ローズちゃん0歳、成敗する。

「グッ」


 大剣を無くして片膝を付き、呆然と固まる魔戒騎士と、その眼前で大きくのけ反る、なんとも映える銀髪の幼女の高笑いが鳴り響く。


「おーほっほっほっほ!」


 テンション上がってきた。

 コイツにはリュウキの剣技をたっぷりと堪能してもらうとしよう。

 極めた剣術とはなんとも美しいものなのだ。

 血を吐き、涙を流した長い研鑽の末に辿り着くモノよ。

 しかもリュウキのそれは最早芸術の域だぞ。

 それを手向けとしてリュウキへの葬送を終了とする。

 そしてコイツへの罰はちゃんと考えている。

 悪魔とはいつしか復活するという厄介な類いだ。

 それを逆手にとった罰だ。

 コイツが復活した暁には、自らを研鑽して強者を目指すように教育を施し、そして再び絶望して滅されてしまうという、それを永遠と繰り返すのだ。未来永劫終わらない罰よ。やがては復活することを諦め、そして滅んでしまうだろう。

 さて。

 これより披露するサナダ新陰流とは、南の海を越えた遥か先にある小さな島国の剣術だ。

 サムライという、この大陸の騎士みたいな戦闘職が扱う、魔力の代わりに氣という生命力を流用した技術である。

 全身に氣を巡らせて身体を強化したり、刀に纏わせて切れ味を上げたりと、色々と奥の深いモノである。

 フッフッフ。

 それに魔力をプラスしたローズ式サナダ新陰流Zを、存分に味わってもらおうではないか。

 最後には生首だけにしてくれるわ。

 文字通りの手も足も出なくなって、お前の好きな絶望とやらに沈むがよい。


「おーほっほっほっほ!おーほっほっほっほ!」


 魔戒騎士がどんな無様を晒すのかと考えると、ローズの高笑いは止まらなくなった。


 ――ま、マズイ、笑いが止まる事を知らない。


 しかし、それではストーリーが進行しないと、深呼吸を繰り返して無理矢理昂りを抑えつける。


「ふー、はあ、ふーはあ、ふーはあ、はあはあはあ」


 まったく、もう、あまり笑わせてくれるなよ。

 お前など三下猫の精々十倍の魔力と言ったところだろうが。

 私にとっては、ミジンコがノミ虫に変わった程度なのだよ。


「あー、おかしかったですわ、はあはあ」


 気を取り直して緩み切った頬をキリリと引き締め、先ずは剣先を突きつけて、こう宣告する。


「騎士もどきの紛い物には、我が剣の師である剣聖リュウキの絶技で、手も足も出ないようにして差し上げますわ」


 もう武器も無いのだから、お前は騎士ではない。

 とりあえずは裸に剥いて分不相応なコスプレを強制終了とする。


「いきますわよ」


 剣を中段構えに、頭の中のチャンネルをリュウキの記憶とシンクロさせる。


 ―――ほう。この漲る生命力が氣か。母上様の燃え滾るマグマのように感じたモノである。ちゃんと私にも受け継がれているな。


 氣の極意は呼吸法にある。リュウキはその呼吸法が抜群に上手かった。それはチャンネルを合わせたローズちゃんにも余すことなく受け継がれている。

 細く細くと、ゆっくりと息を吐き出して、胸の中心、心臓部分で滾る濃密な氣を全身へ伸ばすように広げていく。

 爪先から頭のテッペンまで、均等になったところで、神なる魔力を加える。


「むん」


 氣と魔力、二つの異なるエネルギーが混ざり合って一つとなり、それはケミストリーを引き起こした。発揮される膂力やスピード、肉体強度は十倍にまで及んだ。

 燃え滾るマグマだったものが、激甚に滾る灼熱の太陽へと進化したような、大体そんな感じである。

 目指すはリュウキの到達したその先にある、光速の向こう側だ。


 正眼構えのローズちゃん。


「サナダ新陰流中伝」


 ググッと前屈みで力を溜めて、一拍置いてから告げる。


「【百花繚乱】」


 フッと、刹那の残像を残してローズの姿が消える。


 キキキキキンッ!


