生後三時間が経ちました。

 母上様のお乳に貪りついて満足した後。

 私は寝た。

 この身体はいかんせん睡眠を欲する。

 直ぐに寝落ちしてしまう。

 腹が空いてはおぎゃり、気絶したように眠る。

 シッコしては起きておぎゃり、オシメを変えてもらっては寝落ちする。


 小まめに寝るとおぎゃるの繰り返しだ。


 生後三時間が経過した。


 そろそろおぎゃるのも面倒になって来たところで。


「テレスティアー!」


 扉の外から母上様を呼ぶ声がした。

 ドタバタと足音が近づいてくる。

 ノックもせずにバーンと扉が開いて、パパ登場。

 凄い勢いで入室して来た。

 あ、ステーンと盛大にすっ転んだよ。


「いてて」


「ラルフ、大丈夫?」


 パパは母上様を労ってから、ベビーベッドの私を覗き見た。


「おお、ローズちゃん。初めまして、パパだよ。

 無事に産まれてくれてありがとう」


 まぁ、一回死んだけどね。

 喋れないからスルーだが。

 ショック受けそうだしな。

 良し、ここはエンジェルスマイルをプレゼントしてあげよう。


「うんうん、可愛いね。元気そうで何よりだよ」


 パパは頷きながら顎髭を撫でた。


 それにしても、うむ。

 なんとも立派なお髭である。

 なんかこう、お腹の辺りをサワサワとして貰いたくなる、そんなお髭だ。

 とっても気持ちが良さそうだ。

 母上様はボインをサワサワとさせてそうだな。

 いいな、それ。

 未来の旦那には、立派なお髭を蓄えて貰うとしようではないか。

 それに、カッコいいな、パパ。

 シュッとしててダンディだ。

 母上様の美貌にも見劣りしないくらいだ。

 まぁ細くて超絶に弱そうだが。

 赤子の私でも余裕で勝てるな。

 魔法使えるし。電撃飛ばせば瞬殺だよ。

 絶対にしないけど。


「テレスティアにそっくりだね。強くて美人な娘になりそうだ」


「強くて美人になるのは当然よ。私の娘なのだから」


 うむ。それは間違いない。

 確信している。

 超絶美形の二人の娘だ。美形しか産まれないだろう。

 しっかし、だ。それにしても、だ。

 母上様は化け物みたいに強いな。

 強者のオーラが滲み出ているし。

 この神眼は全てを見透せるのだ。

 一目見ただけで、強さとか、敵意とか好意とかも感知出来る。

 目を閉じていても見える。

 此処ではない、凄い遠くの物も見えるし。

 どこでも覗き放題だよ。

 しないけど。犯罪行為はダメ。

 正義の心を宿しているからね。

 あ、思い出した。

 母上様の半生も経験してたわ。


 テレスティア・アルファ・ザッツバーグ


 この国の女王陛下の双子の妹である。

 元第二王女にして現公爵閣下。

 炎の姫騎士という二つ名を持つ、うちの国で一番強い人だ。

 竜を単独で討伐した女傑だったわ。

 すげーな、私の母上様。ボインだし、超絶な美貌だし。


 しばし。


 ボケーっとイチャつく二人を眺めていたら、真面目な話が始まった。


 母上様が神妙な顔つきとなり、それでと切り出す。


「魔族との戦争はどうなったの?」


「うん。三年前と同じところで開戦したみたいだ。

 ライトニア王国の北、魔族領との国境いの荒地で。

 悪魔に不死の魔王が参戦してきて、激戦になっているみたいだよ」


「悪魔?」


「うん、魔族の始祖が今回の魔王軍の主力みたい。

 それが不死の魔王を蘇らせたみたいだよ」


「なるほど、わかった。明日、出陣するわ」


「ええっ!」

 

 私もええっ!だよ。行くのかよ!


「止めないでね、ラルフ。

 びっくりするくらいの安産だったんだから。

 今日一日休めば、完全に回復しているわ」


 いや。危うく死産だったんだけど、言わないけど。


「いやいや、いくらなんでも」


「いいえ、行くわ。

 無事にローズも産まれたし。

 ウチは私が行かないと条約違反になっちゃうでしょう?」


「それはそうだけど、流石に事情があるのだから」


「大丈夫。私は強いから。勇者にだって負けない自信があるわ」


 知ってる。

 母上様は歴代の勇者にも引けを取らない強さだ。

 女神の聖剣というハンデを負っての互角だ。

 武器無しの殴り合いなら普通に勝っちゃうだろう。

 竜を単独で撃破した超人である。

 美人でカッコいいし、本物のスーパーヒーローだよ。

 女王陛下の言うことも碌に聞かない自由気ままな性格で脳筋だけど。

 まぁそれも魅力か。

 でもな、うちの国、母上様しか強い人いないからな。

 足手まといばかりゾロゾロと連れていってもな。 

 ああ、心配だ。

 母上様の命がかかっているとなれば、呑気に成長を待っていられなくなった。


 今の私に出来る事はないか?

