恐怖、邪悪なる三日月

 ローズの唯一の弱点は肉体強度にある。

 偉大なる母より超人の遺伝子を受け継いではいるが、其処は未だ成長途上の三歳児、プニプニボディである。

 防御力1の紙装甲、風船玉と言っていい。

 しかし、母譲りのマグマのように滾る生命力がある。

 生命力は、サナダ新陰流で言うところの【氣】を示す。

 その氣を贅沢に使用して強化した肉体は、大悪魔を凌駕するスピードを発揮する。

 しかし、肉体自体の防御力は1だ。

 いくら強化したとしても、このレベルの闘いでは心許ない。

 頭や心臓など、急所を貫かれれば死んでしまう。

 それをカバーしたのが神レベルの魔力である。

 幾重に重ねた濃密な魔力障壁を常に纏う事で、憂いを無くした。

 元は三歳児のプニプニボディだが、氣を巡らせるというドーピングを施してスピードを上げ、そして神域の魔力障壁を常に羽織るという、鉄壁のコーディネートである。

 更には、神域の魔力には、ある程度の意志を持たせることが出来る。

 例えば、防御障壁において、これはダメージを負うものだから防ぐ、コレは触れたいから肌に通すといった、自身の意思に沿って作用するというモノだ。

 HPは1だが、ダメージを負うことは、ほぼほぼあり得ない。

 大悪魔を凌駕するスピードと、鉄壁の防御障壁を合わせ持つローズはまさにアレだ。

 ミス、ダメージを与えられない、といった会心の一撃を繰り出さないと倒せない、経験値をたんまりくれる某レアモンスターのようなものである。


 ローズはサナダ新陰流の他にも、あらゆる技術を会得しているが、どれも偉大なる先人たちから受け継がれたものである。

 その知識をパラパラと漁りながら、ローズは思った。


 ―――オリジナルが欲しい。自分だけのスペシャルを。


 生まれ出て一日も経っていない癖に生意気な欲しがり娘だ。

 しかし、思ってしまった事はしょうがない。まだ子供だし。

 そこで、思考を超加速して全力を尽くした。

 正味の時間は一分くらいだ。

 まずは現状を整理するところから始める。

 今は魔法で三歳児まで強制的に成長した状態だ。

 いずれはゼロ歳に戻り、再び身体が動かなくなる。

 しかし魔力は今の成長したままだろうという希望的憶測に基づき、魔力をテーマにして考えてみた。

 そこで編み出したもの。

 それは【見えざる神の手】というものだ。

 幾重にも折り重ねた濃密な魔力障壁を、巨大な手に見立てて作り出したのだ。

 自分の身体を二の腕の部分とした伸縮自在の巨大な手だ。

 伸ばし過ぎると強度が落ちてしまうが、しかしそれは防御だけでなく、攻防一体に昇華してみせた紛れもないローズオリジナルと成った。

 元々が防御に重点をおいたものである為、スピードは大したモノではない。

 一般兵でも回避することが容易いほどである。スピードにシフトチェンジすると、防御力が下がってしまったので止むを得ない結果だった。

 しかし、神域の魔力というモノは、その領域の者にしか見る事が出来ない。

 魔力至上主義の大悪魔でさえ、感じる事も、察知する事も出来なかった。

 そんなものが果たして、回避する事が可能なのだろうか。

 更に、消費する魔力量によって、出力、パワーが上がるという結果も出た。

 極め付けは、魔力に『喰らえ』という意志をのせると、文字通りに相手の魔力を喰らい、そのまま取り込んでしまう。

 感知する事が出来ない格下という条件は付くが、初見を確殺できる必殺技が誕生したのである。


 ◇◇◇◇◇◇


 やれやれ、滑ってしまったか。

 私はレヴィアタンに維持させたままの悪魔の世界に、堕天使を拉致って戻って来た。

 レヴィアタンには隠れて、エネルギーを注いでもらっている。

 出てくるとややこしくなりそうだしな。

 ここは、悪魔の世界を支配した後にリフォームした私のフィールドだ。

 想定したのは雷の監獄。

 入ったら最後、全方位に神の雷を網目状に張り巡らせた、触れると消滅する電流爆破マッチとなる訳だ。

 堕天使相手に空を飛ばれると厄介なので天井は低めに設定してある。

 ホームなのだから多少の有利はご愛嬌である。

 流石にまだ飛行能力は遠く及ばないと空中戦は自重した結果だ。

 まぁ、後五年、本体が五歳になるまでには軽く超えてみせるがな。


「おい貴様、何者だ」


 偉そうにそう言ったのは、六枚の黒い翼を背負い、頭上に黒い円環を浮かべる堕天使、黒衣の神職者然とする美丈夫な男、アザゼル。

