6時間目 バナナとゴリラの危険な関係

 ずしーん……ずしーん……ずしーん……!

「……何でしょう。どんどん音が近付いて来るのですですが」

「むぅ……。何だかピリピリするよ。梅ちゃんは何か感じない?」

「嫌な予感がバリバリですよ……。わたし、そういう勘は鈍いのですが……ん?」

「な……何よ、アレ!?」

「ば……化け物ですです!?」

 ずしーん……ずしーん……ずしーん……ずしーん……!


 ?????


「……! このプレッシャー……まさか!」

「失敗でしたな、松川部長。目の前の敵にスマホを使わせるなど、援軍要請しろと言っているも同然でしょうに」

「くっ……! わたくしとしたことが……!」

「どういうことっすか? 神平先輩」

「さっき俺が松川からの連絡を見ただろう。その時に主将に連絡しておいた。もちろんメッセージはあらかじめ用意して、ワンタッチで送信出来るようにしていたが」

「おお! 流石!」

「不覚でしたわ……!」

 ずしーん……ずしーん……ずしーん……ずしーん……ずしーん……!


 ?????


「うぅーん……ハニーは俺が守るぜ……ん?」

「……おはよう。相坂くん。痛みとかはない? 大丈夫?」

「おーぅ、ジョニー……。頭がくらくらするけど、一体何があったんだい……?」

「バスケ部に入ってた上田くんが不意打ちで襲って来たんだ。キミはとっさに新山さんをかばって気絶していた」

「おう、そうだ! ハニーは無事か!?」

「新山さんは大丈夫。ただ、色々凄いヤバイことになっていると言うか……」

「……? そう言えば、さっきから変な音と振動が……って」

 ずしーん……ずしーん……ずしーん……ずしーん……ずしーん……!!!


「……へい、ジョニー。何で金剛力士像がこっちに歩いて来てるんだい?」

「それも上手い表現だね……。松川先輩に言わせると……」

 ――バスケ部はホモサピエンスを超越したような、筋肉もりもり覇王ゴリラ様が率いてます。

「だそうだけど」

「おいおいおいおいおいおいおいおい! ってことは何だ? あの筋肉に筋肉をつけ足したような化け物が……!」

 そう。まんしての登場でした。

 彼こそが、バスケ部における最強の戦士――

 ずしーん……ずしーん……ずしーん……ずしーん……ずしーん……ぴたり。


 ?????


 現れたのは、まさに筋肉の固まりでした。

「……ねえ、梅ちゃん。私の目の錯覚かな……。あの人の頭のてっぺんが廊下の天井についてるよ?」

「わたしにもそう見えますですよ。身長が2メートル以上あるのでしょうか……」

 丸太のような腕と足。身長は2メートルをゆうに超す巨体。猿人えんじんに先祖返りでもしたかのような野性味あふれる風貌ふうぼう

「腕の太さが私の胴体くらいあるんだけれど……」

「いくら何でもそこまでは……。でも握り拳が、わたしたちの頭くらいありますですね……」

「腕も脚もぱっつんぱっつん……。あの学生服ってオーダーメイド?」

「眼光も異常に鋭いですです……」

 内側から盛り上がった筋肉は学生服をはちきらんばかりで、ギリシア彫刻を通り越し、金剛力士像のそれを思わせる圧倒的な迫力と存在感。

「まさに筋骨隆々! ゴリラのような大男だよ、梅ちゃん!」

「いいえ、水野さん。むしろお肌すべすべ、エステ通いをしてムダ毛をキレイに落としたゴリラ!」

 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!


 ?????


「最悪ですわ……。このゴリラ主将が出て来る前に撤退を決めておくべきでした」

「俺に交渉を仕掛けたことが失敗ですな。松川部長らしくもない」

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!


『腹芸か』

《だね》


「えーとさ……。上田くん」

「あ? 何だ、冬ぴー」

「『ガキや女は殴って言うことを聞かせろってーのが、オレの親父の教えだぜ! ついでに電化製品もな! ひゃーっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっ!』」

「ぶっ殺すぞ、この野郎!」

「……ごめん。それより、この男らしい威風堂々とした体格をしたこの人が……」

「くっくっく。へにゃへにゃ野郎のてめえにでも、我らが主将の雄々しさは伝わっているみてえだな!」

「酷い言われようだ……。でも――」

「そうともよ! このお方こそ我らがリーダー! この異能力バトル高校でも最強クラスのパワーファイター……! 3年の木村良夫ことバスケ部のウェルキンゲトリクス主将だぜ!」

 ずっぎゃーん!

「どこからツッコんでいいのやら……!」


 ?????


「……とりあえず、初めまして。僕は1年の冬林と申します。木村ウェルキンゲトリクス先輩でよろしいのでしょうか?」

「おい待て、冬ぴー。てめえは何を普通に初対面の挨拶をしてやがるんだ」

「いや……正直、頭がパニックなんだけど。とりあえず目上の先輩に、挨拶もしないのはアレかなと」

「けっ! いい子ちゃんぶりやがってよぉ!」

 これが僕とウェルキンゲトリクス先輩との初会話。

 しかし――

 ――ふしゅっ! ふしゅっ! ふしゅるるるるる――っ!

「…………はい?」

 彼の口から漏れ出たのは、呻きとも吐息ともつかない一種異様な音声でした。


 ?????


「な……主将! 何でこの野郎にそんなことを言うんすか!」

「えーと……上田くん。今の何?」

「うるせえ! ちょっと主将に褒められたからって、いい気になるんじゃねーぞ!」

「……褒められたの? いや、僕の耳では人間の言葉とすら――」

 ――ふしゅっ! ふしゅっ! ふしゅるるるるる――っ!

「ははーっ! オレなんかにそう言ってくださるのは大変光栄に存じます!」

「だから、一体どんなコミュニケーションが成立してるのさ!」


 ?????


「――フ。流石ですな、主将。敵に対しても認めるべき所は認めるその度量! この1年をあなたについて行こうと、俺は改めて思わせていただきましたぞ……!」

「1人で感激してないで、神平くん。おたくの主将が何を言っていたのか説明してもらえます?」

「ああ、そうでしたな。松川部長。我らがバスケ部主将ウェルキンゲトリクス様は、このようにおっしゃっていたのです――」


 ?????


