ローズちゃんのゼロから始める最強無双〜薔薇の騎士が紡ぐ、闘う乙女たちの物語〜

マリアとクラインのロマンスは、もう止まらないし、誰にも止められない。

　◆◆◆◆◆

　二十年ほど前のお話。

　勇者パーティは魔王討伐を果たした時点で今後の進退を決める。

　次の魔王の誕生までは十年から二十年という期間を有する為、人によっては後進に道を譲って引退したり、はたまた違う道を選んだりもする。

　二十年前の勇者パーティでも、国の為、後進のためにと、才ある男と女が袂を分つこととなった。

　男は女の、にへらと笑う、そんな子供っぽい笑みが好きだった。

　常に隙のない美貌が綻ぶその瞬間が愛しかった。

　硬い蕾が花びらを柔らかく開くような、そんなギャップに心を鷲掴みにされていた。

　女もまた、男の笑顔が好きだった。

　鋭い眼差しのイカつかった面ざしが、瞬く間に優しくて柔らかな視線へと変化する、そんな笑み。

　魔王軍との厳しい闘いの中でも、この男の陽だまりのような笑顔に心を癒されていた。

　激闘も終わり、最後の逢瀬の真っ只中。

　女は長いため息を吐いた後、男に薄い笑みを向けながら告げる。

「クライン、私、大聖女に任命されたわ」

　大聖女になる。それは国主になるという事だ。大変名誉な事なのだが、その女の微笑は男には取り繕って見えた。

　いつもの無邪気さを感じない微笑に、分厚い胸の内から張り裂けそうになる。

「そうか。おめでとう、マリア」

　男も笑顔を見せるが、女には取り繕ってみえた。

　ただただ硬く、それは冷たい氷のように感じた。

　二人は互いに国の為、後進の為だと、本音を飲み込んで続ける。

「ありがとう。クラインはどうするの？」

「俺は国で将軍を目指すよ。

　次の勇者パーティをサポートできるように精進するつもりだ」

「そう、クラインなら立派な大将軍になれるわ」

「ありがとう。君こそ立派な大聖女になれるはずだ」

「うふふ、どうもありがとう」

「ただ、もう気楽に話せなくなるのが残念だ」

「そうね。それは残念ね」

「ああ。本当に残念だ」

「うん、本当にね」

　その日を最後に二人は二十年もの間、再会する事はなかった。

　◇◇◇◇◇

　神力を使い果たしたマリアは、肉体はともかく、その内面がボロボロだった。

　神の御業である神力は精神に莫大な負荷がかかる。

　そしてそれは使命を果たしたことで、ついに限界を迎えた。

　マリアは額を抑えていた。

　顔は青ざめ足下が覚束なくなり、フラリと蹌踉めき。

「………ぁぁ」

　そのまま前へと傾いていく。

「母様！」

　皆が駆け寄ろうと前屈みとなった、その時。

「え？！」

　大きな影がマリアの下へ近づいて来た。

　それは誰にも近寄らせるものかという大声を発した。

「大聖女様！」

「え」

　その余りの迫力と意外な人物の出現に、その場にいる全員が踏み止まった。

「大聖女さま！大丈夫ですか？！」

「………将軍か。すまぬ、手間をかけた」

　大将軍が颯爽と現れ、蹌踉けるマリアを抱き抱えたのだ。

　将軍の腕の中、マリアが弱々しい声で言う。

「将軍、もう、この戦さは、大丈夫だ。

　アンデッドを殲滅した後は、城塞都市まで全軍で下がろう」

「ハッ。しかし何故大丈夫だと？」

「救世主が現れたのだ」

「救世主」

「ああ、女神様の神託だ。

　銀髪の神の神子が降臨されたのだ。

　私の使命はそれまで持ち堪えるというものだった。

　そしてそれは無事に果たされた」

「ハッ、了解致しました。

　既にアンデッドは八割方を殲滅しております。

　このまま任せても大丈夫でしょう。

　我々は後方へと下がりましょう」

「ああ、そうだな。………時に将軍」

　周りにいる聖女聖騎士たる子供達は、母なるマリアが震えていることに気づく。

　そして、察する。

　こんなところで、まさかのロマンスの匂いがする、と、気づかれるのもお構い無しに至近距離でガン見しながらの、一言一句を逃すまいと、耳をダンボとする。

渦中の二人はそんなこともお構い無しに鋼のメンタルで続ける。

「ハッ、何でありましょう」

　将軍が背筋を伸ばして恭しくそう言うと、マリアは表情を更に硬くして告げる。

「此度の戦さが終われば、私は大聖女の座を降りる。

　晴れて引退だ」

　そこでマリアは目を伏せた。

　そして、一息ついてから震える声で辿々しく続ける。

「その時は、どうか、私のことを、昔のように、名前で、呼んでくれるだろうか？」

「ならば私の事も、昔のように名前で」

「え」

　間髪入れずに言われたその言葉に、マリアは顔を上げた。

　そして、花が綻ぶようにして笑う。

「うふふ、そうだね、クライン」

　にへらと、それはまるで、幼い少女のような笑みだった。

　将軍は、あの頃の彼女はこういう風に笑うのだという事を思い出す。

　それはとても大切な思い出だ。

　二十年ぶりとなる無邪気なその笑顔との邂逅に、胸の奥底に秘めていた想いが止めどなく溢れ出した。

「フフ」

　クラインも堅い表情を綻ばせて、昔のように笑ってみせる。

「その顔、懐かしいな、マリア」

　柔らかくも暖かい、心が癒される、そんな笑顔に、マリアの言葉遣いが昔に戻った。

「クラインこそ、暖かいよ」

　おお、と、その場がどよめいた。

　こんな柔らかい顔をした母様見たことないと、度肝を抜かれている。

「では、戻ろう」

「うん」

　その後、将軍はマリアをお姫様抱っこしたまま馬に跨がり、後方へと下がって行った。

　城塞都市までの間、二人は、昔話に花を咲かせる。

　部下や子供たちに、どんなに冷やかされても、意にも介さず、イチャイチャと、鋼のメンタルを発揮して。

　二十年の失った時を取り戻す、そんな強い意志を感じるイチャイチャっぷりであった。

　マリアとクラインの止まっていたロマンスが再び動き始める。