5時間目 水面下の攻防(茶道部 VS バスケ部)

『兵は拙速を尊ぶ。by孫子』

『考え過ぎて動けない馬鹿不合格?』

『外交で片を付ける経済力のない国家不合格』

『ふーん?』

『名産品は名声なのだ。勘違いしてるんだよな。偉人は戦争を避ける役に立たない』

『ああ。たかがおらが村のヒーローな』

『バナナが食べられなくなると困るから、フィリピンは滅ぼさないでくれ』


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 翌朝。1年B組の教室にて。

「えー。今朝のホームルームでは連絡事項が1つあります。出席番号2番、入院していた上田竜二くんが今日から登校しています。皆さん、拍手ー」

 ぱち……ぱち……ぱち……ぱち……

「おー。葬式会場のテンションだー。久々に全員揃ったし今日も1日頑張れよー」

 担任の木嶋先生が退出しても、教室はしばらく静かでした。


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「いえーい、ミスター上田! 初日に色々あったけど、これからは仲良くしようぜ!」

「……馴れ馴れしいぞ、この茶渋。てめえみてえなクソ雑魚が気安く話しかけて来るんじゃねえ」

「はっはー。ミスター上田はツンデレだな」

「ぶっ殺すぞ、てめえ! また病院送りにされてえか!」

 窓側最後方の席から、僕と水野さんは上田くんたちの様子を見ていました。

「……相坂くん。何でああいう言い方をするんだろ」

「むぅ! 上田くんってば、全然反省してないね」

「……うん。誰かさんも危ないことしてるって自覚を全然持ってくれないね」

「どうしようか? 冬林くん。また悪いことするなら説得して、それでも駄目ならやっつけないと!」

「……だから、そういう台詞を女の子が言わないで欲しい……って」

 上田くんの方を見た途端、彼と目が合いました。

 彼は無言であごをしゃくると教室の外に出て行きます。

「はれ? 何だろ?」

「……外に出ろって意味だと思うけど」

「どうするの?」

「……どうしようね」

 悩むフリはしましたが、最初からどうするかは決まってました。


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 教室から少し離れた廊下です。周囲に他の生徒の姿はありません。

「……それで上田くん。僕らに何の用事?」

「そうそう! また悪いことするなら、ただじゃおかないからね!」

「舐めやがって! この女!」

「……水野さん。挑発するのはやめて」

「はっはー! 世界はラブあんどピースだぜ!」

「何で茶渋野郎まで来てやがるんだ!」

「はっはー! 知らなかったのかい? 何を隠そう俺たちは……」

「私たち3人は同じ茶道部の仲間なんだよ! ずっぎゃーん!」

「何ぃーっ!? さ、茶道部ダト! ちっ、雑魚同士がつるみやがって……!」

「はっはー! ちなみに隣のクラスには、俺のハニーがいるぜ!」

「ゴミ能力者の分際で女作るとは生意気だな……!」


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【ホーリー=フィンガー】

 あらゆる物を新品にする。


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「…………はぁ」

「あれ? どうしたの、冬林くん。ため息ついて」

「悩みがあるなら相談に乗るぜ、ジョニー」

「……水野さん。相坂くん。どうしてそういうことを上田くんにバラしちゃうわけ?」

「バラすって?」

「僕らが茶道部に入ったことだよ……。黙っていれば上田くんを不意打ちして、速攻でまた病院送りに出来たかも知れないノニ」

「な……!」

「うわっ!? 冬林くんが黒くなってる!」

「ジョニー・ブラック……いや。ジョニー・ザ・ダークネスだぜ!」

「おおっ! ちょっと格好いい!」

「……相坂くん。人に勝手な厨二ネームをつけないで……」

「人が入院している間に、随分性格が悪くなったじゃねーかよ、冬ぴー。いや――ブラック冬ぴー・ザ・ダークネス!」

「上田くんまでやめてよね!?」


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『とおりゃんせ。これ合格か?』

『勝てば官軍』

『ふぅん』

『弱い奴を守るか。これはな? 経済力が強くて公務員を雇えている時代限定』

『はあん』

『パブリック・サーバントに向けて言っているのだ。仕事の本分忘れるなと』

『はあん! あー、この国長くねえな』


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「……それでさ、上田くん。僕らに一体何の用事?」

「あ? 何でてめえが仕切ってるんだ。女の陰に隠れてた腰抜け野郎が!」

「……? もしかして僕には負けてないけど、水野さんにやられたと思ってる?」

「そうだろうが! オレが負けたのは、ソイツのスプーン攻撃にで、てめえは何もしてねえだろうが!」

「……あー、ウン。そうだったヨネ」

「そっか! 上田くんは知らないんだ。実は冬林くんの【ずぎゃーん=ボム】は……もがががが!」

「頼むから水野さんは黙ってて……!」


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「……おい、冬ぴー。いきなり何をやってやがるんだ」

「何デモナイヨ。上田くんは気にしないデ」

「? スプーン攻撃ってのは何なんだい? そう言えば、俺はジョニーの能力もミス水野の能力も知らないや。はーっはっはっはっはっはっは!」

「……お前ら3人本当に仲間か?」


 ?????


「……いやいや、上田くん。実を言うとね、キミの読み通り、僕は大して戦闘には強くナイ。だけど、交渉の時とかに相手の嘘を見抜くウィル能力を持っているンダ」

「な、何だと!?」

「え? 冬林くん。何でそんな嘘つくの?」

「…………」

 後ろから撃たれるとはこのことでした。

「いやいや、ミス水野。これはアレだろ? ハッタリだろ? ミスター上田を動揺させて、情報を引き出そうという狙いだぜ!」

「おお、なるほど!」

「……あのさ、キミたち」

《折角の機転が台無しだー》

「……なるほどな、冬ぴー。確かにこの3人じゃ、お前が交渉役をやるしかねーわ」

「ああっ!? 同情の目で見られてる! ……まあ、いいや」


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『ふむ。水野が冬林の能力を知っているという情報がバレた。つまり攻撃系ではない』

『へ?』

『同じ戦闘系能力者なら、水野は上田を彼氏に選ぶのだ。より強いから』

『あー……』

『つまり防御型能力者と見抜かれている。上田は阿呆だが人間の直感というのは、そういうものだ』

『誰でも?』

『誰でも』

『天才ですわね。お兄様』

『サクリファイスか』

『げ。お前も来るのか』


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「……あのさ、上田くん。腹を割って話すとだね。キミが何かして来ない限り、僕らはこれ以上戦うつもりはないんだよ」

