大天使降臨!

 

 場面は表の世界、激戦地である戦場に移る。


「おおおお!コリンナ!今行くぞ!」


 大聖女マリアは全力疾走をしていた。

 いつもの冷静で冷淡な、冷めた美貌ではなく、感情を剥き出しにした鬼気迫る形相が事の深刻度を示している。


 手には大聖女の杖ラファエル

 女神より賜ったモノであり、大天使ラファエルの魂が込められた神なる器である。


「おらおら!どけどけ!」


 その杖を無双状態で振り回し、立ち塞がるアンデッドの群れをドカドカと薙ぎ倒しながら、ただひたすらに前だけを向いて突き進む。


 大聖女マリアにとって、国民全員が我が子である。その逆も然りだ。

 中でも聖女とは師弟関係でもあり、接する機会も多いので特に可愛がってしまうのは、しようがないところだ。

 コリンナはその可愛い聖女の末席、つまりは末っ子である。

 歳の差が孫ほどにも離れている事もあり、目に入れても痛くない、スペシャルな存在である。

 他の聖女たちとは付き合いも長く、皆が二十歳を越えている成熟した大人だ。

 ぶっちゃけウザいと思う事の方が多い。

 特にアニエス、直ぐに調子にのるから。

 それに比べて弱冠十歳のコリンナは純粋でとても素直だ。

 その可愛さはひとしおである。

 聖女になる為の最終関門が、最強たる武を示す為に、聖騎士を纏める団長に勝たなければならない。

 それまで、合格者の年齢は、平均が二十歳前後、最年少記録はアニエスの十五歳だった。

 それをコリンナは、まさかの十歳にして達成してしまった。

「えいっ!」となんとも可愛いらしい掛け声で、フルアーマーの大男をあっさりとノシてしまった。

 驚きのレコード記録であった。

 達成した日は大いにコリンナを褒め讃え、そして負けた団長には大説教をかましてやったが。

 何負けてんだ、まだコリンナには早いんだよ、もっと必死でやれよ、もう少し手元に置いておきたいんだよ、と。

 ただでさえ少ない睡眠時間を削ってまで、懇々と五時間も、ネチネチと。

 次の日は睡眠不足に陥り、思わず目についた団長をこづいて、再びネチネチと説教してしまったが。

 じっくりとゆっくり、のびのびと育てたかったというのが本音だ。

 まぁ、成してしまった以上は仕方がないと諦めた。

 ひとまず、経験の為にと、アニエスと入れ替わりで勇者パーティに派遣させた、その途端に魔王が襲来しただと!

 後十年はないと思っていたのに?

 それは何でアニエスと入れ替えてしまったのかと後悔してしまうだろう。

 アニエスは聖女の中でも一番の実力者だ。

 ウザいがピカイチである。ウザいが。

 ワザと怒られるように仕向けるところがとびきりにウザいが。

 しかしコリンナとは経験値が違う。

 その経験の為に送った矢先に、まさかのボス戦だと?!

 それは心配になって援軍を早めて、そして自らも赴いてしまうだろう。

 そして今、まさに、その可愛いコリンナが大ピンチを迎えているだと!?

