ローズちゃんのゼロから始める最強無双〜薔薇の騎士が紡ぐ、闘う乙女たちの物語〜

やられたらやり返す、そういう約束だろうが！ローズはそのルールに則ってトリガーを引いた。それは百倍の怒涛となって突き抜けた。

　魔戒騎士を軽く一蹴した後、ローズはポカンと上を見上げていた。

「おお」

　凄い頑張っているな、アイツ。

　思わず淑女らしからぬ声が漏れてしまったほどだ。

「おおおおおおおおお！！！」

　マメ娘が見上げる先は、黒いローブ姿の大男。

　天井ギリギリの二十メートルというところ。

　星の悪魔グリュエルドが左右の拳をギュウギュウに握り締め、天に向かって吠えていた。

　一気呵成に魔力を練っているところだ。

　魔戒騎士との闘いの最中から頑張っていたようである。

「はっはっはー！チャージ完了だぜ！」

　準備完了とばかりにローズを見下ろすグリュエルド。

　それを見て、ローズの口端がニッと持ち上がる。

　やる気だな。やる気満々だな、おい。

　ローズ、カニ男なんかよりもよっぽどワクワクするぞ。

　天に広がる網目状に煌めく蒼い雷を背景に、グリュエルドの周囲には夥しい数の魔法陣が展開していた。

　その数、ざっと百。

　明滅を繰り返す魔法陣の光が、まるで満天の綺羅星の如く瞬いている。

　まったくもって壮麗にして美麗。

　ムードチックこの上なく、是非に恋人と共に眺めたいところだ。

　最も、熱苦しいのがいなければの話だが。

「いくぜ！いくぜ！いくぜ！いくぜ！」

　おお、テンションマックスだな。

　血管がブチ切れそうではないか。

　フッフッフ。

　その邪悪なる面を是非に歪めてやるとしよう。

　唖然とするアホヅラへと変えてやるから待ってろよ。

　悪魔の咆哮と同時に、

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお！！」

　百を超える魔法陣からの一斉射撃が始まった。

　ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド！

　黒い弾丸がマシンガンの如く発射された。

　毎秒十という弾丸を吐き出しまくりである。

　まるで、黒い雨が土砂降りで降り注いでくるかのような光景だ。

「うふふ」

　完全に逃げ場のないこの状況にもローズの余裕は揺るがない。腰に手を当てて、お上品な薄い笑みを浮かべている。

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラ！！」

　ドドドドドドドドドドドドドドドドドド！

　ローズは特にそのまま、一ミリも動くこともなく、土砂降りの黒い雨に飲まれ、そして煙の中に消える。

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラ！！」

　グリュエルドは撃ちまくった。

　一心不乱の大乱射で。

　全力の全開。息継ぎもする事なく、全ての力を振り絞った。

　チャージした魔力が底をついても、自身の生命エネルギーに切り替えてまで撃ちまくった。

　ドドドドドドドドドドドドドドドドドド！

　弱体化してしまった状態から元に戻れなくなる、その寸前まで。

　放たれた弾丸は万を突破する。

「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ」

　猛撃は終わり、肩で息をするグリュエルド。

　完全にガス欠状態。

　スタミナを回復に回すまでの余裕もなく、一息つける。

「ふう。どうだ、この野郎」

　ローズのいたであろう場所は、モクモクと煙に塗れていて確認出来ない。

「少しは効いたか、化け物マメ娘め」

　マメ娘の居たであろう地点を、忌々しげに睨みつけるグリュエルド。

　これでやれたとは思っていないが、マメ娘の余裕くらいは崩せた筈だ。それは予想というより、願いに近い。これでダメならば勝ち目などないのだから。

「………。」

　やがて、もうもうと立ち上る煙が晴れるのと同時に。

「おーほっほっほっほー！」

　見計らったかのようなタイミングの高笑いをBGMに、やっぱりローズちゃんが登場した。

　全くの無傷。

　ギラギラと凶悪に輝く右手の剣をクルクルと振り回して、健在ぶりをアピールしている。

　むしろ元気になってしまったかのような振る舞いである。

「うふふふふ」

　ローズは剣に負けないくらいの輝くような眩しい笑顔を、信じられないと愕然とするグリュエルドに向けていた。

　まったくもって、ご苦労だったな。

　この天使の笑みをもって、無駄な労力を労ってやろうではないか。

　頑張ったご褒美だ。ありがたく頂戴せよ。

　気合いは良かった。

　だがそれだけである。

　いかんせんの火力不足。