「は?」

「あれ? 冬林くん。何言ってるの?」

「おいおい、ジョニー。何を勝手なことを言ってるんだ」

「……勝手じゃないよ。実は昨日の内に、松川先輩から指示を受けてる」

「おお! いつの間にそんな特別みっしょんを!」

 ――あなたたちの敵の上田くんがバスケ部に入部したみたいです。だから、こちらはそれに気付いてないフリをして、情報を引き出せるだけ引き出すように♪

「……つかぬことを聞くけどさ。上田くんは仲間や友達なんていないよね?」

「喧嘩売ってやがるのか? てめえ、こら」

「あれ? もしかして部活なんかにも入ってる?」

 全力の演技で、不思議そうな顔を作ります。


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「……げ。いや、何を言ってるンダー。オレは部活なんかには全然入ってないゼー」

「そうなんだー。いや、水野さんには負けたけど、キミくらいの実力の持ち主なら、あちこちからスカウトされると思ったんだけどナー」

「負けたは余計だ! でも、まあそのアレだ……。なかなか見る目があるじゃねーかよ。ブラック冬ぴー」

「……ブラックは余計だよ。でも、そういう言い方をするってことは、やっぱりどこかから声がかかっているのカナー?」

「そんなことは全然ねーっての! でもまあ、オレ様くらいの実力があれば? 黙っていてもこの学校のすげー人から声がかかって、ビッグなスターに一直線みたいな?」

 分かりやすーい。

「そっかー。上田くんは、まだ部活に入ってないんダネ?」

「おう! まだだぜ!」

「でも、入る予定はあると。文化系の部活カナー?」

「はぁ? 何を言ってやがる! このオレ様が文化部ごときに入るかよ!」

「やっぱり戦闘バリバリの運動系の部活かな?」

「たりめーだろ!」

「そっかー。行く所がないようだったら茶道部に誘ってみてと、松川部長に言われてたんダケド……」

「は?」

「ジョニーの奴、いつの間にそんな話をしてたんだ?」

「2人で内緒の話をしてたとは、やっぱり恋だよ!」

「うーむ。悔しいが、お似合いのカップルの気がするぜ……。よし、ミス水野。俺たちで2人を祝福だ!」

「浮気だって梅ちゃんに言いつける」

「うぎゃーお!? 誘導尋問に引っかかったぜ!」


 ?????


「舐めてんのか、てめえ! 何でこのオレがてめえらと同じ部活に入るんだ!」

「……言うと思った。ただ松川先輩に言わせると、ちょっと強い能力を身につけた程度で調子に乗ってる生徒は、気が付くと学校から消えていることも多いからって」

「調子に乗るんじゃねーぞ、冬ぴー!」

「……だから、キミに行く場所がないようだったら監視も兼ねて手元に置いてあげてもいいというのが、茶道部部長のご意思なんだけど……」

「へっ!」

「おおっ! 部長ってば優しいよ。そっかー、退院した上田くんをまたやっつけなきゃいけないかと思ってたけど、そういう発想もあるんだね!」

「まさに北風と太陽だな! ミス水野」

「舐めるんじゃねーぞ、てめえら! このオレ様はこう見えてもな……!」

「こう見えても?」

「……あ。イヤイヤ。何でもねえ。えー、お心遣いは感謝シマスガ、てめえらと馴れ合うつもりはねえと、てめえらの部長に伝えろ。……伝えてクダサイ」

「そっかー。残念ダケド仕方ないネー。はっはっは」

「ハッハッハー! ……じゃあな」


 ?????


「むぅ。上田くんと仲直りは出来ないかー。残念」

「物は考えようだぜ、ミス水野。ユーが抑止力になってくれるなら、ミスター上田はしばらく大人しくしてくれるだろうさ」

「そっかー! 良し、頑張ろうね冬林くん……ってどうしたの? 難しい顔して」

「ああ、うん。頑張ろうね……」


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 昼休み。

「どうぞ、冬林くん。粗茶ですが」

「……ありがとうございます。って、玄米茶?」

 僕は松川弓乃先輩に呼び出され、校舎の外にある茶室にいます。

 元ゲーム部の部室と違って、茶室といえばイメージするようなごく普通の茶室です。

「お嫌いでした?」

「……そういう訳ではないんです。妹が小さい頃、これの玄米だけ食べちゃって怒られてたなーと」

「あらあら。わたくしもやりましたわ、それ。ささ、冷めない内にどうぞ」

「いただきます……」

 ずずずずず……

「あ。美味しいです……」

「良かったですわ。ここでマズイと言われたら、形無しですもの」

「仮にも茶道部の部長様ですからね……。ご馳走様でした」

「お粗末様でした。――それで、冬林くん?」

「はい。上田くんのことなのですが。彼は多分――」


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 放課後。

「やっほー! 梅ちゃん! 一緒に部活行こー!」

「はっはっは! 今日もハニーと愛を育むぜー!」

「何しに来やがったですですか、てめえらは!」

「ごめんね、新山さん。押しかけて。実は松川先輩からこんなメッセージが来てて」

「部長から?」

 ――今日の放課後は4人で移動。部室に来るまで固まって離れないように!

「本当に部長からですね……。いつの間に交換を?」

「……今日のお昼休みにちょっとね」

「んー。わたしには来てないです。部長があなただけに連絡してたということは、放課後はあなたの指示で動けということでしょうか?」

「まあ、解釈は任せるけれど……」


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『バスケ部が襲って来るかもという話は、他の3人には内緒です』

『……どうしてですか?』

『警戒してる素振りを向こうに気付かれるのは不利ですの。あの子たちは演技が下手でしょうし。いつも通りに振る舞ってもらえればと』

『……僕は?』


 ?????


