お仕置き部屋を作りました。

 私はロゼに新しい世界を作ってもらった。

 ロゼは新しく魔法を使うと、前の魔法の効果が解除されてしまうが、この世界の主権を私に譲渡する事によって、そのまま維持することが可能となった。

 エネルギーの消費は激しいが、今のところ問題無い。

 今は私がここの主人だが、最終的には白猫の三下に維持させることとする。どうせ魔力の供給源は私だしな。


 この箱庭は、木々が生い茂る自然豊かな、まるで森の中にいるような空間で、半径1キロくらいの大きさだ。

 後々、住人が増えていくタイミングで、徐々に広げていく予定である。

 暑くも寒くもなく過ごしやすい気温を保ち、適度に風も吹き抜け、昼は日に照らされたように明るく、夜には月光程度の明るさとなるように調整されている。

 設定すれば雨を降らせる事も可能だ。

 恐るべしは、時間の流れを操作できるということだ。

 遅くすれば、こちらの一日を向こうの二十四秒に、速めれば二十四日にする事が出来る。

 ただ、知っている植物は有りだが、虫や動物といったモノは作り出せないようだ。

 そこはまぁ、そこら辺の虫や動物を適当に放ち、そして繁殖させる所存である。

 住民は都合よく現れた不届者たちである。

 エルフと吸血鬼が十匹ずつの合計二十が入植してきたところだ。

 はっはっはっは。

 ローズ、なんだか楽しくなってきたぞ。


 ◇◇◇◇◇◇


 新しい入植者たちを前に、私は腕を組み、したり顔で自己紹介から入る。


「初めまして。

 わたくしの名はローズ・アルファ・ザッツバーグ。

 この世界の管理者ですわ」


「ピッピッピ〜」


「にゃっはっはー!」


「クックック」


 頭上にスライム様を、すらっとした二メートルくらいの長身で三下の白猫と、十メートルを超えるキングコングを左右に従え、歓迎の儀を執り行うことにした。


「貴方達を歓迎しますわよ」


 ビクッと肩を揺らして警戒の色を見せるエルフとヴァンパイアの御一行様。

 一様に身構えようとするが、しかし。


「う、動けない、だと」


 神の手を細いロープのように伸ばしてぐるぐる巻きに、全員を拘束済みである。

 まだ王の挨拶の途中なのだ。

 煩わしい真似など看過できない。

 こちとらもうお眠の時間なのだよ。

 これ以上無駄な時間を取る余裕など本当に無いので寝不足の赤子の如く不愉快である。

 正直、この領域に拉致された時点でコイツらは詰んでいる。

 私が十倍までパワーアップすることも、コイツらを弱体化させる事も意のままだ。

 何せこの中で私は神なのだから。


「まぁまぁ、大人しく聞いてくださいませ」


 とりあえずは、自身に課したルールを聞かせてやる事にする。

 新しい土地に来て緊張しているのだろうと、一刻も早く安心させてやるのだ。


 ローズは胸の薔薇に手を当てて、優しく微笑みかけた。


「わたくし、超越者として一つ、誓いを立てる次第ですのよ」


 内心、欠伸を堪えるのに必死だ。気を抜いたらいつでもイキそうである。


「人類の命を取らない、という事だけは守る所存でございます。

 此処での貴方達の命だけは保証しますわ。

 どうです?優しいでしょう?