 ――初めまして。僕は1年の冬林と申します。木村ウェルキンゲトリクス先輩でよろしいのでしょうか?

『うむ。好ましい態度だな、若人よ。我はバスケ部を率いるウェルキンゲトリクスと申すもの。礼儀や敬意を向けられて悪い気のする者はそうおらん。お主のような部員を得たことは、松川の人徳の成せる業であろう』

 ――な……主将! 何でこの野郎にそんなことを言うんすか!

『いや、上田。我が部員よ。そのような考え方は、お前自身にとってもよろしくない。たとえ敵であろうとも、認めるべき美点、耳を傾けるべき主張があれば、貪欲にそれを学び見習い吸収せよ。敵を軽蔑し侮るような人生は、お前自身の成長の可能性をも狭めることになるであろう』

 ――ははーっ! オレなんかにそう言ってくださるのは、大変光栄に存じます!


 ?????


「どうです? 素晴らしいお言葉だとは思いませんか?」

「……やれやれ。相変わらず言うことだけは格好いいですわね、このゴリラ」

「あの……松川先輩?」

「冬林くんたちには説明がまだでしたわよね。彼こそが――」


『――さて、冬林くん。猛獣を罠に誘導しますわよ?』


「木村良夫くん――通称、ウェルキンゲトリクス。バスケ部の部長にして主将。わたくしと同じ3年生で血液型はB型。今年の8月で18歳」

「……色々とツッコミたい所はありますけれど、何でこの人、人間の言葉をしゃべらないんですか?」

 ――ふしゅっ! ふしゅっ! ふしゅるるるるる――っ!

「ほら、また!」

 僕が驚いたのは、全部が演技でもありません。


 ?????


「へっ! 冬ぴーの野郎は、主将が何をおっしゃってるか分からねえみてーだな!」

「仕方あるまい。偉大なる主将のお言葉を理解出来るのは、我らバスケ部の部員たちだけなのだ」

「2人が言っているのは本当です。ウェルキンゲトリクスが口にするのは、通常あの『ふしゅるーふしゅるーふしゅるー』だけで、それ以外をしゃべることは滅多にほとんどありません。しかし何故か同じバスケ部の仲間にだけは、意味が通じているのがこの学校の七不思議」

「松川先輩。それって……」

「そういうウィル能力というわけでもないようですの。1年生でバスケ部に入部して以来、数多くの部活バトルで敵を仕留めて来た彼ですが、その能力はまったく不明。彼と戦って能力を知ってしまった生徒たちは――」

「……全員やっつけられて退学済み? 良し! 逃げましょう」

「こらこらですの」


 ?????


「へっ! 冬ぴーの野郎は、やっぱりただの腰抜けですぜ」

「状況判断が的確だとも言えるがな。我らが主将が出て来たからには有象無象どもでは相手にならん。――ちなみに松川部長殿。我らが主将ウェルキンゲトリクス様はこのようにおっしゃっておりました。

『フ。松川よ。貴様とは1年の時から見知った仲だが、こうして部活の長同士として顔を合わせるのは初めてか。戦乱渦巻く我らが母校。戦いこそが人のごう。お互い全力を尽くして競い合い、悲しくも美しい火花を散らそうではないか!』と」

「クソ喰らえですわよ、このゴリラ」

 黒い笑顔でおっしゃります。


 ?????


「冬林くん、冬林くん! つまり、あの人が悪の親玉ってことでいいのかな? アレをやっつけさえすれば学校の平和に近付くの?」

「……そんなに簡単でもないと思うよ、水野さん。それにキミの【スプーン=スネイク】がウェルキンゲトリクス先輩に通じるか……」

「筋肉だから?」

「……筋肉だから。神平先輩だっているからね」

「むむむむむぅ……!」


 ?????


「へい、ハニー! ここは俺に任せて逃げるんだ!」

「……へい、あんた。いきなり湯飲みを取り出して何をするつもりなんです?」

「フッ……聞いて驚くがいいぜ。今から俺が見せるのは茶道部に伝わる伝統奥義、その名も【茶渋アタック】さ!」

「ウチの伝統を捏造してるんじゃねーですよ! あんたなんかを捨て駒にすることに良心の呵責はないですが、無意味な特攻はやめるですです!」

「茶渋アタック――それはもしや伝説の!?」

「……水野さん。適当なノリで驚いたフリをするのはやめようよ」


 ?????


「ちっ! 相坂の野郎め! 雑魚の分際で格好つけた台詞を言いやがって!」

「相手にするな、上田。どうせ大したことのないハッタリだ」

「あらあらですの」


 ?????


「……それで相坂くん。【茶渋アタック】って一体何?」

「フ。ジョニーに聞かれたからには説明しよう! 【茶渋アタック】……それは俺の【ホーリー=フィンガー】でピカピカにした湯飲みで相手を殴る究極奥義さ!」

「ただの無謀な特攻じゃん! 湯飲みを綺麗にする意味ないじゃん! 茶渋がないのに【茶渋アタック】って変じゃない! そもそも茶道に使う古道具って、ぼやけた感じも味だからピカピカにしたら価値が下がるよ!」

「流石、ジョニー。わびさびの心を理解している。しかし分かってくれ! 男にはやらねばならない時がある!」

「今じゃないよ! 絶対に!」


 ?????


「そうですです! どうせ死ぬなら、もう少し役に立つ所で死になさい! もっとも、あんたなんかにそんな場面が巡って来ることは多分一生ねーですが!」

「梅ちゃんがデレた!」

「デレとらん! アホなことを言ってないで、水野さんたちもあの馬鹿を……!」

「……駄目だ。遅いよ。新山さん」

「行くぜ! ハニーの声援を背に受けて! 必殺茶渋アタ――――――ック!」

「頑張れ! 相坂くん!」

「行くな、ボケぇ!」

「……やれやれですの」


「けっ! 身の程知らずが。迎え撃ちますか? 神平先輩」

「いや、上田。必要ない。あの程度の雑魚ごとき我らが主将が――」

 それは一瞬の出来事でした。


「くたばれーっ! ……へ?」

 ――ふしゅるるるるるぅううううううう……!

「ぎゃふん……!?」

 ずぎゃーん! ずどーん! どんがらがっしゃーん!


「ああっ! 相坂くん!?」

「言わんこっちゃねーですよ! あの馬鹿たれ!」


 ?????


