

 このまま一生に渡って悲しみ続けるのだろうかと考えていたとき、夫の義母は、その光景を目にした。

 それは、義理の母親の下着を片手に、中学生になったばかりの義理の息子が自分を慰めていたというものだった。

 近頃、義理の息子が自身に向ける視線の種類が異なり始めていたことには気が付いており、その理由を察していたが、実際にそのような行為を目にしたのは初めてだった。

 誰もが通る道だと微笑ましく思ったが、夫の義母は、其処で、自身も義理の息子も得をするような計画を思いついた。

 義理の息子は、己が愛していた人間の子どもであるために、その外貌はよく似ていた。

 それならば、今後も父親のような外見に成長していくことだろう。

 同一人物ではないが、愛した人間の血を受け継ぎ、そして容姿がほとんど一致しているということを思えば、その相手を愛することで、自分の心の穴を少しでも埋めることができるのではないか。

 それと同時に、義理の息子もまた、自身の力で発散することしかできない性欲をぶっつける相手を得ることができるために、これは両者にとって良い関係なのではないかと考えたのである。

 夫の義母はその場で衣服を脱ぐと、下着姿で義理の息子の部屋へと入っていった。

 突然の登場に、義理の息子は目に見えて動揺していたが、一度肉体的な接触をしてしまえば、後は快楽に溺れるのみだった。

 それからは、箍が外れたように愛し合った。

 公にすることができない秘密の関係であることが影響しているのだろう、愛する度に結束は強まっていき、何時しか親子ではなく、恋人や夫婦といったような関係へと変化していったが、親しくなればなるほどに、周囲の人間に関係を疑われてしまう可能性は増していく。

 其処で、夫の義母は、義理の息子に対して、恋人を作るようにと告げた。

 義理の息子は、眼前の女性以外を愛することは出来ないと告げたものの、互いの関係が露見することがないようにするための措置であると説得されると、やがてその言葉を受け入れた。

 では、誰を偽りの恋人とするべきかと考えたとき、夫の義母は、私の名前を口にした。

 それは、夫に対する私の気持ちに気が付いていたためであり、夫に愛の告白をされれば、私が必ず受け入れると確信していたのである。

 癪な話だが、夫の義母が考えていた通りに事は運んでいったのだった。

 事の成り行きを語り終えると、夫の義母は微笑を浮かべながら、

「あなたは自分が裏切られていたと考えているのでしょうが、私とあの子が先に愛し合っていたことを思えば、あなたこそが浮気相手なのです。ゆえに、あなたには、我々の関係を責めることなど出来ないのです」

 確かに、その言葉の通りである。

 倫理的には、夫と義母の関係が責められるべきことだったが、単なる恋人同士という関係の面で言えば、私の存在が邪魔なのだった。

 これまで私は、躍起になって夫の浮気相手を突き止めようとしていたが、自分こそがそのような人間だと想像もしていなかったことを告げられたために、どのような言葉を返して良いものか、分からなかった。

 無言と化した私に畳みかけるかのように、夫の義母は続けた。

「我々の関係を公にしたしても、事態が好転することはありません。それどころか、周囲の人間が全て敵と化せば、頼りになるのは自分たちだけだということになり、これまで以上に深く愛し合うことになるでしょう。ですが、あなたはあの子のことを愛しているがゆえに、そのような行為に及ぶことはないでしょう。このまま我々の関係を黙認してくれれば、あの子に我々の関係があなたに知られてしまったことを伝えるつもりはありません。そうすれば、偽りの恋人とはいえ、あの子はあなたのことを変わらずに愛し続けてくれることでしょう。私にとっても、あなたにとっても、良い未来ではありませんか」

 その言葉を耳にした私が絞り出すことができたのは、一つの疑問だった。

 それは、義理の息子との関係を終わらせる気はあるのか、ということである。

 私の問いに、夫の義母は首を左右に振った。

「今の我々は、もはや夫婦のようなものです。互いが互いに不満を抱いていなければ、別れる理由も無いでしょう」

 夫の義母の言葉から、眼前のこの女性こそが、未来の私が追っていた夫の浮気相手なのだと確信した。

 これで私が浮気相手の正体を調べている最中に背中を刺されて絶命するなどという未来が訪れることはなくなったが、夫が義母と愛し合っているという、知りたくも無く、認めたくも無い事実を受け入れなければならなくなってしまった。

 それと同時に、夫の義母の言葉から、夫がどれだけ本気で相手のことを愛しているのかが分かった。

 ゆえに、このまま夫との関係を続けたとしても、私に向けて発せられた愛の言葉は、空虚なものであるということが分かってしまうのだ。

 そのような人間と今後何十年も愛し合うということなど、私には不可能だった。

 この瞬間、夫に対する愛情は、完全に失われてしまったのである。

 夫との未来の記憶を一つずつ思い出しては、次々と塵箱に投げ込んでいく。

 抱えていた問題は解決したが、気分が良くなることはなかった。

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