 ああ、一応不慮の事故だけは除かせていただきますわ。

 何事も不幸な行き違いというものがありますもの」


 言って、うふふと微笑む得体の知れないカンフーガールに、入植者一同、冷や汗が止まらない。

 一笑千金に値するほどの美しさだが、魂を凍てつかせるほどの邪悪な存在感を放っている。

 整った顔が多いエルフを持ってしても白旗を上げるほどの美貌だが、見惚れることなく一挙手一投足に注視する。


 ―――決して目を逸らすべからず。


 暗部としての矜持が魂に忠告する。

 殺しを生業にしているからこそ理解する。

 目の前にいるのは魂の狩人、敵対してはいけない遥か格上の存在。

 対峙したら逃走一択となる絶対強者だ。

 拘束されてはいるが、しかしそれ以上に恐怖で力が入らない。

 かつてない危機にも、五体が言うことを聞かず、立っているのがやっとである。


ローズは何の反応を示さない事に、つまらなそうに肩を竦めてから続ける。


「まぁとりあえずは、わたくしを王として崇めなさい」


「ぬわああああ!!」


「お」と、ローズは小さく驚いて見せる。


 驚いた。人類が私の拘束を破るとは。

 まぁ、めちゃめちゃ細いモノだったけどな。

 舐めすぎたか。


「舐めるな!」


 呪縛を断ち切る猛者が現れた。

 この場で一番の実力者であるヴァンパイアのリーダーだ。

 人族を最も狩ってきたベテランであり、ヴァンパイアを何よりも優れた種族だと盲信している。

 格下の人族にプライドを汚され、そしてマグマの如くグラグラと湧き上がってきた怒りが得体の知れない恐怖を上回った。


「我らは不死の一族!

