ローズちゃん0歳。ブルって寝落ちをしてしまう。

 殺気溢れる戦場とは打って変わって、母上様の寝室は一家団欒の、ほのぼのとした空気の只中にあった。


「ほーら、ローズちゃん。お髭だよ〜」


 私はパパの腕に抱かれてきゃっきゃとお髭を弄びながら、先程の余韻に浸っている。

 母上様はベッドの上でダラけている。

 元王女様とは思えない格好、寝巻き姿で腹を出してのリラックスモードである。

 明日に備えて、いつでも眠れる状態というところだ。


 私はお髭をサワサワと堪能しながら思う。


 うむ。出来たよ。神が扱うとされる極致魔法。


雷神の鉄槌トール・ハンマー


 人の身、それも赤子でだ。

 アレは神なるゼウスの兄である雷神トールの十八番だ。

 愚者に罰を与える時に使う、文字通りの雷を落とすという奴だ。

 神の雷は燃えないのだ。消し炭にもなり得ない。

 チリ一つ残らずに、全てが消滅するのだ。

 エコだな。領内のゴミ掃除にも役立ちそうだ。

 率先して手伝う所存である。

 ともあれそれが出来たよ。

 流石は神域にまで到達している我が魔力という事か。


 たかが悪魔共めが。

 とにかく調子に乗ったやつらが気に食わなかった。

 死人を無理矢理召喚するという胸糞悪い事をしやがってからに。

 召喚された奴らも本意ではないのだろう。動きは悪いし。

 不死の魔王も全然動いていなかったしな。

 ポケーっと突っ立ってただけだし。

 どんな気持ちなんだアレ?

 まぁ、とにかく一掃出来たので気分は爽快である。


 私には全属性に素質がある。

 全能神の魂が混じっているのだからそれもそうだ。

 神なるゼウスと超人でボインな母上様と、お髭が素敵でダンディな超弱いパパたちの娘という訳だ。

 完全なるイレギュラーな存在。それは勇者ですらも完全に超越している。

 勇者は正義の心を持つ清らかな人物が、女神の加護を得て聖剣を貰い受けただけだ。

 元は純粋な人族だ。

 私は神とのハーフみたいなものだからな。

 神の記憶もトレース済みだし。

 まぁ余りにも膨大すぎて百分の一にも満たない量だけどね。

 何せ神の記憶は何億年とあるのだから。


 それはともかく。


 どうやら私は雷の才が飛び抜けているらしい。

 森で放った電撃という魔法は、私の中では一番弱い攻撃魔法である。

 狼を丸焼きにする程度のつもりで放ったのだ。

 それがアレほどの威力を発揮するとは。

 木々を軒並み消し去り、あの大森林が開通するほどの一本道を作ってしまった。

 馬車も通れるくらいの幅でだ。

 で、だ。

 もしかしたらという思いで、雷神トールを思い浮かべたら魔法陣が思い浮かんだのだ。

 それが普通に発動して、悪魔共の度肝を抜いてやったよ。

 今回は気絶をしなかった。

 どうやら耐性がついてきたらしい。

 疲労感は凄いけどね。ぐったりだ。腹も空いたしな。

 とりあえず、戦局は落ち着くことだろう。


 ああ、疲れたな、少し休んでから次の手を講じなければ、と考えていると。


「うーむ」


 パパはローズをマジマジと見つめながら、それにしてもと続ける。


「ねぇ、ティア。

 ローズちゃん、成長早くない?」


 あ、やっぱり気づいたか。

 そりゃそうだよ。気付かない方がおかしい。

 間違い探しどころではないほどに違っているのだよ。

 たった数時間の間に。

 そう。私は成長していたのだ。

 それはもう、すくすくと。

 異常な程に。

 出産時の体重は三キロ程度だったはずだ。

 しかし、今の体重は五キロはあるだろう。

 首も据わり全体的に肉がつき、とっても丸々としている。

 決してデブではない。まだぽっちゃりだ。

 乙女に豚だと言ってはならないよ、マイダディ。


「髪の毛も長くなっているし」


 そう。髪も伸びたのだ。

 産毛が薄っすらとしていた頭が今ではフサフサだ。

 ショートボブくらいはある。

 イメチェンしたくらいに別人である。

 天使から超天使に格上げだ。


「白髪かと思ったんだけど、これは銀髪だね。

 艶がある。キラキラと輝いているよ。

 ハハっ。なんだか神様みたいだね」


 銀髪は人族の国では存在しない。

 魔物のフェンリルか神話に出てくる神様くらいだ。

 私は神なるゼウスの魂が混ざっているのだから、双子の妹、末っ子と言っても良いだろう。

 あんなダメ女神、別にどうでもいいがな。


「えー?」


 ベッドの上のボインな母上様は大の字のままに微動だにせず。

 平然と、それがどうしたとばかりに口を開く。


「元気なんでしょ」


「うん」


「別に健康ならば、それで良いじゃない」


 おおらかというか、王者の気質というか、細かいことは気にしないらしい。

 まぁそんな気はしていたが。

 豪胆とはこの人の事を言うのだろう。


「いや〜、まぁそうなんだけど」


「私の娘なんだから、こんなことは普通の事よ」


 普通と言い切る母上様が決して普通ではないと思う件。

 私の成長が早いのは超人である母上様の母乳に秘密がある氣がする。

 この人、素の肉体スペックがおかしいし。

 それは私にも受け継がれているようだし。


「ま、それもそうか、ハハハ」


「そうよ。元気ならばいいのよ、生きてさえいれば、うふふ」


「………。」


 何やら見つめ合い、甘い空気を醸し出した仲の良い夫婦の様子を、部屋の隅で静かに伺っている一人の侍女服姿の女性がいた。

 リル・カリファ 三十歳。

 去年二人目の子を産んだ彼女は母上様の侍女だ。

 テレスティアの不在時にローズの面倒をみる為の乳母に選ばれた。

 こんな規格外な赤ちゃんの乳母が私に務まるのか、戦々恐々としている。


 ぎゅるるるるるるる。


 ローズの腹が盛大に鳴った。


 あ、もうお腹が空いたようだ。三十分と持たないぞ。

 燃費が悪過ぎる。

 直ぐにエネルギーへと変換されるからなのか成長も早くなる。


「ん?ローズちゃん、お腹空いたんでちゅか〜。

 ちょっと待ってね〜」


 パパはベッドの横に歩み寄り、母上様に私を献上した。


「はい、ティア、お願い」


 ティアって呼んでいるのか。ティアママか。

 まぁ私は母上様って呼ぶが。

 一家の長だ。何よりも敬わなくてはならない。


「はいはい」と受け取り、ペロンと出したお乳に私はパクッとする。


 親鳥から餌を貰うヒナになった気分だ。

 早く肉が食いたいものだ。

 歯がないから当分は無理か、残念。

 ともかくエネルギー補給だ。


 母上様のお乳って栄養素が豊富なんだろうな、超人だし、成長早いしなと思いながらも策を練る。


 今現在、あの戦場には人族の最高戦力が集っている。

 私は大魔王の討伐と共に人族の進化も促されている。

 戦後も重要という事だ。

 悪魔共はまだ強力な奴らが残っている。

 戦場にいる人達では、ちょっと厳しい相手だ。

 これ以上貴重な戦力を減らしたくはない。

 エネルギーが溜まり次第、次の策を講じなければ。


 ―――あ、勇者ってどうなったんだ?


 と考えていたところで、満腹となったローズを襲ったのは強烈な眠気だった。

 赤子の身では抗うことなど出来ず、ローズはシッコ漏らしてブルったところで寝落ちした。





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