薔薇の監獄へようこそ。

 ローズは恐れ慄き、そして固まる一団に人差し指を突きつけた。


「貴方たちが国民として、祖国の土を踏むことは、二度とないですわ」


 そう刺々しく言い捨てると、ローズの纏う雰囲気が変わる。

 それはまるで、人が入れ変わったかのような、カチリと、チャンネルを回して人格が切り変わった、そんな錯覚を引き起こした。

 この豹変ぶりに、襲撃者たちは揃って息を飲む、というよりも動けなくなる。

 見えない何かにグルグル巻きに拘束されてはいるが。

 元より一番の実力者であるヴァンパイアのリーダーが、何をされたのか分からないままに生首だけの虫の息にされた。

 トドメとなった電撃を見るに、この場からの逃走も容易ではない。

 いや、そもそも、あの闇の精霊王と悪魔を従えている様から推測するに、この娘は圧倒的な強者の部類。

 各々が崇めるハイエルフやヴァンパイアの真祖のような殿上人。

 生かすも殺すもその場の気分次第だ。

 今、まさに生死の狭間にいるという自覚が此処で芽生えた。


 高まる緊張の最中、ローズは眉間に皺を寄せて、低い声を発する。


「この、下郎どもが」


 絶対に許すものか、そんな純然たる怒りを孕んだ声質だった。

 穏やかなる女神の美貌が消え失せ、そこにいたのは静かに怒れる鬼。

 額には青筋が薄っすらと浮かび上がり、睨むように目を細め、奥の歯をギリっと食いしばるその面差しは苛立ちを、突として湧いてきた憤怒の感情を露わとする。


 ―――臓腑が煮え繰り返る想いだ。


 その怒りの根源は叡智の中にあった。

 深層心理から飛び出してきた英雄はローズ自身の血縁者。

 アレクシア・カルファ・エーデルハイド

 母上様の父の兄、叔父にあたる隣国の王族に連なる人物だ。

 槍術の達人で幼い頃の母上様に手解きをしたことから、姉である女王陛下にさえ頭を下げずに普通に無視する、天井天下唯我独尊のあの母上様の、数少ない頭の上がらない人だ。

 因みに故人なので今の母上様が頭を下げる人は存在しない。

 元々母上様は王女の身分を捨てて家出した後、女王自ら頭を下げてしょうがなく戻って来たという経歴があるので、いつ国を捨てても良いし、何なら国を割って独立してやる、そういうスタンスである。