 再び鳴り響くのは幾重にも重なる金属音。

 一秒にも満たない刹那の時の中。


「っ!」


 魔戒騎士の全身に百の斬撃が殺到する。

 サナダ新陰流中伝【百花繚乱ひゃっかりょうらん

 全身に百の華が咲き乱れる、華やかでとても美しい剣技である。


「ぐおおっ!」


 まるで、満開だった華々がハラハラと散っていく、そんな錯覚を引き起こした。

 魔戒騎士の重厚な鎧とイカつい兜が、細かい賽の目状に切り刻まれ、パッカリと浮いた途端にハラハラと消滅する。


「む?!」


 しかし、


「おおお!これは!」


 その露となった全身を魔戒騎士は見回すと、自信満々に声を張った。


「我が五体は、まったくの無傷ではないか!」


 ダメージは無し。

 防具を失っただけだと判明して喜色を浮かべる。


「ぐわーはっはっは!ただ速いだけではないか!

 マメ娘が焦らせおって。

 我の身体には傷一つついておらんぞ!」


「はあ?」


 なんとも怪訝そうに片眉を上げる怪盗ローズちゃん。


 何笑ってんだ。馬鹿かお前は。

 ワザとに決まっているだろうが。

 自分の魔力で作り出した神の炎だ。

 大規模な殲滅魔法ならばともかく、個に対する斬撃程度ならば消滅させたいものなど制御出来て当たり前だろうが。

 でないと、なんでもかんでも無差別に消滅してしまうだろうが。

 頭を使えよ。

 魔力至上主義のくせに魔力のなんたるかを全然理解していない。

 だから悪魔は弱いのだ。


 怒鳴り散らしたい気持ちを無理矢理抑えつつ、ローズは至って冷静に目を凝らして顎を撫でた。

「ふむ」と、素顔を晒した魔戒騎士をマジマジと観察する。


 で、だ。

 それにしても、だ。

 コイツ、私の勢いを完全に止めやがった。

 弱いくせに、まったくもって恐ろしい悪魔よ。

 なんともはや、これは、問いたださなければ気が済まないではないか。


「そ、そ、それが、本性ですの?」


 なんともまあ。

 開いた口が塞がらないわ。


「クックック。そうだ、マメ娘よ」


 ――コ、コノヤロウ!


「ぷふ、く、ふ、ふふ、ふ、ふふ、ふ」


 ローズはまん丸ほっぺをぷっくらと膨らませて、吹き出しそうになるのを、ギリギリのギリギリで堪えた。

 今すぐにでもゴロゴロと転がり回って大笑いをしたい、そんな心境である。

 ローズのお気に入りは悪役令嬢だ。

 淑女たるモノ、お上品を心がけなければならない。

 高笑い以外での大笑いをするなど、以ての外である。


「ふう、ふう、ふう、ふう、あ、危なかった、ですわ」


 このたわけ者めが!その姿で、またマメって言いやがった。

 その姿はない。本当にないぞ、勘弁してくれ。

 お願いだ。これ以上笑わせてくれるなよ。

 腹が捩れて死んでしまうぞ。


 ともあれ、イカつい重騎士の下に隠されていた、その真実とは。


「あ、貴方、ソレ、カニ、なのかしら?」


 そう、カニである。

 端的に言えば、茹であげた後の真っ赤になった蟹だ。

 とっても不味そうだが。

 全身が甲殻類の殻のような表皮。

 捻れたツノが頭に二本生えている。

 目が顔の四分の一を占めるほどに異様にデカく、頭がツルツルだ。

 なんともひょうきんな姿。

 極めつけが両腕が巨大な鋏である。

 大いなる謎である。

 どうやって剣を持っていたのだ?

 魔力で引っ付けていたとでもいうのか?

 魔戒騎士ってなんだ?

 こうなっても魔戒騎士を名乗るつもりなのか?

 わけがわからんぞ。

 まったくもって、摩訶不思議な奴である。


「そ、その二本の鋏が、貴方の武器なの、かしら?」


 何処が騎士なのかを問い正したいところだが、却下する。これ以上の我慢は出来そうにないからな。


「ああ、そうだ」


 魔戒騎士、もといカニ男は普通に頷いた後、左右の鋏をカチカチとハサミながら自信満々に言う。


「ククク、残念だったな。

 大天使の聖剣をもってしても、我の甲羅の前には歯が立たなかったようだ、ワッハッハ!」


「はあ?」


 再び器用に片眉を上げるローズちゃんは、カニ男の察しの悪さに呆れかえった。


 コイツは本当にわかってないな。

 そんな訳無いだろうが。

 呑気なものだよ。

 先程の一撃でも十分にやれたのだぞ。

 え?本当に理解していないのか?