「……松川先輩。今のは一体……?」

「何と言うことですの! 果敢に突進する相坂くんの目の前に、ウェルキンゲトリクスが巨体に似合わぬスピードで出現。後輩たちをかばうように立ち塞がりました。ひるんで足を止めた相坂に岩のような拳ですかさずパンチ。寸止めだったようですが、衝撃波だけで相坂は廊下の向こうまで吹き飛ばされて行きました!」

「……ご丁寧な解説をアリガトウゴザイマス」

「正直、アレが普通に暴れるだけでウチは全滅しますわね。ウィル能力とか関係なしに」

「化け物ですか! あのウェルキンゲトリクス先輩は!」


 ?????


「ひゃーはっはっはっはっは! オレたちの主将は最強だぜ!」

「虎の威を借る狐になるなよ、上田。お前が1人の虎になる素質があると見込んだからこそ、俺は同じ病室で会ったお前をスカウトしたのだ」

「分かってますぜ、神平先輩。――ひゃーはっはっはっはっはっ! 見たかよ、冬ぴー。我らが主将の圧倒的なまでのお力を!」

「……分かっとらんな」

「ああ、うん……。スゴイよね。上田くん」

「けっけっけ! ビビったな? ビビったな? ビビりやがったな!」

「ビビった、ビビった。でも、ちょっと思ったんだけどさ……」

「何だよ」

「ウェルキンゲトリクス先輩の素のパンチの威力がさ、ウィル能力で強化したキミの攻撃力をはるかに上回ってるんじゃないかという気がしたんだけど……」

「ぶっ飛ばされてーのか、この野郎!」


 ?????


「――相坂くん! 大丈夫?」

「ええーい! くたばるではないですよ! あんたがどうなろうと、わたしには関係ないですですが、死なれると寝覚めが悪いにもほどがあるです!」

「ううーん……ハニー……愛しちょるぜ……」

「……! どうでもいいことを寝言で言うな!」


 ?????


「さて、茶道部の皆様よ。主将が出て来られたからには、そちらに勝ち目がないことをご理解いただけましたでしょうな?」

「ひゃーひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ! 思い知ったかよ、雑魚どもが!」

「……上田。やめれ。みっともない」

 ――ふしゅっ! ふしゅっ! ふしゅるるるるる――っ!

「ほれ。我らが主将もお怒りだ」

「ひぃっ!? 申し訳ありませんでしたっす! ウェルキンゲトリクス様!」

「相変わらず独特のノリですわね。バスケ部は……」

 僕と松川先輩がバスケ部と対峙している後ろでは――


 ?????


「畜生! アイツら! 茶道部を舐めた報いは絶対確実に受けさせるです!」

「旦那様をやっつけられて、梅ちゃんが怒り心頭だ!」

「誰があの馬鹿の嫁ですか! 水野さん。アイツら全員の首を獲れますか?」

「……難しいかも。私の【スプーン=スネイク】を使っても、やっつけられるのは1人だけだね。眼鏡先輩の能力で妨害される危険もあるし」

「厳しいですね……。1番厄介に違いないゴリラ野郎のウィル能力も分かっていないですですし……」

「むしろ梅ちゃんの能力で、アイツらをずっぎゃーん! と出来ないかな?」

「……いえ。わたしの能力は戦闘にはまったく向いていないですから」

「何とかカウントだったっけ? 私たちの顔を見て0回とか1回とか言ってたよね」

「良く覚えてますね……。待てよ。アイツらに一泡だけでも噴かせるために――」

「? 梅ちゃん?」

「せめて恥をかかせてやります! 【バナナ=カウント】……って何ですとー!?」

「どしたの?」

「――くっくっく。水野さん。ナイストスでした。偶然ですが、おかげで連中に切り込む隙を見つけたかも知れねーですですよ……!」


 ?????


 ――ふしゅっ! ふしゅっ! ふしゅるるるるる――っ!

「それで神平くん。おたくのゴリラ主将は何とおっしゃっておりますの?」

「ああん? この馬鹿女! 主将に舐めた口たたいてんじゃねーぞ!」

「……上田くんこそ、松川先輩にその態度は何なのさ」

「るせーぞ、冬ぴー! 女の陰に隠れるしか能のねーてめえは黙ってろ」


 ?????


「こらこら、上田。さて茶道部部長殿。我らがバスケ部主将ウェルキンゲトリクス様はこのようにおっしゃっています――」


 ――ここまでだな、松川よ。智謀智略を誇る貴様と言えど、有象無象の1年生を率いてこれ以上の抵抗は出来まい。大人しく我が軍門に下るのならば、バスケ部は寛大な処遇を約束しよう。


「と」

「それは降伏勧告ですかしら?」


 ?????


 ――ふしゅっ! ふしゅっ! ふしゅるるるるる――っ!

「然り。ウェルキンゲトリクス主将は続けてこのようにおっしゃっています――」


 ――お前の優秀な頭脳を我は高く評価している。今年こそ学校の制覇の悲願を達成すべく、バスケ部には有能な人材が必要だ。神平を補佐につけるので、我の部下……否。副将として存分に腕を振るうが良い。


「な……このねーちゃんが、オレらの上司ってことっすか!?」

「上田。我々は主将の方針に従うだけだ」

 動揺したのはバスケ部の上田くんだけではありません。


 ?????


「……どうなさるのですか? 松川先輩」

「あらあら。意識の高いゴリラですわね。でも、意外に好待遇。高く評価してもらってたみたいでビックリですの」

 満面の笑顔で、たっぷりの嫌悪感を表現するという高等テク。

「では、連中の要求を……」

「んー。お話自体は面白そうだと思います。でもね、冬林くん。わたくしにも譲れないものはありますの。……あのね、ウェルキンゲトリクス。わたくしがバスケ部に行ったとして、残りの部員たちはどうなりますの?」

 ――ふしゅっ! ふしゅっ! ふしゅるるるるる――っ!

「我らが主将ウェルキンゲトリクス様はこのようにおっしゃっています――」


 ――すまぬがお前の下にいる者たちを、我はさほど評価していない。茶道部を解散しろとは言わぬので、後は自分たちの才覚で生き延びてみせるが良い。


「と」

「何様ですわよ、このゴリラ」


 ?????


