ローズちゃんのゼロから始める最強無双〜薔薇の騎士が紡ぐ、闘う乙女たちの物語〜

胸の薔薇よ！咲き誇れ！

【九尾の王　妖狐】

　西大陸史上最強と言わしめた豪壮華麗なる九つの尾を持つ、狐の魔獣である。

　遥か西の大陸にて誕生したこのモノノケは、初めは尾が一つしかない普通の魔獣でしかなかった。

　しかし妖狐には、とびきりの叡智と奸悪なる性根、そして他者を喰らって進化するという、とっておきの権能を宿していた。

　初めは弱者だけを狙った。

　無難に勝てる相手だけを吟味しては喰らい続け、時には同格を仲間と称しては騙し討ちで喰らい、堅実に、着々と力を蓄えていく。

　やがてそれは、並いる強者の中でも最上位の地位を得たところで勝負に出る。

　コレより上は絶対強者の領域だ。

　神に等しく、大陸で覇を唱える十頭の龍の王のみ。

　現時点での妖狐の十倍の魔力を有している、どれもこれも一筋縄ではいかない相手である。

　そこで、妖狐はその内の一番年老いた一柱に目を付けた。

　龍は寿命を迎えて死すると生まれ変わるという。

　その生まれ変わるギリギリを狙った。

　幸い妖狐は進化の過程で寿命という概念が無くなっていた。

　時間ならいくらでもある。

　その時間をたっぷりとかけて毒や罠など、あらゆる策謀を用いては徐々にその一柱の寿命を削っていった。

　更には隙をついた一撃で血肉を喰らっては一目散に逃げ、少しずつだが龍の力をその身に取り込んでいく。

　百年をかけてそれを繰り返した結果、遂には丸ごと喰らい尽くした時、妖狐の象徴である豪壮華麗なる尾が一つ増えた。

　尾にはその龍の力が丸々と宿っていた。

　絶対強者の領域に進化を遂げたのだ。

　一つ増やせば簡単だ。ただただ繰り返せば良い。

　誰よりも狡賢い妖狐は、絶対強者となっても手段は変えない。

　罠に毒に不意討ちにと次々と陥れては丸ごと喰らい、豪壮華麗な尾を続々と増やしていく。

　そうして龍の王、その八柱までを平らげた時、魔獣の最高位である神獣へと成り上がった。

　それが到達点、最後の進化を果たしたことで、大陸史上最強にまで上り詰めた。

　此処で、これ以上の進化を望めなくなった妖狐は龍の王を狩るのをやめる。

　龍の王はまだまだ強い。自分の方が強いが楽勝とはいかない。自分を倒せる可能性のある相手と、意味のない争いを嫌った結果だった。

　史上最強と言われるその力は凄まじく、妖狐の必殺技である【九尾砲】。

　八柱の力を取り込んで完成させたそのブレスは、龍の王、その必殺のブレスの、実に六十四倍にまで高めてしまう。

　その威力は大陸自体を消滅させてしまうまでに至る。

　神獣となった妖狐は標的を変えることにした。

　昔、妖狐が未だ弱かった頃、人類に狩られそうになった経験があり、その事から人類を深く憎んでいた。

　よって、復讐という名の蹂躙を始める。

　三つの国がアッサリと滅ぼされた頃、人類は滅亡の危機にあると悟る。

　絶望の最中、隠居していた一人の英雄が立ち上がった。

　また、龍の王も黙ってはいない。

　本来龍の王とは大陸を守護する者として存在している。

　しかし大陸どころか世界が破滅しかねない事態だ。

　守護する者としては看過できないと、二柱は長年連れ添った友の力を借りる事にした。

　脆弱な人族にしては珍しく稀有な存在。

