Round2!

 

 私はリー師の氣を流用して、サタンの魔力頼みの身体能力を圧倒してみせた。

 純粋なスピードはサタンの方が上である。

 それを神眼と技術を用いて対抗し、そして圧倒しているのだ。

 神眼に見えざるモノなどない。

 どれほど速くとも全てを捉えてみせる。

 それを、足捌きや虚実を混ぜたフェイント、気配を消して突然消えたように錯覚させたりと、色々な技術を用いて翻弄している。

 超越者のレベルになると、思考を加速して反応速度を上げるのが当たり前となる世界だが、それに肉体がどれだけついていけるのかがポイントとなる。

 私はあらかじめサタンの動き出しを神眼で予測して見極め、先立った技術を用いては反応を鈍らせ、そして先手を取っていたのだ。

 奴は元神族だ。優れた種族ゆえにプライドが高い。

 野性の虎が鍛錬をしないのと同じ考えで、自分が強者だと信じてやまない阿呆である。

 技術を磨かず、碌に頭を使わず、力任せの本能のままに。

 武術家に比べれば素人同然である。

 倍程度の魔力差など、我が叡智でどうとでもなる。

 そして今、頭を使ったつもりなのか、地面を無くせば良いなどという安易な発想へと辿り着いたらしい。

 愚策にもほどがある。

 まぁ後でアホヅラを拝ませてもらおう。

 真理に気づいた時にはもう遅いがな。



 どこまでも広い、宇宙空間のようなステージに変わった。

 重力無しの空中戦だ。

 サタンは私の上を取った形で三百メートルほどというところか。

 奴は大袈裟にも両手を大きく広げて天を仰いでいる。

 なんともナルシストなポーズだ。

 大技でも放つつもりなのか、魔力を練っているようだ。

 あんなポーズまでとって、これで負けたら阿呆の極致である。


「む」


 フヨフヨと浮いているからバランスが取りにくい、が、それでも私の優位は揺るがない。

 直ちに距離を詰めてぶん殴ってやっても良いが、せっかくだから奴の技を受けてやる。

 何か必死だからな。

 ならばこちらもこの時間を利用して、足場を作ってしまうか。

 足を肩幅を超えるくらいに開き、その真下に、より強固な物をとイメージする。

「むん」と濃縮した氣を足下から放出して、ガッチガチの台座を作り、この場から動かないようにと魔力でこの座標に固定する。

 よし、しっかりと踏ん張れるくらいのものが出来た。

 次は補強だ。

 魔力を十全に練り上げ、それを台座へと注ぎ込む。

 幾度も繰り返した後、完成した。

 これだけ離れているのだ。

 どうせ遠距離攻撃しかしないつもりなのだろう。

 ならばこれで問題ない。

 単純な魔力弾くらいではびくともしない。

 必殺の一撃でもなければ大丈夫なものが完成した。


 む、サタンの魔力が動いた。

 終わったようだ。ナルシストタイムが。


「人間、覚悟はいいか」


 いきなり風の魔力任せのサタンの声が耳に響いた。

 おお、と軽く驚いていると、サタンは練り上げた魔力を解放する。

 顕現したのはどデカい魔法陣だ。数は五つ。

 左右に二つずつと背後に一つ。

 どれもこれも、もの凄いエネルギーを秘めている。

 ただの男前だったアザゼルの比ではない。

 それを使い、そこから狙い撃つということか。

 確かに私の飛翔能力は大したことはない。

 翼を持つ天使に比べれば明白だ。

 近づかせないで一方的にやるという腹づもりだろう。

 はっはっは。

 浅はかな奴だ。

 そんな弱点を我が薔薇薔薇拳が克服していないとでも?

