ローズちゃんのゼロから始める最強無双〜薔薇の騎士が紡ぐ、闘う乙女たちの物語〜

聖女コリンナ、獅子奮迅に舞う！

　聖女コリンナの戦場は白熱を帯びていた。

　リリーはコリンナを守るようにして立ち振るまう。

　二匹の猫型が左右から回り込むような動きで強襲する。

　幸いにも、白猫の眷属は何てことのない雑魚の部類。

　スピードは並の騎士以下、攻撃は爪を立てた猫パンチ一択となる。

「セイっ！」

　リリーが逆さまに宙を舞って余裕で回避すると、すれ違い様のクロスの一閃で一蹴する。

　二匹はボフンと煙のように霧散して消失した。

　それを見越したタイミングで、再びカチューシャが指を鳴らす。

「にゃっはっはっは～」

　パチーン！

　ニョキニョキと生えてくる眷属。さらに倍となる四匹だ。

　それを再びリリーが撃破して、又またカチューシャが指を鳴らして眷属が召喚されるという、負のスパイラルが発生する。

　一から始まった眷属はニとなり、ニから四。

　そして、四から八へと倍々に増えていった。

「にゃっはっはっは～」

　楽しげに笑うカチューシャに対して、苦々しく舌を打つリリー。

「チッ」

　リリーはスピードスターである。

　スピードだけなら剣聖リュウキをも凌駕してみせる。

　そのスピードと、生まれ持ったセンスを活かした回避能力は他の追随を許さない。

　四方を囲まれても、苦もなく猫パンチの嵐を回避して、次々と撃破していったがしかし、その数が64にも到達した時、流石に限界を悟る。

　自分一人ならどうとでもなる。

　しかし、数に飲まれてのコリンナとの分断を嫌い、背後に控える相方の名前を叫んだ。

「コリンナ！」

　コリンナは空気の読める女だ。

　この掛け声だけで全てを理解する。

「はい！」

　直ぐに距離を詰めて、二人は背中合わせとなる。

「お待たせしました」

　ペコリと頭を下げるコリンナに、ニッと口端を持ち上げて肩越しに声をかけるリリー。

「背中は任せたよ」

「了解です」

　コリンナはコクリと頷くと、腰を落として斜に構えた。

　身の丈を越える聖女の杖を小脇に抱え込み、勇ましくも力強く吠える。

「さぁ来い！」

　神聖国において、聖女とは最強の称号である。

　あらゆる回復魔法を操り、どんな傷もたちまち癒やしてしまう。

　生きてさえいれば問題ない。

　その御業は欠損した四肢さえも生やしてしまう。

　ここまでコリンナは、皆んなが闘うのをただ観ていた訳ではない。

　ちゃんと仕事をしている。

　自分とリリーはもちろん、牙狼十人全員にも、発動寸前の回復魔法をセットしている。

　誰かが負傷すればその魔法を発動させて傷を癒し、再び魔法陣をセットし直すという作業に従事している。

　回復のスペシャリストである聖女にしか出来ない御業である。

　しかし、だ。

　もう一度繰り返すが、聖女とは最強の称号なのだ。

　最強。最も強いのだ。

　聖騎士三百人を束ねる団長よりも。

　身の丈百四十ほどの、十歳のこの少女がである。

　最強とは回復するだけでは決して成り得ない。

「えい！」

　その幼くも可愛らしい掛け声とは裏腹に、コリンナの杖術は凄まじかった。

　緩やかな初動からの、しなやかなる躍動へと変化するその一突きは、間合いに捉えた猫の中心を的確に穿ち、確実に滅する。

「えい！えい！」

　突いては突く。

　合いの手にクルクルと回しては、さらに鋭く敵を貫いて穿つ。

　その流麗なる絶技は、滑らかで淀みがなく、ただただ美しかった。

「えい！えい！えい！」