　その武は龍と同格にして神の領域にまで到達しているという、余命幾許もないリー・リンシェンなる英雄の力を。

　その後、リー師は、龍の王と共に編み出した奥義を用いて、九尾の内、八尾までを喰らい、妖狐を大陸から追い払う事に成功した。

　しかし、リー師はその代償として寿命が尽きてしまう。

　享年百五十歳であった。

　◇◇◇◇◇◇

「ふははははは！」

　両の手を仰々しくも大きく広げて、愉悦に浸る貌のままに、大魔王サタンは傲慢に吠えた。

「下等なる人族よ！黒で塗り潰されるが良い！

　【黒の世界（ブラックワールド）】！」

　サタンの背後にある漆黒の世界が、ズズズと、ゆっくりと前進を始める。

「おお」

　それを見たローズは片眉を器用に上げて感嘆の声を漏らした。

　領域を埋め尽くさんと、絶望の黒が迫り来る。

　その質量に比べたら米粒にも満たないがしかし、燃えるような紅いチャイナドレスのなんたる堂々とした見栄えっぷりなのか。

　真っ暗闇の中に、一本尾の映えたる銀髪は月光の如く煌めき、その美貌の主は輝くような笑顔を見せる。

「見渡す限りの大津波ですわ。何も見えなくてよ」

　闇より暗い漆黒がゆっくりと侵食して来る。

　なるほど、逃げ場のないコレなら避けられる事もない、と。

　敢えて遅いのは、ゆっくりと絶望するが良い、と。

　なるほど、なるほど、実に悪魔らしい考えだ。

「おーほっほっほ！」

　しかし、絶望どころか、飛び出したのはいつもの高笑いだった。

「まさかここまで思惑通りに進むとは」

　言いながら深く腰を落とし、左右の握り拳を揃えると、それを後ろ捻りに引き絞って力を溜める。

「は、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ」

　総身に纏いし金色のオーラが目の眩むほどの明滅を繰り返しながらキリキリという金切り音を上げる。

　練って練って練って練って練り上げ、そして激甚に激らせた氣を揃えた拳に込める。

「おーほっほっほっほ！チャージ完了ですわよ！」

　それは大砲に弾を装填するのと同一の行為。

　込められし金色（こんじき）に煌めく砲弾、それは師と二柱が創造した神をも喰らいし王たるモノ。

　まさに分水嶺となるこの場面に、ローズはニッと口端を持ち上げ、そして勇ましく吠えて自分を鼓舞する。

「胸の薔薇よ！咲き誇れ！」

　それはのちに彼女の意思を引き継ぐ薔薇の騎士たちの、ここぞという場面に使う決め台詞、通称、薔薇の呪文である。

　彼女はそれを自然と、この大一番に口ずさんでいた。

「行きますわよ、薔薇薔薇拳究極奥義」

　迫り来る黒檀の怒涛。

　捻り上げた腰を勢いよく戻し、揃えた拳を突き出して告げる。

　放たれたるは究極にして至高、神撃なる一撃。

「【神を喰らうモノ】！」

　ドーンと、大迫力で顕現したのは金色に瞬く胴長の龍だった。

　グワっと顎門を開いて吠え猛る、金色の氣で創造されし龍。

　神を喰らうモノ、それすなわち龍の王。

「薔薇に立ちはだかるその全てを喰らい尽くしなさい！」

　グオオオオオオオオオオオッ！！

　真っ暗闇の中、吠え猛るその黄金の龍は、螺旋を描きながら駆け上がり、立ち塞がる絶望の闇を顎門で喰らい、喰らい散らかし、見る間にその身を肥えさせていく。金色の流星を後ろに引きながら。