 話が逸れた。

 ともあれ、母上様の叔父、アレクシアだ。

 彼は、エルフとヴァンパイアの人族狩りに一人娘を誘拐され、その後無惨にも殺害された死体を発見するに至り、その復讐に生涯の全てを費やした。

 その末路は、怨敵を前にした最後の最後に最愛の妻を人質に取られ、そして妻諸共殺されてしまうという、バッドエンディングを迎えた悲劇の主人公である。


 その悲惨な記憶が重なり、ローズは怒り心頭に発する。


 ―――殺す、殺す、殺す、殺す、皆殺す。


 まるで火の海に飛び込んだかのような、目の前の視界が赫赫たる紅蓮に染まっている。

 煉獄地獄、その真っ只中、アレクシアの叫び声が、怨嗟の幻聴が耳朶に絡みつく。

 娘を返せ、妻を返せ、今すぐ奴らを皆殺しにしろ。

 繰り返される呪いの言霊に、心がドス黒く染められていく。


 ローズのどこまでも澄んだ空色の双眸が、濁り切った深海のディープブルーへと変化した。

 肌を刺す凍てつく眼光だ。

 放たれるのは、明確で濃密な殺意の光。

 襲撃者たちは心臓を握られている、そんな思いへと至る。


「断罪の刻ですわ」


 ヴァンパイアは生首だけの虫の息に、エルフ共は手足を捥いで達磨にしてくれる。

 いや、此処で殺して、生首を奴らの王に叩きつけて、そのまま丸ごと滅ぼしてくれようか。


 今にも襲い掛かりそうな鬼の右横では、白猫が口端を邪悪に吊り上げていた。


「にゃっふっふ」


 ―――ほらにゃ。早くも楽しい事が起きそうだにゃ。


 ご主人様の変貌に喜色を浮かべる三下カチューシャ。

 悪魔の大好物、真っ黒な憎悪に共感中である。

 一体どんな残酷な結末を見せてくれるのかと、ドキドキとワクワクがとどまることを知らず、ムカつくニヤケ顔も止まらない。


「判決は死刑。全員、ころーす」


 暗黒ローズが踏み出そうと重心を前に傾けたその時。

 左横上からの不意を突く声と共に、臀部に走る生まれて初めての衝撃を受ける。


『おい、主よ』


 ペロンと、桃のような色っぽいお尻を、夜叉猿の人差し指に下から上に、セクハラ気味に撫でられた。


「ひうっ」


『クックック』


 突然のセクハラにローズは肩を揺らして踏み止まる。


「む」


 ギロリと横目でセクハラ猿を睨み、鉄拳を繰り出そうかと拳を握り締めた。


『まぁ、落ち着け、そのテンションでやれば殺してしまうぞ』


 ニヤリと犬歯を見せる夜叉猿に、「むう」と、頬を膨らませるローズ。

 握った拳を解き、そしてため息を溢した。


「ふう、やれやれ」


 確かに、危ないところだった。

 お触りには一言物申したいところだが、ここは素直に頭を下げておこう。


「夜叉猿さん。止めていただきありがとう存じます」


『クックック、こちらこそ役得だ』


 危うく誓いを破ってしまうところだった。

 私は生まれながらの超越者だ。

 神の魔力に人族の叡智、氣をマスターした時点で人類に敵はいない。

 大魔王サタンは間違いなく絶対強者だった。龍種は別だが、人類で対抗出来る者などいないほどに強い。それを圧倒したのだ。まぁアレが阿呆で上手くハマったというのもあるが。

