エキストラステージ!

 この大陸において、人族は一番弱い種族である。

 女神の恩恵を一身に受ける神聖国の聖騎士団を中心に、各国の数少ない英傑たちが力を合わせて、他の種族からの圧力になんとか対抗しているという状況だ。

 他の種族は人族を支配しようと常々に目論んでいる。

 そして、此度の魔王襲来に乗じて、悪巧みを企てる一団がいた。

 精霊術に長けたエルフ族と不死の肉体を持つヴァンパイアである。

 この二種族は人族を奴隷として扱っている。

 国境を超えての掠奪行為など日常茶飯事だ。

 そして今、その二種族の強襲部隊がこの戦場の端で息を潜めていた。


「馬鹿共め。精鋭部隊以外の全軍で引き上げやがった。

 人族など数が多いだけよ。

 その数を失った今が、致命の刻と知るが良い」


「ターゲットは聖騎士団の最精鋭だ。

 聖女に聖騎士、最上級の奴隷となるだろう。

 無理なら殺せ。それだけで人族の大損害となるだろうよ。

 戦力を削れば後の狩りが楽になる」


「おいおい、勿体ない事するなよ。

 我らが組めば問題ないだろうに。

 獲物は山分けだからな」


「わかっているさ」


「では、行くぞ」


 ◇◇◇◇◇◇



 場面は戦場へと移る。


 聖女四人と聖騎士十名で組まれた最精鋭部隊は、かつてない危機に瀕していた。


「襲撃だ!」


「何?!」


「デカい木の化け物だ!アレはブレスを吐く。

 距離が離れていても油断するな!」


「盾持ちを前にして陣を組むぞ!」


「おいおいおいおい!

 西と東、それぞれに怪しい一団が現れたぞ!」


「何?!」


「このままでは逃げ道を塞がれるぞ!」


「クッ、コイツらは何処から湧いてきた?!

 どうなっているんだ?!」


 指揮をとっているのは序列二位の聖女、名はクリスティ。

 四十代にのったばかりの壮年の美女である。

 聖女は女神からの恩恵を受けているため皆一様に美貌の持ち主だ。

 実際そうでないとやってられないというのが彼女たちの本音である。

 聖女様はお忙しい。

 しかし孤児支援の政策のため、例え聖女であってもお給金はさほどではない。他国と比べれば雲泥の差だ。

 それは大聖女であっても例外ではない。

 まぁ、元孤児である彼女たちはその政策のおかげで引き上げて貰った恩もあるので文句などは無いが。愚痴は多いが。


 アンデッドを無事に掃討し終えて全軍に退却命令が下された後、最後の仕上げにこの部隊が残り、不死者の浄化作業に従事していた。

 アンデッドは浄化を怠ると、再び復活してしまう恐れがある。

 そして無事に作業を終えた途端、突如としての襲撃を受けたのだ。


「状況を確認するぞ!

 南の城塞都市方面、逃げ道を塞ぐように現れたのは木の化け物だ。

 距離は百だ。

 それだけではない。

 西からはエルフ、北からはヴァンパイア、共に十ずつで距離は五百だ」


 神聖国の聖騎士団は人族の中では最強格だ。

 特に聖女は勇者と並んで他種族の脅威として認知されている。

 戦後の疲弊している今、それを叩く絶好の機会という訳だ。


 護衛隊長のリーフが舌を打ち鳴らす。


「チッ、木の化け物、アレは大精霊の類いだ。

 全員、防御態勢を取れ」


 城塞都市方面に現れたのは五メートルオーバーの木の化け物。

 エルフが木の精霊王から借り受けた大精霊である。

 エルフ族との諍い事でよく目にする類いだ。


 それを見やり、クリスティが声を張る。


「おい!木の化け物が息を吸い込む仕草を見せた!

 ブレスが来るぞ!結界でやり過ごせ!」


「応!」


 その言葉に聖騎士たちが最前列で大楯を並べて腰を落とした。


 続いて、その背後にて、四人の聖女が杖を高らかにして声を合わせる。


「「「「【大結界】!」」」」


 光の膜の四重奏が一団を囲い、完全防御態勢が成ったところで、木の化け物が緑色の奔流を吐き散らした。


 ブオオオオオオオオオオオオ!


