それはまるで、イルミネーションのように綺麗だった。

 剣聖リュウキの魂を燃やした剣技を跳ね返して両断した魔戒騎士、大魔導士リュークを道化にして、その魂を喰らったグリュエルド、勇者ジークハルトの奥の手を出させてまで互角だったレヴィアタン。

 並び立つその大悪魔三人を前にして、ローズはどこまでも呑気だった。

 余りにも眠すぎて足下をふらつかせている。


「むう」――ね、眠い。


 これではいけないと、仮面メガネをずらしてゴシゴシと目を擦った後、その眠たげな目をシパシパと瞬かせる。

 一応は素顔が見えないように配慮して俯き気味にした所存だ。


 まずい。

 本格的に眠くなってきた。

 赤子から成長したとはいえ、三歳児の身体である。

 しかし、目の前には三匹の大悪魔か。

 コイツら本当に大した事が無さそうだから、アドレナリンが出てこない。

 つまりそれは眠気が取れないということ。

 お願いだ。

 ちょっとは抵抗してみせてくれよ。

 血湧き肉躍る、そんなワクワクする展開にしてみせておくれよ。


 とりあえずの眠気を飛ばそうと、ローズはプルプルと頭を振った。


 ――少しはマシになったかな。


 次いでコキコキと首を鳴らした後、眠たげだった表情を変える。


「失礼しました、うふふふふ」


 なんとも胡散臭い、作ったような微笑みだ。


 さて、弱者には優しく問いかけてやるとするか。


「そろそろ宜しいかしら?」


「ああ?」


「ぬ」


 片眉を上げて応じたグリュエルドに、思わずイラッとするローズ。

 癇に障ったのだ。

 ―――この野郎。

 思わず舌打ちをしたくなる、そんな顔だった。

 ローズは0歳だ。

 知識は優れているが、なんだかんだ言っても、未だ赤ん坊である。

 眠くて不機嫌な赤子の如く、怒りの沸点が低くなっているのだ。


 まったくもう。聞き返すなよな。

 少しは頭を使って察してくれよ。

 何年生きているんだよ。

 眠いし、この言葉使い、結構面倒なんだよ。


 青筋が立ちそうになるのを堪えつつも、なんとか穏やかに努める。


「どなたからお相手していただけるのかしら?

 三人まとめてでも良ろしくてよ」


 さぁ、まとめてかかって来い。

 不意打ちでも良いぞ。

 一切の容赦もなく真っ正面から叩き潰してやる。

 特にグリュエルドと魔戒騎士はリュウキとリュークの仇だ。

 人族をエサとしか見ていない腐れ悪魔である。

 絶対に許さないし、決して逃がしもしない。

 ただ滅ぼすだけでは気が済まない。

 未来永劫、永遠に人族の糧となるようにしてくれるわ。


「我から行こう」


 ――え、コイツ一人なの?


 魔戒騎士がグリュエルドを押し退けてズイっと前に出た。

 こちらもグリュエルドと同じくらいの、三メートルを超える大男だ。

 重厚な鎧のせいでボリューム感が果てしない。

 身長差は四倍弱、体重に至っては五十倍にも及んでいるだろう。

 ローズちゃんの愛らしさが引き立ってしょうがない。


「まぁ」


 ローズはわざとらしく、驚いたように両手で口元を抑えた。


「騎士様からですの?」


 芝居染みた仕草の、その内心では不満だらけだった。


 コイツかぁ。コイツからかぁ。

 正直、コイツが一番弱そうなんだが。

 まとめての方が早く済んで良いんだが。

 だけど聞いてしまった手前なぁ。

 約束を違えるみたいで気が引ける。

 正義のスーパーヒーローを目指している訳だし。

 なんで聞いてしまったのだろうか。

 私の馬鹿め。眠くて頭が回らないからか。

 不意打ちでも良いから、まとめてかかって来ないかな。


「ああ、我だ」


 そんな後悔しているローズを差し置き、魔戒騎士は分厚い胸板を張って頷いてみせた。

 自信に満ち溢れたどっしりとした様子で続ける。


「この魔戒騎士自らお相手してやろうぞ、マメなる娘よ」


「っ!」


 ズキューン!と、その文言はローズのハートを直撃した。


 ――何だと!この私をマメだとっ!


 ローズは目をギュッと、思い切り強く瞑った。

 でないと、とてもじゃないが耐えられなかったからだ。

 沸々と込み上げてきたもの。

 それは怒りではない。

 笑いである。

 吹き出すのをギリギリで堪えているのだ。

 まるでモルモットのように、プルプルと震えている。


 マ、マ、マメって。マメなる娘って、ハハハ。

 煽っているつもりなのか?

