恋が始まってしまうのか、はたまたドカンとした笑いが巻き起こってしまうのか、ドキドキして放った名台詞は、まさかの不発に終わったので、その腹いせにイケメン堕天使を誘拐してやった。

 

 艶のある漆黒の長い髪に人外の色気を漂わせるクール系美丈夫。

 冷たい目をしたその堕天使の名はアザゼル。

 元々は、双子に仕えし十二天使の一柱で、その序列は十二位の末席だった。

 遥か昔、ルシフェルの反逆に付き従った裏切り者であり、そして、大天使ラファエルの直属の部下だったという因縁がある。

 戦後、ラファエルは天界の不満を一身に集めた。

 大元の原因が女神への不満だった為、双子から叱責されるような事はなかったが。

 しかし、同格の四大天使にはチクチクと嫌味を言われ、格下の天使には逆に気を使われた。

 屈辱だったが、しかし、それ以上に罰としての一年で唯一の楽しみだった長期休暇が没収された事が堪えた。

 余りにも辛くてわあわあと声を上げて泣いてしまった。

 大天使など図太くなければやってられない。

 嫌味など軽く聞き流せる。

 逆に嫌味を返してやる所存だ。

 伊達に十二天使一のディフェンス力ではない。

 しかし、だ。

 目前だった人族に化けての温泉へ行こうツアーが露と消えた。

 一年間、ひたすらに頑張ったご褒美だったのに。

 美味しいものをたらふく食べようと思っていたのに。

 イケメンを、或いは美少女たちを侍らせて、酒をかっ喰らおうと思っていたのに。

 許すまじアザゼル。

 それが今、目の前に姿をみせたのだ。

 滾らない訳がない。

 噛み付かんばかりの形相で、上空アザゼル目掛けてかっ飛んでいく。


「アーザーゼールー!」


 猪突猛進とはこの事だろうか。

 左右の拳を握り締めて一直線に怨敵目指す、水の魔力を纏いし慈愛の天使。


「イノシシ馬鹿が」


 そう悪態を吐き捨てて見下した目を向ける堕天使アザゼル。

 魔力をたらふく孕ませた掌底を、かっ飛んで来る元セクハラ上司に向けて、狙いを定めて解き放つ。


 ドン!ドン!ドン!


 三発の魔力弾で迎撃するが、怒れるラファエルは意に介さず。


「効くかバカが!」


 マトモに被弾したがしかし、青い弾丸は微塵も怯む事なく。


「温泉ツアーの恨みだ!思い知れ!」


 ドゴーーーン!


