逆襲の赤いチャイナドレス

 

 大魔王サタンこと元大天使ルシフェル。元は双子の女神に使える十二天使の一人だった。

 天使の役割は女神の補佐と、大陸中に発生する時空の歪みを修復することである。

 歪みが進むと時空が裂けてしまい、魔界など異界と繋がる扉が開いてしまい、そこから悪魔など人類を脅かす外敵が侵入して来ることが多々ある。

 それを未然に防ぐのが天使の主な、お仕事である。


 十二天使筆頭だったルシフェルは、とても仕事が出来る男だった。

 戦闘能力もそうだが、他の天使にテキパキと仕事を振り分けたり、自らも任務を確実に、そして速やかにこなしていった。

 しかし、ルシフェルは高潔にして潔癖、端的に言えば口煩いお姑みたいな性格だった。

 俗っぽい双子の女神たちとは馬が合う筈もなく、そんなルシフェルを双子は煩しくも煙たく思い、丁度その頃、下界で横行していたパワハラとセクハラを面白そうだと真似をし始めてしまう。

 積み重なる屈辱の日々を、ぐぬぬと、口端を歪めながらも、ルシフェルはなんとか耐え忍んだ。

 敬愛するゼウスの娘だと、ギリギリでやり過ごした。

 しかし十二天使はルシフェルとアザゼルを除けば皆が女性、そんな天界は女尊男卑の社会だった。


「お、双子が面白いことを始めたよ」 


「私もやろう」


「イイネ!」


 なんと悪ノリの大好きな他の天使たちも、双子を真似て、セクハラを始めてしまったのだ。


 そして、遂に、その時が訪れる。

 情け無い泣きそうな顔でさえも男前な、そんな天使の泣き言がきっかけだった。


「ルシフェル様、イノシシ女のセクハラにはもう耐えられません」


「アザゼル、もう無理をするのはやめよう」


「では」


「ああ、これより天界を浄化する!」


 とうとう堪忍袋の尾が切れたルシフェルは、同じ被害者であるアザゼルと結託して謀反を決意した。

 奴らを打倒すれば天使から神へと進化するはずだ。

 そんなバージョンアップした自分が成り代わればよい。

 その方が下界のためにもなるはずだ。

 セクハラもパワハラも無い、なんとも素晴らしい世界を創造しようではないか。

 幸いにも双子の女神は二人で一人前なのか、神としては未熟だった。

 水と闇に関しては特化しているがそれ以外は凡百である。

 その為、父神ゼウスは、それを補う十二天使に特別に優秀な人材をそろえていた。

 特に四大天使は神である双子でさえも圧倒する実力の持ち主。

 いつ神に進化してもおかしくない存在。

 総合的に優れている自分はその中でも一番強い。

 同志アザゼルとのコンビネーションもバッチリだ。

 熟年の夫婦のように阿吽の呼吸を交わすことが出来る。

 上手くやれば十分に勝てるはず。

 いや、平和ボケした奴らなら圧勝も有り得る。

 実際、他の天使たちが介入して来なければ、双子をまとめて相手にしたとしてもいけるだろう。


「アザゼル、我らならばイケるぞ」


「はい、ルシフェル様。やってやりましょう」


 綿密に計画を練り、いざ決行の日と相成る。


 双子の部屋の前に二人は居た。

 この一週間、他の天使の出入りが無い事は確認済みだ。

 面倒そうな仕事を振り分けた甲斐があった。

 尻が割れるほどの、ビックリするくらいにセクハラを受けたが。

 しかし、この地獄の日々もようやく終焉を迎える。


「いくぞ」


「はい」


 いざ焼き討ちと、同志アザゼルと頷き合い、ルシフェルは双子の部屋の扉をバーン!と開いた。


「天誅にござる!」


「お命頂戴!」


 勢いよく中へと突入する。

 寝そべりながら呑気に下界を眺めている事だろう二人を、奇襲からの速攻で仕留めてやるつもりだった。


 しかし。


「待っていたわよ!」


 その予想は斯くも儚く裏切られてしまう。


「な!」


「ええっ!」


「何をおどろいている!

 大天使筆頭ルシフェル!