 お前の後ろにいるグリュエルドなど、さっきから魔力を練り上げまくっているぞ。 

 なんかやる気で、凄い形相なんだぞ。

 お前もちょっとは必死になれよ。

 死の淵に居るんだぞ。

 まぁ、いい。

 もう、突っ込み過ぎて疲れたよ。

 速やかに刑を執行するとしよう。


「うふふ。

 では、これより剣聖リュウキの剣技を披露させていただきますわ」


「フン、効かないのがまだわからんのか」


 わかってないのはお前だっつーのと、怒鳴りたい気持ちを抑えつつ。淑女然として言う。


「やってみなくてはわからなくてよ」


「ならば好きにすれば良い。こちらからも攻撃させてもらうがな」


「かまいませんことよ。

 次手は貴方に譲りますわ。

 サナダ新陰流に聖剣ウリエル。

 それに神域の魔力を合わせると、一体どうなるのかを身をもってご理解くださいませ」


 まずは一番硬そうな鋏を狙う。

 回避出来なければ、お前に攻撃の目が無くなるぞ。


「いつでもどうぞ」


 言って、とてとてと可愛らしい足取りでカニ男の間合いに侵入する。

 真下の超至近距離。

 剣先を下に向けた下段構えでカニ男を見上げる。


「フン。では遠慮なくいくぞ」


 カニ男は左右の鋏をぐわっと大きく振り上げて―――同時に振り下ろした。


「うおおおお!!」


 ニッと口端を持ち上げる剣聖が憑依しているローズちゃん。

 ザリガニみたいだなと思いながら、リュウキの得意だった返し技を選択する。


「【秘剣ツバメ返し】」


 相手の初動を見極めて、攻撃の根本を断つ、後の先を制する返し技である。


 ヒュルルン!