 逆に面白いわ。ツボに入ったじゃないか。

 ちょっとだけ眠気が飛んだよ。


「ふぅ」――危なかった。ヒーローたるモノ毅然としなければならない。


 ローズは涙目でホッと息を吐いた後、頬がヒクつくのを堪えつつも、気になっていた事を問うことにした。


「し、失礼、コホン、騎士様に質問があるのですが、伺っても宜しいでしょうか?」


「うむ。構わぬ」


「ではでは、遠慮なく。

 随分と体の硬さに自信があるようですが、何故にその体よりも脆い鎧を着ていらっしゃるのかしら?」


「ククク。この鎧も中々のものだぞ。

 何せ、魔界一の硬度を誇る魔石で作った逸品よ。

 それをだ。

 汗水垂らし、命を削ってまで必死になって破った先にある深い絶望を知り、そして、其奴が歪んだ顔となるのを楽しんでいるのだ。

 その一瞬は愉快痛快だぞ」


「へえ」


 ローズは目を細め、そして微笑みを消した。

 込み上げて来たモノは、今度こそ怒りだった。

 眠気が霧散して、キッと睨むようなその目つきには赫怒の色が浮かび上がる。


 クソだな、コイツ。

 眠気で忘れてた感情を掘り起こしてくれてありがとうよ。

 お礼に是非に深い絶望を与えてくれるからな。

 せいぜい歪んだ顔で、この私を楽しませてくれよ。


「まぁ、悪趣味なお方ね」


 もういいや。これ以上は気分が悪くなるだけだ。

 さっさと追い詰めてその苛つかせる余裕を無くしてやるとするか。


「もう一つだけお聞きしますわね」


「うむ、構わぬぞ。好きなだけ問うと良い。強者の余裕よ」


 さて、その強者の余裕とやら、一体どこまでもつのかな?


「では失礼して、先程の剣聖との戦い、果たして、貴方はリュウキの剣に反応出来たのかしら?