　お話にならないとしか言いようがない。

　神域へと至る魔力障壁だぞ。

　お前ごときの水鉄砲など幾ら撃ったところで無駄だろうが。

　それこそ、リュークくらいの死ぬ覚悟を持って限界を越えなければならないだろうが。

　それが理解出来ないというのか？

　しょうがない。

　ここは一つ、私のありがたいお言葉を耳にして、来世で励むと良い。

「ま、まったくの、無傷、だと。

　わ、笑えねえよ」

　この上なく捻りだした全力以上の力がまったく歯が立たない。

　絶望に顔を歪めるグリュエルド。

　何だか泣きそうな顔である。

「ぁ…ぁ…ぁ…ぁ……」

　自信を失ってしまったのか、フラフラと舞い落ちる枯葉のようにして、ローズの目の前にまで降りて来た。

「ふむ」

　ローズはビシっと姿勢を正した。

　いわゆる気をつけだ。

　シャキッとしなければならない。

　これから説教という名の罵倒を始めるのだから。

「では、寸評を述べますわ」

　人差し指を一本立てて、それをゆっくりと左右にフリフリしながらの軽い感じで始める。

「今のは完全に悪手ですわよ。

　貴方という頭の足りなさ、それが際立っていましたわ。

　わたくし、初めは故意にやっているものかと思ったくらいですのよ」

「な、なんだと」

「弱い攻撃で油断させるという作戦だと思いましたの。

　しかしわたくしは油断せず、そしていつ本命の弾丸が飛んでくるのかと、身構えておりましたのよ。

　こんなに弱い弾丸などに騙されるものか、必ず強いものが飛んで来るはずだと、ワクワクと心を躍らせながら」

「は？」

「だってそうでしょう？

　何もしないでも防げる弾丸など幾ら撃ったところで、何の脅威にもなり得ないのですから」

「は？」

「しかし結局は来なかった。弱い弾だけでした」

「は？」

「余りの驚きに少々戸惑ってしまいましたが、そこで理解致しましたわ」

「は？」

「貴方が弱い、ただそれだけ」

「は？」

「そう。弱すぎるのです、貴方が！」

「は？」

「弱弱ですのよ！」

「は？」

「え？まさかこんなに丁寧に言っても、理解出来ないというのですか？

　頭が足りな過ぎますわよ、貴方」

　言った意味がわからないのか、はたまた理解したくないのか、困惑するグリュエルドに、わかりやすい表現を交えてやることにした。

「だーかーらー、貴方の攻撃が弱すぎるのです。

　例えるならそよ風。

　あんなそよ風をいくら受けたところで、わたくしのミスリルで作られた城壁は崩れない、そういうことですわよ」

「お、俺の攻撃をそよ風、だと…。」

「ただただ涼しい限りでしたわ」

「す、涼しい」

「せめて全てをまとめた特大の一発を選択するべきでしてよ。貴方の魔力など、ノミも同然なのですから」

「…………ノミ？」

　ノミとは何か、理解出来ないと、眉根を寄せて怪訝な顔をするグリュエルド。

「あら？ノミをご存知ないのかしら？」

　ローズはやれやれと呆れ混じりにため息を吐いた後、眉を八の字にした何とも嫌そうな顔をして、人差し指と親指で摘むような仕草をしながら、分かりやすく教えてやる。

「ちっちゃーーーーい、血を吸う虫ですわ、山とかにいっぱいいるぴょんぴょん跳ねるノミ虫」

　あ、思い浮かべたら不快になりましたわ、と、身震いをするローズに、カチンときたグリュエルドが激昂する。

「な、舐めるなよ！ならばお望み通りにやってやるよ！」

　再び上空へと、ビューンと舞い上がり、天に向かって吠えながら魔力を練り始めた。

「おおおおおおおおおおおおおおお！！！」

　それを呆れ顔で見上げるローズちゃんは、ゆるゆると首を振る。

「あらあら、そんなもの、望んでおりませんことよ」

　おいおい、この腐れ悪魔のド阿呆が。

　勘違いするでない。

　私はお前の先生ではないのだよ。

　お前は仇、殺し合いの敵なのだよ。

　何でお前のターンが続き、そしてお前の攻撃を待たねばならぬのだ。

　リュークとの闘いは、やったらやり返す、そういう殴り合いだっただろうが。

　こちとらそのルールに則っているつもりなのだよ。

　お前がリュークを弄んだ件、忘れていないんだぞ。

　ここまで穏やかに努めてはいるが、内心では臓腑が煮えくり返っているんだぞ。

　ということなので、割り込んでやる。

「次はわたくしのターンでしてよ、【収納（ストレージ）】」

　言って、収納の光の玉を目の前に浮かべると、そこに聖剣ウリエルを押し入れて、フフンと鼻を鳴らしてから続ける。

「わたくしも魔力の弾丸を放ちますわ。

　まぁ、杖代わりにコチラを使用させていただきますが」

　代わりに取り出だしたるモノ、それは、キラキラと黄金色に瞬く神の器だった。

「わたくしの愛銃ですわ」

　ライフル銃のような面長の金色に煌めく銃だ。