 爽やかな旋風が二つ、巻き起こった。

 クルリクルリと滑らかな曲線を描き上げる、ツバメが二回宙返りをするような剣筋で、左右の鋏を根本から切り飛ばしてやる。

 一番硬いと目された鋏は、いとも容易く両断となる。


「な?!」


 青い鮮血を撒き散らしながら、左右の鋏がクルクルと宙を舞う。


「ぐわああああ!」


 顔を歪めて絶叫するカニ男に、ローズの口端がニィィと吊り上がった。


 はっはっは。どうだ、痛いだろう。

 神の炎に焼かれると、例え悪魔だとしても痛覚を感じるのだよ。

 魂ごと焼かれているのだから。


 ゴトリと落ちる二本の鋏。

 途端、ハサミは風に流されるようにしてハラハラと消滅した。


「っ!」


 気づくと、カニ男の視界からローズが消えていた。

 激痛を感じていても、決して目を離していない。

 視界の中にいた筈だ。


「な?!あ、あ、あ、あ、何故再生しない!」


 更には、断たれた鋏は再生しないしで、その混乱は極みとなる。


「後ろですわよ」


 ローズは背後にいた。

 そして、剣をクルクルと弄びながらの講釈を垂れ始める。


「わたくしはゆっくりと歩みましたわ。

 しかし、貴方の目には突然消えたように感じた事でしょう。

 サナダ新陰流の虚と実を織り交ぜたこの足運びは、コスプレの騎士様では認識することも叶わなくてよ。

 ただし、氣と魔力を混合したこれは、究極にまで昇華されてはおりますが」


「マ、マ、マ、マメ娘がっ!」


 鬼の形相で振り返ろうとするカニ男。

 それを直前に制するローズの詰みとなる一手。

 スゥッと息を、胸が膨れるほど大きく吸い込み、その全てを一瞬で吐き出した。


「喝っっっっ!!!」


 母譲りの激甚に滾る活力、即ち膨大な氣と共に。


「ガっ!?」


 ビクリと、衝撃を受けたように魔戒騎士の肩が跳ね上がり、金縛りになったかの如く、そのまま固まってしまう。


「あ、が、が、が」


 サナダ新陰流【喝撃】。

 氣と共に放たれた一喝で相手を飲み込み、本能で実力差を理解させて動けなくするというものだ。

 圧倒的な強者による威圧だ。

 蛇に睨まれたカエルしかり、タコに睨まれたカニ、である。


「では、参ります」


 ローズは正眼に構えると、リュウキの納めた剣技、サナダ新陰流を次々と披露する。


「【雷斬り】」


 ピカッと、稲光が走り抜ける。天より稲妻がギザギザに落ちるような斬撃で、右脚を根元から斬り飛ばしてやった。


 返す刀で。


「【飛影】」


 横薙ぎにウリエルを一閃とする。

 氣と魔力を折り混ぜて構築した砲弾のような飛ぶ斬撃で、左脚を丸ごと吹き飛ばしてやった。


「【五月雨斬り】」


 達磨となって宙を浮く魔戒騎士、それが重力を感じる前に聖剣ウリエルを乱舞する。

 小雨が延々と降り注ぐような、そんな細やかに柔らかく穿つ刺突は、胴体を穴だらけの微塵にしてハラハラと消失した。


「トドメですわよ」


 最後に残った生首にはこれだ。

 サナダ新陰流初歩の技。


「【牙突】」


 リュウキが最後に放った、魂を燃やした剣技である。

 クルクルと落下してくる生首を、最短距離で、ただただ真っ直ぐに突いてやる。


「ガッ!」


 ドスッと、眉間のど真ん中を串刺しとする。


「バ、カ、な」


 絶望に顔を歪める魔戒騎士に、不敵に笑うローズちゃん。


「フッフッフ、弱い、弱過ぎますわよ、貴方」


 その生首を、息がかかるほどの目前に近づけて、デカイ目と、可愛らしいお目目を合わせながら言ってやる。


「貴方にはわたくしの子々孫々たちの糧となって貰いますわ」


 生首は串刺しのまま、最後の抵抗にと、ギロリとローズを睨みつけて口を開く。


「お、お前――」


「ぬ」


 なんか負け惜しみを言おうとしたので、空いている手を振り上げて。


「お黙りなさい」


 パァン、スパァンと、往復で張って黙らせておく。

 氣を纏わせた一撃は、悪魔にも痛覚を与える。

 とっても良い顔になった。ニッコリである。


「む、ぐ、ぐ、ぐ、ぐ、く」


「おほほほほほ」


 悪役令嬢っぽいセリフ、「お黙りなさい」を言えて大満足のローズ。

 気分が良いので、カニ男がこれからどういう仕置きを受けるのかを、具体的に教えてやることにした。


「これから貴方は断罪される訳ですが」


 うふふと微笑みを挟んで続ける。


「大体百年後くらいには復活出来るように加減してあげます。

 本来この神の炎は、千年は復活出来ないというものですわ。

 何せ復活した途端に再び神の炎が発現して焼かれるというものですのよ。

 その保証が千年は続きます。

 それが起こらないように制御してあげますわ」


 感謝なさいと、再びうふふと微笑みを挟んで続ける。


「もちろんデメリットも与えますのよ。

 人族に危害を加えられないという呪いをかけますわ。

 危害を加えようとすれば、たちまち神の炎が発現致します。

 わたくし、呪術にも精通しておりますのよ。

 呪術は魔力量がモノを言います。

 わたくしの魔力は貴方の一千万倍です。

 神レベルの魔力の前には大悪魔といえどノミ虫程度、決して抗えませんわ」


 でも大丈夫、と安心するよう微笑みかけて続ける。


「ちゃんと私の子孫だけは殺せるようにしてあげます。

 その子孫が呪いの元を引き継ぐようにしますので、殺せば解けるという訳ですわ。

 しかし、復活しても魂でエネルギーを補給しないと滅びてしまうのでしょう?

 期限は一年が良いところではないかしら?

 しかも時間が経てば経つほどに弱くなっていくというから大変ですわね」


 わざとらしく肩をすくめて付け足してやる。


「ただ、百年後には貴方くらいの悪魔など、倒せる人族はゴロゴロとしておりますわよ。

 我が子孫はもちろん、その仲間たちもですわよ」


 わたくしが鍛えますからね、と綴り、最後に目を細めて忠告してやる。


「騎士のコスプレなどやめて、研鑽を積んでから挑む事をお勧めしますわ。

 サナダ新陰流がよろしいのではなくて?

 まぁ、ノロマな貴方では会得するその前に滅びてしまうでしょうけどね。

 精々、我が子孫たちの糧となる天命に励んでくださいませ。

 未来永劫、永遠に、ね」


 では、ご機嫌よう、と皮肉を込めた挨拶を最後に、唖然とする蟹男の生首はハラハラと消滅した。


 ――『ありがとう』


 そんな剣聖リュウキの幻聴が聞こえて来たような気がしたローズは薄く微笑み。


「どう致しまして。

 貴方の美しい剣技は、わたくしが引き継ぎ、そして子々孫々の薔薇の騎士たちに受け継がれていきますわ」


 胸の薔薇に手を当てて、軽く会釈をした。

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