 真面目に考えるとするか。

 えーと、明日出発するとして、王城にある転移魔法陣での移動を考えると、半日というところか。

 タイムリミットは明日の夕方頃かな。

 それまでに叡智の記憶を探るなりして考えておくとしよう。


「ふぁぁ」


 というところで、大欠伸をするローズは眠気がピークを迎えて寝た。


 夢を見た。 


 剣聖リュウキと大魔法使いリュークの兄弟の夢を。

 大悪魔を前にしても勇敢に立ち向かった姿は勇ましかった。

 私の神眼で覗いた悪魔との戦力差は明白だった。

 肉体スペックがまるで違う。

 分厚い防御障壁に、五体を破損しても復活するという肉体。

 大魔導士であるリュークの十倍はあろうかという圧倒的な魔力だ。

 初めから勝ち目などない。

 それを彼らは逃げずに白旗を上げる事もせず、顔を下げる事なく前を向いたままに。

 最後は躊躇なく魂を燃やして限界を超え、そして一矢報いていた。

 そのなんとも美しい姿に、私は感銘を受けたのだ。

 そして誓った。偉大なる先人に敬意を込めて。


 ―――安心して、必ず仇は取るから。


 絶対に地獄を見せてあげるから。

 傲慢な奴らに見せつけてあげるよ。

 研鑽した技に圧倒的な魔力が加わったら、どんなケミストリーを巻き起こすのかを。

 まぁ、勇者が仇を取ってくれるかも知れないけど。

 だが、大魔王は無理だ。あれは神の領域に住まう超越者である。

 水と闇の双子の女神でさえも怪しいところだ。

 弱すぎるだろ。ダメ女神め。

 此処は救世主たるわたくしに任せなさい。

 

 それにしても、気になった事がある。

 聖女アニエスはモテモテだったな。

 勇者パーティ、ハーレム状態じゃないか。

 とんだ小悪魔な聖女様だ。

 とんでもねーな。

 なんて、羨ましい。今後の参考にしようではないか。


 と、思ったところで目が覚めた。


 両親は居なかった。

 何処かでチュッチュしてそうだな。

 ヒゲとボインでサワサワしてるのかな?

 是非拝見したいところだが。


 まぁいい。


 夕日が差し込んでくるということは、もう夕方か?

 母上様が明日出陣となると悠長にしていられなくなった。

 時間がない。

 今の内に出来る事を確認しておこう。

 まずは身体の具合からだ。


 全身に力を込めて踏ん張ってみる。


 ふん!ほっ!


 プップとオナラ出た。失礼。


 改めまして。


 おおお!つおおおおっ!おおおおおお!


 だ、だめだ。

 寝返りも打てやしない。

 手をグーパーにするくらいしか出来ぬ。

 チョキは無理だった。

 まあ産まれて一日も経っていないのだ。

 母上様について行く事は叶わないか。

 身体を動かす事は無理、と。

 直ぐに眠くなるし、戦場に赴くのは現実的ではないから諦めるとするか。


 だけど、魔法は使えるのだ。


 使おうとすると、目の前に魔法陣が浮かび上がるのだ。

 これに魔力を注ぎ込めば発動する、と。

 魔力は無尽蔵に馬鹿みたいにある。

 あらゆる種族を飛び越えて、神の域にまで到達しているよ。

 既に双子の女神と同じくらいだ。

 ここからさらに成長するのだから、アイツらを抜くのは時間の問題である。

 まぁなんか、神と人族のハーフみたいなモノだからな、私は。

 蘇生した時に全知全能の神の魂を混ぜて癒したらしいし。

 死者を蘇らせるのはそれくらいのことをしなければならない、魔法でおいそれとは出来ないようだ。

 ともあれ、次に使えるものは神眼か。

 ここではない遠くの場所を見る事が可能である。

 例えば、今、魔王軍と戦っている戦場を覗く事が出来る。

 場所を探らなければならないけどね。

 ん、まてよ。

 魔法に神眼。

 ………

 そうか、コレをこうすれば戦場に介入出来るはずだ。


 ローズはイケるな、この方法なら、と、確信したところで寝落ちした。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る