 それはもう走るだろう。

 がむしゃらに疾走してしまうだろう。

 最後の弟子となるだろうコリンナが、一番可愛いのは仕方が無いだろう。

 という訳で、子というより、可愛い孫を助けに行くような感じで全力疾走するマリアであった。


「母様!速いよ!えい!」


「えい!やあ!母様!待って!」


「ちょっと母様!孤立しちゃうよ!てい!」


「たあ!とおっ!母様!速いー!」


 少し遅れて、四人の聖女がマリアの後ろを追従する。

 こちらもドカドカとアンデッドの群れを無双しながらだ。


 更に、その後に続くのは、キラキラと光り輝く五人の色男達だ。


「ひい〜、化け物だよ、あの人たち」


「はあはあ、待って~、ゼエゼエ」


「速いってばー!ヒィハァ」


「ぜえぜえ、とても、不死の魔王を、ついさっき、倒した後とは、思えないんだぜえ」


「壁役を、置き去りに、するって、どう、なんだゼエ」


 ヒィハァ、だゼェと言っているのは護衛役の聖騎士。

 この五人はただ必死に追い縋っているだけである。

 前を走る彼女たちが障害の全てを蹴散らしてくれるのだから。

 転がる障害物をひょいひょいと跨いでいるくらいである。

 恐るべしは聖女たちの身体能力か。

 イケメン聖騎士五人組みは少しずつ離されていく模様である。

 まぁ五人は盾役として、重そうな鎧の完全武装だし、大きな盾を背中に背負ってはいるが。

 聖女たちは軽そうな出立ちなので、完全に負けている訳ではないのだが。


 少しだけ時を巻き戻す。


 聖騎士団が中央突破を果たして、不死の魔王を完全包囲するのと同時に、指揮を取っていたマリアの下に伝令が届いた。


「母様!大変だ!」


「何だ?!端的に話せ!」


「聖女コリンナ!大ピンチです!」


「何だと!詳しく!」


「この大群を抜けた先にて、千にも及ぶ白猫の群れにとり囲まれ、そして猛攻撃を受けているらしいです!」


「何?!わかった!

 おい!不死の魔王は何だか知らんが動きを見せない。

 このまま大技で一気に仕留めるぞ!」


「はいっ!」


「聖騎士たちは壁を作れ!」


「応!」


 急げや急げと、聖騎士たちがマリアと四人の聖女たちを取り囲んで壁を作り、完全防御態勢を整えた。


「良し!必殺の合体技だ、合わせろよ!」


「応っ!」


 マリアの掛け声で、聖女たちは杖の先端を重ね合わせ、魔力を練り始める。

 重ねた杖の先では、金色なる魔力がキンキンと共鳴しながら、その輝きを強めていく。


「よーし、いくぞ!」


 この上なくキンキンに高まったところで、声を合わせて必殺の大魔法を巻き起こした。


「「「「「【女神の鉄槌】!」」」」」


 不死の魔王を中心地として、ドーーーン!と。

 大空、雲を突き抜ける勢いで金色なる光の柱が聳え立つ。


 大魔法【女神の鉄槌】

 天界より女神の威光、神域の魔力を呼び寄せるというものだ。

 女神に仕える聖女専用の大魔法である。

 女神の光は悪魔、魔族に特化した威力を秘めている。


「グオオオオオオオオオオオッ!!」


 両手で顔を覆い、断末魔の叫びをあげる不死の魔王。

 肉体がポロポロと崩れていき、最後にはツノの生えた髑髏だけと成り果て、ポテンと地面に転がり落ちた。


「聖光!」


 最後のトドメにビッと、聖なる光を放って浄化すると、母なるマリアは走り出した。


「良し!後は任せた!

 聖女と護衛の五人だけついて来い!

 コリンナー!今行くぞー!」


「待てー!」


 それを追いかける精鋭部隊一行であった。


 そして、冒頭へと戻る。


「良しっ!抜けたぞ!」


 大群を突き抜けた先の荒野にて、キョロキョロとコリンナを探す。

 しかし敵も味方も誰一人いない。無人の荒野だ。


「何だ?白猫はどこなのだ?コリンナは?」


「母様!あそこに光が」


 三百メートル前方、指し示した先には、光り輝くドームがあった。


「む、急ぐぞ!」


 他に当てもないので、とりあえずは光の方へと急ぐ。


「おい!居たぞ!」


 光の壁の中に魔王討伐部隊の姿があった。

 十三人が重なるようにして倒れている。

 その中に青い聖女姿の少女を発見する。


「おい!コリンナ!」


 バシバシと光の壁を叩くマリア。

 全員意識はないが。

 顔色も良く、とりあえずは生きているようなのでホッと安堵する。

 勇者が半裸で霰もない格好だった為、聖女たちがきゃあきゃあと騒いでいたが。

 とりあえずは一息つける。


「無事か。

 これは光の結界だ。守られているのか?