 いいえ、反逆者ルシフェール!」


 してやったりと、そう叫んだのは水の女神アクアだ。左右の剣を十字重ねに、厨二病よろしく、デデーンとカッコ良く決めて待ち構えていた。


「フフフ、ついでにアザゼルも滅びよ」


 その隣には、直立不動で左右の手に持つ黄金の銃をダランと垂らし、無表情がクールだと勘違いをしている闇の女神アークだ。


「そ、その装備は、まさか?!」


「ル、ルシフェル様!奴らの戦闘力が跳ね上がっております!」


 キラキラと、なんとも眩しく全身を神器で固めたフル装備の、黄金闘士みたいな感じだった。

 十二天使の内、ルシフェルとアザゼルを除いた天使十人分の神器である。

 神器は天使の分身体だ。

 込めた魂の割合で、その威力が上下する。

 双子が装備していたものは驚きの九割九分、ほぼ完全な天使の力を手にしているのであった。

 端的に言うならば、十人分の必殺技がノータイムで使えるようになった、同時に使うことも、連続使用も可、そんな無敵な感じだ。


「ぅぅ…」


 よく見ると、部屋の隅では十天使がぶっ倒れていた。

 色が希薄で今にも消えそうである。

 どうやら十日前から監禁していたらしい。

 エネルギーが切れたら天使は消滅してしまい、復活まで百年単位の時間を要する。


「ひ、卑怯者め〜」


 くしゃりと顔を歪めるルシフェルに、アクアは胸を張って、さも当然に堂々と言い返す。


「奇襲する方が卑怯なり!」


「ル、ルシフェル様〜」


 もう泣いている、そんな顔も男前なアザゼルに、もらい泣きをしてしまったルシフェルは涙をダラダラと流しながらも最後の賭けに出る。


「えーい!こうなればヤケクソだ!当たって砕けろ!」


 アークは無表情にも僅かに口端を持ち上げて、端的に告げる。


「ふふ。ならば、死ね」


 流石に双子に十天使盛り盛りスペックでは分が悪かった。

 何せ同格の者同士が十二人対二人みたいなものである。

 そのまま容赦なくフルパワーでボコボコにされ、そして魔界へと追放処分となった。


 ◇◇◇◇◇


「夜叉猿さん」


『何だ主』


 私は頼りになる闇の王に願いを口にする。


「我が友ロゼを預かって欲しいのですわ」


『ふむ、そのスライムのことか。まぁいいぞ』


 ローズは頭上のロゼを夜叉猿の手のひらに乗せた後、指を捏ね、どことなくモジモジしながら言いにくそうに続ける。


「あ、あの」


『む?なんだ?』


「た、食べないでくださいね」


 そう、我が友を食べないでいただきたいのだ。

 なんかオヤツと間違えたとか言って食べちゃいそうだし。


『クックック』


 え、なんで悪い顔になったの?