「しかし、松川部長殿。……弱者は強者に従い生きるしか道はない。それがいつの世も現実ではないですか?」

「あら。それは神平くん自身のご意見ですの?」

「ええ。俺も1年間をこの学校で過ごしましたが、実力のない生徒たちの末路は無残です。この現状をどうにかするために、あなたの力をお借りしたい!」

「そのためならウチの子たちは見捨ててしまえと? あのですわね、神平くん――」

 松川先輩の口から、辛辣な毒舌が飛び出す気配がありました。

 しかし、それより一瞬早く――

「お待ちください!」

「……新山さん?」

 とても小柄な体格で、警戒心の強い猫のような目の女の子。肩くらいまでの黒髪を黄色のゴムで2つに分けて縛っています。

「お待ちください。松川部長に冬林さん。――もしかすると、わたしのウィル能力がこの不利な状況を引っ繰り返す切り札になるかも知れません!」


 ?????


『さて。ダビデとゴリアテだ』

《まあね。ジャイアントキリングCOMES ON》


 1年D組の新山梅子さん。茶道部の正規部員。

 彼女のウィル能力を僕はまだ知りません。


『冬林くんと水野さんと相坂くんは、新山さんの能力をご存知ですの?』

『……まだ教えてもらってはいないです。ただ僕らの顔を見て0とか1とか言っていたので、情報収集系の能力かなと』

『それは何の回数だと思います?』

『他の能力者に倒された回数とかなら便利かも。……水野さんは「ちゅーの回数だったりしないかな?」と言っていました』

『地味に使えそうな能力を考えますわね。でも、ハズレ。そして、キミが水野さんの仮説を否定出来ないということは……?』

『……けつった!』


『ちゅーしたことがないとバレたのか。松川にか』

《これは死ぬ♪ 高1なら》


 ?????


「――茶道部1年、新山梅子。わたしのウィル能力は【バナナ=カウント】! わたしは能力の発動中相手の顔を見るだけで、その人が今までの人生で行なった『ある行動』の回数を見抜くことが出来るのですです!」

「……ある行動?」

 最初に彼女と出会った時に、何かの能力を使っているのは分かっていました。

 あの日の部室前と同じように新山さんの両の瞳が淡く淡く輝きます。ぐるりと。一同の顔を見回す彼女。その視線が僕らのリーダーの所で止まります。

「まず松川部長は0回です。流石です。水野さんと冬林さんも0回で、向こうに倒れてる馬鹿のことはひとまず置くといたしましょう」


 ?????


「? 水野さん。これは一体……」

「冬林くん冬林くん! 梅ちゃんってばスゴイことに気付いたんだよ!」

 水野さんがぴょんぴょんと飛び跳ね、大事な友人を自慢するように言いました。


 ?????


「――そして、バスケ部のアホどもよ。上田さんの回数は『2回』です」

「ああん? 突然、何を言ってやがるこの女!」

「眼鏡野郎は『1回』ですね」

「待て、上田。まずは聞くだけ聞いてみよう」


 ?????


「――新山さんでしたかな? 明らかに戦闘には向かない能力だと思うのですが、それは何の回数なのです?」

「聞いて驚くがいいですですよ、眼鏡野郎。茶道部1年、新山梅子。わたしは相手の顔を見るだけで――その人が『バナナはおやつに入りますか?』という質問を、今までに何したかが分かるのですです!」

「何じゃい、それはあああああああああああああああああ――っ!?」

 他に人のいない廊下に上田くんの叫びが響き渡りました。


 1年C組 新山梅子(所属 茶道部)

 ウィル能力名 【バナナ=カウント】

 効果 相手の顔を見るだけで「バナナはおやつに入りますか?」という質問を何回したかを看破する。(使用中、顔に数字が浮かんで見えるらしい)


 ?????


『神だな』

《これ喰らいたくない》


「畜生! 何て恐ろしい能力だ! 正直、甘く見過ぎていたぜ……!」

「上田。落ち着け」

「これが落ち着いてられますか! 2回……そうだ、確かに2回だ! 最初は小学2年の時だった……。遠足の前の日にオレが先生に『バナナはおやつに入りますか?』と聞いた途端、教室は爆笑の渦に包まれた……。3年と4年の時は雨で2年連続遠足は中止になった。そして忘れもしねえ……アレは小学5年の時だった。オレが同じ質問をした途端、教室の皆は冷めた目で……畜生! あの屈辱を今の今まで忘れていたぜ!」


 ?????


『高学年になればボーダーか』

《ちょっと黙ってて。とおりゃんせ》


「落ち着け、上田。確かに俺も一度だけ『バナナはおやつに入りますか?』という質問をしたことがある」

「一度ならオレよりマシじゃないっすか……」

「そうでもないぞ。実は俺がその質問をしたのは中学3年の時だったんだ」

「な……! そんなのは普通、小学生で済ませておくものでしょう……!?」

「その通り。だが敵の狙いが俺らに恥をかかせることならば、それも指摘して来るはずではないか?」

「は……!? 確かに!」

「つまり、あの能力で分かるのは質問の合計回数だけで、いつどこでどんな状況でと言った詳細までは分からないのだと予想する」

「おお、すげえ! 流石は眼鏡だけのことはあるっす!」

「お前の中で眼鏡はどんな不思議アイテムなのだ……」


 ?????


「どう? 冬林くん。梅ちゃんの能力はスゴイでしょ!」

「……うん。水野さん。確かに僕もそんな質問はしたことない。しかし、僕の想像のななめ下。最強クラスに役に立たない能力だ……!」

「そんなこと言っちゃ駄目! もしかしたら脅迫なんかに使えるかもだよ?」

「……それはつまりこういうことかな? 『貴様が昔、バナナはおやつに入りますかという質問を7回したことを知られたくなかったら100万円を用意しな!』」

「やっぱり無理かな?」

「無理に決まってるよ! それより、ちょっと耳貸して」

「? いいよ」

「……バナナはおやつに入りますか、バナナはおやつに入りますか、バナナはおやつに入りますか、バナナはおやつに入りますか、バナナはオーパーツに入りますか……」

「おお! 冬林くんってば用心深い。念のために裏を取るんだ!」

「――さあ、新山さん! 僕が今した質問の回数は何回だった?」

「4回です」

「……凄い。1回フェイクを入れたのも見抜かれている。【バナナ=カウント】の能力は本物だ――って、それが分かったから何なのさ!?」


『もしかしますと、冬林くん。わたくしの予想では、キミのウィル能力は相手の能力を実際に見て知らないと使えないかも知れません。でないと、とりあえず相手に能力を使ってみて効果が出なかったら強い能力を持ってると分かる……なんて裏技が出来ますし。わたくしの経験から言うと、そこまで便利な能力なんてないですの。それと――』


 ?????