 しかし、一体誰が。

 聖女が張るモノより強固なモノだが」


 その時、聖女の一人が空の異変に気づいた。


「母様!あそこ!」


「何?」


 見上げた先には人が一人入るような漆黒の玉が浮かんでいた。

 上空二十メートルというところか。

 禍々しい瘴気を纏っている事にマリアは眉を寄せる。


「アレは何だ?黒い翼で自身を覆っているようだが」


 パサリ。


 その翼が羽ばたくようにして開かれ、その正体が露わとなる。


「アレは天使。いや、堕天使、だ」


 黒の神官服を纏う天使だった。

 人智を超えるとんでもない美形の男である。

 目の覚めるような美丈夫が、凍える眼差しでギロリと睨んでいる。

 黒の円環を頭上に浮かべ、背には三対六枚の黒い翼を持ち、捩れた悪魔のツノを生やした堕天使だ。


「まずいな」


 マリアが苦々しく唇を噛む。


 アレはやばい。人の身では抗えない超越者だ。

 ならば躊躇はしない。


 肌に刺さる圧倒的な瘴気のオーラに、マリアは格の違いを悟り、すぐさま切り札を切ることとする。


「これより大聖女の術を発動する。私を守れ」


「はい!母様」


 四人の聖女が大聖女を取り囲み、それを聖騎士五人が五角形で取り囲み、外側に大盾を構えた。

 フォーメーションが完成したところで、四人の聖女が声を合わせる。


「「「「【大結界】」」」」


 光の膜の四重奏が、ドーム状に展開する。

 竜のブレスでさえもシャットアウトする完全防御態勢である。


「良し、よくやった」


 守りが完成したところで、マリアは手に持つ大聖女の杖を高らかに掲げて、主たる女神に宣言する。


「双子の女神さま。大聖女の名において、ここに神力を開放します」


 神力とは大聖女のみが賜わることが出来る、神の御業を行使する為のエネルギー源だ。

 二十年間、毎日の祈りで少しずつ蓄積したものである。


 マリアの足下に魔法陣が浮かび上がり、黒と青の二つの光玉が生まれた。

 二色の玉は帯を引きながら、足下からクルクルと螺旋状に浮上していき、天へと掲げる杖の先端に到達して一つと成る。

 青と黒の明滅を交互に繰り返す光玉、神力を具現化したモノである。


 大聖女の杖。正式名称は神器【大天使の杖ラファエル】。

 四大天使が一柱、慈愛の天使ラファエルの魂を宿している。

 今、此処に、十二天使一の防御力を誇る彼女を召喚する。


「【大天使召喚】!慈愛の天使ラファエル!」


 カッ!


 爆発したような銀光が弾け飛んだ。


 間髪入れずに、ドーーーン、と。


 天空より、光の玉が落ちてきた。


 それは、みる間に縮んでいき、そして、人の形を成していく。


「ちょっと〜。今、忙しいんだけど〜」


 それはなんとも気怠る気な天使と成った。


「まったく、もう。双子が全然働かないから忙しいんだよ」


 光の円環を頭上に浮かべ、背には三対六枚の白い翼を持つ、正しく光輝なる者なり。

 大天使ラファエルが降臨したのだ。

 真白なヒラヒラな天使の衣を纏う二十歳くらいに見える美女だ。

 青のショートヘアがボーイッシュな、キラキラとしたエフェクトがかかっている可愛い系のギャルである。


「ん、あれれ?」


 ラファエルはキラキラしながら空を見上げて目を細める。


「まさかの、アザゼルじゃなーい」


 そう零すと、ニィィと口端を邪悪に歪めた。


「見ーつけた」


 言って、大地がズズンと沈み込むほど力強く踏み抜き、大空へと一直線に飛び立った。

 それはさながら弾丸の如くの恐るべし瞬発力、まさしく人類を凌駕する超越者である。


 ここに、大天使バトルが勃発する。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る