 迫力のあるぶちかましを決めてみせた。


 千年ぶりの邂逅だ。

 両者は想いの丈をぶつけ合い、闘いの幕が上がる。


「てめえボコボコにしてやるからな」


「やってみろ。アバズレ」


「絶対殺す」


「返り討ちだイノシシバカ」


「殺す殺す殺す殺す、百回ころーす!」


 大空を舞台とした超越者同士のドッグファイトが始まった。

 戦闘機さながらの背後を取り合ってのビームを撃ち合い、はたまた正面衝突による大激突を何度も繰り返す。

 息吐く暇もなしに、スタミナなど関係無しのノータイムだ。

 青と黒が凌ぎを削るドッカンバトルを繰り広げる。


 その真下の大地にて。

 大聖女が掲げる杖の先では、光玉が青黒と明滅を繰り返している。

 それを見やりながら、マリアは上空の戦況を冷静に分析する。


 あのレベルにまでなると、ダメージという概念などないのだろうか。 効いている素ぶりなど微塵にもなし。

 腕が飛ぼうが、脚を失おうがお構いなしだ。

 頭すらも直ぐに復元してしまう。

 痛みもスタミナも関係なく。

 青と黒が停めどなく動き回り、ボコスカと殴り合っている。

 戦況は一進一退の五分と五分、極めて拮抗して見える。 

 決着は未だ見えず、長丁場になりそうだ。


 表面状はお澄まし顔で冷静に取り繕っているが、胸中では焦りを募らせている、そんな最中、ふと、神託を思い返す。


『銀髪の神の御子が救世主として現れます。

 それまではなんとしても耐え忍びなさい』


 あの軽薄な水の女神様が厳かに、極めて真面目に言った。

 いつもの、『やっほ~、来ちゃった』

 なんて夢に出て来る軽い感じではない。

 それだけに深刻だということだ。

 やばい相手なのだろう。

 それはあの堕天使を見た瞬間にコレかと確信する。

 アレはダメだ。

 人の身で手に負えるものではない。

 全滅の憂き目を見ることになる。

 ならば目には目を、化け物には化け物を当てれば良い。

 迷わずに切り札を切り、大天使を召喚した。

 時間稼ぎは今のところは、上手くいってはいる。

 後はどれくらいの時間、耐えれば良いのだろうか。

 大天使ラファエルは私の神力を動力として顕現している。

 それは有限である。

 目の前の光玉が見る間に縮んでいく。

 ゴリゴリと削られていき、既に半分を切ってしまった。

 果たして、撃退するまで保つのだろうか。

 はたまたそれまでに救世主様が来てくれるのだろうか。

 まぁしかし、いざとなれば代わりのものを神力の代用にしてもらおう。

 一番の信徒である聖女の命ならば、女神様も納得してくれるはずだ。

 とりあえずは私の魂を差し出すとするか。


 マリアが顔を曇らせて思う。


 ああ、結婚、いや、せめて恋愛くらいはしてみたかったな。

 クライン。二十年ぶりだった。

 老けたけど元気そうで良かった。

 相変わらず優しそうだったな。

 もしも生還出来たとしたら、その時は勇気を。


 ……………


 祈りは届かずに、光玉は消滅する。

 神力が尽きたのだ。

 ラファエルの色が希薄になっていく。

 間も無く消えていなくなってしまうだろう。


「母様」


「大丈夫だ」


 聖女たちよ、聖騎士たちよ。

 案ずるな。もう少しだけ保たせてやる。

 私は先に逝くが、愛しい我が子たちよ。

 どうか最後まで希望を捨ててくれるなよ。

 必ず救世主様が助けてくれるはずだ。


 マリアは意を決して、別れとなる願いを口にする。


「双子の女神さま。どうか私の魂を―――」


 その願いに割って入ったのは、パリッと迸る、軽い電撃だった。

 それはマリアが掲げる杖を直撃する。


「な、何が―――」


 杖を取り落として戸惑いを見せるマリアの直ぐ目の前、誰もいない宙空から、なんとも可愛いらしい声で呼び止められる。


「お待ちくださいませ」


 幼くも愛らしいが、どこか威厳を感じさせる声だった。

 女神様に似て畏れ多い、そんな気配を感じ取る。


「何者ですか?」


 呼びかけると、眼前の空中に、一本の線が縦に走る。


 ―――時空が開かれるというのか?


 線は左右に開かれて、声の主が正体を現わす。


「よいしょ」


 ひょっこり顔を出したのは一人の幼女だった。

 マリアは息を飲み、驚嘆の声を漏らす。


「おお」


 驚いた。三歳児くらいか?

 こんなに幼くとも愛らしいお方が、まさかの救世主とは。

 輝くような銀髪の小さな姫騎士様だ。

 なんだか妙な仮面をしてはいるが。

 胸の薔薇には見覚えしかないが。

 あれは家紋だよな。

 どこぞの姫将軍を連想させるのだが。

 それはさておき。

 とりあえずは確認しなくては。


「貴女が銀髪の神の御子、様なのでしょうか?」


 ◆◆◆◆◆◆



 グリュエルドを葬った直後まで時間を巻き戻す。


 悪魔の結界の中。


「徒手空拳の素手での殴り合いでも宜しくてよ」


 私がレヴィアタンに冷ややかな目を向けていると、彼女は端的に意思を示した。


「参った」


「え?何?」


 耳を疑った。空耳だと思った。

 熾天使の銃の中々の使い心地に満足した後、最後の獲物をどう料理してくれようかと思っていた矢先の出来事だった。


「え?何が?」


 言われた言葉に混乱していると、レヴィアタンは両手をゆるゆると上げて、同じ内容の言葉を重ねてくる。


「降参じゃ」


「はあ?なんで?」


 空耳ではなかった。

 降参だと?なんでだよ!