『ここからか』

《だね……、半年以上使った弓乃ちゃんの仕込み》


「――よくぞ聞いてくださいました! 問題はこのゴリラ野郎なのですよ!」

「そういえば、新山さん。ウェルキンゲトリクス先輩の回数は……」

「151回です」

「は?」

「このゴリラ野郎は今まで100回以上、この質問をしているのです! これは明らかに異常過ぎる数字! どんな能天気なお調子者でも一生にせいぜい2桁が限度でしょう! となると考えられる理由はたった1つしかありません――!」


 茶道部1年新山梅子さんは、バスケ部主将の3年生、木村ウェルキンゲトリクス先輩を鋭く指差しながら言いました。


「そう! 『バナナはおやつに入りますか?』という質問をすることが、ゴリラ野郎のウィル能力の発動条件になっている!」

「……そんなバナナ! とでも言えばいいの……?」


 ?????


 ――ふ……

「? 主将?」

 ――ふしゅっ! ふしゅっ! ふしゅるるるるる――っ!

「な……! ウェルキンゲトリクス主将! それは……!」


「神平くん。ゴリラは何と言っておりますの?」

「……松川部長。ウェルキンゲトリクス主将はこのようにおっしゃっています――」


 ――ふはははは! 面白い! 面白いぞ、松川よ。たとえ無力に見える仔ウサギと言えど、侮るべきではなかったな!


「と」

「と言うことは……」


 ――その通り! 我が能力の発動条件はまさしくそれだ。「バナナはおやつに入りますかー?」という質問を我がして、それにツッコミを入れてしまった者は肉体に様々な異常を引き起こす! 例を挙げるとこのような具合だ――!


 例その1 バスケ部主将ウェルキンゲトリクスが「バナナはおやつに入りますか?」と質問し、それに相手が「いきなり何を言い出すんだ」とツッコミを入れた場合。

 ○相手は水虫になる。足のかゆみに耐え切れず、歩くどころか立っていることさえままならない。

 例その2 「遠足前の小学生か!」とツッコミを入れた場合。

 ○重度の化学繊維へのアレルギーを発症する。今着ている下着や衣類がそうならば、凄まじい苦痛を味わうだろう。

 例その3 「高校生にもなっておやつはねーだろ!」

 ○平衡感覚が混乱する。真っ直ぐ立つことも歩くことも出来ない。

 例その4 「そんな使い古されたボケをするんじゃない!」

 ○そう膿漏のうろうになる。歯茎の痛みに耐えるだけでなく、口臭も酷くなるため、仲間や友人が離れて行くかも知れない。

 例その5 「そもそもおやつの値段の上限はいくらなんだ」

 ○神経性の下痢になる。戦場を離脱してトイレに駆け込むことが出来たら幸運だ。

 例その6 「一生バナナだけ喰ってろ、このゴリラ」

 ○心臓停止。

 ――ふしゅっ! ふしゅっ! ふしゅるるるるる――っ!


「『と、相手がどのようなツッコミを入れたかによって肉体に様々な異常を引き起こす。これが我が【バナナとゴリラの危険な関係】の能力だ!』と、我らがウェルキンゲトリクス主将はおっしゃっておられます」

「何と言う恐ろしい能力ですの! ツッコミキャラの冬林くんでしたら、確実にじきになっていましたわ……!」

「……松川先輩。人を勝手にツッコミキャラにしないでください」

「それをツッコミと申しますのよ。実際あのウェルキンゲトリクスがそんなことを言ったらどうなっていたか、シミュレーションされてみてはいかがです?」

「えーと……」

 シミュレーション開始。


 ?????


 ――バナナハオヤツニ入リマスカアアアアアアアアアアアアアアアアッ!

『いきなり何を言い出すんですか、ウェルキンゲトリクス先輩は! ……はぐっ!?』

 水虫発症。


『冬林くん。足臭い……』

『近寄らないで欲しいですです』

『へい、ジョニー。お前にいられるとお茶が不味くなるんだよ』

『――と。皆が言っているのでキミはクビです♪』

『がびーん!』

 …………。

『ただいま、父さん母さん……学校辞めて来ちゃったんだけど……』

『あ! おにーちゃん! おかえりなさ……うわーん! おにーちゃんの足臭ーい!』

『うわああああああああああああっ!? 妹のゆずちゃんにまで!』

 終了。

「最低最悪の能力だ! 新山さんがいなければどうなっていたことか……!」

「……部長。拾っていただいたご恩を、わたしは返すことが出来たでしょうか?」


『――わたくしもウェルキンゲトリクスのウィル能力は存じません。ですが、アレに倒されて学校を辞めた子たちから戦いの様子は聞き出しておりました』


 ?????


「ええ、新山さん。このような能力をわたくしは初見殺しタイプと呼んでいます。――タネが分かれば対処出来るが、予備知識がないと高確率で喰らってしまう。この手の敵に対しては情報収集系の能力者が強いのですわ」

「嬉しいですです! こんなカス能力に目覚めた時は自分の運命を呪ったですが……」

「カスなんかじゃないよ! 梅ちゃんは!」

「……ホントだね。水野さん」


『わたくしが新山さんと出会ったのは、キミたちが入学する前。町で暗い顔しながらふらふらしている彼女と偶然お話しする機会がありまして』

『……ショボいウィル能力しか出なかったので絶望してた?』

『みたいです。どんな能力かは放課後になってのお楽しみ。それでその時、わたくしもここの生徒であることを隠したまま、能力に目覚めた状況などを聞き出しまして――』

『……しれっと黒いのが松川先輩クォリティー』


 ?????


「けっ! 調子に乗ってんじゃねーぜ、雑魚どもが! 何を言おうと、てめえらは使えねえカスなんだよ! コーショーがケツレツしたからにはぶっ殺してやるぜ! ひゃーはっはっはっはっは!」

「こら、上田。野球部のような笑い方をするでない。……残念です、松川部長殿。主将の能力を知られたからには全員消えてもらうしかなくなりました」


 ――ふしゅっ! ふしゅっ! ふしゅるるるるる――っ!