『当然であるな。兵士に司令官の仕事をさせてはいけない』

『お兄様。手が足りない場合は?』

『どこかに買収してもらえ』

『あらら』

『1票だよ。クソッタレ』


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「良ーし、梅ちゃん! 部活行こう! 今日も麻雀かな? 負けないよー!」

「ひとたび勝負になったなら、ハニーといえども手加減はナッシング!」

「……いいですよねー。コイツら能天気で。ねえ、冬林さん?」

「ん……」


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『冬林くんが難しい顔をしてるのは普通でしょう? 違和感ないから問題なしです』

『うわー、納得の行く理由デス……』


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「でも何で松川先輩は、私たちに一緒に来るよう言ったんだろう? もしかして危ないことでもあるのかな?」

「はっはー! それはアレだよ、ミス水野。俺とハニーが少しでも長く一緒にいられるようにして、愛を育ませてくれようという計らいさ!」

「おお! なるほど!」

「へ? 何を言っているんです。ウチの部長は、わたしに嫌がらせなんてしませんよ」

「……へい、ハニー。素で言われると俺のガラスのハートが傷付くぜ」


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『あるけどな。ユニットに子供作らせるゲーム』

『17歳女子は考えません』

『ああ。であるか』

『卒業したらそれっきりですし』

『まったく機能しとらんな。このアホ学校』

『あの元帥のせいだ』


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『バスケ部とバレー部が抗争してたって話は知ってます?』

『……木嶋先生から聞きました。よく知らないですけれど、ヤバイ人たちなのかなーとは思ってましたが』

『どっちもバリバリの武闘派ですわよ。バレー部は2次元らぶらぶ天然さわやかサイコパスくんが率いる戦闘集団で、バスケ部はホモサピエンスを超越したような筋肉もりもり覇王ゴリラ様が率いてます』

『…………はい?』

『どちらも結構な武闘派で、校内ではぶいぶい言わせています。野球部やサッカー部には一歩を譲りますけどね。3月の抗争で部員が入院してたと聞きますから、その縁で上田くんに声をかけたかも』

『……それより、もっと気になる単語が出て来たような!』


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『ウェルキンゲトリクスか。ガリア戦記でカエサルがやっつけた敵だ』

『何を考えて名乗っているのでしょうね。バスケ部主将の彼』

『別に? ハッタリハッタリ。あの漢、俺は好き』

『であるか。メメント・モリ』


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「でも相坂くんの理屈だと、部長は私と冬林くんをくっつけようとしてる?」

「絶対に無いとは思いますが、このアホよりマシではないですか」

「むぅ。私的には冬林くんが松川部長の嫁なのにー!」

「しかし、冬林さん。あなた、部長に何を言われていたのです? さっきからキョロキョロしてますが……」


 ?????


『……その部活バトルとやらですけれど。そもそも何が悲しくて、同じ学校の生徒同士で無益な勝負を――?』

『部費予算。この学校で揉め事が起きる理由の1つが、国からの予算の取り合いですの。最初はここの部活も普通で、各部長が集まって会議とかやってたらしいそうですが』

『過去形ですか……?』

『過去形ですのよ。最初は皆真面目に公平な予算配分をしようとしてたのが、今はすっかり形式だけに。部活同士で勝負して賠償金を分捕ったり、相手勢力を解散に追い込んで部員を退学させたりですとか――』

『……改めて聞きますと本当にロクでもないところですね! この学校は!』


 ?????


「朝からずっとこんなだったよー。心配事でもあるのかなー?」

「ジョニーがこんなになるってことは、実家の妹さんが風邪でも引いたか?」

「……いや、相坂くん。昨日も電話で話したけれど妹は元気一杯みたいだよ」


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『方便であろう。バレん』

『違・う! もう身内だから心配かけたくねえんだ。相坂に。人の情がねえぞ。大国主』

『なのか。メメント・モリ』

『だから、民衆はお前が大っ嫌いなんだよ。俺の【ビースト・ハンター】が微妙な能力で感謝しろ』


 ?????


「しかし冬林さん家は、どうしてそんなに兄妹仲がいいものやら。わたしも兄弟はいますけど、そんなに面倒見てもらった記憶なんてねーですよ」

「梅ちゃんはしっかりしてるから、平気だって思われたんじゃないのかな?」

「嬉しいような、嬉しくないような……。ああ、そう言えば――」

 僕らは何気ない会話をしながら、廊下を元ゲーム部の方の部室に進んでいます。

「【拳々発破】ァアアアアアアアアアアアアアアアアアア――ッ!」

「……! 危ないぜ! ハニー!」

「へ?」

 DOGOOOOOOOOOOOOOOOOOOOON!

「ぎゃふん……っ!?」

「ああっ!? 相坂くん!」

「ちょっ! 突然、何事ですか!?」

「――来たね!」


 ?????


「おおーっと! いけねー! たまたま拳を振り回しながら廊下を歩いていたら、どっかのアホにぶつかっちまったぜ!」

「おい、上田。気を付けろ。お前はすでに我らバスケ部の一員なのだから、節度ある行動を心がけてもらわねば困るのだ」

「スミマセンっす! 神平先輩。――おやー? 誰かと思えば、冬ぴーと間抜けな仲間たちじゃねーかよ。けーけっけっけっけっけ!」


 ?????


「な……上田くん! 相坂くんに何てことするの!?」

「コイツが噂の上田くん……。ん? 一緒にいるのは、昨日来たバスケ部の眼鏡野郎ではないですか!」

「失礼。茶道部の人たちでしたか。ウチの新入部員が、とんだ不調法をしたようで」

「ええ! 最低なことしてくれてますね。わたしの仲間に何をするのですですか!」

「梅ちゃんがデレた! ……なんて言ってる場合じゃないね。上田くん! 謝って!」

「あー、へいへい。スミマセンっしたっすー……」

「鼻ほじりながら言いますですか! 茶道部を甘く見てますね!?」


 ?????


『あの場で神平を倒さなかったお前たちが悪い』

『なのですわよね。とおりゃんせ。弱いと見切られた』

『3分会話させろ。ソイツのタイプを当ててやる。この英霊メメント・モリが』

『わたくし自動発動呪い型。バトル? いえ』


 ?????


「うわっ! 聞きましたか、先輩。オレは真心を込めて謝ったのに、あんなこと言われちまいましたよー」

「うむ。残念だ。我々の誠意は向こうに通じなかったと見える」

「今のてめえらのどこにどんな誠意があったんじゃい!」

「梅ちゃんの言う通りだよ!」


 ?????