「ピッピッピ〜」


 コラコラ、ロゼ様。呑気に『宜しくね』なんて跳ねている場合じゃありませんよ。


「いや、悪そうに笑っていないで了承のお言葉をくださいませ」


『クックック』


「え、何で素直にイエスって言わないの?」


 心配で思わず素になってしまった、そんな一幕を終えて、私はロゼ様を夜叉猿さんに譲渡した。

 夜叉猿との対比に、アメ玉みたいに見えるロゼ。

 それを横目で見つつ、そこはかとなく不安になる。

 そのまま口の中に入れて、コロコロと転がしてしまいそうだが。

 まぁ、こればかりはしょうがない。

 我が薔薇薔薇拳は五体を武器とする。

 頭も含まれるのだ。

 オシャレな帽子を被る訳にはいかないのである。


「あ」


 間違えた。


 ―――申し訳ありません、ロゼ様。生意気な事を思いました。


 謝意を込めながら頭を垂れ、直ぐ様拳を握って思い直す。


 ―――我が友を巻き込む訳にはいかぬ。


「良し」


 気を取り直して、ギュギュッと両の拳を握り締めてファイティングポーズを決める。


「では、軽めのウォーミングアップを」


 キュキュっと軽快なフットワークを刻み込み、軽い左のジャブから繋いだ右ストレートを強めに撃ち抜く。

 ブワリと激風が巻き起こり、雷鳴が轟いた。

 嵐の中を一筋のイナヅマが迸る、正しくそれは疾風迅雷、そんなワンツーだった。


「うむ、これはもう間違いないな」


 ローズは右の握り拳を顔の目の前で見つめながら確信する。


 我が拳は音をも置き去りとする。

 本域ではない。軽い準備運動でだ。

 ロゼ様を被っていたら、あっという間に転がり落ちてしまうだろう。

 恩人に怪我をさせる訳にはいかない。

 ただそれでも、

 やはり心配なのは、夜叉猿さんに食べられちゃうんじゃないかという事だ。

 闇の精霊王が時空魔法まで手に入れたらと考えると世界が破滅しそうである。

 まぁ本人はそんな気はなさそうだから大丈夫かな、エロ猿だし。

 そこで一応保険をかけておく。

 世界平和の為に、しょうがないと、一肌脱ぐ事にした。

 出血大サービスだ。

 ボインがあればいいだろうと、さりげなく前屈みとなり、寄せたボインを震わせてアピールしておく。


「……。」プルプルプルプル


 セクシーポーズのまま横目でチラリと確認する。


「え?嘘」


 夜叉猿はコチラを見ていなかった。

 とんだセクシー損である。


『む』


 夜叉猿はロゼをマジマジと見つめていた。


『おヌシ、珍しいスライムだな。どの属性の色も見えぬぞ』


 銀に輝くスライムなど、千年の奇跡によって産まれし唯一無二の魔獣なり。

 時空を操る神に等しい存在よ。

 属性などという概念には囚われないのだろう。


「ピッピ〜」


 毛深くてゴツい手のヒラの上。

 呑気な感じで元気いっぱいに跳ねるロゼに、夜叉猿は鼻を寄せてからペロリと唇を舐めた。


『うむ、なんだか良い匂いがするぞ』


 ニヤリと口端を吊り上げる闇の王に、ビクッとロゼが揺れる。


「ピッ!」


 目をまん丸とした驚きの表情を見せた。


 その様に夜叉猿は腹を抱えて笑い飛ばした。


『グワッハッハッハッ、ロゼよ、冗談だ。

 同じ主を持つ仲だ。同胞は喰わんから安心しろ』


「ピッピ〜」


 ホッと安心したようにロゼが鳴き、ぴょこぴょこと跳ねて喜びを表現した。


 え、本当に大丈夫だよね。


 ローズは一抹の不安を抱える事になった。


 ともかく。


 気を取り直してサタンと対峙する。

 距離は五間。

 サタンが魔剣を肩に担ぎ、呆れ顔で小馬鹿にしたような口を開く。


「わざわざやられに戻って来るとは、馬鹿なのか貴様」


 その言葉に、キッと睨みつけるローズちゃん。


 ―――言ってろ、たわけが。


 今すぐにでも飛びかかってめちゃくちゃにしてやりたいところだが、しかし頬が引き攣りそうになるのをなんとか堪えて、冷静に応じる。

 安い挑発に乗ってはならない。

 ヒーローたるもの、簡単に激昂するべからずだ。


 握り拳を差し出して告げる。


「百発殴りに参りましたわ」


 言って直ぐ、脳内でポワポワと思い描く。


 西の大陸にある青銅製で盆状の打楽器。

 大きな銅鑼を一発、盛大に打ち鳴らした。


 ジャーーーーーーン!