「はん! そっちがペラペラしゃべったんじゃねーですか! それにそのゴリラ野郎の能力は、もはやわたしたちには通じません! ボケにツッコミを入れると発動すると言うのなら、誰も何も言わないでいればいいのですです!」


 ――ふ。


「『――ふ』と。ウェルキンゲトリクス様は貴様の発言を鼻で笑ったぞ、新山よ」

「何でそんなの通訳しますか! この眼鏡!」


 ――ふしゅっ! ふしゅっ! ふしゅるるるるる――っ!


「続けてこうもおっしゃっている――『甘いな、新山とやら。【バナナとゴリラの危険な関係】の効果はそれだけではない。もしも我の質問に30秒以上誰も何も言って来なかった場合。ボケが滑った気恥ずかしさから、我は理性を失った狂戦士へと変貌する! パワーやスピードは通常の3倍! 敵味方の区別なく目に映るもの全てをなぎ倒すまで正気に戻ることはなく、あまりの被害の甚大さ故に、我自身こちらの効果が出るのだけは望まぬほどよ!』と」

「な、何ですとー! ……って、それってわたしたちだけでなく、あんたや上田さんも巻き込まれるのではないですか?」

「…………」

「何か言いなさいです! この眼鏡!」


 ?????


「……冬林くん。大丈夫かな?」

「大丈夫だよ、水野さん。――もういいですよね? 松川先輩」

「ええ、冬林くん。ありがとう。狙ってた以上の収獲ですわ」

 松川先輩の笑顔は、輝かんばかりのブラックです。

「あのゴリラは豪胆ごうたんおとこのある性格を売りにしてますし。部員の前で証拠を突きつけたら、ああいう言動をしてみせるしかないだろうとは思ってました♪」

「松川先輩だけは一生敵に回したくありません……!」

「光栄ですわ、冬林くん。ですが、わたくしに出来たのはここまでですの。わたくしや新山さんの能力では敵にトドメを刺すことが出来ません。幕引きを――」


 ?????


「ひゃーっはっはっはっはっは! 何だか良く分からないけれど、やっぱり主将はスゴイ能力を持ってるってことだよな?」

「……上田くんは相変わらずだね。まあいい。キミに付き合うのもここまでさ」

「おうよ! てめえらが地獄に行くからな……って、冬ぴー。何してる?」

「女の子の陰に隠れてる。僕はそれしか能がないカラネ。――新山さん」

「ほえ? 何ですか?」

「――【ずぎゃーん=ボム】(仮)」

 次の瞬間――


「バナナはおやつに入りますかあああああああああああああああああああ――っ!?」

 血を吐くほどの大声で、上田くんが絶叫しました。


「は? おい、上田。何を言って……うぐ!?」

 神平先輩が胸を押さえます。

「バナナはおやつに入りますかバナナはおやつに入りますかバナナはおやつに入りますかバナナはおやつに入りますかバナナはおやつに入りますかバナナはおやつに……!」

 念仏でも唱えるかのごとく、同じ台詞を全力で連呼し始めます……。


 ――バナナハオヤツニ入リマスカアアアアアアアアアアアアアアアアッ! バナナハオヤツニ入リマスカアアアアアアアアアアアアアアアアッ! バナナハ……!

 それらをかき消すほどの大音声は、バスケ部主将ウェルキンゲトリクス先輩の物でした。

 しかし、いくら叫んでいても彼のウィル能力は発動しません。


 ?????


「……これは一体? 冬林さんがわたしの肩に触れた途端、凄まじいエネルギーが」

「新山さん。大丈夫? 痛みとかない?」

「いえ。非常に爽快な気分です……。うわ、連中のカウントが見る見る上がって行くですですよ……! いえいえ、違う? わたしがやらせてるんですか、これは!?」

 新山さんの瞳には、強く強く淡い輝きが宿っています。

 やがて――

「ばな……な……は……おやつ……に……がは……っ!?」

 口からわずかな血を吐いて、上田くんが倒れました。

「……はい……り……ます……ぐは……っ!」

 ほぼ同時に神平先輩も。顔を床に打った拍子に眼鏡に小さなひびが。


 ――バナナハオヤツニ……ごぐぉおおおおおおおおおおおおおおっ!


 さらにそれから数分遅れて。ウェルキンゲトリクス先輩の巨体が、ずしーん! と大きな響きを立てて崩れ落ちます。

「……冬林さん。もしや、あなたの能力は――いえ、後でいいでしょう」

 新山さんの瞳の輝きが、ふっとロウソクの火のように消えました。


 ?????


「――さて、松川先輩。僕の能力を新山さんに使ったら、相手の体力が尽きて倒れるまで強制的に『バナナはおやつに入りますか?』と叫ばせる能力になるみたいです」

「複数に攻撃出来るのが強いですわね。もしかすると新山さんの視界内にしか効果はないかも知れないですが【バナナ=コーラス】とでも名付けます?」

「あれ? もしかして冬林くん。最初から私じゃなくて梅ちゃんに?」

「色々あってね。この勝負の流れなら絶対に強い能力になるからって……」

「おお、よく分からないけどスゴかったんだね!」

「へーい、そこの馬鹿! 終わったですよ。起きるですです!」

「んー……ハニーの愛を感じるぜ……」

 倒れていた相坂くんも目を覚まし――国立ウィル能力研究大学附属高等学校。通称、異能力バトル高校。茶道部 VS バスケ部の対決終了!

《と思わせといて、もうちょっと》

『次回。飲茶ヤムチャショップの店員死す』


 ?????


「はぅ!? ぶ、部長……!」

「? どうなさいましたの。新山さん」

「後ろをご覧になってください! ウェルキンゲトリクスが復活してます!」

「あら?」

 振り返った松川先輩と僕たちが見たものは渾身の力を振り絞って立ち上がるバスケ部主将の巨体でした。

 そしてウェルキンゲトリクス先輩は――大きく息を吸い込みます。

「そんな! あれだけ『バナナはおやつに入りますか?』と叫んだ後に、まだ『バナナはおやつに入りますか?』と叫ぶ力が残っているのですですか!?」

「……へいハニー。気絶していたせいなのか、俺にはサッパリ意味が分からねえ」

「ど、どうするの!? 冬林くん!」

「松川先輩! 【ポエム=ハンター】で妨害を……!」

「んー。やめておきます」

「……へ?」

「その代わりに冬林くん。『――――』と言ってみてもらえます?」

「へ? へ? へ? それは……」

「来るよ!」

 

 ――バナナハオヤツニ入リマスカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!


