第7話 駆け引きデート


「それに、1人じゃな~んもできないやつは“浅い”からな」




「なんだか美名口くんの嫉妬が込められているようでその言葉は胸に響かないわ」




 たわいもない会話で和やかな雰囲気を保ちつつ、記念すべきデート一発目の目的地について緒墓とあれこれ話しているうちに、お互い朝はまだ何も食べていないということで、朝ご飯を食べに行こうと決まった。




 最初緒墓は、「朝ご飯なら、一旦寮に戻ればいいんじゃない?その方が経済的よ」などと提案してきたのだけれど、デートと銘打った1日を過ごすにあたって、今さっき2人ともが出てきた寮に戻るのは何だかしみったれているように思えた。




 だから「あっちゃ~、今日の朝飯は2人分不要ですって禿さんに既に言っちゃってたわ~」とか言って上手く緒墓を丸め込み、学校近くのオシャレなカフェにモーニングを食べに行く方針となった。




「ところで美名口くんがカフェなんてものを紹介&案内してくれるオシャンティーだとは根耳にミミズ、藪から暴雨ね」




「おうおう、瓢箪からベイブレード、も追加してくれたまえ」




「ダウト。瓢箪から駒、のコマは独楽ではなく馬を表す駒なの。あ、ごめんなさい。仮にもデートで誤ったことわざを披露した男性、と認定することでプライドを傷つけてしまわないためにもここは敢えて気付かぬふりをし、さらにはあはは、などと軽く受け流すべき場面だったにもかかわらず、知識に裏打ちされた私の国語力がつい誤りを訂正する許可を口に出してしまったの。でもまださっきのベイブレードの件くだりが美名口くん渾身のギャグだった可能性もあるわね。・・・でもそうだとしたら私は渾身の超絶面白ギャグに対して見当はずれな返事をしたことになってしまい、結局八方ふさがりな私」




「よくそんなペラペラ喋れるなぁ!てか1ミスでどんだけマウント取ってくるんだよ!」




「真相は藪の中、カッコ芥川龍之介著藪の中より引用カッコ閉じる、ね」






 そんなこんなで俺と国語力女は目的のオシャレカフェに到着した。「ここ?」と尋ねてくる緒墓に少々胸を張って「そうだ」と答える。




 このカフェに自分で来たことはないが、クラスの女子連中がよく口にしていたカフェだということは把握していた。




 こんなに大きなカフェなのだから、きっと緒墓ぐらいの年の女子には人気に違いない。




「カメダ珈琲という。知らなかったか?」




「日本のカフェの中で店舗数・人気ともに上位3番以内に位置する、思いっきり全国チェーンよ」




「何ィーーー!?」




「いいじゃない、私カメダ行ったことないの。楽しみだわ」




 緒墓は楚々とカメダ珈琲の自動ドアを通って店の中に入っていった。出鼻をくじかれた俺は憎々しげにカメダ珈琲の看板を一瞥した後に、同様に入店したのだった。




 田舎で育った俺からしてみたら、このカメダ珈琲は十分に立派なオシャレカフェである。まさかマクドナルドやセブンイレブンなどと一緒で全国展開しているとはつゆも思わなかったが、要は気の持ちようだ。




 緒墓だって喜んでいるようだったし、デートで全国チェーンの店に連れて行かれることで気を悪くするようなやつではないだろう。




「さて、私は定番のモーニングにするつもりだけど、美名口くんは?」




 席に着くとメニュー表も見ずに注文を決める緒墓に少々面食らう。俺は注文を即決できない性分で、とあるファミレスで席に着いてから注文まで最高30分迷ったこともあるほどなのだ。




 サッとメニュー表を開くと、豊富なメニューにこれまた面食らう。選べない!15分は思考に時間をいただきたいところだ。




 しかし今はデート。そうも言ってられない。一説には注文でまごつく男性は女性から嫌われるというジンクスがあると聞いたことがある。この瞬間だけは自分の真に食べたいものを見極めるよりも、サッサと注文を決めて決断力のアピールをするべきだ。