　銃身の側面に四対八枚の天使の翼が装飾されていて、恐れ多くも神々しいキラキラとしたオーラを纏っている。

　正しく神器、間違いなく光輝なる者シリーズである。

「どうです、なんとも映える容貌、美しい輝きでしょう」

　その銃に頬ずりをしながら説明してやる。

　魔力に声を乗せて、ちゃんと阿呆の耳にも届くようにする。

　淑女とは、高笑い以外では声を張ってはならないというローズルールである。

　淑女、騎士道、正義、この三点が骨組みとなっている。

「四大天使が一柱、宣告の熾天使ガブリエルの魂が込められた神器ですわ。

　込めた魔力を弾丸に変えて撃ち出すという魔銃と言われている代物ですが、

　このガブリエル、なんと注入した魔力を増幅させるという効果がありますのよ」

　ビックリでしょうと、ローズはわざとらしく肩を竦めた。

「おおおおおお！」

　それを無視して魔力を練り続ける大悪魔を尻目に、そのまま講釈を続ける。

「わたくしはこれから、先程貴方が使った分だけのエネルギーを込めて撃ちますわ」

　うふふと微笑みを挟み、続ける。

「たーだーしー、出力を最大に致しますわ。

　出血サービスですわよ。

　何せ最大出力は一月に一回しか使えないのですから。

　それを貴方ごときのノミ虫相手に使うのです」

「オラオラオラオ………」

　思わず、グリュエルドは魔力を練るのを止めてしまった。

　先程大量の魔力を消費したばかりだ。練り上げるのにはまだまだ時間を要する。

　しかし話の内容が気になって集中出来なくなってしまい、目線だけをローズに向けての沈黙となる。

「うふふ」

　うるさいのが静かになって満足気に微笑むローズちゃん。手ずから速やかに魔力を装填すると、驚愕の事実を告げる。

「なんと、そのエネルギーは百倍になって解き放たれますわ」

「は？百、倍」

「はい、百倍ですわ」

「百？」

「ええ、ええ、百倍ですのよ」

「ほ、本当に？」

「ええ、ええ、びっくりでしょう？

　嘘だと思いたいでしょう？

　でも、本当に本当ですのよ」

　すごいでしょう、と満面の笑みで肩を竦めるローズに、身体ごとローズに向き直り、ギョッと目を剥くグリュエルド。

「そんな、馬鹿、な」

　信じられない、信じたくも無いが、目に映る光景が真実だという事を示している。

　ガブリエルに魔力が装填された事で、それはまるで太陽の如く直視出来ないほどの光をギラギラと放っていたからだ。

「あ……あ……あ…あ…あ……」

　自身の百倍という圧倒的なエネルギーは、悪魔の心胆を寒からしめてみせた。

「あら？やっとコチラを向いていただけましたわね」

　口を大きく開けた、まさにアホヅラを晒すグリュエルド。

「ロックオンですわよ」

　そのアホヅラにジャキンと狙いを定めて、にっこりと続ける。

「まぁわたくしには魔力を練る必要も無いノミ虫程度のエネルギーですが、貴方は確実に滅び、そして千年は復活すること叶わないでしょうね」

　ああ、ご心配なくと、ニッコリを深めてから続ける。

「ちゃんと、わたくしの子孫に最初に挨拶に来ないと滅ぶという呪いをかけておきますのでご安心くださいね。

　ただ流石に千年後ですと、わたくしの子孫たちの相手にはならないと思いますので、せめて奴隷としてあげるよう取り計らって差しあげますわ」

　言って、トリガーに人差し指をかけて、パチンと天使のウインクを落としてから、お別れの言葉を送る。

「それが嫌ならば、せいぜい頑張って勝利を勝ち取ってくださいませ。

　それでは、ご機嫌よう」

「ちょ、ちょっと待ーーーー」

「FIRE」

　何か言おうとしていたが、伝えたい言葉も終わったし、グリュエルドの底も知れたので、情けも容赦も無くカチンとトリガーを引いた。

　ドキューーーーーン！！！

　銃口から放たれたる光の怒涛は、手を突き出したグリュエルドを丸ごと飲み込み、勢いをそのままに、遥か彼方へと突き抜けた。

　ローズは銃口から上がる一筋の煙に、ふうっと息を吹きかけて続ける。

「ふむ、ノミ虫に相応しく何も残らない、そんな最後でしたわね」

　そう呟いた通りに、後には何も、チリすらも残らなかった。

「さて、最後は貴女ね」

　言って、レヴィアタンに目を向けるローズ。

　空色の瞳が爛爛と輝いている。

「っ！」

　レヴィアタンはビクッと肩を揺らした。

　顔は引き攣り、腰が引けて声も出せない。

「貴女は剣と魔法、どちらの勝負をお望みかしら？」

　二ターリ、担いだ銃でトントンと肩を叩くローズのその薄ら笑いは、悪役令嬢そのものに性格が悪そうに見えた。

「徒手空拳、素手での殴り合いでも宜しくてよ」

　空いている手で可愛らしい握り拳を作るローズちゃん。

「………。」

　レヴィアタンはその姿勢のまま、しばしの間、固まってしまった。