 全ての攻撃をその身に受けていたようですけど」


 そう。重装備なのもあるだろうが、それにしてもこいつの動きは遅い。まるでノロマな亀だ。いや、亀どころかデンデンムシだ。

 剣聖リュウキの剣戟の、その全てがヒットしていた。  

 避けようとも剣で受けようともしなかった。

 わざとだとしても、あそこまで反応出来ないのはおかしい。

 ヒットされてから気づいたような素ぶり、いや、気づいていないモノもあっただろう。

 たらればは嫌いだし、此処で言っても詮無きことだが。

 もしもリュウキの刀が私の生み出すミスリルだったとしたら。

 勝利は難しいが、もう少し善戦出来たはず、そう思ってしまうくらいに惜しかった。

 リュウキに少しでも魔力があったのならと思う、そんな戦いだった。

 まぁ、ともあれ、コイツは決して騎士ではない。

 未熟が過ぎるのだ。

 ただ力任せに剣を振るうだけのお馬鹿な素人。

 魔力にかまけただけの、勘違いのコスプレ野郎だ。

 故にこの中では最弱。

 コヤツ自慢の防御力を突破した時点で詰みである。

 しょうがない。ノミ虫には勿体ないところだが。

 此処は一つ、私のとっておきで勝負してやるとしよう。

 一応は先に一つだけ、忠告をしてやるとするか。

 コイツとは一族絡みの、長い長い永遠に続く付き合いとなる予定だ。

 まぁ、私とは今日で完全におさらばなのだが。


「騎士を名乗るには研鑽が足りないのではなくて?」


「ふん。避ける必要のないものを避けてどうする。

 我の魔力を越える人族などいない」


 はっはっは。面白いことを言うな。

 ほれ、この私だ。

 お前の一千万倍の人族が目の前にいるぞ。


「つくづく魔力至上主義ですわね。悪魔という種族は」


「フッ、戯言はいい。そろそろかかって来い」


 威圧感を強める魔戒騎士に、ローズは小さな手のひらを見せてそれを嗜める。


「まぁまぁ」


 そう慌てなさんな、物事には順序があるのだ。

 まだお前の余裕を消していないではないか。

 滅するまでのプロセスというものがあるのだよ。


「逸る気持ちはわかりますが、先にわたくしの力の一端をお見せ致しますわ」


 さぁ、その心胆を寒からしめてやるぞ。

 天界最強の矛の登場だ。


「【収納ストレージ】」


 目の前に煌々と輝く光の玉が浮かび上がった。

 収納魔法である。

 中には色々と、とんでもない代物が入っている。

 父神ゼウスより貰い受けたものだ。


「愛剣のお披露目ですわ」


 シュルリと取り出だしたるは一振りのキラキラとした輝きを放つ剣。

 刀身が光を纏い、その光が炎のように揺らめく黄金の剣だ。

 余りの神々しさに、一目で聖剣だとわかる代物である。


「うふふ」


 お上品にほくそ笑むローズ。


 聞いて驚け、見て轟け。

 ゼウスから頂戴した神器だ。

 姉たちの部下だから、今頃びっくりしていることだろう。

 アイツら暇人だから、天界から覗いているに違いない。


「その名も、聖剣ウリエルですわ」


 その名を聞いた途端に、魔戒騎士のどっしりとしていた余裕が霧散する。


「な、何?大天使の名を冠する聖剣だと?」


「あら、ご存知で?

 それはそれは、博識ですのね、魔戒の騎士様。

 女神に仕えし十二天使が一柱、熾天使ウリエル。

 彼女の魂が込められた聖剣ですの」


 ウリエルは悪魔の討伐数が十二天使の中でぶっちぎりの一位である。

 それはつまるところ、悪魔の天敵だという事だ。

 ウリエルの名を知らない悪魔は単なる小物に過ぎない。


 フッフッフ、目の色が変わったな。

 まあ、とりあえずはウリエルに火を灯すか。


「えい」


 可愛らしい掛け声で手ずから魔力を注ぎ込むと、刀身で薄く揺らめいていた光が、メラメラと燃え上がるような炎の光となる。

 それはまるで太陽の如し、直視出来ないほどの輝きを放っている。

 ローズは仮面をしていて本当に良かったと安堵した。


「神の炎を纏いし聖剣ですわ。

 ウリエルは四大天使筆頭でもあり、十二天使で一番の攻撃力を誇っておりますのよ。

 わたくしは双子の女神なんかよりも強いと思っていますの」


「ほ、本物なのか?!」  


「え?」


 コ、コイツ、聞く事がそれかよ。

 ここで偽物を語ってどうするというのだ。

 馬鹿なのか?

 コイツは本当に頭が悪いな。

 他の二人はずっと私を警戒しているぞ。


「ええ、勿論本物ですのよ。

 この刀身をご覧くださいませ。これは神の炎ですわ。

 鈍そうな貴方でも、流石に目の前で見れば理解出来ますわよね?