『……松川先輩。根本的なことを聞きたいです。どうしてこの学校は異能力バトル高校なのでしょう? 木嶋先生に言わせると、国からの予算がないため生徒同士の潰し合い。でも、あの人は強いウィル能力を持った生徒を止められないせいだと、水野さんにはおっしゃってまして――』

『どちらも正解なのではありません?』

『……で、たった今先輩が、部費予算の取り合いで会議の代わりにバトルだなどと』

『戦争の原因が1つに限るという考えが間違いなのではないかしら? この学校の先生の言うことなんて、真に受けるほうがアレですし。――そんな議論は置いといて』


 ?????


「うわーお! 大変ですぜー、神平先輩。オレらはちゃんと謝ってるのに、向こうはゴネていやがります!」

「うむ。たまたま腕が当たっただけなのに、何を要求して来る気やら」


 ?????


「はぁっ!? ウチらを当たり屋呼ばわりするですか!」

「うわー、怖い怖い。オレらに何をする気だ、この女」

「うむ。上田。降りかかる火の粉は払わねばなるまい。やむを得んな」


 ?????


『腹芸は基礎だ』

《まったくだね。とおりゃんせ》

『ウィル』

《さあ。勝負。これが見たくて運命の女神をやっている。人類よ。天国に行きたいのなら、おのれが最強だと示すんだ!》

『あの2人は去ったか』


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「茶道部の無法に対抗するため、バスケ部2年神平正信――ウェルキンゲトリクス主将の代行として部活バトルを申し込む!」

「……! どっちが無法じゃ、このぱーぷりんども!」

「相坂くんをやっつけたのはそっちでしょう! と言うか、上田くん! バスケ部に入ってたって何よ、嘘つき!」

「はっ! 今のは不幸な事故だっての。それに朝は嘘をついてなかったぜ? オレが入部届を出したのは今日の昼休みだからな。ひゃーっひゃっひゃっっひゃっ!」

「……っ! コイツら。最初からそのつもりだったのですですね!」

「ゴメンね、梅ちゃん! 巻き込んで。でも、こうなったら戦うしかないよ! 冬林くんも準備いい!?」


『こういう状況になったから、茶道部を出て行けとは申しません。バスケ部を追い払うため、キミの力を貸してくださいな』


「――うん。いいよ。水野さん」


 ?????


「よし! また上田くんをやっつけて、今度こそ悪いことしないよう反省させるよ!」

「わたしたちを舐めた報いは受けさせるです!」

 茶道部1年、冬林要・水野おだまき・新山梅子。(相坂祐一くんは死亡中)

「舐めてんじゃねーぞ、雑魚どもが! この前は不意打ちでやられたが、同じ手は二度と喰らわねえ!」

「上田。油断はするな」

 バスケ部1年、上田竜二。同じく2年、神平正信。

 国立ウィル能力研究大学附属高等学校。通称、異能力バトル高校。

 茶道部 VS バスケ部。

 部活バトルのスタート!


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「――さて、冬林さんに水野さん。このクソ野郎ども相手にどう対処すれば良いのですです?」

「えっとね、梅ちゃん! 梅ちゃんの能力って、戦闘には使える?」

「……実は正直、そういうのはサッパリで」

「分かった! じゃあ、私が戦うね!」

「って、何ですですか! その取り出したスプーンは!?」


『それでは冬林くん。バスケ部との戦いに備えて、キミと水野さんのウィル能力を教えていただきたいのですけれど』

『……言わないと駄目ですか? 松川先輩』


 ?????


「ちっ! やっぱりそう来やがるかよ!」

「ふむ。スプーンで超能力と言うと、俺にはスプーン曲げくらいしか思いつかんが」

「甘く見たら駄目っすよ! あの女が卑怯な不意打ちしたせいで、無敵のオレ様は病院送りにされちまいましたからね!」

「その話は病室で何度も聞いた。しかし安心しろ。上田竜二」

 神平先輩が眼鏡を光らせます。

「――その手の能力者の攻略は、俺の得意中の得意だからな」


 ?????


『あらあら。警戒されておりますの?』

『……そういうわけではアリマセン。ただ、水野さんがいない所で秘密をバラしてしまうのは……』

『真面目でいい子で可愛いですわねー。では、キミたち2人の能力をわたくしがずばり当ててみせましょう!』

『…………へ?』

『と言うのは、ほぼハッタリですけどね。でも、あなたたちのどちらかが、ナイフか何かを持って戦う能力者だったりはしませんかしら?』

『え』


 ?????


「……キナ臭いですよ、水野さん。あの2年生の眼鏡野郎が妙に自信満々です」

「だとしても、やることに変わりはないよ。私の【スプーン=スネイク】であの2人をやっつける! ――冬林くん!」

「ん……分かった」

 水野さんがスプーンを構え、僕が彼女の背中に回り込みます。


『……何故そう推理されたのです?』

『神平くんが偵察に来たからですわ。わたくしは彼のウィル能力を知っています』


 ?????


「ちっ! 来ますぜ、先輩!」

「慌てるな、ここは俺に任せておくがいい。――ぬんっ!」

 神平先輩の眼鏡が淡く輝いた次の瞬間――彼の顔からポロリと眼鏡が床に落ちました。

「し……しまった! 眼鏡、眼鏡、俺の眼鏡……!」

「アホですですか!」


『バスケ部2年、神平正信くんの能力は――』

 神平先輩は廊下の床に屈み込み、手探りで眼鏡を探しています。


 ?????


「むむむ! これは攻撃のチャンスだよ! 梅ちゃんは後ろに下がってて! 今だよ、冬林くん……ってアレ?」

「? どうしたのですか、水野さん」

「う、梅ちゃん! スプーン……私のスプーンはどこに行ったの!?」

「はい?」

 水野さんの右手には、しっかりとスプーンが握られたままでした。


『神平くんの能力は――【道連れ眼鏡】。バスケ部の中堅幹部で冷静な参謀タイプである彼は、眼鏡を外して「眼鏡、眼鏡、俺の眼鏡……」と呟くことで発動するウィル能力を持っています』

『……ツッコミ待ち?』


 ?????


「どうしよう! 梅ちゃん! スプーンがない! スプーンがないと私……!」

「……さっきから何を言っているのです? スプーンなら今もしっかり握っているではないですか!」

「ないの! その辺に落ちてない!?」

「だから、さっきから一体何を……!」

「隙だらけだぜ! 【拳々発破】ァアアアアアアアアアアアアア――ッ!」

「……! 危ない!」


 ?????


