特別なるモノよ!わたくしの前に顕現せよ!その呼びかけに応じたのは、可愛いらしいアクセサリーだった。

 

「な、なんだ?!コレは?!」


 未知なる恐怖に押し潰され、堕天使アザゼルは幻覚を見る。

 それはまるで冥府に君臨する、禍々しくも畏れ多い、遥か格上なる殿上人、死の神を前にしたような、そんな錯覚を引き起こし、そして悪魔の肝が凍りついた。


「あらあら、ビビらせてしまいましたか」


 余裕顔のローズがそう言って撫でていた手を戻してやると、自由となったアザゼルがすかさず声を張った。


「【精霊召喚】!大精霊よ!ここに顕現せよ!」


 精霊とは、神族が創造した人類とは異なり、魔力で自然発生した精神生命体のことである。

 魔界に君臨する悪魔と同様に、この世界とは別次元にある精霊界にて属性ごとの国を作り一大社会を築いている。

 それぞれの王は神と同等の力を持ち、大精霊は王に次ぐカテゴリーに属している。

 アザゼルが用いたのは召喚魔法だ。

 精霊は悪魔や天使と相性が悪く、この魔法が使えるアザゼルは稀有なケースと言える。

 

 アザゼルの背後に控える四つの魔法陣がキラリと煌めくと、それぞれから四色の奔流が溢れ出した。


 燃えるような赤は火の魔力を示し、大地を司る山吹色は地の魔力を。

 薄い緑は風を意味し、最後は生命の根源たる水の青色の魔力だ。


 鮮やかなる四色の彩りが各々で形を成していき、最後に一瞬の明滅を終えると、四体の大精霊が顕現を果たした。


 燃え滾る炎で造られた十メートルを超える大トカゲ。

 大精霊サラマンドルだ。

 火の最上位精霊であり、その昔、人族の国近くに顕現した時は、魔力が燃え尽きるまで、万の軍を蹂躙した。


 一番奥に控えるのは、小山ほどもある岩の大巨人、大地の大精霊タイタンだ。

 圧倒的な質量を武器に、その進撃を止める術は無し。

 その昔、何処ぞの王都に攻め入った時は、王城を粉々に粉砕してみせた。


 一番手前でちょこんと佇むのは、クルクルとした旋風を衣服のように纏う少女だ。緑髪をポニーテールに結った愛らしい姿である。

 風の大精霊シルフィードだ。

 その可愛いらしい容姿に騙されてはならない。

 中身は凶悪にして凶暴につき、その昔に顕現した時は、片手では収まらない数の村という村を虐殺してみせた殺人鬼だ。


 最後は、霧状の魔力を漂わせた透き通る水で造られた馬。

 水の大精霊、ケルピーである。

 その水は濃密な魔力の塊で、無尽蔵の魔力量を誇る。

 その昔、魔力による大洪水を引き起こし、山という山をはげ山とせしめてみせた。


 どれもこれも、人族の国を恐怖に陥れた過去を持ち、大悪魔に匹敵する戦闘力を誇る。


 アザゼルが召喚術を行使したのは正解であり、そして失敗でもあった。

 正解なのは、このままでは相手にならないという事。

 見えない神の手でペシャンコにされて終わりである。

 そして失敗だったのは、この召喚術にローズが興味を示した事だ。


「おお、コレは、なんとも」


 ローズは仮面メガネを額の上にずらして、良く見えるようにすると、四大精霊をマジマジと見つめ始めた。

 その輝くスカイブルーの瞳は、キラキラとした羨望に満ちている。


「ほう、これは」


 前のめりで顎を撫で撫でしながらのガン見である。

 淑女らしからぬポーズで乙女心を踊り狂わせている。


「ほう、ほう、ほう、ほう、ほう」


 なんだか凄いのが四体も出てきたよ。

 火のトカゲと岩の巨人に水の馬、極めつけは風を纏う愛らしい少女だ。

 良いな、召喚魔法って。

「出でよ!神龍!」

 なんて、一度で良いから言ってみたいではないか。

 絶対に気分が良いよ。

 顔が良いだけのアザゼルにしてはよくやった。

 どれ、ここは一つ、褒めてつかわすか。


 ローズは両手を広げてわざとらしく声を弾ませる。


「まぁ、なんて素晴らしいのかしら。

 とっても面白いですわ。

 良いですわね、それ」


 満面の笑みで、双眸をこの上なく見開いた。


 なんだか言いようのない琴線に触れてしまった。

 カッコいいではないか、召喚獣。

 召喚術は記憶の中にないものだ。

 なのでトレースしてしまおう。


「ふむ」


 魔法陣はこの目で見た。

 全てを見透かすスカイブルーである。

 全能神より賜った神の眼だ。

 一度見ればその全てを模倣出来るというチートである。


「えーと、こんな感じでしたわね」


 両の手のひらを前に、魔力を練りながら先程見た魔法陣を思い描く。


 ブォン!と思惑通りに、イメージ通りの魔法陣が浮かび上がった。

 銀の明滅を繰り返しながら緩やかに回転している。

 あとは練り上げた魔力を流して、掛け声をかけるだけ―――。

 なのだが。


「む?」と、一瞬止まる。


 ローズは気づいてしまった。


 魔法陣の紋様が読める、意味を理解出来るということに。

 それは先人の知識の賜物である。


「ふむふむ」


 なんとなく読み進めてみると、ある事実に気づき、そして閃いてしまう。


「あれ?」


 この部分の紋様って精霊に限定しているな。

 もしかして、限定しなければ何か違うモノが出てくるのかも知れない。

 ふむ、ならば、丁度良い。

 ここをアレンジしてしまおう。

 そうすれば私のオリジナルになるというものだ。

 アザゼルの猿真似では無くなる。

 良し。

 精霊に限定しないで、私の琴線に触れるモノにしよう。

 えーと、わたくしにとって、特別な存在、と。

 この強さを求めない曖昧な感じが良い。

 何が出てくるのか分からない、ドキドキ感が堪らないではないか。

 出てからのお楽しみだ。


 と、書き換えたところで、勇ましく叫んだ。


「お出でなさい!わたくしのスペシャルな召喚獣よ!」


 カッ!