　薙ぎ払っては突き、猫パンチを弾いては貫いた。

　クルクルと杖を背後で回すのを挟んでは前へと踏み込み、突いては薙ぎ払い、嵐のように突きまくった。

「閃！」

　左右の短刀を閃光のように振るい、リズミカルに舞うリリーとの美技と聖女の流麗な杖術。

　二人が阿吽の呼吸で、身体を入れ替えながら撃墜していく様は、まさに圧巻の演舞の如し。

「【治癒魔法（ヒール）】！」

　その傍らで、回復魔法も忘れない。

　牛馬の悪魔から受ける餓狼の傷をたちまちに癒していく。

　攻防は一体に。

　それはまさに獅子奮迅に舞う。

　弱冠十歳の少女、されど、それが最強を示す聖女。

　それを冠する者は伊達ではない。

　餓狼が牛馬の悪魔による猛攻からを耐え忍び、コリンナとリリーが白猫の群れを撃墜する中。

「にゃっはっはっは～」

　白猫の悪魔カチューシャは余裕の腕組み。

　離れたところからの高みの見物である。

　カチューシャの役目は勇者たちの分断である。

　悪魔の結界を発動して大幹部の元へと送り込む事だ。

　悪魔の結界は、闇の力を底上げする。

　その効果は並の悪魔でも魔力を二倍へと高め、強力な悪魔ほどその効果は高まり、幹部クラスの大悪魔では五倍にまで膨れ上がるというとんでもないものだ。

　ただでさえ悪魔の魔力は人族を圧倒している。それが結界の中では絶望的にまで広がってしまうのだ。

　しかも大悪魔は魔王級の実力者である。

　先に送った三人が討たれるのは、時間の問題だという見解である。

　―――そろそろいいかにゃ～。

　その三人も仕留めた頃だろうと、カチューシャは次の獲物を纏めて送り込もうとした、その時。　

「む」

　聖女コリンナがその気配に気づいた。

　即座に大地に聖女の杖を突き立てて吠える。

「【広域聖域】！」

　白猫に先んじての聖女の術を唱えた。

　周囲一面。

　光の粒子が舞い上がり、金色に煌めく薄い膜を展開する。

　魔を封じる結界が完成する。

　それに僅かに遅れてのカチューシャ。

「【悪魔の世界】にゃ～」

　………………

　不発。紫の煙が出ない。

　悪魔の結界発動せず。

「おお、あのちっこいの、やるにゃ～」

　カチューシャは感心した。

　幼な子のような小娘が、自分の手口を完璧に読んだ事に。

「まぁ、それならそれでいいにゃ～」

　しかし余裕の笑みは崩れない。

　既に、主力の三人は送った後だ。

　アイツら三人は強そうだった。特に聖剣ありきの勇者は侮れない。

　分断は成功しているのだ。

　今残っている者たちに、それほどの脅威は感じていない。

　粘っているだけである。

　ならばこのままの膠着で十分、無理をして魔力を使うまでもない。

　―――どうせ時間の問題にゃ～。ならば楽しませてもらうにゃ～。

「せいぜい頑張るにゃ〜」

　目の前の小さな聖女の奮闘を、娯楽のように楽しむ事にした。

　◇◇◇◇◇

　同刻。

　最前線ではアンデッドの大群が押し寄せ、それを精鋭部隊が壁となって持ち堪えているという状況の中。

　ライトニア軍後方で指揮を取る大将軍の下に伝令が到着した。

「戦況を報告します！」

「聞こう」

「前線は精鋭部隊の奮闘によって持ち堪えている状況です。

　負傷者はおりますが、死者も出ず、損害は軽微であります」

「ふむ」

「三年前と比べると、敵は明らかに弱兵であり、スケルトンにグールといった雑兵たちの動きは緩慢です。指揮官のリッチーの魔法も初級のものを偶に放つ程度であります。また、不死の魔王の動きも特に無く、群れの中心地から動きません」