 燃えるような光、それはどんな強大な魔でも、全てを撃滅する神なる炎ですわ。

 威力は神の雷と、まぁ大体は同じものだと考えて良いかと。

 どちらが上かは甲乙つけ難いところですわね。

 どちらも闇を討ち払い、全ての魔を滅ぼしてしまいますので。

 それはさておき」


 ローズはそこで区切ると、笑みを濃くする。

 その貌は仮面メガネも相まり、可愛らしいが、何処となく不気味である。


「グク」


 得体の知れない迫力が増した事に、魔戒騎士は思わず一歩下がった。

 それは本能で感じた怖れだ。全細胞が目の前でギラつく神の炎に恐れをなしたのだ。

 それを見たローズは益々笑みを深めて続ける。


「このウリエル、防御不能の究極の剣ですの。

 並の得物では一合すらも耐えられずに消滅しますわ。

 聖剣魔剣の類いでなければ受けることも叶いません。

 父神ゼウスより、姉たちの部下を少々拝借したものですのよ」


 まぁ、返さんがな。

 コイツは我が家で代々管理してやる。

 子々孫々、代々受け継がれていくのだ。


「これで斬られた悪魔は神の炎に焼かれて散り果てる、そういう運命ですのよ」


「グッ」と、大きくのけ反る魔戒騎士を、ローズはニヤニヤしながら追い詰めていく。


「ねぇ、魔戒の騎士さん」


 ローズは聖剣を手の内でクルクルと弄びながら一歩前に進んだ。


「貴方の遅い動きで、コイツを回避することは可能かしら?」


 不気味な笑みを深めて、もう一歩距離を詰め、そして勿体つけるようにして続ける。


「それともアレかしら?」


 最後の一歩で間合いに突入する。

 口元を邪悪な三日月に歪めたままに、そのまま魔戒騎士をのけ反るようにして見上げながら、大いなる謎を投げかけてやる。


「神の炎に耐えられるほど、貴方は硬いというのかしら?」


「っ!」


 ほんの五分前まで余裕だった魔戒騎士に戦慄が走る。

 それは反射的だった。大剣を肩に担いだのは。

 大天使ウリエル。対悪魔において、上位の神々よりもその力を発揮する最強天使であり、彼女が放つ神炎なる必殺の一撃は、万の悪魔を丸ごと滅ぼしてしまうという。

 相性最悪となる全ての悪魔は、出会ってしまったら逃走一択となる絶対強者だ。

 それは、例え大魔王であったとしても例に漏れない。


「お…お…お…」


 マメ娘の脅威度をようやく理解した魔戒騎士、次の瞬間には、発狂するように吠えていた。


「おおおおああああああ!!」


 悲鳴のような気合いと共に大上段からの振り下ろしだ。

 窮鼠猫を噛む。

 体格差はアベコベだが、その様はまさに猫に追い詰められたネズミの如し。


「あらあら」


 そのあまりの小者っぷりに、ローズは肩を竦めて、フッと鼻で笑う。


「遅いですわよ」


 言って、袈裟斬りからの逆袈裟斬りという切り返しを超高速で繰り返して、迫り来る大剣をなます切りとする。


 キキキキキキキキキン!


 幾重にも重なる金属音が鳴り響く。


「んなっ!」


 魔戒騎士はスカッと空振りしたようにバランスを崩して膝をついた。

 手には振り下ろしたはずの大剣が無い。

 柄の部分を残して全てが消失していた。


「やれやれ、貴方」


 ローズは不満気に聖剣を肩に担ぎ上げると、心底呆れたように言い放つ。


「余りにもノロすぎますわよ。

 わたくしが何度切り刻んだのかを、お見えになりまして?

 この最強天使の攻撃力を馬鹿にしているのかしら?」


 ――ぬ?


 そう言いながらも、意識は他の大悪魔二人を捉えている。


 あの二人の魔力が動いた。

 さては、逃げようとしているな。

 バカめ。

 逃がす訳がないだろうが。


「よっと」


 ローズは聖剣を大地に突き立て、その続け様に。


「はいビリビリ〜」


 手ずから魔力を注ぎ込んで結界の主導権を強奪してしまうと、天に向かってカッコ良く叫んだ。


「【雷のプリズンオ監獄ブサンダー】!」


 バリバリバリバリバリバリバリバリ!


 それはまるで、イルミネーションが一斉に点灯したような光景だった。

 薄暗い世界を煌めく蒼い花々が一斉に咲き乱れて支配する、そんな幻想的な美しさだ。

 結界内360°全面を細かな網目状の雷が覆い尽くした。

 差し詰め、悪魔たちを囲う巨大な雷の監獄の完成である。


「さぁ、皆様、ご覧の通りです」


 言って、バッと尊大に、両手を大きく広げた。

 芸術が爆発したかのように。


「この結界はわたくしが支配しましたわ!」


 驚愕の事実に大悪魔三人がフリーズとなる。

 結界を乗っ取る。それは莫大な魔力を要する。

 少なくとも術者の倍は必要である。

 さらには、魔力を練り上げながら少しずつ侵食するなど時間を要するものだ。

 それをこのマメ娘は一瞬でやってのけたのだ。

 聖剣で魔力を増幅したのだとしても、それは簡単なものではない。

 主人である大魔王様で無ければ無理筋な所業だ。

 コイツは一体何者なのかと、もう言葉も出てこない。


「この結界を覆っているのは神の雷ですわ。神の炎と同等にして全ての魔を滅ぼす代物ですのよ」


 ローズはジロリと魔戒騎士を睨み、次いで、その視線をグリュエルドに滑らせてから胸の薔薇に手を当てて、こう宣言する。


「絶対に此処から逃がしませんわ。

 そして、絶対に許しません。

 わたくし、絶対に仇を取ると誓ったのです」


 眠たすぎて自覚が足りなかったが、誓いを果たす時が来たのである。

 今、此処で、あの兄弟の無念を晴らすのだ。

 そんなものは正義の味方として、滾らない筈もなし。


「チッ」「クッ」


 一端退避しようと動く寸前だったグリュエルドとレヴィアタンは、苦々しく唇を噛む。


「おーほっほっほっほ!

 腐れ悪魔共め。

 人族を愚弄した罪、人族を代表して裁いて差し上げますわ!」


 沈黙する大悪魔を前に、ローズは高笑いをする事が出来て大変満足だった。

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