『いえいえ。ギャグではなくて結構危険な能力ですわよ? 彼の能力のターゲットになった人間は、手に持っている道具を失くしたように錯覚しますの』

『……なくす?』

『たとえば、今の冬林くんはお茶の入った湯飲みを持っているでしょう? 神平くんの能力を喰らってしまうと、それが突然どこかに消えてしまったように感じるのです』

『……ちゃんと手に持っているにも関わらず? そうなったら、思わず湯飲みを探してしまいそうな――』

『ええ。うっかり中身をこぼして大火傷……なんてことにもなりますの』


 バスケ部2年 神平正信

 ウィル能力名 【道連れ眼鏡】

 効果 眼鏡を外して「眼鏡、眼鏡、俺の眼鏡……」と呟くと、対象は手に持っている道具が消失したように錯覚する。


『彼の能力が真価を発揮するのは、武器を持った相手との対戦です。敵にナイフをグッサリ刺そうとする瞬間、それが見えなくなったとしたら?』

『……思わずナイフを探すでしょうね。そうなると逆に隙だらけ……?』

『ええ。味方に優秀なアタッカーがいれば、返す刀でKOです。彼は現在のバスケ部主将とコンビを組んで、去年の男子剣道部の主将を撃破。その功績でバスケ部内での地位を固めたといういきさつがありますの』

『……剣道部。なるほどね……』

 くだらない能力のようでいて、拳銃なども無力化出来るのでは? と思いました。


 ?????


「~~~~! 水野さん……大丈夫?」

「だ、大丈夫だけど……。あれ? 何があったの……?」

「ちっ! 冬ぴーの野郎! とっさに女を引っ張ってかばいやがった!」

「敵ながら見事な反応だ。お前の攻撃は彼の背中をかすめただけだな」

「次はトドメを刺してやりますよ!」

「俺もフォローしよう……と言いたいが、もしや俺の能力が知られているか?」

 神平先輩が眼鏡を拾い上げ、それを再び装着します。


 ?????


『と言うわけで、冬林くん。キミと水野さんの能力ですが……』

『……僕のウィル能力は教えます。ただし水野さんのは名前だけで』

『構いません』

『水野さんの能力名は【スプーン=マゲール】』

『………………はい?』

『そして僕の能力が――』


 ?????


「ふ、冬林くん! 大丈夫!?」

「……大丈夫、水野さん。でも痛い……。かすっただけだけど相当痛いヨ……!」

「へっ! 腰抜けが!」

「……そういう訳だから、上田くん。お互いこの辺で手打ちにシナイ?」

「はぁ? 何を言ってやがるんだ、てめえは……?」


 ?????


『――なるほど。キミと水野さんので【スプーン=スネイク】ですの……。大変優秀なコンボですが、神平くんには通用しないかと』

『……ですよね。あの、松川先輩』

『何ですの?』

『とりあえずバスケ部に降参しませんか?』

『ていっ♪』

『熱っ……! お湯が入ってないからって急須をほっぺに押しつけるのは……!』


 ?????


「てめえ、こら。冬ぴー! 何をふざけたことをほざいてやがる!」

「待て上田。言いたいことがあるなら言わせてみよう」

「……神平先輩とおっしゃいましたっけ?」

「そういうお前は冬林で良かったか」

「……覚えていただけたとは光栄です。僕ら両方にとって無益な戦いをやめませんかという提案なのですが」

「ふむ。何が無益か無益でないかで意見が違っているようだ」

 神平先輩が眼鏡を光らせます。

「お前のような危険人物をバスケ部は野放しにするわけにはいかないな。上田を潰す作戦を練っていたそうではないか。可哀想に」

「そうそう! コイツら、ひでえっすよ! オレは何もしてなかったのによー」

「何もしてないってことはないでしょう! 上田くんのせいで、クラスの皆は凄く嫌な思いをしてたんだよ。めっ!」

「ああん? 何だと、この女」

「……上田くんにも一理はあるかな」

「冬林くん……?」


『降参したって意味ないですわよ。どうせ……』


 ?????


「水野さんの言った通り。上田くんのおかげでクラスの雰囲気は最悪だった。でも、僕らに直接の被害はなかったし。先に手を出したのはこちらと言える」

「へっ! 分かってんじゃねーかよ」

「でも、それって僕らが部活に入る前の話ですよね? 神平先輩」

「ほぅ」

「……僕の主張はこういうことです。僕と水野さんが先に手を出してても、それは上田くんの入部前だからバスケ部には無関係。それに文句をつけるなら、上田くんが相坂くんを倒したことをまずは問題にしないとおかしいでしょう?」

「おおっ! そうだよ、冬林くん!」

「確かに。入部前の出来事も考慮するというのなら、あんたらが先にウチに手を出して来たことになりますですね!」

「ああっ!? くだらないこと言ってんじゃねーぞ!」

「なるほど。分からないでもないな」

「はぁ? せ、先輩?」

「だが、その程度の理屈が通用するなら、ここは異能力バトル高校などとは呼ばれていない。――貴様らは過去に上田と揉めたから、いつバスケ部を攻撃してくるか分からない。だから先手を打って潰す。文句はあるか?」


 ?????


「ありまくりだよ!」

「……水野さんの言う通りです。そんな理屈で攻撃されてはたまったものではありません。僕らはバスケ部と揉め事を起こすつもりはないですから、ここは退いていただけないでしょうか?」

「どうするんすか、先輩?」

「上田。お前はどうしたいのだ?」

「あんな口先野郎が何を言っても信用ならねえ! ムカつくからぶっ殺す!」

「……ということだ。俺個人としては恨みはないが、同じ部活の仲間がこう言う以上、全力をもって貴様らを潰す」

「くっくっく! 残念だったな、冬ぴー!」

「……どうあっても勝負は続行ですか?」

「ああ、冬林。ウチの新入部員を守るという大義名分があるのでな」


 ?????