 それでも、後々の人族の為には、エルフとヴァンパイアは滅ぼしてしまうのが一番良い。

 しかし、種族を絶滅させるのは神族に縁のある者として、その神の掟が許さない。

 私はゼウスの魂の三分の一を貰っている。

 そして死した後、月の女神となる予定だ。

 この大陸を含めて、いくつかの大陸を担当するらしい。

 姉たちの上司に就任するのだ。

 フッフッフ、私はゼウスのように甘くない。

 文句を言って来たら鉄拳制裁も辞さない。

 容赦なくスパルタでしごくつもりだ。

 ルシフェルの二の舞いなどごめんである。

 しかし、困った。

 深呼吸ぐらいではこの激情は抑えられぬ。

 殺したくて仕方がないし、いっそのこと、このまま奴らの国を滅ぼしに行きたい。

 殺して殺して殺し尽くしたい。

 かの英雄の憎悪はそれほどまでに深く、そして重い。


 ローズは青筋を立てた貌のままに、やれやれとため息を吐いた。


「仕方ありませんわね」


 術を行使することとする。


 背筋を伸ばして合掌、そして瞳を閉じて深く念ずる。


 ―――【明鏡止水】


 瞬間。

 まるで大空に打ち上げられたかのような、フワリとした浮遊感を感じた後。

 激甚に滾っていた黒い感情が弾けたように霧散する。

 サナダ新陰流【明鏡止水】。

 心頭滅却すれば火もまた涼しい。

 昂った感情を一瞬でクリアにして、心身をリラックスさせるという癒しの術である。

 他にも幻術や金縛りなど、状態異常を打ち破るという効果を併せ持つ。


 殺意に塗れていた激情が穏やかな水面へと変化を遂げる。

 瞳の色も元のスカイブルーへと戻った。


 やれやれ、なんとか鎮まったか。

 あのままでは手加減出来なかったからな。

 正直、コイツらは取るに足らない雑兵となんら変わらない。

 薪となって土の中に埋められ、今はこの世界のエネルギー源とされてしまったが、先程の木の大精霊を基準としてみる。

 大精霊と言ってもピンからキリまである。

 あの木はギリギリで大精霊の部類だ。

 そのギリギリがコイツらの全員を合わせたものと同等の強さである。

 今の白猫の三下一人でも余裕で勝てるというくらいの三下の三下だ。

 ウチの三下には私の力を分け与えてバージョンアップ済みだからな。

 大悪魔程度には位が上がっただろう。

 身体能力は未だノミ虫並みに弱いが術能力が劇的に向上している。

 猫爆弾にも私の雷を付与させることも可能だし、一分も有れば千の眷属を生み出す事も出来る。

 使い勝手が広がり、色々と便利になった三下である。ノミ虫並みに弱いが。

 まぁ、私の神域の魔力のごり押しあってのものなのだが。



「さて、始めますか」


 ローズはスッキリとした笑みを溢し、悠々と歩みを始める。


 まずは制裁を含めて格の違いを教えてやることにした。

 都合二十人。

 あ、一人はもう生首だけの虫の息だ、十九人か。

 まあいい。

 とりあえずは神の手の拘束を解いてやる。


「む、身体が、動く?」


 油断したこの瞬間を狙う。

 右足を上げて氣を込める。


 ――「烈震脚」


 たらふくの「氣」を食わせたら、地面を――踏む。

 大砲の弾より重い足が、ズズンと地面を揺らした。


 柔らかな重さは獣のように地を這い、地面の中を食い破る。


 音さえも地中に落とす破壊の力。

 鈍い衝撃音の、見た目は地味な技だが。

 しかし今、確かに、この一帯の大地が揺れた。


 地面が沈み込み、襲撃者たちを中心に浅いクレーターが出来た。

 そして、大地に注いだ氣が跳ね返ってくる。


「うおお!」


 フワリと、重力を無くしたように十九人が宙を舞う。


「さぁ、下郎共よ」


 歩みを進めたローズが獰猛に歯を剥いて告げる。


「歯を食いしばれ」


 刹那の一秒足らずの間。

 繰り出す技は発勁だ。

 打ち込んだ氣は内部を通り抜け、その先の外側だけを破壊する。

 一人一発の十九人。

 氣を込めた掌底を、下から抉るように鳩尾へと打ち込んでやった。


 パーンと衣装が風船が割れるように弾け飛び、全員が真っ裸となる。

 はっはっは、いい気味よ。

 下郎共に普通の衣服など過ぎたる物だ。

 後ほど見合ったものを取り揃えてやる。

 いや、そこらの葉っぱで自分で作らせるとしよう。


「グエエエエエ」


 嘔吐しながらのたうち回るスッポンポンの大男たち。

 この氣には私の悪感情を孕んでいる。

 圧倒的な強者による明確な殺意は、弱者の心をたちまちにして蝕む。

 死ぬことはないが猛毒と同じだ。

 やり過ぎると精神が崩壊して廃人となるが、殺していないのだからセーフである。誓いを破った訳ではない。

 抵抗出来る者は超越者のレベルになければ無理だろう。

 コレで当分は動けまい。


「おい、立て」


 目の前の一人をガッと顎を蹴り上げて跳ねたところを喉輪で引き起こした。

 そのまま悪感情を孕んだ心を、癒しの氣を込めて解除してやる。


「は?は?何が?」


 目が覚めたところで尋問を開始する。


「お前は何人の人族を害した?殺しと拉致した人数だ。

 その数だけの償いをさせてやる」


「ヒッヒィ」


「早く言え。一思いに殺すぞ」


「あ、あ、あ、あ、あ」


「チッ」


 ば、ちーん!


 そいつの背中。

 大魔王でさえものたうち回る、肉で肉を打つ鞭打を叩きつけた。

 皮膚が弾け飛び、桃色の手形が露わとなる。


 失禁して気を失っても容赦などしない。

 再び喉輪でひき立てて、腹に膝を突き刺し、おまけに。


「【水】」


 水魔法で無理矢理に叩き起こした。


「ぐえっふ、おえええ」


 色々とやばい汁を垂れ流し中だが、それを無視して再びに問う。


「おい、何人だ?」


「お、お、お、お、お」


「早くしろ、三秒以内だ、さもなくば殺す」


「あ、あ、あ、あ、ご、五人、で、す」


「嘘だな」


 私の神眼で見抜けぬ訳も無し。

 罪人の分際で虚偽申告とは、王に対して不敬である。


 ば、ちーん!


 再びの鞭打を同じ所に叩きつけた。

 桃色の手形にブレること無く私の手が重なり、罪人は悲鳴もなく崩れ落ちた。

 しかし私は情けも容赦もしない。


「おい、起きろ」


 真実を白状するまでコレを繰り返し、白状したら宣言通りにその人数の数だけの鞭打を叩き込んだ。


「やれやれ、やっと終わった」


 それを十九人繰り返した。

 事故でエルフ十人の心臓が止まってしまったが電気ショックで蘇生した。

 エルフはヴァンパイアよりも脆いようだ。

 あくまでも事故なので死んでしまったところで問題なかったが、まぁとりあえずは良しとする。

 全員に薔薇の呪いを施して取り敢えずの仕置きを終えた。

 続いて、看守を任命する。

 ここはコイツらの牢獄だ。

 薔薇の監獄へようこそといったところか。


「おい、三下」


「はいにゃ、ご主人様」


「此処は薔薇の監獄、コヤツらは無期懲役の罪人だ。

 そして、お前を獄長に任命する」


「イエス、にゃあ」


「逃げたり、人族に危害を加えたら死ぬという薔薇の呪いの事をよく言い聞かせておくように」


「わかりましたにゃ」


「殺さないように気をつけて教育しろ」


「はいにゃ」


「自殺もさせるなよ」


「わかってるにゃ。

 生かさず殺さず、そういうのは得意だにゃ」


「そうか、甘やかすのも禁ずる」


「了解だにゃ」


 コイツらは囚人として扱うつもりだ。

 コレから服役して罪を償わせる所存である。

 人族のために汗水垂らして働かせ、時には暗部としても有効活用する。

 この肉体は間も無く0歳児に戻ってしまう。

 無理矢理成長させる術は正直、使いたくない。

 母上様を危険な目に合わせるのは本意ではないし、氣を活性化させるのはめっちゃ痛い。次は粗相を我慢する自信はない。

 今はまだ雌伏の時。

 身体が成長し、ある程度の戦力が整った時、奴らの国まで落とし前をつけに行くのだ。

 その時が今から楽しみである。





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ローズちゃんのゼロから始める最強無双〜薔薇の騎士が紡ぐ、闘う乙女たちの物語〜 なー @naasan70

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