 エネルギーを満タンにしてやっただろうが。

 元気溌剌にしてやっただろうが。

 お前には徒手空拳で圧倒してやろうと考えているのだ。

 遥か西の大陸にある拳法という武術をアレンジした、薔薇薔薇拳法を披露してやろうと思っているのだが。

 この拳を喰らったら、バラバラになっちゃうぜ、とか言ってやりたいのに。


 レヴィアタンは手を下ろし、肩を竦めながら言う。


「妾に勝ち目はない。

 大悪魔を苦もなく葬るだけではない。先程の妾を全回復してみせた事で、力の違いは理解している。

 まだまだ余裕に魔力を保有しているのだろう。

 それほどまでの魔力は神の領域だ」


 まぁ、さっきから成長が止まらないが。

 魔力を使うたびに増えていってるが。

 消費が全然追いついていないのだが。


「天使が相手ならばともかく、双子の女神をも超えるような奴じゃ。

 戦うまでもない。降参じゃ」


「えー」


「それでどうする?妾にも呪いをかけて滅するというのか?」


 ローズは腕を組んで悩んだ。


「うーーーーーーん」


 コイツは一応仇のリストには載っていないんだよな。

 ジークも無事だったし、正々堂々とした闘いだったみたいだしな。

 でも、悪魔を野放しするのはいかがなものか。

 人族の魂をエネルギーにしている訳だから。

 まぁでも、私も鬼という訳ではない。

 よって、ここは温情ある裁きを下す。


「大魔王を裏切って、わたくしに仕えなさい」


 こき使ってやろうではないか。

 我が下僕として。

 戦後は忙しくなるし人手は必要だからな。

 色々と役に立つだろう。


「ふむ。いいだろう」


 即答かよ。


「このまま滅ぼされて、魂を集めて復活する度にまた滅ぼされるよりは遥かにマシじゃ。

 魂を集めるのは孤独でキツイ作業なのじゃ。

 という訳で、コレより妾は主人に仕えようぞ」


「ああ、そう、宜しくお願いしますわ」


「だが妾は魂で魔力を補給するが、魂を狩るのは禁忌とするのであろう?

 よって代わりに主人の魔力をよこすのじゃ」


 ふむ、問題無しだ。


「まぁ、それくらいならよろしくてよ」


 有り余っているしな。

 ノミを養うくらいは造作もない。

 一呼吸我慢する程度の事だ。

 すー、はー、はい、これで終わりだよ。

 最早、双子の姉を軽く超えているのではなかろうか。

 あの姉妹は二人で一人前なのではなかろうか?