 バスケ部主将の絶叫が放課後の校舎にとどろく轟く轟く轟く! それに僕は――


「いいえ! バナナはおやつに入りませーん! しかし、持てるのは1人1本までと決まってまーす!」

 ――ふしゅるっ!?

 5秒経ち10秒経ち……30秒が経過しても何も起きません。


 ?????


「どういうこと?」

「簡単ですわ、水野さん。【バナナとゴリラの危険な関係】はボケにツッコミを入れると発動するウィル能力。何も言わずに黙っていても別の効果が出てしまう。だったらボケに対してボケで返せば、何も起きないということですの」

「おお、なるほど!」

「……あの。万が一その読みが外れて何かの効果が出てもいいように、僕に台詞を言わせましたか?」

「いいえ、冬林くん。わたくしは敵の大将の最後の攻撃をかわすという見せ場を、キミに譲って差し上げただけですわ」

「ちょっ……! この腹黒ビューティーが!」

「あら。いいですわね、そのあだ名。気に入りました」

 ――ふしゅるるー……


 ?????


 後日。松川先輩はバスケ部と交渉し相当な額の賠償金をもぎ取りました。金の亡者というわけでなく、彼らの動きを制限するのが狙いです。

 演劇部にお礼もしないといけないですし、茶道部はまだまだ弱小。ほとんどが工作資金として出て行くお金だったそうですが――

「疲れた……それでも若干の余裕はありますし。今日は、ぱーっと皆で焼肉でも食べに行きましょう?」

『いえーい! 焼肉なんて久しぶりー!』

「皆、育ち盛りだからね……。たくさん食べて大きくなるんだよ」

「キミもですわよ。冬林くん」

 そのお店で――。

「今、少しよろしいですか? 聞かれたくないので向こうの方で」

「? はい……どうしたのですか、松川先輩。改まって」

「実はですわね、冬林くん。わたくしはバスケ部との交渉ついでに、彼らと休戦協定を結ぼうとしていましたの」

「……いい考えだと思います。正直また戦いになったら勝てる自信はないですし」

「交渉の材料はたくさんゲット出来てましたので、順調に進むと思ったのですが……1つだけ嫌な条件を出されてしまいました」

「?」

「キミを茶道部から追い出せという話です」

「え」

「……神平くんがキミの能力を見抜いてましたの。前回のバトルだけでなく、最初の上田くんとの戦いを合わせて考えると、これ以外にないでしょうって」

「あ……」

「正直、キミが1人で戦い抜くのは難しいと思います。首尾良く別の仲間を見つけたとしても――」

「……僕のウィル能力は1時間に1回しか使えません。だからバスケ部との戦いでは最後の最後まで温存してました」


 1年B組35番 冬林要

 ウィル能力名 【ずぎゃーん=ボム】改め……

 効果 弱くて戦闘に向かない能力を強化する。ただし1時間に1回だけ。

 一度誰かに使ったら他の誰かにも1時間後。水野を強化→30分後に新山を強化→また30分後に水野を強化……のようなローテーション不可能。

 つまり仲間を増やせばいいという問題ではない。


 ?????


「……ムカつきますわ、神平くんは。最後の最後にピンポイントで嫌な部分を突かれましたの」

「僕はただの仮部員ですしね……。表面上は無茶な要求とも言えないです」

「キミの性格は好ましいと思ってますし、戦力としても大きいです。キミが残っていただけるなら、3人とも正式な部員にして守ってあげたいのですけれど……」

「……そう言っていただけるのは光栄です。でも――」


「はーい。そろそろカルビ焼けるよー」

「はっはっは。てっきりハニーはタン塩はタレで食うな、なーんて言い出すタイプかと思っていたぜ!」

「下品で汚らしくない限り、人の食べ方にケチつけたりはしねーですですよ……」


「松川部長」

「はい」

「僕の仲間たちを、どうかよろしくお願いします……」

 ぺこり。


「そう言うのではないかと思ってました……。今日はお腹一杯食べて行きなさい?」

「……ごちそうになります」

「あーもう! 見てやがれですわよ、バスケ部の野郎ども。せっかく、わたくし好みのトリッキーで優秀な能力が加わりましたのに! この借りは必ずお返ししますわよ! 強きをくじき負け犬はドブに沈める腹黒ビューティー、松川弓乃の名にかけて!」

「……無茶はしないでくださいね? 皆が危なくなるのは嫌なので。と言うか、本当に気に入ってたんですか、そのあだ名」


「おーい、冬林くん。部長ー。早くしないと食べちゃうよー?」

「……今行くよー。水野さん」


 ?????


 こうして異能力高校、茶道部とバスケ部の4月の戦いは終了しました。

 1人になった僕、正式な部員になる水野さんと相坂くん、両部活のその他メンバーたちがこれからどんな戦いに巻き込まれていくかは別のお話。

 質問です。あなたは強くなりたいですか? YES/NO。

 夏村エレン先輩ってどんな人だったんだろう。僕の能力名は【通り雨】。相坂くんにはどんな効果が出てたんだろう……。もう話したり出来ないのかな。

《ヒント》

 ――全然実力のない「女の子」と協力して、どうにかこの場を切り抜けられる程度の力で充分です。

《はっはっは。楽しみだねえ。バトル》

『ふん。戦闘回避ゲーム。これがリアルだ』

 この学校何なんだ。……はあもう。いい加減にしてくれ。

《皆さんにやっていただくゲーム。それは――孤立ゲーム!》

『そう。俺もだ』


 ?????