 まぁ、リー師の技術なのだが。

 あのお方は魔法無しで空を駆けていたのだぞ。

 氣を足下に構築しながら普通に走れるのだ。

 つまり空だろうとスピードは変わらないのだよ。

 多少の魔力を使うだけだ。

 私の回復量の方が上回る程度、つまりは使わないのと同じことよ。

 このまま距離を詰めて接近戦に持ち込んでも良いが、シナリオ的には時期尚早だ。

 サタンの魔力は私の倍だ。未だにそれは歴然としている。

 暫くは削りに専念する。

 最後は大技を使わせて大量に消費させてから一気に絡め取る。

 その大技は飛び道具で間違いない。

 あれだけ接近戦で圧倒され、そして嫌った結果にこの地面のない世界だ。

 その最後の大技を放った時が、お前の逃げ道すらも失う致命の刻だと思い知るが良い。



 サタンは悪役に相応しいムシケラを見るような見下した目で、ラスボスみたいな言葉を宣ってみせる。


「脆弱なる人間風情が!塵芥にしてくれるわ!」


 絶対に負け犬となるだろうセリフとの会敵に、思わずにやけてしまいそうになる。

 しかし緊張感を保つ為にお澄まし顔を続ける。

 さあ見せてみよ、抗ってみせよ、大魔王サタン。

 お前の敗北一直線への私のシナリオから逃れてみせよ。

 今のところアドリブのセリフを合わせると百点満点中、二百点の出来だ。

 初手の奇襲で私を殺しかけたところから始まり、ヒーローが絶対絶命から逃れ、そしてパワーアップしてリベンジを果たすという流れだ。

 これ以上に考えられない見事なラスボスぶりよ。

 あとはアヤツが滅びるのみ。

 私はもう既に、お前が逃走を選択し、その逃げ道を防ぐ策まで講じている。

 その運命を断ち切ることが出来るかな?


 そんなことを考えていたら、サタンはニヤけながら言う。


「先ずは小手調べに一発だ」


 宣言通りに一発の弾丸が発射された。

 シュン

 それは瞬く間に、私を守る神の手を突き破り、我が眉間に迫り来る。


「おっと」


 それを、ビシッと虫を払うようにして手の甲で払いのけ、チラリと弾いた先に目を向ける。

 よしよし、目論見通りに出来たと安堵する。


 それはともかく、さすがの大魔王だ。

 ノミ虫のグリュエルドとは格が違う。

 私の魔力障壁を問題無く突き破る絶妙な強さだった。

 人族の肉体は脆い。

 急所に当たれば即死もあり得るし、傷を負うだけで動きが鈍ってしまう。

 それを可能とする致命の弾丸だった。

 ならば良し。計算通りである。

 それだけの威力を秘めた魔弾を雨霰と撃てば、それだけのエネルギーを消費するという事だ。

 まったくもって狙い通り。

 二倍ある魔力量を削り、最終的にはこのサタンの領域に干渉出来るまで頑張る所存だ。

 この領域はアヤツの力を十倍にまで高めている。

 それが覆った時の阿呆づらが楽しみである。

 十倍に高めて私の二倍だぞ。私の方が五倍になってしまうんだぞ。

 唯一上回っていた圧倒的な魔力だ。

 コイツの心の拠り所だろうに。

 それさえもが圧倒的な差をつけられてしまうのだ。

 全てにおいて、私が上回ってしまうのだ。

 グリュエルドと同じノミ虫の存在になってしまうのだ。

 もう勝ち筋が完全に途絶えてしまうのだぞ。

 はっはっはっはっは!大きな声で笑ってやりたい。


 そんな大笑いをこらえながら、チラリと腕組みをしてコチラを見守っている夜叉猿に目配りをする。

 夜叉猿がニヤリと口端を歪めるのを確認した。

 どうやら、私の意図が伝わったようだ。


「クックック。

 弾丸はちゃんとお前の肉まで届き得るようだな。

 人族の娘、覚悟は良いか?

