ローズちゃんのゼロから始める最強無双〜薔薇の騎士が紡ぐ、闘う乙女たちの物語〜

わたくしは怪盗ローズ、薔薇の騎士ですわ、と、天然でボケたのは内緒である。

「何だ、お前？」

　野太い声でそう問うたのは、星の悪魔グリュエルドだ。イカつい顔を怪訝に歪めている。

　ザ・悪魔という、とても怖い面持ちの三メートルを超える大男だ。

　この大男が腕を組み、威圧感を向ける先は、小さな小さな、なんとも可愛らしいヒラヒラのスカートを履いた姫騎士である。

　それはまるで、童話のワンシーンのようだった。

　姫騎士の目元を隠す怪しげな仮面が、摩訶不思議なワンダーランドの御伽話を演出している。

　主人公が悪者を退治する、そんな物語のご開帳だ。

　どちらが主人公なのかは、一目瞭然である。

　月光の如く煌めく銀髪に、鏡のようなピカピカと輝くシルバーメイル。

　胸で咲き誇るは一輪の黄金の薔薇。

　何処から見ても生粋のベビーフェイス。

　その幼な子が、これでもかと薄い胸を張り、ゴツい大男を見上げる様は微笑ましくも実に堂々とした主人公っぷりである。

　この色々と映え散らかしている幼女が、この強面の悪役を倒したら痛快だし、負けたら大ブーイングは必至となる。

　さて。

　その主人公が大男を見上げながら不敵に笑ってみせるところから物語が動き始める。

「フッフッフ」

　名乗りの刻、アゲインである。

　さっきはちょっと失敗だった。

　早速のリベンジといこうではないか。

　本名はまだ内緒だから。

　えーと、この怪盗のような仮面にちなんでみるか。

　スカートをちょこんと摘み、澄ました感じで名乗りを始める。

「わたくしは怪盗ローズ。薔薇の騎士ですわ」

「は？」

「え？」

　は？だと、何か間違えたのか？

「お前、怪盗なのか、はたまた騎士なのか、一体全体どっちなんだよ」

「ぬ」

　しまった、間違えた。

　しかもバレると恥ずかしい天然のボケではないか。

　今、まさに、恥ずかしい。

　それでも表情は決して崩さない。

　頑張れ、私の顔面よ。

　しかしコイツ、鋭いツッコミを返してきやがって。

　図体の割に細かい奴だ、スルーしろよ、まったく。

　さらに、また本名を入れてしまったではないか。

　うっかりしてしまった。

　さっきよりも大失敗である。

　とりあえずここは一つ、冷静に取り繕うとしよう。

　頬がひきつらないように意識して、と。

「お好きな方でお呼びくださいませ」

　どうだ、考え得る中で完璧な返しだろう。

「はあ？変な奴だな」

　む、変とか言うな。

　まあ、しかし、変か。変だな。私も変だと思うぞ。

　それにしても、コイツは頭が回るようだ。

「貴方、私を侮るような目を向けてきませんのね？」

　そう。

　コイツはこんなに弱そうな私を、警戒しているのだ。

　リュークの時のような侮った感じではない。

　体内で魔力を練り上げ、そして回避も攻撃にもと、どうとでも動けるようにしている。

「それはそうだろうが。

　俺たち悪魔は魔力が全てだ。

　姿形なんざ関係ねえ。

　小さくとも強い奴なんざいくらでもいるからな」

「へえ、それは、それは」

　知ってるぞ。悪魔は魔力しか能のない阿呆う共だということを。

「それに、だ。

　俺は目の前で対峙すれば、相手の魔力を見る事が出来る」

「それは、また、凄い能力ですわ、うふふ」

　ニッコリと微笑んで先を促してやる。

「だがよ」

　グリュエルドはジロリと探るような目を向けて続ける。

「俺にはお前の魔力が全然見えねーんだよ」

「うふふふふふ」

　ローズは笑みを深めた。口元が邪悪な三日月を描く、そんな笑みである。

　笑わせてくれるな。

　当たり前だろが。格がまったく違うのだから。