【フェアでファウルなアゴンとアレア】

 ウィル能力無しでゲームやスポーツをしましょうと提案。同意したのに約束違反した者の能力を奪い取る。自在に使えるが、一度設定すると、他の能力を使うか自分の能力を使いたくなった時に返さなくてはならない。仲間の能力を借りることも出来る。

【ミミクリ野郎にイリンクス】

 能力コピーや奪取系能力者のストックを0にする。


【友達リスト】

 能力者10人の能力を知ると能力が1つ増えていく。最初は【スプーン=マゲール】。次は【スプーン=ナオース】の予感。

【嫌い機雷】

 敵にメタを貼れそうな能力を次に発現する能力として予約する。

 現在――

【ストック×ストック】【拳々発破】【道連れ眼鏡】【バナナ=カウント】【通り雨】。

 そして【ポエム=ハンター】。

 計6。


【ホーリー=フィンガー】

 アイテムを何でも新品にする。物が売れなくなる! と企業に暗殺されそうだから黙っていることにした。

【浄めの儀】

 毒と病気を消し去る。食中毒や癌すらも。


【クリスタライズ】

 ウィル=クリスタルと呼ばれるアイテムを作る。機械にドッキングも出来る。

【タスク=キラー】

 ウィル=クリスタルを緊急停止する。


【愛のベルラベル】

 半径1メートル内のベ●マークを感知する。

【TEAR SONG】

 死んだ肉親や親友の声が聴こえて来る。


【和解のベルラベル】


『NEXT BOSS?』

《WHO IT?》


 ?????


【サテライト=スピーディー】

 自分の周囲でボールを高速旋回させる。バスケ・サッカー対決特効。野球とバレーは微妙。「えくれあ」という小説で作家デビューする。

【スターダスト=ブレス】

 味方全員の防御力とスピードを上げる。


 第2能力の発現――20年以上先。


 ?????


【フェアネス&カインドネス】

 ウィル能力者に第2能力を与える。

【片手に剣を片手に花を】

 自分の敵を3年以内に変死させる。


【ツイン=コンフュージョン】

 2つの物の区別が付かなくなる。「リンゴ食べたーい」と言いたいのに「ミカン食べたーい」などと言ってしまう。だけど、たまに正解する。

【トリプル=レッド】

 三つ巴の戦いになった時、2勢力は手を組まない。


【スケープ=ラビット】

 他人が喰らった能力効果を身代わりに引き受ける。

【カース=コピー】

 第1能力で喰らったウィル能力をコピーする。永続。


【モブガール】

 周りの人間に顔を認識出来なくさせる。誰もあえて攻撃して来ない。エンカウント回避能力。女所帯に潜入も出来る。通称「顔無しサギ子」。

【おのぼりさん】

 仲間30人に同じ効果。男の子は無理。


死四詩しししボム】

 視界内全員を数日間うつびょうにする。コマンドワードが必要。つまり【ポエム=ハンター】が天敵。

【ブラック=ブラック=レクイエム】

 同じ能力者に倒された同士が連携して強力な合体攻撃を発動させる。


【深淵を覗く契約者】

 ハンコとサインをコピーする。筆跡鑑定でも見破れない。

【ノーペイマネー】

 過大な分け前を要求して来た者を呼吸困難にさせる。


【らぶらぶ=ラブノミクス】

 恋占い。ただし本人たちの書いた「直筆の」署名が必要。

【会計番長】

 お金を横領した犯人が分かる。


【スチール=ドレス】

 衣服をダイヤモンドより堅くする。他人にも可。

【タッチド&トレースオン】

 自分を攻撃した者の位置を50キロメートル先まで追尾する。


【そるとスウィート=ラブぱっしょん】

 糖分と塩分操作。塩と砂糖を間違えた料理でも普通の味に戻せる。生き物に使うと低血糖や塩分過多に出来る。要接触。

かすみそう

 食べ物の栄養価を0にする。


 ?????


《私【女神ウィル】の能力は【プライマル=エモーション】と【ザ=ワード】。父ちゃんは【カンフル】》


【バナナとゴリラの危険な関係】

 バナナはおやつに入りますか? という質問にツッコミを入れてしまうと肉体に異常が起きる。ある禁句を言えば死亡。

【ゴリラとリンゴの蜜月関係】

 リンゴを食べると完全回復。手足が切断されていても。


【BOY BE A SHARK】

 サメに変身する。陸上でも浮遊して活動可能。

【ブリリアント・シャーク・スマッシュ女学園】

 プールにサメを召還する。最大30匹。


【クッキング=キュアキュア】

 手料理を食べさせると男の子の負傷を治す。引き換えに髪の毛が抜ける。旧約聖書にサムソンという大男がいたが、髪を切られると怪力を失ってしまった。シンボル学では、髪は男性エネルギーの象徴である。

【スノードロップ】

 牛乳を口移しで飲ませると折られた歯が生えて来る。花言葉がちょっとヤバイ。


《敵なんだよねえ。皆……。人は自然状態において対立している。しかし、それではヤバいから休戦する。それが国家である。ルソーの社会契約論だよ》


《皆さんにやっていただくゲーム――それは建国ゲーム》


 おだまきの花言葉――勝利の誓い。

 この学校マジで死ぬ。

 能力バトルはもういいから普通の学校生活を送らせてくれ――。


 ?????


 馬から羊になりました 勝つにはこれが必要です

 ぶひひんぶひひんじゃ通らない 善人ごっこ今日もやる

 ちょーっと調子こいちゃって きゃあきゃあきゃあきゃあ猿をやれ

 俺って結構賢いじゃん 皆に言おう コケコッコー

 最近皆が冷たいなあ ごめんなさいね わんわんわん

 犬からイノシシになりました 僕ってこのままじゃ駄目なんだ

 猪突猛進ドッグラン 欲しい欲しい 全部欲しい

 ネズミの心は落ち着いた もくもく草でも喰っていよう

 もーもーもーもー、もーもーもー もーもーもーもー、もーもーもー

 何だか最近舐められる ざけんな 私はタイガーミー

 お次はうさぎの出番です やばいよ ちょっとやり過ぎた

 ドラゴンばくよ あちょーあちょー 周りの見る目がしらけてる

 何だか最近ムカつくなア いいさ あたしは蛇になる

 丸呑みしてやる羊野郎 あなたもようやく4歳馬


《これが十二支ループの秘密だよ。――こういうワンパターンはもうやめてくれ》

『スノードロップか。「あなたの死を望みます」だったかな』


 ?????


暗黒あんこくしょくしんかい開祖。――ボイロック=オクロック。近頃の人間弱え!』

『それ偽名でしょう? えき。皇帝の托卵の子供を殺して脳味噌を料理した男。わたくしはミネルヴァ=グーテンベルグ。活版印刷開発者。聖書書き写してるだけの単純労働者と結婚するのがどうしても嫌でした――』


 ますらおや 地獄は満ちて 春の宵

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