 スタングレネードさながら、銀光が爆発したように弾け飛んだ。

 先程アザゼルが召喚した時とは比べものにならない閃耀である。


 真夏のギラギラな太陽を視界全面で直視したような感じだ。

 それは、呑気にワクワクとしていたローズに、超至近距離から襲いかかった。


「ぎゃっ!」


 これぞまさに自爆。

 仮面メガネをずらしていた事が仇となる。

 視界は完全なるホワイトアウトに焼きつき、

 ローズは目をバッテンにして大きくのけ反り、今の率直な気持ちを大きな声で叫んだ。


「眩しーーーいっ!」


 思わず淑女らしからぬ大声を出してしまったが、まぁ、眩しいだけだ。ダメージはない。


「まったく、もう」


 頭を振って直ぐに立て直し、焼きついた目をゴシゴシと擦りながら唇を尖らせた。


「こんなに眩しいのなら教えて下さいませ」


「な、なんだと…………。」


 唖然と固まってしまったのは、四大精霊を盾としているアザゼルだ。


 どう見ても初見の技の筈だ。

 それを意図も簡単にパクられた。

 精霊召喚は十二天使の中でも自分にしか出来ない。

 それをだ。

 目の前で、見様見真似で、「えーと」なんて間抜けな言葉を紡ぎながら、最もあっさりと成功してみせたのだ。


「っ!」


 それは召喚されてきたモノを目にして、困惑は極みとなる。


「何だ、アレは」


 精霊ではない、何か。

 魔法陣から溢れる光は属性を意味する。

 例えば火なら燃えるような赤に、水なら青だ。金なら聖だし黒なら闇というように。

 しかし先程の閃耀は銀の光だった。

 どの属性でもない。

 しかも目が潰れるほどに眩しいという異常なる光量。

 六属性ではない異常なる魔力が呼び出した精霊ではない何か。


「ピ?」


 それはまるで小鳥のようにして、可愛らしく鳴いてみせた。


「ピッピ〜」


 何とビックリ、スライムだった。

 まん丸お目目で口を半開きにした、なんとも愛らしい容貌だ。

 ローズの頭部くらいの大きさで、ローズの髪と同じ色、月が煌めくようなプラチナだった。


「ピッピ〜」


 そのスライムは一通りポヨポヨと揺れると、ぴょーんとローズの頭の上に飛び乗ってみせる。


「おっと」


「ピッピッピ〜、ピッピ〜、ピッピ〜ピッピ〜」


 その頭上にて、スライムはフルフルと揺れながら楽しそうに歌い始めた。

 召喚獣は術師が気に食わなければ消えていなくなる。

 元居た世界に帰ってしまうのだ。

 消えないという事は召喚に応じた事を意味する。

 ローズを主人だと認めたのだ。


 それを受けたローズは腕を組み、うんうんと満足そうに頷く。


「とっても愛らしく、とびきり可愛らしい、文句なしの合格ですわ」


 そう、合格である。

 なんとも可愛らしいではないか。

 ならば満足である。

 別に弱くても良いのだ。

 強さなど求めていないのだから。

 逆に弱ければ良いハンデになりそうだと思っている。

 コイツら余りにも弱すぎるからな。

 守りながら闘う、それも一興である。

 それに正義の味方とは弱い者を守るものなのだから。


「なんだあのスライムは?!一体なんなんだ!」


 わあわあ騒ぎ立てるアザゼルを尻目に、一人と一匹は会話を試みる事にした。


「ピッピッピ〜」


「さて、貴方は一体、何が出来るのかしら?」


「ピッピッピッピッピッピ〜」

 

「ふむふむ」


「ピッピ、ピッピ〜、ピッピピッピピッピー」


「なるほど、なるほど、なるほど」


 歌うように鳴くスライムに、何度も相槌を繰り返すローズ。

