第6話 救世主とのデート


 待ち合わせ場所でいつまでも二人棒立ちというのも決まりが悪いので、俺はとりあえず緒墓を促し一緒に歩き出した。




 俺は制服で来たが、緒墓もスリムジーンズにベージュのパンプス、上は少しダボっとした白シャツというカジュアルな服装だった。




 デート相手が緒墓だと分かった時、様々な思いが浮かんで感情は複雑だった。ただ一つだけ言えるのは、俺が今現在最も気遣いとか虚栄心とかそんなものを必要以上に必要としない相手であるため、一気に気持ちが楽になったということだ。




「お前上から落ちてきたけど、ビックリしたわ」ひとまず当たり障りのない落としどころで会話をスタートさせよう。




「デートならばサプライズはつきものでしょう」




「サプライズのためだけに校門横の木の上でずうっと待ってたのか?」




「待ち合わせに早く着きすぎて、木に登ってしまう現象はデートにつきものでしょう」




「いつから木の上にいたんだよ」




「全然待ってないから気にしないで。でも、亜介くん何度も口臭を確認していて感心した」




「ほとんど序盤からずっと見てたな!じゃあ声かけろよ」




「だって亜介くん、その後も声の出し方の練習してたり、おもむろにストレッチ始めたり、次はどんな行動を取るんだろうって興味が湧いてきて声をかけるのが惜しくなっちゃった」




「くあーーー!」恥ずかしさでどっと額から汗が吹き出してきた。そう、俺は土曜の朝で人気が少なかったため大いに油断し、デートに備えて様々な準備をしていたのだ。それらほぼすべて緒墓に観察されていたと考えると顔から火が出そうだ。




「誰にも言うなよ」




「言わない。そもそも私は亜介くんくらいしか話せる友人がいないから大丈夫」




「・・・」不自然でない程度に緒墓の横顔を盗み見る。いつだって変わらず無表情なその顔からは特別悲壮感など伝わってこないが、冗談を言ったようには見えない。




 ふと気付く。正確な経緯は分からないが、緒墓は俺より先に特進科に所属していて、水流添高校に入学してから大半の生活を特進科の生徒として過ごしてきたのではないか。




 昨日の夜、夕食を取るため寮の食堂に行ったが、広い食堂に集まったのは俺と緒墓と、あのやかましい百々目綺或雷の3人だけだった。




 他にも生徒がいる可能性はあるが、何せ公式のパンフレットの類にも掲載されていない謎のクラスだから特進科の生徒が俺含め3人しかいないのならば、水流添高校で友人がいないのもいたしかたないだろう。




「まあ禿さんは先生だし、もう一人のクラスメイトはあの猛烈イノシシ女だからな。特進科にいる限りコミュニケーションに飢えるのも分かる」




「勘違いオブザイヤーノミネートね。あいにく、私はずっとひとりよ。この高校に来る前も友人なんて高級品は持ち合わせていなかったの」




「言いすぎだろ。小学校とか中学で友達の1人ぐらいはいたはずだって」




「じゃあ今から、記憶を遡って小・中学時代の友人の数を再調査するわね。えーと、小学校低学年がああで、高学年になってこう、そして中学校に入学してからそういうわけだから・・・」緒墓はわざとらしく右斜め上を見ながら指を折って数え始め、最終的に両手の親指と人差し指で輪をつくり「合計ゼロよ」と悲哀に満ちた報告をするのだった。




「こんなバチェラーしてる私と違って、亜介くんは良い友人に恵まれていそうね」




「バチェラーは独身男性って意味な。絶妙に使い方間違ってるぞ」ややトーンを抑えて優しくつっこみ、それに、と言葉を続ける「この高校に来てからはお前と一緒みたいなもんだ」




「それはとても気の毒だわ。絶望的状況だけれど、元気出せ」




「おかしくね?お前が悲しいこと言うから話合わせたのに!」




 せっかくの思いやりを反故にされ調子が狂うが、緒墓の雰囲気に悲壮感は漂っておらず、間違っても泣き出しそうなどというような様子ではない。しかしながら、万が一本当に緒墓の話が真実であったならば相当辛い経験だったに違いない。




 僅かな期間ではあるが、孤独に苛まれ苦しんだ者として、緒墓の心境が分かるからこそ、今後は緒墓と話す際、昔の友人や学校生活に関して触れるのは避けるよう心がけねば。




「友達100人いるやつより、お前の方が俺は頼もしいぞ」




「そうかしら?まずはありがとう」素直に俺の言葉を受け入れる気のない緒墓は、じっと俺の目を見て「でも、例えばどういう風に?」と問うてくる。




「え?それはだな、例えば~、え~と」






「例えて、見事に」




「例えば、俺がピンチの時!」




「美名口くんのピンチなら、私以外の人もみんな助けてくれると思うわ」




「い~や、そんな生易しいピンチじゃなくてだな。この学校の生徒全員が断崖絶壁にギリギリつかまっていて、今にも落ちそうなシチュエーションに置かれているとする」




「とんだディストピアね。どのような過程を経てそのシチュエーションは完成したのかしら。前提条件として踏まえたいからご教示くださらない?」




「修学旅行で断崖絶壁見学ツアーに行ったら前代未聞の風速8万メートルが吹いたの!あんま細かいところにつっかかるな」




「びっくりするほどディストピアね」




「んで、俺もその断崖絶壁につかまっているんだけど、そこに森の奥からお前が颯爽と登場するんだ」




「森だったんだ」




「するとどうなると思う?」




「とりあえず私はそこでお弁当を食べるかもしれない」




「・・・としよう。周囲からはどんな音が聞こえてくるだろうか?」




「普通に考えて、地獄絵図の阿鼻叫喚ね、助けて―とか」




「SOU!そうなんだ!そこで友人がいないというお前は、あまたの助けを求める声の中からだれを選ぶ?つまりそれは俺なんだよ!」




「確かに。せっかくなら知っている人から助けようと考えるのが人情ね」




「だから俺にとってお前は最高のソーテールなんだ!!」




「ソー、何?今何語の何といったの?」




「何でもない。だからお前は頼もしいって結論だ」




「なるほど。少しだけ美名口くんのことが分かった気がするわ」グッと俺に無表情の顔を近付け、自分のあごを手に乗せ俺の目を覗き込み、「とっても愉快な中二病ね」と言った緒墓は少し眉毛がハの字型になり、目が細くなった。




 そしてクルリと前を向いて「さあて、どこに行きましょうか」とふわりと歩き出した。




「お前、今少し笑ったか?」




 先を歩く緒墓を追いかけて顔を覗き込んで確認してやろう。きっといつもの無表情に違いないが、まだまだデートはこれからだ。上矢からのミッション、デート中に相手を笑顔にする、は俺なら簡単にクリアーできるはずだ。




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