「ほう」

「ただ、魔法陣より出現する敵の数が、こちらが殲滅するものを上回るスピードであり、このままでは数に押されてしまうと思われます。以上です」

「了解した。引き続き前線で何かあったら伝令を頼む」

「ハッ！失礼します」

　大将軍が若き軍師に顔を向ける。

「どう観る？」

「ハッ。恐らく、ですが。

　悪魔たちの魔法陣に召喚された者は、無理矢理に呼び出されたものであり、本来の力を発揮する事が出来ないと推測されます」

「ふむ」

「ただ、現状このままでは戦局は厳しくなる一方です」

「そうだな」

「大元である魔法陣を何とかするしか無いと」

「ふむ。しかし、手が足りぬな。戦線を支えるだけで手一杯だ」

「ええ。しかし、このままでは戦況が悪化するばかりかと」

「勇者パーティからの報告はないか」

「ハッ、未だ交戦中とのことです。新たな報告は無いと」

「そうか。未だ討てぬか」

　歯痒い思いをしていると、バタバタと足音が近づいくる。

「報告します！」

　新たな伝令が到着した。

「聞こう」

「ハッ！神聖国より援軍が到着されました。

　伝言を承っているので伝えさせていただきます。

　大聖女様以下聖女様が五人。

　聖騎士団五十人がそのまま前線へ向かう。

　シスター以下十数名を残して行くので、こちらの治癒要因として使って欲しいとの事です」

「了解した。戻れ」

「ハッ」

「軍師よ、好機だ。

　これより反撃に出る。

　ワシが前線部隊を率いる故、ここの指揮を頼む」

「了解しました。ご武運を」

　大将軍は直ぐに前線に赴き、そして待望の援軍との合流を果たした。

　聖騎士団は既に隊列を組み終わり、突撃寸前であった。

　その先頭で見知った顔を見つける。

「大聖女様！」

「おお、将軍か。久しいな」

　大聖女マリアだった。

　色気たっぷりの美女であり、神聖国の国主である。

　金の刺繍が施された青い聖女の衣を身に纏い、見るからに神器である大聖女の杖を持っている。

　将軍は片膝をついた騎士の礼をとって頭を下げた。

「迅速な対応感謝致します。

　これより前線を押し上げ、全軍で大攻勢を仕掛けます」

「わかった。我らは中央突破して不死の魔王を引き受ける」

「ハッ！了解であります」

「不死の魔王を討伐次第、悪魔の群れを撃滅とする」

「ハッ！その頃には私も合流をして――」

「ん？」

「は？」

　突然、辺りが暗くなり、大空、遥か遠方からの雷鳴が響いてくる。

　ゴロゴロゴロゴロ

　一同、雷雲かと空を見上げるが、しかし。

「お、おい！空を見ろ！」

「な、何だ、アレ、は？」

　それは、雷雲などでは無かった。

　大空を支配していたもの。

　その正体は、空一面を覆ってしまうような幾何学模様、特大の魔法陣だった。

　圧倒的な迫力で蒼い閃雷を光らせ、ゴロゴロと音を鳴らしている。

「こ、これは、一体……」

「だ、大聖女様、これは……」

　それは、まるで、天より神が降臨してくるような、そんな人智を超える光景だった。

　◇◇◇◇◇

　同刻。

　戦場から遠く離れた東の地にて。

「きゃっきゃっきゃ」

　ローズちゃん０歳は、パパとの逢瀬の真っ最中だった。

「はっはっは。ローズちゃん。

　そんなにパパのお髭が好きなのか。

　それそれ～」

　お気に入りであるパパのお髭を、まん丸ほっぺでサワサワと堪能し、きゃっきゃと無邪気な天使を演じている。

　―――ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ、ぬ。

　その内側では、神域なる魔力を、この上なく練り上げていた。

　それはもう、不覚にも粗相してしまうほどの一生懸命に。

　練って練って練って練って、この上なく練りまくり。

　それが、キンキンに高まったところで狙いを定め。

　―――さぁ、いっくわよー。

　スウウと息を吸って、赤ちゃん言葉で告げる。

「あ～う、あうあ～」

　―――【雷神の鉄槌（トール・ハンマー）】！

　究極にして至上、それは神がなさる業。

　人類では到達する事のありえない極致魔法、そのトリガーを引いたのだった。

　◇◇◇◇◇

　戦場。

　ピカッ！

　一瞬の蒼い閃光がその場を支配した。

　ズドーーーーーーーン！！！！！

　大地が盛大に揺れ、刹那に遅れての大爆音に総身が打ち震える。

　人族も、悪魔も、知能の低いアンデッドも、思考する事の無い白猫の眷属までもが、時が止まったかの如く金縛りとなった。

　戦場にいる生きとし生ける全ての者たち、その心胆を寒からしめてみせたのは神なる雷である。

　それが悪魔たちが囲う魔法陣を直撃したのだった。

　結果。

　七十の悪魔が綺麗さっぱりに全滅。

　チリ一つ残らずに消滅となる。

　悪魔はいつかは復活する存在である。大抵は百年くらいのものだ。

　しかし、その膨大なエネルギーは千年の時を要するものであった。

　まさにそれは、神罰である。

　◇◇◇◇◇

「ば～ぶ～」

　―――はっはっは。腐れ悪魔どもめ、神の裁きを思い知ったか。

「おお、ローズちゃん、ますますのご機嫌だね～」

「は～い」

　―――頑張ったのよ、パパ。ご褒美のヒゲヒゲ～。

　ローズちゃん０歳は手をパチパチと叩いた後、ご満悦でパパのお髭を貪るようにして堪能し続けた。