第5話 課外デート学習


 土曜日の朝7時45分、授業は休みなので部活動の朝練がある生徒以外ほとんど登校する者はいない。




 俺は上矢とかいう特進科の教師が送りつけてきたメールの指示通り、正門のの前で待っていた。




 課外学習とはいったい何なのか、どこに連れていかれるのか全く予想できなかったので逆に手ぶらで来てやった。俺なりのささやかな反抗のつもりで、やる気がないことの意思表示でもある。




 しかし、待ち合わせ場所に来るのが早過ぎたか。せっかくのささやかな反抗にもかかわらず、まるで課外学習が楽しみで待ちきれないような印象を与えてしまう恐れがある。




 そう考え直し、5分前にもう一度戻ってこようと動き出した瞬間、「どこ行くの~?」と気の抜けた声が真後ろからした。




「うわぉわあ!!」振り返ると上矢が立っていた。「いつからそこにいた!?」問い詰めながらも心臓の鼓動が一気に最高潮に高まる。




 確実に今の今まで周囲には俺しかいなかったはずだ。




「ずっといたよ。亜介はポケットに手を突っ込んでこっそりケツポリポリ掻いてたね」




「なっ!違うから!それはその、」




「いいからいいから」子どもをあやすようにひらひら手のひらを振って俺の言葉を制し、「今日のミッションを伝えます」と続けた。




「課外学習のミッション?」




「そうだよ。とっても重要なミッションだ。出来次第では、亜介の運命が決まっちゃうかもよ~」ふざけて人差し指と親指を立てて拳銃のようなポーズを俺のおでこにつきつけてくる。


「あっそ」と軽くいなし、「で、何したらいいの」




「今日は随分とノリイイじゃん!」




「断っても無駄だろどうせ」




「そのとおり!早速ですが、今日のミッションは~、デート!です!」




 上矢が陽気に「熱くなるねェ今日は!ひゅーひゅー」とか軽口を叩いているが、俺は唐突なピンチの訪れに背筋がスッと寒くなる。




 中学時代モテにモテた俺だが、カッコつけて彼女はつくらないというスタンスととっていたため、正直一対一で女子と話すスキルが欠如している。




 さらに最近はクラスで男子とすらろくに会話していないので、デートなんてもってのほかなのだ。




「8時15分にある人物がこの場所に来ます、その人物とデートするのが今日の課外学習です!」両手のひらでハートマークをつくって、上矢が俺を煽る。




「そしてミッションとは!そのデートの最中に必ず相手を笑顔にすること!でぇーす!」




「帰る」




「待てェーーーい」




「先生、ぼく急に体調が悪くなってきまして」




「ふ~ん、いいのかな~。先生はキミを留年させることもできるんだよ」




 上矢がまたしても胸ポケットから俺の転科の事務連絡を取り出して見せる。「この課外学習って成績の対象なの?」驚いて問うと、「当然」となぜか急に高圧的な態度に変わり、加えて無意味な咳払いをかまされた。




「ま、何といってもデートだから!楽しんできてよ!がんば!」




 そう言い残して上矢はさっさと学校の中に消えていった。腕時計を確認すると、時間はすでに8時13分56秒であり、上矢の言葉が正しければ今すぐにでもデート相手がやってくる。




 心構えも何もできていない。




 いったい女子と何を話せばいいのだろう。まずは天気の話が無難だな。次に相手の趣味を聞こう。いや、お見合いか!




 しかし普通の男子なら、もといモテモテイケメン男子ならば初対面の女子と何を話す?想像しろ、脳細胞を最大限に活性させ答えを絞り出せ、俺ェ!






「あの、もしかして美名口亜介さんですか」




 唐突に俺の名前を呼ぶ女性の声がして、「はいィ!?」と声が裏返ってしまった。いよいよデート相手とご対面か。




 とにかくニヒルな笑顔をつくって周囲を見渡した。




「・・・?」




 360度見渡しても誰も周りにいない。「あれ?」




「今行きまーーす」




 またしても正体不明の声が聞こえてくると同時に、ドサッと、何かが背後に落下してきたような気配がした。のけ反って後ろを凝視する。




 そこにいたのは、忍者のように颯爽と着地を決めた、無表情なデート相手だった。




「初めまして。今日はよろしくお願いします。緒墓涼花と申します」




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