　丸々と肥えた金色の胴をくねらせながら縦横無尽に駆け上がり、やがてそれは、闇という闇のその全てを喰らい尽くしてしまうと、ローズの拳にスウッと戻っていった。

「おお、魔力が三倍に跳ね上がりましたわ」

　ローズの全身がほんのりと黄金色に瞬いている。

　サタンの放った魔力の、その全てを取り込んでしまったのだ。

【神を喰らうモノ】

　コレこそが妖狐の必殺の九尾砲を喰らったカウンターアタック。

　それは妖狐の力の根源である八尾までをも取り込んでしまう。

　リー師が妖狐にトドメを刺せなかったのは、取り込んだ魔力が余りにも膨大だった為、高齢なリー師の肉体では耐えられなかったからだ。

「フッフッフ」

　しかし、元気溌剌な十五歳のローズには、余計なことを考える余裕すらあった。

　ローズは何かを閃いたという感じで目を見開く。

　―――これはあのセリフを言う絶好のチャンス。

　そう考えるや否や、即座に目線は斜め下のスカした顔で男前に腕を組み、低くて渋い声で某キングコングを意識して告げる。

「我に飛び道具は効かぬ」

　――完璧に決まってしまった。

　言ってみたかった夜叉猿の台詞に内心では自画自賛の拍手喝采、その余韻をフルフルと小刻みに震えながら噛み締めるという残心の決めポーズを決めた。

「ピッピッピ〜」

「ロゼ様、楽しんで頂けましたか？」

　ぴょんぴょん跳ねてはしゃぐ友には素敵な微笑みを向けて応えた、が、しかし。

『グワーハッハッハッハ！主よ、ボインが成長したのではないか。

　組んだ腕に乗っかっているボインが今にもはち切れそうだぞ！』

「む」

　セクハラ発言は完全無視だ。

　そんな事より、どれ、アホヅラを見てやろうではないか。

　勝利を確信したローズは、神の眼を凝らして遥か上空を見上げた。

「ば、馬鹿な、全てを奪い取られたというのか？！」

　目の前の闇の消失に、サタンは焦りの色を隠せない。

　目を見開き、驚き戸惑っている。

「こ、これは」

　ローズの膨れ上がった魔力に強奪されたことを悟るが、しかし何か策を講じる隙も無く、自身に起きた異常事態に困惑は極みに達してしまう。

「力が抜けていく。何だ、コレは」

　使用したモノ以上に自身の魔力がごっそりと消失していた。

　急激なパワーダウンにローズとの力関係が完全に逆転された事を理解する。

「チッ」

　原因を究明したいところだが、優位性が完全に崩れた今、それどころではないと舌を打ち鳴らした。

「業腹だが、やむを得ないか」

　不利ならば逃げるのみ。此処は自分の領域である。

　逃げることなど念じるだけで済む。

　しかし、そこにはローズの策が発動していた。

「な、何故だ」

　この場からの一時撤退をと、脱出を念じるが、しかし発動せず。

「何故、場面が切り替わらない！」

『グワーハッハッハッハ！』

　夜叉猿が腹を抱えて笑い出した。

「闇の王」

　ギロリと睨みつけるサタンに、お前が知りたい答えは我だとばかりにニヤニヤとする夜叉猿。

『どうした、逃げないのか？大魔王よ』

「………お前の仕業か」

『クックック、そうだ。

　此処は既に我の領域よ』

　悪魔の世界が夜叉猿に乗っ取られていた。

　十倍の恩恵を受けていたものが今は二倍、五分の一程度にまで下がっている。

　この領域は闇の力をパワーアップさせるものだ。

　それは闇の王にも適応される。

　しかし、干渉するまでの力は無かった筈だ。

『クックック、大魔王よ。我に飛び道具はきかん。

　それはお前も例外ではない。

　我が主は器用にも、お前の弾丸、その全てを我目掛けて弾いていたのだ。

　その全てを喰らい、お前が魔力を大量に使った今、取り込んだその全てを使ったまでの事よ。

　元々はお前の魔力だ。侵食するのは簡単だったぞ。

　次はもう少し周りをよく見て力を振るう事だな。

　まぁ、でも、』

　ニヤリと鋭い犬歯を見せて続ける。

『次が有ればの話しだがな』

「まだだ」

　それでも、まだ脱出くらいならば出来るはず。

　時空をこじ開けるべくして、サタンは魔力を練るのだった。

　その真下。

「あらあら、見苦しい真似を。まだ逃げられるとでも？」

　ローズは呆れ顔で肩を竦める。

　視線の先は五百メートル上空の、必死な様子のサタンに語るように、楽しげな声で口ずさんだ。

「どれ。此処は一つ、こちらから出向いて差し上げますわ」

　目の前、瞬時に氣を固めて三段の足場を構築した。

　あとは、ホップ、ステップ、ジャンプの要領である。

「よっ」

　一段目は動の為、緩やかに跳ねる。

「ほい」

　二段目のこの踏み抜きで、ローズは音を超えてみせる。

「ていっ！」

　三段目で光を超越、刹那でサタンの目の前まで到達。

　そこで逆さまとなり、足下に氣の足場を構築して急ブレーキをかける。

　両の手のヒラをいないいないばあの要領で広げて、超至近距離のサタンをびっくりさせてやる。

　腰を抜かすなよ、と、ぺろっと舌を出すサービスを添えて。

「ご機嫌よう」

「っ！」

　驚き、凍りつくサタンを尻目に、先程いただいた魔力の全てを使用する。

　コイツの魔力、なんかばっちいから要らないのだ。

「【闇の監獄（ダークプリズン）】！」

　半径五メートルの黒い球体を展開して、自身とサタン二人だけの世界を作り出した。

　ロゼの能力を真似て作り出した簡易的な世界だ。

　先程のエネルギーを全て使った代物である。

　あれ以上のエネルギーでなければ壊れないし、サタンはもうこの領域のボスではない。

　現在の恩恵は十倍どころか二倍も怪しいところ。

　魔力による優位性は既にひっくり返っている。

　逃亡することは不可能だ。

　それすなわち、殺すか殺されるかまで脱出不可能な、監獄デスマッチを意味する。

　ローズはニッと口端を持ち上げ、人差し指を突きつけて告げる。

「逃げ場無し、正真正銘、デスマッチの始まりですわよ」

　ファイナルラウンドのゴングが、間も無く打ち鳴らされる。