 今更命乞いしても、もう遅い。

 此処からも絶対に逃さぬ、そして必ず殺す」


「む」


 もう既に勝ちを確信したのか、サタンのそのドヤ顔にイラっとしたので煽ってやる事にした。

 

 ローズは冷めた目で淡々と言う。


「御託はもう結構ですのよ。

 正々堂々、真っ向から受けてやりますわ。

 そして、アッサリと跳ね返してあげます」


 此処で、ローズは親指で鼻頭をビッとカッコ良く擦り、クイっと手招きをして続ける。


「つべこべ言わずにかかってこい。

 この、大海を知らぬ痴れ者が」


「こ、小娘がああああああああああああああ!」


「わ」びっくりするくらいに激昂したよ。


 サタンのブチ切れを合図に、左右の魔法陣からの一斉射撃が始まる。

 毎秒十かける四となる絶え間なく降り注ぐ弾丸の雨。


 まったく、煽り耐性が低過ぎるだろ、アイツ。

 まぁ、でも、それにしてもと感心する。

 グリュエルドとは違って正確な射撃である。

 全ての弾丸が、ちゃんと私まで到達している。

 無駄玉もない。

 私を殺し得る絶妙な威力とコントロールだ。

 一発でも喰らえば、そこから綻びが生じて、たちまち蜂の巣になり得る。

 ま、喰らえばのおはなしなんだがな。


 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!


 雨霰と絶え間なく降り注ぐ黒い弾丸を、私は氣を纏わせた左右の手で拳で腕で肘で、撃ち、弾き、払い、滑らせて、或いは脚技でまとめて薙ぎ払ってやる。


「あたたたたたたたたたたたたたたたたたたた!」


 ただひたすらに、淡々と、真摯に、打ち払い続ける。

 前受け、外受け、揚げ受け、下段払い、肘外受け、膝払い、などなどの防御術。

 その数々の演舞を恐ろしい速度で繋ぎ、それをひたすらに繰り返す。

 正直こんな短調な攻撃など、いくら続けても無駄というものだ。

 何処から飛んで来るのかも明白なモノを、それも同じ速度だ。

 せめて隠蔽をかけるとか緩急をつけるとかで工夫してくれ。

 ただの作業過ぎて、眠たくなってきたぞ。


 特にミスもなく慣れが生じて、それは十分が経過したところで、思わずの欠伸が出そうになる。

 本当に眠いのだ。こちとら赤子だ。結構な活動限界である。

 そこで、此処は一つと、眠気覚ましに気合いを入れることとする。


 両の脇をキュッと締めて、勢いよく息を吸う。

「ヒュオッ」と一息に。

 お目目がパッチリとして、スッキリと目が覚めた。

【息吹き】という呼吸術である。

 本来はトドメとか、ここぞというところで使うものだ。

 瞬間、爆発的に身体能力が向上するというものだが、景気付けにもなる。


「良し、リフレッシュ完了ですわ」


 元気溌剌となり、引き続き作業に終始する。

 カツカツと弾く音を鳴らし続けた。

 ひたすらに演舞を踊るように。


 何度かウトウトとしながらも、しっかりと舞い続け、そして全ての弾丸のシャットアウトを続ける。


 無心だ。

 もう何も考えなくとも勝手に身体が動いている。

 居眠りしても大丈夫なのでは?なんて思い始めた三十分が過ぎたあたりで。


「あら、終わったのかしら?」


 ピタリと、黒い雨が止んだ。


「はーはっはっはっは!馬鹿め!」


 淡々としていた射撃タイムが終わったところで、サタンがいきなり笑い始めた。


「見事な防御術だ。褒めて遣わすぞ、人間。

 いくら撃ったところで無駄になりそうだな。

 だがな、それもこれで終わりよ。

 受け流せないほどの圧倒的なパワーで放てば良いのだよ!」


 サタンの背後に、闇より黒い、漆黒が広がっていた。


「おお。真っ黒ですわね」


 その正体は五つ目の魔法陣。

 唯一弾丸を吐いていなかったその魔法陣のエネルギーチャージが完了したのだ。


「む」神眼を凝らして確認する。


 ふむふむ。

 まぁ確かに受け流すには難しそうなエネルギーではあるな。

 視界全面に、見渡す限りの闇が広がる圧倒的な質量だ。

 そのまま飲まれて消えてなくなってしまいそうではある。


 しかし、だ。


「アイツは何故にわざわざ口に出したのだろうか。

 有無を言わずに撃てば良いのに。

 それに、あれだけ派手なエネルギーを秘めた魔法陣を、気づかない方が難しいのだが。

 アイツの真後ろから広がっているからな」


 ローズは思わずお嬢様口調を忘れて、呆れかえった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る