 たかが人族が、ヴァンパイアを愚弄するつもりか!」


「あらあら、たかが、ですか」


 たかが吸血鬼が笑わせてくれるなと、ローズは鼻で笑い、諭すように続ける。


「不死とはいえ、悪魔ほどの完全でもないでしょうに。

 魔力を失えば滅び、後々復活することも叶わない中途半端な存在。

 余り調子に乗ると、真っ先に滅びる事になりますわよ」


 コイツらの親玉、真祖の吸血鬼はともかく、それ以外のヴァンパイアなど、悪魔の劣化版だ。

 三下猫が連れていた牛頭と馬頭の悪魔ぐらいがせいぜいだろうが。

 だが、コイツ、根性あるな。

 全くもって面白い奴よ。

 どれ、ここは一つ、実験として何処までやっても死なないのかを試すとするか。

 頼むから簡単に泣いてくれるなよ。


「うふふふふふ」


 馬鹿にしたようにほくそ笑むローズを前に、ヴァンパイアが激昂する。


「脆弱なる人族が!我の眷属にしてくれる!」


 顔を真っ赤にして襲い掛かろうとするが、しかし。


「ガ、ガ、ガ、ガ、ガ、」


 真っ赤な貌のままに固まってしまった。

 再びの拘束は完了済みである。

 此度は細いロープ状ではない。

 三メートルを超えるヴァンパイアの身の丈を、丸ごと覆い尽くす巨大な手だ。

 真正面からボールを鷲掴みにするようにして、ぎゅうぎゅうに拘束している。


「おーほっほっほっほっ!憐れな」


 ギリギリと握る力を徐々に強めながら、ローズは微笑から冷めた目つきに変えて刺々しく告げる。


「たかが、死ににくいというだけで威張り散らす愚者には、重い重い制裁が必要ですわね」


 言われたヴァンパイアは、この上なく真っ赤に染まり上がった貌を、苦悶に耐えるように歪ませる。


「ぐ、ぎ、ぎ」


 ミシミシ、ギリギリ、と、肉体が悲鳴を上げながら、のけ反るようにして歪んでいく。


「グ、ガ、ガ、ガ、ガ、ガ、ぎゃああああ!!」


 そのままバキバキとあっさりとヘシ折られて、折り紙のように二つ折りにされてしまった。


「あ、が、が」


 ピクピクと痙攣する後頭部と踵がピタリと密着しているという異形の姿。


「まだまだですわよ」


 こんなモノでは許さない。

 これは天罰である。

 神に逆らったモノがどうなるのかの見せしめなのだから。


「むしろ、これからが本番ですわよ」


 そう、此処からが実験開始だ。

 何処までやっても死なないのかという検証である。


「そーれ」


「ぎゃあああああああ!」


 二つに折られた身体は、そこからさらに二つに折られた。

 肉が爆ぜ、臓腑が溢れ落ち、ところどころから骨が飛び出す。


「それそれー」


 まだまだ終わらない。

 地獄の折り紙は続行される。


「ぎゃあああああああああああ!」


「うふふふふ」


 薄い微笑みを続けるローズ。

 しかし内心では沸々とした怒りが込みあげていた。


 こんなものが残酷な訳は無く、同情の余地も無し。

 私にはコイツらに殺された英雄の記憶もある。

 コイツらの手にかかった人族は軽く万を超えている。

 陵辱され、遊びで殺され、金で売買され、今も家畜同然の扱いを受けている同胞がいるのだ。

 此処でコイツを殺したところでその恨みは晴れない。

 だが、せいぜい有効活用させてもらう。

 ヴァンパイアがどれくらいの生命力なのかという実験だ。

 そう、実験である。

 例え死んでしまったとしても、不慮の事故だから誓いを違わないという訳だ。

 事故だから仕方がないというローズルールである。

 まぁ、頭であるハイエルフと吸血鬼の真祖には、これ以上の地獄をみせて、そして悔いなければ死にたくなるほどのお灸を据えてやる。

 自殺も不慮の事故に該当するだろう。


 なんて考えている片手間に、地獄の折り紙は続けられる。

 再度二つに、さらに二つと、淡々と、躊躇なくパタパタと折り畳んでいく。


「む、これが限界かしら?

 これ以上は畳めませんわね」


 都合五回ほど折りたたむと、ところどころが千切れてしまい、ただの肉塊と成り果ててしまった。

 どこを畳めば良いのかわからなくなったので終了となる。


「では、最後の仕上げですのよ」


 ローズは神の手で力一杯に握り締めた。


「っっっっっ!!!」


 最後はギュウギュウに握り固められた肉団子と成り果てた。

 ビクンビクンと波打っている事に、ローズは軽く驚いて見せる。


「まあ、まだ蠢いていますわ。まったくもって気色悪い」


 おお、すごい。

 これで、まだ生きているとは。凄い生命力だ。

 よし、不慮の事故が起こらなかったのだ。褒めてやろう。


 神の手のヒラの上で肉団子をコロコロと転がしながら、ローズは薄笑いで言う。


「うふふ、流石は不死を謳うだけはありますわね。

 こうなっても、まだ生きているとは。

 神の雷か炎で綺麗さっぱり燃やして仕舞えば良いのかしら?

 ともあれ、良く頑張りました。ん?」


 ポンッと血飛沫を撒き散らして、その肉団子が消え、次の瞬間。


「キキッ」


 巨大な蝙蝠が逃げるようにして、真上へパタパタと羽ばたいていく。


「あらあら、まあまあ」


 おいおい、この私の領域の中の、一体何処へいくつもりだよ。


「逃げ場など何処にもありませんわよ」


 呆れ顔でそう言うと、パチパチと帯電している人差し指を、逃げていく蝙蝠に向け、そして一言。


「【電撃ブリッツ】」


 刹那に閃雷が迸り、神の電撃が蝙蝠の胴体を一瞬で貫く。


「ギ!」


「おっと」


 胴体を丸ごと消失してポトリと落ちてきた蝙蝠の頭をローズは鷲掴みにキャッチすると、息がかかるほどの距離で目を合わせながら言う。


「神の雷の前にはヴァンパイアでも形無しですわね。

 復活する魔力ももう無いようですし、生きているだけで精一杯の虫の息ですわ」


「ヒッヒィ」


 やっぱり泣きやがった。

 根性なかったわ、残念。


「あのような啖呵を切って置きながら、なんとも無様な。

 もういいですわ」


 そう言い捨てると、涙を垂れ流す蝙蝠の頭を、ポイッと、興味を無くしたように無表情で投げ捨て、そして、残りの残党に目を向ける。


「っ!」


 空色の双眸がギラリと光る。

 全てを見透かすスカイブルーに射抜かれ、もう声も出せないエルフとヴァンパイア一同。


「いつまで見惚れているのですか?

 綺麗な薔薇には棘がありますのよ。

 とりあえずは貴方たち全員の心を折らせていただきますわ」


 冷ややかな目で見回しながら、淡々と続ける。


「エルフとヴァンパイアは随分と掠奪を繰り返しているみたいですわね。

 人族は奴隷だと?家畜だと?オモチャだと?

 ふざけた真似を。

 お前たちが手をかけた同志の分だけ、同じ痛みを与えてやる。

 薔薇の守護を受けた人族に楯突いたことを後悔なさい」


 その声には、静かだが、明らかな怒りが込められていた。

 薄笑いは完全に消え失せ、冷たい無表情に変わる。


 内心では臓腑が煮え滾っているローズちゃんの調教が始まる。










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