　神域なる魔力が大悪魔如きノミ虫に感知出来るはずもなし。

　私の魔力はお前の一千万倍だぞ。

　デカ過ぎて逆に見えないのだよ。

「ここに乱入して来るような奴が、まさか魔力が無いなんて考えられないだろう？

　何でだ？お前は一体何者なんだ？」

　はっはっは、褒めてつかわすか。

「うふふ。流石は大悪魔ですわね。

　鋭いですわ」

「その銀髪、お前、まさか、天使なのか？」

　惜しいな。ビジュアルは天使そのものだが。

　天使なんかよりもずっと格上なのだよ。

　しょうがない。教えてしんぜよう。

「いいえ」

　ローズはゆるゆると首を振ってから続ける。

「ただの生まれたての、天使のように可愛いらしい人族ですわ」

「ハッ」

　グリュエルドは鼻で笑い、呆れた顔で言う。

「そんな人族なんていねーよ」

　心外である。

　ただのはともかく、心臓が止まれば普通に死ぬ、人族のところは本当に本当の事なんだが。

　生まれて一日も経っていないんだが。

「あ」

　おっと。

　そんなことよりも、ジークをなんとかしなくては。

　もう間も無く死んでしまうところだ。

　小さな手のひらをサッと向けて、ストップのポーズを決めて言う。

「少々お待ちになってくださいまし。　

　一旦仕切り直しといきませんこと？」

　奥に見える、倒れてぐったりとしているレヴィアタンを指で差し示した。

「そちらも、あの女性の手当てをした方がよろしいのではなくて？」

「あーん？」

　グリュエルドはレヴィアタンに目を向けると、ああ、それもそうだなと頷いた。

「アレが死んだら仕事が増えるからな。

　どうせ、この中から逃げられないだろうし、いいぜ、乗ってやるよ」

　フッフッフ。馬鹿め。

　こんなノミ虫が作った結界、座標さえ把握すれば、自由自在に出入り出来るわ。

　乗っ取ることも容易いことよ。

　逃げるどころか、お前たちが逃げられないようにしてくれるわ。

　ローズはスカートをちょこんと摘んでお澄まし顔で礼をとる。

「ありがとう存じますわ」

　言って、気絶しているジークにスタスタと歩み寄り、傍らにあった大剣アクアアークをヨイショと拾い上げ、そして両の手でしっかりと握り締めた。

　ローズの横にも縦にも倍はあろうかという黄金の剣である。

「これはなんともセンスの悪い無駄にデカい剣ですわね。ジークも使いづらかったでしょうに」

　えーと、魔力を操作して、この中にある姉様たちの魂みたいな感じのモノを解くような感じでー。

　ぬ？んん？こんがらがってるな。知恵の輪か。

　まずい、時間がないな、間も無くジークが死ぬ。

　もう面倒だ。

　まん丸ほっぺをこの上なく膨らませて、力んだ。

「ふんっ！」

　無理矢理二つに引っ剥がしてしまった。

「やった、成功しましたわ」

　喜色を浮かべるローズの右手には聖剣アクア、左手に聖剣アークと、二つに分かれた。

「なんとか間に合いましたわね、良かった」

　ホッとしたのも束の間、ローズの頭の中。

『ちょっとー！痛いじゃなーい！』

　水の女神アクアの苦情という神託が届けられた。

「っ！」

　何だよ、うるせーな、と舌打ちしそうになるのをギリギリで堪えて、できる女の余裕を見せてやる。

　このダメ女がと思いながら。

「フッフッフ、お姉様。

　自分で解除することも叶わず、死ぬ事が前提となるという、そんなイカレタ機能を持つ聖剣アク何某（なにがし）とやら。

　そんなもの、不良品も良いところでしてよ」

『神力が足りないからしょうがないでしょー！』

「あらあら、精進が足りないだけではなくて？」

『生意気な妹め』と、抑揚の無い声色で、闇の女神アークからも神託が届けられたが、無視だ。

　こっちはお前たちのお尻を拭いているのだ。

　頭を垂れて、ありがとうございますと礼を述べるべきだろう。