「どう考えても、そっちが喧嘩を売ってるし。ヤクザさんの言いがかりだよ!」

「水野さんのおっしゃる通りです。茶道部に恨みでもあるですか!?」

「恨みなどない。攻める理由があるから攻める。それだけだ」

「最悪だね、この眼鏡!」

「人間のクズですよ、この眼鏡!」

「……眼鏡は関係なくないか?」


『どうせ敵は難癖つけて、ウチとの勝負を続行しますわ。ですから冬林くん――』


 ?????


「えー。やっぱり眼鏡と言ったら、インテリのしるしじゃないっすか?」

「お前はいつの時代の人間だ。そんなことより上田。今日はバレー部の動きがキナ臭い。コイツらは早くに片付けよう」

「うす!」

 上田くんの拳が輝き光ります。


 ?????


「来るよ、冬林くん! どうしよう……? スプーンはまだあるけれど」

「……僕も能力は温存してる。さっきは何があったのさ?」

「スプーンが消えてなくなった……ように感じた! 良く分からないけど『持ってる武器を見えなくする』ような能力を、あのカミダイラって先輩は持ってるのかも!」

「なるほどね……」

 水野さんと新山さん。ついでに倒れている相坂くんをかばうようにして、僕は前に進み出ました。


 ?????


「よっし! 【拳々発破】フルパワーですぜ!」

「溜めに時間がかかるのが、お前の能力の弱点だな……。即座に攻撃できるタイプの敵には恐らく相性が悪いだろう」

「なーに! オレと先輩がコンビを組めば、大抵の雑魚はいちころっすよ!」

「ふむ。では、それをそこの雑魚どもで実証するか」

「うっす! まずは女の前で格好つけてるカスからだ!」


 ?????


「ふ……冬林くん?」

「……相坂くんを連れて新山さんと逃げられる?」

「出来る訳ないでしょ! そんなこと!」

「……うん。水野さんならそう言うだろうと思ってた」

「冬林さんの能力でこの状況をどうにか出来ませんか?」

「……ごめん、新山さん」


「ひゃーはっはっはっはっは! 遺言はそれでいいかよ、冬ぴー!」

「くっ……! こんなゲス野郎ごときに茶道部が……!」

「くたばりやがれ! 【拳々発破】ァアアアアアアアアアアアアアアアア――ッ!」


「……!」

「きゃっ……!」

「ふ、冬林さん……!」

「むーん……ハニー……無事かー……」

 上田くんの拳が僕の顔面を直撃しようとする次の瞬間――



『ですから冬林くん。放課後、敵と遭遇したら、わたくしが行くまで時間を稼いでくださいな』

「――【ポエム=ハンター】」


 ?????


「『どいつもこいつも腰抜けぞろいが。まあ、このクラスではこのオレ様が最強だってことだよな! ひゃーはっはっはっはっは!』……って、何じゃあああっ!?」

 上田くんの動きが止まり、拳の光が霧散します。

「ていっ!」

「ぐっ……! こ、この野郎……!」

 その一瞬の隙をつき、僕は彼の腹部を蹴り上げました。もともと喧嘩慣れしていないため、ほとんどダメージにならなかったようでした。

 が、数歩後退させることには成功します。

「どうしたのだ? 冬林を殴りに行くはずが、突然動きを止めたと思ったら訳の分からん言葉を言い出して」

「いや……オレにも何だか……って先輩こそ、その説明台詞は何ですか」

「眼鏡だからな」

「そうか。眼鏡だからっすか!」

「真に受けるな。しかし困った。あの女が出て来てしまったか……」


「冬林くん……! 大丈夫?」

「……うん。大丈夫だよ、水野さん」

「お怪我がないようで何よりです。しかし、今のお声はもしかして……!」

「――大丈夫ですの? 新山さん。水野さん。冬林くんに相坂くん」

「ぶ、部長!」

「やったよ、冬林くん! 援軍だ!」


 ?????


『……松川先輩が来てくだされば、上田くんと神平先輩に対抗出来るのですか?』

『ええ。彼のような能力に、わたくしのウィル能力は超有効。天敵とさえ言えますし』

『……本当ですか?』

『信じてませんの? ――【ポエム=ハンター】♪』

 昼休みの茶室にて。

 松川弓乃先輩は、玄米茶のおかわりをすする僕を指差しました。

 彼女の指先が一瞬輝いた次の瞬間――


『「もう母さん! やめてよね! 僕もうお兄ちゃんなんだから、カナちゃんなんてよぶのはおかしいでしょっ!」……って、何ですか今のは!』

『か、可愛い……。それがキミの黒歴史な発言ですの?』

『……くろれきし?』

『わたくしは相手を指差すことにより、本人が過去に言った恥ずかしい台詞をしゃべらせる能力を持っています。――昔書いたポエムやラブレターなどの内容を暗誦あんしょうさせることも可能! それがわたくしの【ポエム=ハンター】』

『な……何という嫌で恐ろしい能力だ!』

 個人的には木嶋先生に使ってみたい。

 

 ?????


 3年茶道部部長 松川弓乃

 ウィル能力名 【ポエム=ハンター】?

 効果 ターゲットを指差すことで、本人が過去に言った恥ずかしい台詞や過去に書いた恥ずかしい文章などをしゃべらせる。(強制発動・防御不能。ただし本人が恥だったと思っていないと駄目なので、現在進行形の厨二病患者などには効果が薄い)


『でも、確かに有効かも知れないですね……言葉で発動するタイプの能力に』

『ええ。それ以外の相手でも一瞬動きを止めることができますし』


【ポエム=ハンター】追記

 特定のキーワードが必要な能力の発動を妨害出来る。


 ?????


「お久しぶりですわ、神平くん。バスケ部の方は、皆さんお元気にしてますの?」

 茶道部のリーダー、黒髪美人の松川弓乃先輩。彼女は天気の話でもするかのような気安さで、顔をしかめるバスケ部眼鏡の神平正信先輩に話しかけました。

「……お久しぶりですな。昨日おうかがいした時はお留守だったようで」

「お互い今年も忙しいみたいですわね。ウェルキンゲトリクス主将はお元気ですの?」

「誰っすか? この美人だけど性格の悪そうなねーちゃんは?」

「上田。こちらの女性が茶道部の部長殿だ」

「へっ! つまり、雑魚どもの親玉っつーことですね! 妙な技を使いやがったが、次はさっきみてーに行かねーぜ!」

「あらあら。元気のいい坊やですこと」

「ふむ。しかし、おかしいですな……」

 首を傾げる神平先輩。

「仲間からの情報によりますと、あなたは今、元ゲーム部の部室にいるという話だったのですが」

「は? どういうことっすか?」


 ?????