 このスライムはローズの魔力で肉体を構築している。

 広い意味では一心同体と言える、はずだ。

 よって、言葉を喋らなくとも、何となく言いたい事は理解出来るのだ。

 主人とは、下僕の事をきちんと理解出来なければ務まらない。意思の疎通が出来なければ、召喚獣は帰ってしまう。

 

「なるほど、ね」


 えーと、まぁ、色々と言っていたが、要約するとだな。


「逃げ足なら誰にも負けない、と」


「ピッピッピ〜」


 その通りだ、と、なるほど。


「わかりましたわ」


 つまり、今、逃げるつもりのないこの場では、出来る事はない、そういうことか。

 なるほどね。


「ピッピ〜」


「ん?」


 おっと、なんだか悲しいという気持ちが流れてきた。

 役立たずだとでも思わせてしまったのか。

 そんなことはない、断じてないぞ。

 早速癒されたし、眠気が吹き飛んだのが何よりの成果だ。

 どれ、ここは一つ、安心させてやるとしよう。


「うふふ」


 ローズはニッコリと微笑み、そして戯けるように肩を竦める。


「全然問題ありませんのよ」


「ピッピ?」


 本当に問題無しである。

 初めから戦力など必要としていないのだから。

 こんな堕天使と大精霊など、ノミがいくら群れたところで相手にならない、そういう認識である。


「スライムさん」


 心配したのは別のことだ。


「其処から落ちないように、お気をつけくださいまし」


「ピッピッ〜」


 そう、これは帽子だ。

 飾りみたいなものである。

 オシャレの一環、チャームポイントで良い。


 頭上にスライムを装備した、シュールな感じのローズちゃん。

「ふむ」

 しかしと彼女は考える。


 恐らくこのまま戦ったとしても、神の手で薙ぎ払って終わりである。

 ここまでやって、それは興が削がれるな。

 ならば。


「どれ」


 もう一杯と、召喚獣をおかわりしようとしたところ。


「させるか!」


「む」


 アザゼルが仕掛けて来そうになったので、その前に雷の檻で囲ってやる。

 此処は私の結界の中だ。自由自在である。

 簡単なリフォームなど念じた次の瞬間には終える。


 一瞬で網目状の雷の監獄に囚われてしまうアザゼル御一行。


「なっ!?」


「遅いですわよ」


 一つ、忠告しておいてやるか。自滅してしまいそうだし。


「その雷に触れたら消滅してしまいますわよ。

 雷神トール同様の、神なる雷ですのよ。

 もう少しだけ大人しくしていて下さいませ。

 そちらは四体も出したのですから、こちらも、もう一体くらいは構わないでしょう?」


「グッ」


 アザゼルは悔しげに唇を噛み、後退りで檻から離れた。


「よろしい、そのまま静かにしていてくださいませ」


 無事に脅迫にも近いお願いで黙らせたところで。


「では」


 改めて、両手を大きく広げて勇ましく叫んだ。


「さぁ、出ませい!わたくしの召喚獣よ!」


 魔法陣から黒い魔力がパアアと立ち上り、姿を現したモノ。

 それは、


「ウッキッキー」


 日光にいるような普通のお猿さんだった。

 ローズと同じくらいのスケールで、手をパシパシと叩き、歯を剥いて楽しそうに笑ってらっしゃる。

 それを真顔で見つめるローズちゃん。


「………。」


 えーーー。マジでーーー。


 コイツも戦力にはならなそうだな、と、ローズは思わず目を伏せた。


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