　まぁ、言ったところで、ぎゅあぎゃあ騒がれるだけだからとスルーする。

　姉達に対するお仕置きは死んだ後のお楽しみとする。二人がかりでも十二天使総出だろうとも圧倒してみせる。

　ジークの天使モードが解除されて、上半身裸でズタボロの人の姿へと戻ったので、労いの言葉を送る。

「勇者ジークハルト、お疲れ様でした。

　勇者としての使命を立派に勤め上げましたわ。

　あとはわたくしに任せてゆっくりと眠りなさい」

　やれやれ。大分、魂を消費してしまったようだ。

　まぁ頑張った結果か。

　とりあえずは、生きてて良かった。

「もう二度と剣を握る事は出来ないだろうけど、普通に生活する分には問題ないでしょう。

　あの兄弟の分まで、アニエスを幸せにしてあげてくださいませ」

　さて、退避させておくか。

　普通の人間になっちゃったし、正直邪魔だしな。

　コリンナのいる結界の中へと移動させよう。

　私の結界の中ならば安全だ。

「さて」

　ローズは目の前の時空を両手で開くようにして、なんとも雑に、無理矢理こじ開けた。

「むん」

　次いで、ジークの首根っこをヒョイと掴み上げ。

「可愛いい妹分がお待ちですよ」

　そのままポイっと外へと放り投げた。

「っ！」

　その一部始終を横目で見ていたグリュエルドが、ギョッとして目を剥いた。

「おっおい！」

「あ、失礼。ちゃんと元に戻しておきますわ」

　言って、空いた穴に手を翳して魔力を込めると、時空の穴が元通りに。

「なんだと！」

　目を剥き出しにするグリュエルド。

　結界をこじ開けるという行為は、その結界の主人の魔力を上回っている事を意味する。

「お前は一体」

　言って固まるグリュエルド、その背後から低い女の声が聞こえてくる。

「いやはや、夢中になっていて覚えていないが、どうやら不覚をとったようじゃ」

　グリュエルドに魔力を分けて貰ったレヴィアタンが、フラフラとしながら立ち上がった。

　身体全体が薄汚れている。

　綺麗にするまでの魔力は戻っていないのだ。

「あらあら」

　その弱々しい姿に、ローズは眉を八の字にした心配顔をみせる。

「そちらの方は、まだ万全ではないのでは？

　少々足下が覚束なくてよ」

　言って、手のひらで闇の魔力で黒玉をつくり、レヴィアタンに放り投げた。

「っ！」

　それを慌ててお手玉のようにして受け取るレヴィアタン。

「お、お」

　玉はそのままするりと体内に吸収される。

「お、お、お」

　すると、薄汚れていた体が綺麗に元通りとなる。

「お、お、お、おお」

　両の手を見回すレヴィアタン、目を見開き、驚愕の貌へと変わる。

「わ、妾の魔力が、全快した、だと」

　ローズが肩を竦めて戯けるようにして言う。

「お待ちいただいた事への、ほんのお気持ちですのよ。

　大した魔力ではありませんわ」

　本当に大したものではない。一呼吸我慢するくらいの量である。

　すー、はー、はい、これで終わりだ。

　コイツらの魔力など、この程度のものよ。

「なんだと？」

　ジロリと、グリュエルドがローズを睨みつける。

「敵に塩を送るとは、どういうつもりだ」

　再びローズは戯けるようにして肩を竦める。

「あら、強者として、弱者に施しを与えるのは当然ですわよ」

「ほう。余裕だな」

　頬を引き攣らせて笑うグリュエルドに、私はニッコリと頷いてやる。

「ええ、余裕ですのよ、本当にね」

　本当の本当に余裕なんだよ。

　大悪魔如きノミ虫を万全にしたところで大差などないだろうに。

　やれやれ、もう良いだろう。

　まだボス戦も控えているんだ。

　こちとらまだ０才、早く帰って乳吸って寝たいのだよ。

「さぁ、そろそろ始めましょうか」

　ローズは次々と込み上げてくる欠伸を堪えながら言った。