 レヴィアタンによると大魔王サタンの右腕らしい。

 長い黒髪を後ろに垂らした恐ろしい程に整った美形である。

 冷たい眼差しがクールだ。

 ま、とりあえずは普通に名乗るとするか。

 コイツに正体を知られたところでどうという事はない。

 もう何処にも逃がすつもりなどないのだから。


 まずは定番から入る。


 スカートをちょこんと摘んでカーテシーで礼をとる。


「わたくしの名前はローズ・アルファ・ザッツバーグ。

 普通の人族ですわ」


「こんな真似の出来る普通の人族などいるものか」


 フンと鼻で笑われたので、こちらも鼻で笑ってやる。


「貴方も、大したことはなさそうですわね」


 そう、コイツも大したことはない。

 警戒していないのが証拠である。


「生意気なガキが」


 コイツには私の本質が見えていないのだ。

 なので優しく教えてやることにした。


「だって」


 薄笑いを深めた悪そうな顔で問いかけてやる。


「見えないでしょう?これ」


見えざる神の手ゴッドハンド


 ローズを守護霊のように守る無色透明な巨大な手だ。

 魔力が神の領域に到達した者でしか見る事も感じる事も出来ない。

 故に、コレが見えないということは、お話しにならない。


「うふふ」


「っ!」


 アザゼルはローズの頭上に視線をずらすと、何か違和感を感じ取ったのか、顔色を変えて大きく後退りをして叫んだ。


「魔法陣四重奏!」


 アザゼルの背後に四つの魔法陣が顕現する。

 各々で異なる魔力が渦を巻いている。


 ほう。なるほど、面白い。


「砲台、という訳ですわね」


 このレベルの闘いになれば、ビームを撃つなど息を吐くように出来るが、やはり練り上げて溜めた方が威力が上がるというのが道理となる。

 四つの魔法陣は常に練り上げた魔力を秘めている。

 故に段違いに強いビームが撃てるという事だ。

 まぁ、何処から撃ってくるのかはバレバレだし、避けるのも容易いものではあるが。


「穿て!」


 四つの魔法陣が一瞬の明滅を繰り返すと、四色のビーム砲を吐き出した。

 属性違いの四本の光の奔流だ。

 生命の根源たる水を表す青。

 大地を示す山吹色。

 全てを飲み込む漆黒の闇。

 燃え滾る業火の緋色。

 四色のエネルギービームがローズをドヒューンと強襲する。


「うふふ」


 ローズの余裕はまるで揺るがず。

 腕を組んだままに微動だにしない。

 上品な薄笑いで、ちょこんと可愛らしく立ったままに、こう吐き捨てる。


「避けるまでも無し、ですわよ」


 それは、ローズの手前で全てが弾かれ、完全にシャットアウトされる。

 まるで見えない壁に阻まれたかのように、堰き止められた。


「お前」


 ジロリと睨み、苦々しく唇を噛む美丈夫なアザゼル。

 ローズは呆れたように肩を竦める。


「やれやれ、防がれた理由もわからないようですわね」


 言って、守護霊のように聳り立つ神の手を、左右に大きく振ってやる。

 神域にまで到達している濃密な魔力の塊だ。

 見ることも出来ない輩の攻撃など、避ける必要もなし。


「何を?」


 全く見えていないアザゼルの様子に、ローズは、はぁ、と、わざとらしくため息を吐いた。


「しょうがありませんわね。近くまで寄ってさしあげますわよ」


 見えない神の手をビョーンと伸ばして、アザゼルの頭を優しく撫でてやる。

 幼な子をいい子いい子をするように、優しく優しくなでなでと。


「ぐおお!」


 まるで重力が何十倍にもなったかのようなアザゼル。

 何か重いものを背負うように前のめりで踏ん張り、必死な形相となるが、それでも美丈夫なイケメン顔にローズは感心した。


「必死なイケメン顔もいけますわね。

 凄いですわ。

 貴方、顔だけは神の域に達しておりますわよ、ウフフ」


「な、なんだ?!コレ、は?!一体、何が起こっている?!」


 ズーンと、のし掛かっているのは重力だけではない。

 未だかつて感じたことのない、未知なる恐怖、プレッシャーである。

 アザゼルの顔がこの上なく引き攣った。


「うおっ!?」


 その恐怖にアザゼルは幻覚を見る。

 まるで冥府の天上人、死神に撫でられているような、そんな錯覚を引き起こした。

「うふふ」と笑う幼女の可愛らしい口元が、邪悪な三日月に見えている。




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