 リー師のスイッチを入れる為のルーティンである。

 アドレナリンが止めどなくドバドバと溢れ出る。

 テンションが急上昇し、ローズの口端が吊り上がった。


「ふっはっはっはっ!」


 高まる高揚感に胸の奥から熱くなる。

 漲るは膂力、神の魔力が迸り、グラグラとマグマの如く滾るのは母親譲りの生命力。

 芽生えたのは最強無敵の万能感だ。


 ―――もう二度と、誰にも負けぬ。


 燃えよローズ、赤いチャイナドレスの逆襲が始まる。


 足幅を広げて腰を落とし、総身をフルフルと震わせながら、両の掌底をゆっくりと押し出す。


「ほぉぉぉぉぉぉ」


 それに合わせるようにして、細く細くとゆっくりと息を吐き、身体中に氣を巡らせて、それを一気に高めたら暖機運転は終わり、準備完了である。

 いきなりトップギアでいける状態だ。


 ―――武の極致というものを見せてやる。


 開戦の合図は師の哮り声を真似ることとする。


「ほあちゃあ!!」


 地をしっかりと掴むように踏み締めて、ギュンと前へ。

 その速さは音を超える光の如し。


「馬鹿が」


 サタンは魔剣を正眼構えに迎え撃つ。


 音を置き去りとする超高速バトルが幕を開けた。


 ストレートに、地を舐めるくらいの超低空で滑るローズに合わせて、サタンが切先を突きつけてくる。

 このままでは串刺し一直線だが、ローズはフッと鼻で笑う余裕を見せる。


「っ!」


 馬鹿はお前だ。

 武人の拳は何よりも硬く、そして重い。

 濃密な氣を滾らせた我の拳は聖剣並みの強度を誇る。

 たかが魔剣に魔力任せの素人など恐れるにあらず。


「串刺しにしてくれる!」


 迫り来る剣先に、腰を入れた右拳のショートアッパーを合わせ撃つ。


「ちょわっ!」


「な?!」


 ガキンと上に弾かれる魔剣に、サタンが大きくのけ反った。


 その目の前で急停止。音もなくピタリと踏み止まり、そして煽ってやる。


「ほわあああ」


 腰を落として左右の掌底をゆっくりと回す構えを取り、のけ反るサタンの態勢が戻るのを、早くしろと、舐めきった目線を送って待ってやる。


「こ、の、人族如きが!舐めるな!」


 サタンがイキリながら次々と魔剣を振るう。


「っ!」


 闇の魔力を孕んだ激風が巻き起こり、突如、嵐の世界となる。

 その中心地。

 秒に百もの剣戟がローズの全方位から迫り来る。


「あたたたたたたたた!」


 その全てを左右の拳で迎え撃ち、跳ね返してやる。

 一本の剣を振るうよりも左右の拳で迎え撃つ動作の方が圧倒的に速く、色々と余裕である。

 剣撃に対して、拳を僅かに勝る強さで調整するというリー師の卓越した技能で、一々サタンが吹き飛ばないようにするという気遣い。

 我が薔薇薔薇拳は堅牢なる要塞なり。

 防御に徹すればこれくらいは容易いことよ。

 基本、リー師は後の先という戦法をとる。

 初手で粗方の実力を見極め、そして打倒までのシナリオを構築する。

 今はサタンの力量、技量を測るための時間だ。

 イメージしていた憶測との答え合わせ。

 ダメージを与える必要無し。

 後で百発、必ず殴るがな。


「おおおおおお!」


「あたたたたた!」


 ―――やはりな。


 黒い斬撃の嵐の中、万を超える斬撃を跳ね返したところで理解する。


 コイツら悪魔、まあ天使以上の超越者共は技という概念がない。

 圧倒的な魔力、圧倒的なパワー、圧倒的なスピード。

 それらでゴリ押ししてくるという脳筋な輩だ。

 ここまでの太刀筋を受けて理解した。

 一刀を、力任せに奮っているだけ。

 いくら跳ね返されても、そのままに。

 フェイントなど、僅かな工夫すらも無し。

 偽の攻なしの全てが本命、ただただそれの繰り返しだ。

 意識外からの奇襲で反応出来ない時ならまだしも、真正面からの速いだけなど私の神の眼には通用しない。

 この眼は僅か先だが予知すらも可能とするのだ。

 剣に拳を合わせることなど演舞を舞うのと同じことよ。

 はっはっは。

 笑わせてくれる。

 コイツらより野生の魔獣の方が断然強いわ。

 西の大陸で、リー師が対峙した魔獣の方が苦労するというものだ。

 コイツは力が強いだけのただの素人。

 もう負け筋などあり得ない。

 それでは最終確認と行こうではないか。


 まずは、拳の威力を三倍に上げたアッパーカットでサタンを大きく崩してやる。


「チョワッ!」


 ガキンと魔剣が跳ね上がり、「グッ」と大きくのけ反るサタン。

 その懐にピタリと肉薄して大きな声で忠告してやる。


「隙あーり!」


 腰が捻じ切れんばかりに捻りあげた左のショートフックで脇腹を深く抉る。


「あたあ!」


「がはっ!?」


 スマッシュヒット。

 サタンはくの字となって、ドヒューンと吹き飛ばされた。


「あ、礼をしなければいけませんわ」


 忘れてた。

 リー師の教えを。

 生きとし生けるもの全てが糧となるのだ。