 昼休みの茶室にて。

『……松川先輩の能力が敵に知られている可能性はないですか?』

『んー。多分情報は漏れていないかと』

『そうでなくとも僕がバスケ部の立場なら、強そうな先輩が合流して来る前に僕ら1年生を狙うと思います』

『なるほど。確かに、敵が各個撃破を狙って来る可能性は高いですわね……』


 ?????


「この学校の部長クラスともなれば、強くて危険な能力を持っている可能性が高いのだ。出来ることなら、この女が出てくる前に勝負を終わらせたかった」

「ふん! ウチの部長が眼鏡野郎ごときに遅れを取るものですか!」

「梅ちゃんの言う通りだよ! この眼鏡!」

「ピーチクうるせーよ! 雑魚どもが!」

「いや、上田。これはお嬢さん方のほうが正論だ。眼鏡以外」

「は? そんな……!」

「あらあら。神平くんってば」

「しかし俺もそう思ったからこそ、あなたの動向には注意を払っていたつもりなのですが。――いや、待てよ。もしや……」


『でしたら、それを逆手に取って、わたくしの身代わりを立てるとしましょうか♪』

『……身代わり?』


 ?????


「もしや松川部長殿。今、そちらの部室にいるのは演劇部の――」

「さあ? どうでしょう」


『……【モブガール】の能力ですか』

『ええ。わたくしと仲のいい2年の女子なのですけどね。演劇部の部長であるその子は、「誰にも顔を覚えてもらえない」能力を持っています』

『それは……強いのですか?』

『能力というより呪いと言いたくなるような代物ですけどね。放課後、その子にお願いして、あっちの部室でエレンちゃんとお茶でも飲んでてもらいましょう』


 2年演劇部部長 ????

 ウィル能力名 【モブガール】

 効果 彼女の顔を覚えることは誰にも出来ない。


『多分バスケ部は、わたくしを警戒して見張りをつけるでしょう。とは言え、ピッタリ貼り付いて来るとも思えませんし。逆に不意打ちのチャンスです』

『……途中でこっそり入れ替わっても、尾行や監視してる人は気付かない?』

『ええ。彼女の能力はこの学校でも有名ですが、相手はそこまで考えないかと。――遠くて顔は見えないけれど、多分部室にいるのはわたくしだろう。そんな風に脳内で補正してしまうのが、人間の心理というものですの』


 ?????


『まあ、神平が手柄立てるのも面白くないしな』

『ええ、メメント・モリ。チームプレイはやっつけ仕事になるのですわよ。これが協力ゲーム理論の嘘なのです』


 ?????


「してやられましたかな……。俺としたことが演劇部に関してはノーマークだった」

「よし! こいつらを倒したら、その女もぶっ殺してやりましょう!」

「無理だ。顔も分からん相手にどう報復する? 2年の女子を無差別攻撃などしようものなら、逆にバスケ部が集中砲火を浴びて消されるぞ」

「だああああああああっ! 面倒臭え!」

「そうだ。面倒なのだ、戦いというものは……」


【モブガール】追記

 戦闘回避力に関しては異能力高校でも定評あり。


 ?????


「畜生! コイツらだけでも、さっさとぶっ殺しちまいましょう!」

「待て、上田。軽弾みに動くな。どうもこちらの襲撃が予想されていたらしい」

「何のことです? お友達に紹介しようと1年の子たちを迎えに来たら、あなたたちとのバトルになってて、わたくしは大変びっくりでしたけど」

「違うじゃないっすか! このねーちゃんもこう言ってやがるっす!」

「……今のは絶対にフェイクだろう。おい、上田。さっきがお前が言った――いや、言わされた台詞は一体何だ?」

「へ……? いやまあ、何でもいいじゃナイッスカ……」

「ふむ。何となく理解した。――俺の予想が正しければ、次に俺が能力を使おうとした瞬間、松川はさっきの能力を使って来るな」

「は? どういうことっすか」

「あらあら。流石は神平くんですの」

「……弱小勢力と言えど、部長クラスを侮ってはならぬということですな。いくら勝負とはいえ、個人的には絶対に喰らいたくない能力だ……!」

「キミも能力に目覚めたばかりの頃は、『ふ……!』とか『笑止!』とか、良くおっしゃってましたものねー」

「バラすなよ! この女!」


 ?????

 

「ねえねえ、冬林くん。さっきから何の話だろう?」

「……水野さん。もうちょっとだけキミは我慢していて」

「ちょっと、倒れてるそこの馬鹿。息はしているみたいですけど大丈夫ですか?」

「うぅーん……ハニー……怪我はない……かい……?」

「……人の心配しちょる場合ですですか。あんたみたいなアホたれは、どうせ役に立たないから、もうちょっと死んでおきなさい」


「……嫌な予感がしてきましたな。我々の襲撃などとっくの昔に予想済みで、すでに何らかの手を打っている?」

「よし! ぶっ殺しちまいましょう!」

「だからな、上田。どうも俺たち2人では――」

「ところで神平くん。キミたちバスケ部はバレー部と最近どうですの?」

「……ちょっと待て。何故そこで我らが宿敵の名前を出しますか!」


 ?????


『松川先輩の【ポエム=ハンター】で神平先輩の【道連れ眼鏡】を無力化出来るのは理解しました。でも、それだけでは決め手に欠けます』

『ですわね。わたくしの能力に攻撃力はないですし』

『……精神的なダメージは相当な気がしますけど。人によっては致命傷です』

『ですかしら。でも、それならそれで、わたくしにも打つ手がありますわ』


「――実はですわね、神平くん。わたくし、バスケ部とこんなことになるなど全然これっぽちも思ってなかったものですから。そちらのライバルであるバレー部部長に、こんなメッセージを送ってしまっていましたの。スクショ撮りましたので、今そちらに送信しますわ」

 松川先輩が自分のスマホを操作すると、神平先輩の制服ズボンのポケットから小さな振動音が聞こえてきます。

「……何ですと? ――ぶっ!」

 メールかメッセージアプリの画面を開いたらしい神平先輩が顔を歪めました。


 ――拝啓 バレー部部長 中西くんへ 1年B組の上田くんという男子が、茶道部の1年とトラブルを起こしてました。それなりの対処をしたいのですけど、その子はバレー部の新人だったりはしないですわよね? 松川


『送信っと……』

『あの、先輩。これで何が起きるんです?』

『まあまあ、そう焦らずに。あら、早速返信が来ましたわ……』


「……松川部長殿。これにバレー部はどう反応したのです?」

「ヒミツ……と言いたいところですけれど。わたくしと神平くんの仲ですし。やり取りを全部転送させていただきます♪」


 ――違うけど。何で?