 弱すぎるだろう。是非に精進して欲しいところだ。

 まぁいい。とりあえずしなくてはいけない事がある。


「コレを体内に入れてわたくしに忠誠を誓いなさい」


 ちゃっちゃと闇の魔力を練り上げて黒い玉を作製した。

 主従関係で縛る呪いの玉だ。エネルギー補給も兼ねている。

 それをポイッと放って取り込ませて制約を結ばせた。

 レヴィアタンの胸に黒薔薇の紋様が浮かび上がる。

 成功だ。

 禁を破れば忽ち滅びることになるだろう。


「では、大魔王の下に案内なさい」


「大魔王様は自分の領域にいらっしゃる。

 妾では辿り着く事が叶わないところじゃ」


 ほう。私に嘘をつけなくなるから本当の事だろう。


「堕天使アザゼル。

 こやつだけが其処の出入りが出来るのじゃ」


 堕天使ね。なるほど。


「把握しましたわ。ではソイツは何処に?」


「おそらくは、そろそろ戦場に顔を出す頃合いかと思うのじゃ」


 ほう。それは都合の良い。


「ならばソイツに問うとしましょうか」


 無論この小さな拳でな。

 つべこべ言ったらバラバラにしてやるぜ。


 で、だ。


「おお、天使対堕天使ですわ」


 神眼で外の様子を覗いてみたら、大天使バトルが勃発しているではないか。

 美丈夫と美女がボカスカと殴り合っている。

 大興奮のドッグファイトだ。

 嬉々として乱入しようとしたが、その前に確認と一旦止める。


「む」


 なんと大聖女が魂を捧げようとしているところだった。

 ここで大聖女を失うのはマズイ。

 この後コリンナを引き抜くつもりなのだから。

 ならば助ける序でに恩を売っておこうではないか。

 私の計画には神聖国の協力が絶対なのだ。

 悪いことをしない善人の国だから信頼できる。


「レヴィアタン、貴女は此処に残ってこの結界を維持しておいてくださいませ」


「うむ、容易いことよ」


 急ぎ電撃を飛ばして大聖女の言葉を遮り、此処から飛び出したのであった。


「ふう、どうやら間に合ったようですわね。

 命を粗末にしてはいけませんわよ」


「貴女が銀髪の神の御子、様なのでしょうか?」


 おお、こんなちびスケに敬語とは。出来た大人だな。

 大聖女は壮年のはずだが、若いお姉さんに見える美貌のボインだ。

 これも女神の恩恵か。

 アイツら美に関しては優秀だからな。

 そしてコレは強いな。

 流石は武を尊ぶ神聖国のトップか。

 周りの興味津々にコチラをガン見してる四人の聖女も、

 コレらも強い。

 聖騎士たちは必死に大楯を構えているようで小さな私には気づいていない。

 コイツらは防御力だけだな。硬いだけの正しく壁よ。

 まぁとりあえず、名乗りの時、三度来たる、だ。


 スカートをちょこんとしたカーテシーの礼をとって名乗りをあげる。


「わたくしの名前は怪盗ロー…おっと失礼」


 危ない。いきなりやらかすところだった。


「怪盗?」


「コホン。えーー、改めさせていただきますわ」


 また名前を明かしてしまうところを土俵際ギリギリで踏ん張り、改めて言い直すことにした。


「わたくしの名前は、怪盗テレスティんんっ!!ゴホンゴホン!」


 安直に母上様の名前にしようかと思ったが、胸に家紋が入っている事に気づいて、慌てて取りやめた。


 危ない。

 母上様は有名人だからな。

 この家紋を我が騎士団のマークにしているし。

 こんなの関係者だとバレバレだ。


「テレスティ?」


「えーと」


 もう、何でもいいか。


「失礼、わたくしはただの怪盗、でお願い致しますわ」


 もう面倒くさくなったので、ただの怪盗にした。


「え?泥棒さんなの?」


 聖女の一人がキョトンした顔で、そう問うた。


「っ!」なんですと?!


 怪盗さんの首がグリンと勢いよく回り、その聖女の方を向く。

 仮面でわかりにくいがどこまでも真剣な真顔である。


 これは来た。千載一遇のチャンス到来である。

 ローズちゃんの言ってみたいセリフがやってきたのだ。


 ただの怪盗は、仮面メガネをクイっとしてから頷いた。


「そうです、泥棒さんですわ」


 そして、情熱を、万感の想いを込めて、このセリフを告げる。


「フッフッフ。貴女の心を盗みに参りました」


 ニヤリと口端を持ち上げて素敵な笑顔をみせてやる。


 思わずポッと頬を赤らめてしまうことだろう。

 あっはっは、そんな馬鹿なと突っ込んでくれても良い。

 さぁさぁどうする、恋が始まるのか、はたまた笑いが起きてしまうのか。


 ローズはドキドキと、そしてワクワクしながら反応を待った。


 …………

 …………

 …………


 誰も反応しない。瞬きすらもしない。

 時が止まってしまったのかとローズは思った。

 序章に戻ってしまったのかと思った。

 またやり直さなければならないのかと思いつつも、もう少しだけ待つことにした。

 笑うのを溜めていて、一気にドカンと来るかもしれない、そんな予感がしないでもないし。


 …………


 しかし待てども時が動く事はなかった。

 コレは気まずい。

 なんだか居た堪れなくなり、この冷えた場からの緊急脱出を試みることとする。


「とおっ!」


 ジャンプ一番、ビューンっと逃げるように、上空まで一っ飛び。


「くっそ~、アザゼルめ」


 このなんともやるせない思い、八つ当たりはあのイケメンな堕天使にしてやろう。

 薔薇薔薇拳でバラバラにしてやるぜ!


 ◇◇◇◇◇


 場面は上空、アザゼル周辺へと移る。


「やれやれ、ようやく消えたか。アバズレ天使め」


 ラファエルが消えたので、アザゼルは地上の聖女たちに目を向ける。


「ごきげんよう」


「っ!」


 そこへ突然ローズが目の前に現れて、ギョッとしてクールな美丈夫顔が崩れた。


「あらあら、ビックリさせてしまいましたわね」


 ほう、これは。

 びっくり顔でもイケメンなのだな。

 私が思春期だったら惚れていたかも知れんほどだ。

 どれ、ここは一つ、最高の誘い文句を決めてやるとしよう。


「わたくしの世界へと誘いますわよ、イケメン殿」


 言って、固まるアザゼルの胸ぐらをガッと掴み、空いている手で時空の扉をこじ開け、そのまま中へと連れ込むことに成功する。


「え?消えた」


 残された人々の時は、ようやく動き出した。

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