 それに対する感謝の心。

 どんなクソが相手でも礼は尽くさなければならない。

 我が血となり骨となるのだから。


 ローズは姿勢を正して、手と手を合わせた合掌でペコリと礼をとった。


「な、何故痛みがあるのだ!?」


 吹き飛ばされた先で困惑のサタン。

 腹を抑えながらそんな事を宣っている。


 その様にローズは冷ややかな目を向ける。


 当たり前だ、たわけ。

 我が拳が纏っているのは練り上げた氣と神の魔力を混ぜたローズオリジナルよ。

 魔力には喰らうという意思をのせ、リー師の極めた氣は精神体である魂さえも破壊するのだ。

 魔力を失うだけじゃなく、魂諸共破壊されているのだ。

 魂本体が喰われたら、それを知らせるサインを送るだろうが。

 西大陸史上最強たる武人は、その大陸最強の魔物、九尾の王、妖狐。

 魔獣の最高位である神獣で、神に等しい絶対強者だ。

 それを齢百五十で撃退せしめた英傑だぞ。

 妖狐はお前に圧倒的なアドバンテージをくれるこの結界の中でも、お前よりも強い。

 龍の王を次々と喰らい、全世界を破滅寸前にまで追い詰めた化け物だ。

 たかが元天使如きがイキるでないわ、このたわけが。


「チッ」


 舌打ちして、距離を取ろうとバックステップで下がるサタン。


「シッ」――逃がすかよ。


 ローズは地をしっかりと掴むように蹴り飛ばし、距離を一瞬で溶かして肉薄する。 

 ゆらりと緩やかな初動からの瞬発力を十全に発揮したスピードに、サタンは全く反応出来ない。


 ―――やはり、私の緩急を使うスピードに対応出来ない。シナリオも完成した。あとは終幕までの譜面をなぞるだけだ。


 この時をもって、ローズの分析タイムは終了となる。

 攻略開始だ。


「な」気づいたら目の前にいたと驚きのサタン。


「ノロスギですわよ」


 言いながら、両の掌底を腹部に押し当て、それと並行して、サタンの外側を神域の魔力で覆い尽くしてからの重い重い、強烈なる一撃が放たれる。


「【重爆掌】」


 ゼロ距離から内部で爆ぜる氣を打ち込む。

 外側を覆うことによって、その破壊力は四倍にまで跳ね上がっている。


「ブッ!」


 ボンっと、風船が破裂するように、サタンの頭が吹き込んだ。

 濛々と瘴気が溢れ出る首無しの姿に、ローズが苦い顔をする。


「ばっちいですわ」


 漏れ出る瘴気が、なんだか汚らしいので、丸ごと蹴り飛ばす。


「ちょわっ!」


 吹き飛ばされた先で即座にサタンの頭が復元する。

 苛立ちを隠そうともしない嚇怒の形相をみせる。


「調子にのるなよ、人族が」


 言って、十メートル上というところに転移した。

 それを見上げるローズが不敵に笑う。


「フッフッフ、逃げるなんて、随分と余裕がなくなってしまいましたわね」


「舐めるなよ」


「どっちが―――」


 言いかけた、次の瞬間にはサタンの目の前に赤いチャイナドレスが。

 足を天、頭が地となる逆さまとなって続ける。


「―――舐めているんですの?」


「な?!」


 そのままバゴーンと蹴り飛ばし、大地にドーンと叩き落とした。


「クッ」


 サタンは即座に立ち上がると、魔力を込めた指を鳴らす。


 パチーン!


 シューン、と視界が暗転して場面が一瞬で切り変わった。


「む」領域を変えたのかと、ローズは即座に分析を開始する。


 バトルステージが変わる。

 地面も壁も天井もない宇宙空間のような広大な世界。

 認識出来るくらいの薄明かりの中、フヨフヨと浮いている無重力状態である。


「クックック」


 薄笑いで喉を鳴らすサタンとの距離は十間。


「ぬ」


 ローズはその薄ら笑いの意図をなんとなく察する。


 なるほど、地上戦は不利だと悟った訳か。

 地面がなければ良い、空中戦ならば十分に対応出来ると。

 まぁ大地をしっかりと掴んで蹴るというのが極意だからな。

 そこに魔力を加えてスピードを強化しているという感じだ。

 それが半減するだろうと、そういう結論か。

 なるほど、なるほど、それはなんとも。


「おーっほっほっほっー!浅はか、浅はかですわ!」


 サタンを正面に、此処でアレを決める。

 斜に構えて片膝を上げ、両の掌底を向けたカンフーポーズを決めて、低い声でカッコ良く告げる。


「我が薔薇薔薇拳は完全無欠なり。戦ばなど選ばぬ」


 そう、コレは決め台詞だ。ヒーローたるもの、要所要所で使う決め台詞は重要である。

 それをこの上ないタイミングで、ビシッと決めたローズに、サタンは舌打ちを返した。


「チッ、せいぜい吠えるがいい、脆弱なる人族が」


 リベンジマッチ緒戦、ラウンドワンはローズ優勢で終わった。

 しかし未だ決着は着かず。サタンの魔力はローズを大きく上回っている。

 人と悪魔、頂上対決のラウンドツーが始まる。

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