 完全防御態勢はそのブレスをシャットアウトする。


しかし。


「こ、このブレス、いつ終わるのだ?!」


 そのブレスが止まる事を知らず。

 木の化け物は極太のエネルギービームを止めどなく吐き続けた。

 シャットアウトはしているが、そこから動くだけの余裕などない。

 対龍を想定しているこの強固なる陣形は、ブレスをやり過ごした後に反撃に移るというものである。

 少しでも陣形を解けば直ちに防御力を失ってしまう。


 ブレスに釘付けとされる中。

 その隙をついて、エルフとヴァンパイア二方面からの接近を許してしまう。


「まずいな。もう逃げられない」


 ヴァンパイアの指揮官がエルフの群れに向かって声を張り上げる。


「おーい!エルフよ!獲物は半分ずつだ!」


「殺すなよ。生捕りだ」


「わかっているさ」


「チッ、好き勝手言いやがって」


 だが、手も足も出せずに身動き出来ない、このまま挟撃されたら詰む状況。


 聖女クリスが苦々しく舌打ちをして、厳命を下す。


「おい!全員覚悟を決めろよ!」


「応っ!」


 覚悟とは、捕まるくらいならば命を捨てろという意味だ。

 エルフに奴隷にされてこき使われるだけならばまだ良いが、ヴァンパイアには眷属として洗脳するという特殊な能力がある。

 過去に聖女聖騎士の一団がヴァンパイアの手に落ちた時は、眷属とされて、そのまま刺客として母国へ送り込まれ、未曾有の大虐殺を巻き起こした。

 恩ある母国を、家族を裏切る訳にはいかない。


「クックック。追い込んだぞ」


 城塞都市への直線ルートを未だブレスを吐いている木の化け物に、その左右からエルフとヴァンパイアの一団が回り込めないように立ち塞がり、ゆっくりと距離を詰めて来る。

 ジリジリと追い詰められていく聖騎士団。


 ―――後ろに下がれば完全に詰む。ならば前へ。


 背中を向けて後退するのは愚策と判断したクリスティは、最後の司令を下した。


「全員、全力で魔力を練り上げろ!

 一当てした後、一斉に散会して城塞都市を目指せ!

 追いつかれた奴から自決しろ!」


 出した指令は自殺するのも辞さない衝撃の中央突破だった。

 

 全員が悲壮な顔を浮かべてそれに頷き、そして覚悟を決める。

 それは愛溢れる悲劇の物語。

 そこへ至ってしまうという致命の覚悟。


「応っ!」


 ―――やってやる!


 この場にいる十四人全員が致命の選択をしていた。

 国民全員が家族という神聖国は慈愛の心に満ちている。

 自分よりも家族を何よりも優先している。

 特に軍部で働く者たちは異常者と言っても良い。

 しかもだ。

 この精鋭部隊は若い頃からの修練から此度の任務まで、常日頃から一緒にいる為、その絆はより強いモノへと強化されている。

 誰もが自分を犠牲にして、仲間を、愛する家族を逃がそうとする考え。

 自分一人が敵陣へと突っ込み、練り上げた魔力で自爆してやると、神風特攻隊の考えに全員が至っていた。


 ―――絶対に逃げろよ、皆んな。


 なんとも愚かだがしかし、それでも美しい、そんな決死の策が決行されようとした、その時。


 突然の襲来イベントが勃発する。


 大空から耳に響くナニカの落下音が。


 ヒューーーーン!


 巨大な黒いナニカが落ちてきた。


 ズドーーーーーーーン!!!!!


 巨大なナニカ、それは大怪獣だった。

 ブレスと聖騎士団の間に割って入る形で、地響きを立てて登場した。

 大怪獣は直ぐに大きく息を吸うと、それを一息で吐き出す。


「グオオオオオオオオ!!!!!」


 ビリビリと地を揺るがす大咆哮でこの場の時を止めると、満を持してのお気に入りの台詞を吐き散らした。


『我に飛び道具は効かーん!グワッハッハッハ!』


 十メートルを超えるザ・キングコング、闇の精霊王、夜叉猿だった。


『ぬるいわ!グワッハッハッハ!』


 緑の奔流を大口で受け止め、そのままガブガブと飲み込みながら、悠然と木の大精霊との距離を詰めて行く。

 その様はまさに王者の行進。

 黒いオーラを纏う巨体を、肩を怒らせながら練り歩く。

 翠緑の怒涛を、まるでモノともしない。


「おい!どうなっている?!」


 突然の乱入者に取り乱したのは、既に合流していたヴァンパイアとエルフの襲撃者たちだ。


「なんだあの化け物は?!」


 驚愕して固まるヴァンパイアの一団。

 エルフたちはその姿に畏怖の色を見せる。


「アレは?!闇の大精霊か?!

 いや、闇の王?まさか、夜叉猿なのか?!」


『ほう』


 夜叉猿はエルフたちの方に顔だけを向けて、鋭い犬歯をニヤリと見せる。

 ブレスを片手で軽々と弾きながら。


『流石はエルフよ、我をご存じとは。

 木の精霊王は元気か?

 必ず喰ってやると伝えておけ。

 おっと、すまんな、お前たちは二度と国には帰れないのだったな。

 忘れてくれ」


 なんとも意味深な事を言った、次の瞬間には木の大精霊に肉薄していた。

 そしてそのまま。


『むん!』


 バキバキとさば折りの要領でへし折ってしまう。


『弱いのう。たかが木か。然もありなん。

 一応土産に持って帰るか。

 腐っても大精霊だ。

 エネルギー代わりにはなるだろう』


 残念そうに眉毛を寄せた後、木の残骸を適当にまとめてヒョイと小脇に抱える夜叉猿に、エルフの隊長が困惑しながらも問いかける。


「お、お、おい。何故、闇の王が人族を助けるのだ?」


『クックック、人族の味方という訳ではないが、まぁ良い。

 我が主の願いよ』


「主だと?!まさか闇の王が主人を持ったのか?!」


『そうだ。

 クックック。

 それに、我だけではない』


「!?」


「にゃーはっはっはっは!」


 あの三下猫の、ムカつく高笑いが鳴り響いた。


「な、いつの間に?!