 ――その子、最近まで入院してたそうですの。もしや大学病院にいたあなたたちがスカウトしてたりしたら、バレー部と揉めるのは避けたいと思いまして。


 ――ごめん。松川さん。ちょっと待ってね。


『では、ちょっと待ちましょうか』

『……一体何が起きているのやら』

『バレー部は今、仲間同士連絡して上田くんの噂を集めています。もしも彼が病院で、バスケ部の生徒に声をかけられていたなどの目撃情報が入ったら?』

『……話題の上田くんが敵の新戦力だと気付く。そしてバレー部は、僕らとバスケ部が戦闘になると予想する?』

『ええ。茶道部に戦力が割かれているのをチャンスと見て、後ろからバスケ部を刺しに来てくださるかも知れません』


 ――松川さんへ。該当なし 調べたけど、やっぱりその子はバレー部には入っていない。やっつけるなら好きにしちゃって。色々大変だろうけど、お互い今年も頑張ろうね。


 ?????


『……そんなに都合良く、バレー部が利用されてくれるでしょうか? この返事ですと、どうとでも解釈出来そうな』

『バレー部を思い通りに動かそうなどとは思っていませんわ。わたくしの目的は最初から、このどうにでも取れる曖昧な内容のメッセージをゲットすることでしたのよ』

『……え?』

『茶道部の都合のいいようにバレー部が動いてくれるとは限りません。でも、バスケ部の人がこれを見たら、最大のライバルが攻めて来るようにも読めるでしょう? この画像を神平くんに送信しますと――』


 ?????


「……マズイな、上田。これ以上、こんな連中には構ってられん。いったん退却して仲間たちと合流するぞ!」

「は? どういうことっすか!」


『重要なのは、わたくしとバレー部の間にこういうやり取りがあったという事実です。神平くんはなまじ頭のいい子ですから。不安と危機感を煽ってあげれば、戦闘を止める方向に誘導出来ます。彼個人は好戦的な性格でもないですし』


「俺たちは茶道部と戦っている場合ではなくなったのだ。コイツらはハッタリのつもりかも知れないが、バレー部の部長は侮れん!」

「ちょっ……! オレのリベンジに付き合ってくれるって話はどうなったんすか?」

「後回しだ。お前もバスケ部の一員なのだからチームの事情を優先しろ」

「むぎがーっ!」


 ?????


『そんなに上手く行きますか?』

『後は仕上げをごろうじろ……ですの。成功率は半々といったところですが、それで敵がいなくなってくれるなら儲けものでしょ?』


「ねえねえ、冬林くん。良く分からないけど、凄いことになってるみたいだよ!」

「……そうだね、水野さん。松川先輩の作戦のおかげで、僕らは戦うことなくバスケ部を撃退出来たみたいだ」

「ふふーん! 部長がスゴイのは当然です……と言っても、わたしにも何が起きているのやらサッパリですが」


 ?????


「畜生! いい気になりやがって! 調子こいてるんじゃねーぞ、てめえら!」

「上田。相手にするな。では、茶道部の方たちよ。俺たち2人はここで失礼……」

「お待ちくださいな、神平くん。このまま帰るおつもりですの?」

「問題ありますかな。松川部長」

「大ありですわ。ウチの部員たちへの振る舞いに落とし前がついてません」

「落とし前ですと?」


『――ここまでが作戦の第1段階ですわ。そこから先の交渉は、わたくしに任せていただきたいのですけれど……』


 ?????


「松川部長ともあろうお方が、妙なことをおっしゃいますな。バスケ部と茶道部の実力差を考えたなら、ここで我々が退いたほうがメリットでしょうに」

「あらあら。甘く見られたものですの。可愛い部員たちにこんなことをされて黙ってお帰りいただくようでは、これから1年を乗り切れるはずもないでしょう?」

「……面子を立てろ、ということですかな?」


『今回負けたからと言って、即座に茶道部がどうにかなるとは限りません。でも、今年のわたくしたちが弱そうなどと思われては、他の部活勢力が次々に攻めてくる恐れもあって厄介ですの』


 ?????


「その辺りの事情は俺たちバスケ部も同様です。常識的な範囲でしたら、そちらの要求を受け入れるにやぶさかではありません」

「何でっすか! こんなカスどもの言うことなんざ、聞く必要はないでしょう!?」

「今は状況がマズイのだ。最悪、近くにバレー部が潜んでいて、俺らを狙っている可能性もある」

「そんなのぶちめしちまえばいいっすよ!」

「それが簡単に出来たら苦労はない。それで松川部長殿。そちらの要求は?」

「今年度のバスケ部予算の15%でどうですの?」

「……っ! 法外過ぎますな、それは」


『その際、わたくしはちょっと無茶な要求をしてみようと思います。たぶん交渉はこじれるでしょうが、その時は――』


 ?????


「――では神平くんが眼鏡を止めて、コンタクトにしていただくのは?」

「それも呑める条件ではございませんな」

「おうともよ! 先輩から眼鏡を取ったら何が残るっつーんすか!」

「上田。中途半端なフォローはやめれ」


 ?????


「……何だろうね、冬林くん。松川先輩らしくない気がするよ」

「どの辺が?」

「んー。何て言ったらいいのかな……」

「わたしも水野さんに同感ですね。いつもの部長でしたら、相手が嫌がりつつも受け入れざるを得ないギリギリのラインをすっぱり見極めてしまうのですですが……」

「梅ちゃんもそう思う?」

「まあ、部長のことですから何かお考えがあるのかも……ん?」


 ずしーん……ずしーん……ずしーん……


「……何か聞こえませんか? 水野さん」

「ホントだ、何の音?」

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