 その時俺の目に1つの写真が目に飛び込んできた。これだ。これがいい。名前もオシャレな感じでいい印象を与えられるに違いない。




「俺は、これにしよう」




「ホントに?朝から大丈夫?」




「スウィーツに目がなくてな。甘いものは大好きなんだ」




「そう。じゃあ店員さんを呼ぶわね。スタッフぅ~!」




「やめろ!外部の人間を巻き込むな!」




 その後、緒墓が頼んだアイスコーヒーとトースト・ゆで卵のモーニング、そして俺の頼んだシロノワールが運ばれてきた。




「これは?」




「まごうことなきシロノワールその人よ。美名口くん、動揺しているのワール?」




「は、ははは」




 目の前には巨大な円盤状のドーナツのようなものの上にクリームが乗せられたものが届いたが、驚愕したのはその実際のサイズ感だった。写真で見たものより数段大きい。絶対に朝からこれはキツい。




「もし食べきれなかったらその時は私も手伝うから」




「心配ご無用。これくらい、俺にとっては朝飯前だァ!」




「いただきまーす」




 俺は無心になって茶色と白の化物を口に運んだ。食べても食べても減らないシロノワールと懸命に格闘した。




 時折緒墓から「体を揺らすと胃の内容物が下にいってまた胃にスペースができるわ」などとアドバイスを受け、何とかかんとか完食にこぎつけられた。




 今日1日もう甘いものはいらないだろう。それなりにダメージを負ったが、無事食べきれて緒墓に恰好悪いところを見せずに済んだ。




「これで朝食は済ませたな。次どこか行きたいところはあるか?」




「ぜひ京都駅に行きたいと思っていたの」




「駅?に行きたいのか?そこからどこかに行く、とかではなく?」




「京都駅って素敵じゃない?近代的でかつ、どこか荘厳な趣を感じるの」




「そうなのか。そのへん俺は詳しくないけど、お前の行きたいところに行こう」




「それに京都駅には拉麺小路といって全国屈指のラーメン屋が集まった夢のエリアがあるの。お昼は必ずそこで食べましょう」




「もう昼飯のこと考えてるのかよ。シロノワールが胃に鎮座してるぜ」




「異動してたらすぐお腹も減るわ、きっと」




 会計するに当たって、男が全部払うべきなのかと推敲したが、緒墓がレジで先に「支払いは別々で」と言ってくれたため悩まずに済んだ。店を出ると、太陽の位置が高くなりつつあり、入店時よりもムッとした気温が俺と緒墓を包んだ。




「夏来たれりって感じね。美名口くんは四季を擬人化した場合、夏さん、もしくは夏くんは四季4人の中でどんな存在だと考察するの?」




「何の話?Googleの入社試験?」




「まずもって夏くんは熱い人だと想定されがちなんだけど、ほんとにそうかしら?」




「ただの体温が高いデブだと言いたいのか」




「その発想は無かったわ、さすがね。そう考えると夏に対するイメージが変わってきそう」




「夏って急な夕立が多い季節だが、あれってもしかしたら夏デブくんの汗が滴り落ちてきてるのかもな。自分で言ってて気持ち悪くなってきた」




「かぁぁ~~」




 突如横を歩く緒墓の口から、ダース・ベイダーのような吐息が聞こえてくる。顔を覗き込むと口を半開きにした緒墓が宙を見つめていた。「どうした?」と聞くが反応は無い。ただひたすらにダース・ベイダーの吐息が繰り返されるだけだった。




「ちょっとごめんなすって!」




 緒墓がいきなり軽やかに走り出し、少し先を曲がった家と家の間にある路地に入っていった。何かまずいことを言ってしまったのだろうか。さすがに夕立=デブの汗説は気持ち悪すぎたか。




 少し立ち尽くして反省しつつ、緒墓の後を追って俺も路地に入ると同時に、素っ頓狂なほど無表情ないつもの緒墓が出てきた。




「おわぁ!」




「どうしたの美名口くん」




「いや、こっちのセリフだから!お前が急に走っていくから追いかけてきたんだよ!」




「心配をかけたようね。安心して、もう大丈夫よ」




 確かに通常営業の緒墓だった。それにしてもさっきの一瞬は何かが起きていたに違いないのだが、緒墓の顔がそれ以上聞いてくれるなと言っているようで何も言えなくなる。




「うかうかしてると寮の門限時間に間に合わなくなるわ。早く行きましょう」




「そういえばそんな決まり書いてあったな。行くか、京都駅」




 僅かに心に引っかかるものを感じつつ、今は放っておいても問題ないだろう。そう判断して最寄りの地下鉄の駅に向けて再び俺と緒墓は歩き出した。




 後から考えると、この時の俺の行動は実に軽率だったと思わざるを得ない。もっと緒墓に対して何があったのか言及しておくべきだったと考えてもそれは後の祭りなのだ。




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