 なんだこの白猫の群れは?!

 まさか、これは悪魔なのか?!」


 気づけば、前後左右、ぐるりと三百六十度。

 白猫の群れに隙間なく囲まれていた。その数、百を超えている。


「にゃっふっふ」

 ―――やっぱりパワーアップしているにゃ。魔力を練らなくとも百を超える数が一瞬で出せたにゃ。しかも特別製だにゃ。


 そののっぺらぼうな白猫たちの最後方に顔のある本体。

 腕を組み、なんともイラッとする笑顔、白猫の悪魔カチューシャだ。

 カチューシャはローズとの邂逅の後、戦場の端で息を潜めていた。

 姿を隠して遠目から様子を伺っていたところに、この襲撃騒ぎが起こる。


「お、何だか乱入者が現れたようだにゃ。

 なんの連絡も無いし、巻き込まれる前にずらかるとするかにゃ」


 ローズからの、何らかのアクションが無ければ、このままフェイドアウトしてしまおうと目論んでいた矢先に、正に噂をすればという出来事が。


『おい三下』


 突如頭の中に響いたのは、ご主人様からの念話だった。

 その声色で機嫌が悪いというのを推測する。


「は、はいにゃー!」


 ビシッと姿勢を正した。

 絶対強者からのお言葉だ。

 それに、これ以上機嫌を損ねる訳にはいかないと、猫耳をピーンと立てて傾聴する。


『お前の能力で狼藉者どもを余す事なくコチラの世界に送れ。

 私との繋がりで此方の場所はわかるよな。

 火急速やかに漏らす事なくしろよ』


「イエス!にゃー!」


 ビシッと敬礼するカチューシャ。

 ローズの下僕となった折の呪い玉を賜った事で、カチューシャはバージョンアップしていた。

 呪いの闇玉にはローズの神域なる魔力が込められている。

 その身に余りあるかつてない魔力の奔流に、主人の強大さを改めて思い知った。

 反抗した瞬間にはこの魔力が暴走し、たちまち滅されてしまう事も重々承知している。

 だがそれでも、今は胸が高鳴っている。

 恐らくご主人様はお人好しだ。

 無慈悲が常な悪魔では考えられない。

 素直に従っている限りは、無下に扱われないだろう。

 付き合っていく中で情に絆されるに違いないと確信している。

 それになんだか楽しくなりそうな予感が止まらないと、カチューシャは張り切る事にした。


「えーい!者どもー!」


 腕をブーンと振って号令をかける。


「一斉に爆発するにゃー!

 猫爆弾、薔薇の世界バージョンにゃ~」


「っ?!」


 全ての猫爆弾がドカンと爆発した。


「な、何故?!悪魔が?!」


 後に現れたのは、ドロドロドロンと、なんとも毒々しい紫の大煙だ。


「っ?!」


 それはエルフと吸血鬼をまとめて飲み込み、パッとあっという間に消失する。

 丸ごと、何も無かったかのような更地へと変わる。


『おい、人族共』


 夜叉猿が聖女たちに向けて念話で告げる。


『奴らは我らが引き取った。

 後程、我が主が城塞都市に挨拶に向かうと言っていたぞ。

 気をつけて帰れよ』


 言って、シューンと夜叉猿の姿が消える。


「にゃーはっはっは!人間どもよ、さらばだにゃ!」


 カチューシャも姿を消した。


「え?な、何が?何なの?!何が?どうなっているの?

 私の覚悟はどうすれば良いの?!

 のちに美談として語り草となる予定だったのに?!」


「俺もだよ!」


「え?!私もなんだけど?!」


 後に残されたのは、聖女聖騎士のポカンとした間抜け面と、やり場のない致命の覚悟だった。

 その後、直ぐに気持ちを切り替えた。


「アレは救世主様のお仲間なのかな?」


「助けてくれたみたいだし、そうだろう」


「まぁ考えてもしょうがない、帰りましょう」


「そうね。命があって良かった」


「帰って母様に報告だ」


「イチャついてるところを邪魔しようぜ」


「ワッハッハ。賛成ー!」


「あんな顔で笑う母様、生まれて初めて見たよ。

 にへらって、少女かよ。

 その顔にさせる大将軍ってすげーよな」


「ああ、そうだな。俺、母様に初めてときめいちゃったよ」


「あ、俺も」


「え、私もなんだけど」


「ワッハッハ、全員したんじゃない」


 そのまま呑気な感じで、やんややんやと城塞都市へ向けて歩き出した。


 そしてクリスティは思った。


 このままマリアが引退して幸せになるのを、次の母様となるアニエスが黙っているとは思えない、絶対に揉めるだろうな。


 巻き込まれないように気をつけようと心に誓った。

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