第24話 私とは恋人ってこと?

 その後、雨霖うりんさんとは別々に家に帰った。昨日はたまたま下校時間が遅くなっただけで、通常は一緒に帰ったりしない。


 僕が家に帰ってゲームの準備をしていると、


『首尾はどうだい?』地平ちひらさんからのチャットが送信されてきた。『すずと仲良くなれそう?』

『まだわかりません』

『それもそうだね。じゃあ、とりあえずミッションを授けよう』

『ミッションですか?』

『そうそう。目的があったほうが喋りやすいでしょ? キミみたいなタイプは特にさ』


 なんで知っているのだろう。地平ちひらさんって……見かけによらず人をよく見てるよな。それも表面だけじゃなくて、内面まで見透かしてくる。


 その手の人間観察はしずかさんの仕事だと思っていた。背の小さい金髪女子地平ちひらさんと背の高い黒髪女子しずかさん……結構イメージが逆なんだよな。


『ミッションというのは?』

『キミの好きな食べ物を提示することと、すずの好きな食べ物を聞き出すこと』

『自己開示の返報性ですね』

『よくご存知で』


 心理学の用語だ。


 相手が自己開示……つまり自分の情報を打ち明けてくると、こっち側も情報を開示したくなる。僕が自分の好きなものを伝えることによって、雨霖うりんさんの言葉も軽くなる。

 

 もちろん、やり過ぎは逆効果だ。最初は他愛もない自己開示から始まり、最終的には深いところまで伝えていく。そうやって仲良くなっていくものなのだ。


『キミは博識だね。地平ちひらポイントを1進呈するよ』

『お皿でももらえるんですか?』

『10ポイント集めたら下の名前で呼ぶ権利をあげよう』


 地平ちひらポイント10……地平ちひら10テン地平ちひらてん、ってことか。なかなかしょうもないな。嫌いじゃないけど。


 なんにせよ……地平ちひらポイントは稼がないようにしよう。好きになっちゃいそう。というか下の名前で呼ぶ度胸なんてない。


『不思議だね。なんかキミと話してると、話すつもりがないところまで話してしまうよ』

『僕には友達がいませんからね。秘密が流出することはないって安心感があるんでしょうね』

『私とは恋人ってこと?』


 ……本当に……回りくどい表現が好きな人だな。


『訂正します。僕に友達は雨霖うりんさん、地平ちひらさん、しずかさんしかいませんから』

『わかればよろしい』私たちは友達でしょ?って言いたいだけならそう言えばいいのに。『キミとの会話は楽しいね』

地平ちひらさんの会話がうまいだけですよ。会話していて楽しくない相手って、いるんですか?』

『いるよ』以外だった。話していることが楽しいのだと思っていた。『なんというか、曲解して他の人に告げ口する人とは話してても楽しくないかな。ま、私も人のことは言えないけど』


 曲解して他の人に告げ口する人……


 なんとなくわかる。そんなつもりで言ってないのに、気がつけば自分が言ったことにされていることがある。


 好きじゃないといっただけで大嫌いだと伝わっていたり、嫌いじゃないといっただけで好きだと伝わったりもする。


 言葉というのは難しい。意思を相手に伝えるツールとしては未成熟も良いところなのだ。


『それは相手が悪いってわけじゃなくて、たぶん私と相性が悪いってだけなんだけどね。その人も他の人とは楽しく会話してるから』


 そうなのだろう。その人にとっては曲解しているつもりはなくて、あくまでも自分なりに解釈しているだけ。そして他の人とも同じ話題で盛り上がっているだけ。


 少しばかり思う所あるようで、地平ちひらさんが連投する。


『合わないなら離れるしかないんだけど、なぜか付きまとってくる人もいるわけ。向こうも得しないのにね。私のことが嫌いなら、さっさと離れたほうがお互いのためだと思うんだけど』


 本当にそう思う。俎上そじょうさんとか……雨霖うりんさんと相性が悪いなら関わらなければよいのに。


 それとも……あれがツンデレというやつなのだろうか。雨霖うりんさんのことが好きなのだろうか。わからない。女心はわからない。


『ごめん。話がそれたね』謝ることじゃないけれど。『とにかく今回の目的は1つ。お互いの好きな食べ物を開示することだよ』


 ……目的か……


 良いかもしれない。僕が通常の恋愛をして雨霖うりんさんに気に入られるとは思えない。


 ならば……できる限り理論に頼ろう。1つずつ目標をクリアして、ステップを踏んでいこう。


 大丈夫。好きな食べ物を聞くだけだ。僕にだってできるはずである。

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