4時間目 異能力高校入部試験(茶道部部長 松川弓乃)

「失礼しますです、部長! 口では入部希望だとか抜かしている、不審人物3名様をご案内です!」

 茶道部の部室内は雑然としていて、茶道に関係のないガラクタが所狭しと積まれている印象です。畳などもなく、床がむき出し。

「ご苦労様です、新山さん。後のことは、わたくしにお任せくださいな」

「はい、部長! と、その前に……」

 散らかっている室内ですが、不潔な印象はありません。

 僕らを案内した茶道部部員の新山さんは、清掃具の入っている部室内のロッカーから1本のほうきを取り出して、逆さまにして壁に立てかけました。

「どうぞどうぞ。お入りください。茶道の基本はおもてなしですからね。どうかごゆるりと、おくつろぎを!」

「……あからさまに、とっとと帰れと言ってるね」

 逆さほうきかよ。

 古臭い迷信を知っています。


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「……冬林さんは、まだギリギリでマシなのですよ」

「ギリギリなんだ……」

「ただ、後ろのアホ2匹がボーダーをぶっちぎりで下回っていると言いますか……」

「うわーい! ありがとね、新山ちゃん!」

「はっはー! 俺の愛が通じたぜ!」

「……コイツらみたく脳味噌空っぽで生きられたら、人生が楽しくて楽しくて仕方ないでしょうねー。あー、うらやましい、うらやましい。……けっ!」

「凄い勢いでやさぐれてるね……!」

 その時、部室の奥から柔らかい声がします。

「あらあら。にぎやかですわねー。こんなにお客様が来るのは何年振りかしら?」

「申し訳ございません。おたくの部員さんには、大変ご迷惑をおかけして……って」

「うわっ! 凄い美人さん!」

「ああ、うん……。本当だ……」

「はっはー! ミス水野の台詞に、ジョニーが素の反応をしているぜ!」

 部室の奥にいるのは、とても美しい女子生徒でした。流れるような長い黒髪に陶器のように白い肌。柔らかい輪郭に、スッと通った鼻筋。

 穏やかでおっとりな笑顔ですが、こちらを深く貫くような瞳が印象的です。

 水野さんや新山さんと同じ学校の制服姿なのですが、彼女が着ているそれは妙に大人っぽく、夜会のドレスのように洗練されているように見えました。

《――ちなみに、お胸もぽよよんです。新山さんは、まあ普通?》

 奥の方に小さな正方形の机があり、ちょこんと背もたれのない椅子に。

 窓からは西日が差し込み、こちらの様子を微笑ましそうに見守る彼女の姿に、柔らかな光をえていました。

「茶道部にようこそ。新入生のお三方。――わたくし、3年の松川弓乃ゆみのと申します。ここ異能力高校の茶道部の部長を務めさせていただいておりますわ」

 にっこり。

 それが松川先輩との初対面。

「ヨロシクお願いイタシマス……」

 耳の辺りが、じんわり熱い。


 ?????


「おお! 冬林くんが赤くなってる! てっきり世の中の女の子は、妹さんの延長くらいにしか見えてないのかと思っていたよ」

「……水野さん。僕は別にシスコンじゃないからね?」

「あらあら。仲がよろしいですわね? お2人は恋人ですの?」

「違います!」

「反応早! 恋の予感?」

「だから、水野さん。違うって!」

「くすくすくす。可愛らしい子たちですわねー」

「あぅうううう……!」

 水野さんや新山さんを相手にするのと違ってやりにくい……。

「はっはー! そうか! ジョニーの弱点は年上のキレイなお姉さんだったか!」

「……だから、違うって!」

「ふふーん。ウチの部長なら当然です! ……でも、警告しておきますよ? そっちのクソ野郎にもです。いくら松川部長が美人と言えど……!」

「へーい! 松川先輩! この学校を卒業したら俺と新婚旅行に出かけません?」

「? わたくしが結婚するのに合わせて、キミも他の子と結婚なさいますの?」

「わーお! さらりとフラれたぜ! でも、いいなー。綺麗なお姉さんに、すげなくあしらわれるのってゾクゾクする……ごほへっ!?」

 気が付くと、僕は彼の脳天に一撃を入れていました。

「相坂くん! これからお世話になるかも知れない人に失礼なこと言うな!」

「てめえは、わたしの言うことを聞いてなかったのですですですか! その腐った脳味噌には何バイトの記憶領域しかないんじゃ、ボケボケボケ!」

 いつの間にか、新山さんの右足も彼の腹部に。

「ふ……2人とも……いいツッコミチョップとキックだったぜ……ばたんきゅー」

 僕と新山さんのダブルアタックで【ホーリー=フィンガー】の相坂くん撃沈。

「あらあらあら」

「おお! 一目惚れした先輩にちょっかいかける相坂くんに、冬林くんがジェラシーだ。新山ちゃんは、さっきプロポーズされたばかりなので怒ってる!」

「……水野さん。それは違う」

「名誉毀損にもほどがあります!」

「はーい! 松川先輩! ユミノって不思議で可愛い響きですけど、どういう字を書くんですか?」

「……聞いてよ」

「聞きなさいです!」

 ……新山さんに親近感。

「弓矢の弓に、乃木のぎ大将の乃ですわ。んー、水野さん」

「おお! 字は普通。簡単。でも、ちゃんと読めるし格好いい!」

「ありがとうございます。水野さんのお名前は?」

「おだまきです! ひらがなで!」

「苧環ですの……。滅多にないけど、いい名前だと思いますわ」

「ありがとうでーす!」


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「よろしい。後は得意のゲーム対決だ。イカサマキラー」


 ?????


「……凄いな、水野さん。初対面の先輩とあっという間に和んでる」

「ウチの部長の人徳ですですよ。あの人、弱い者には優しいのです」

「そっか。この学校にもマトモでいい人はいるんだね……」

「何をしみじみ言っちょりますか」

「ごめん。入学式以来、ずっと殺伐とした日々を生きて来たものだから……!」


「ねえねえ、新山ちゃん! そう言えば!」

「……何ですか。うざくはないが、うるさいの」

「おお! デレた! 新山ちゃんってクラスは何組?」

「デレとらん! ……C組ですよ。1年の」

「おお! 隣だね!」

「はいはい。隣です隣です。質問は以上でよろしいですか? 水野さん」

「新山ちゃんのお名前は?」

「……! 部長。そろそろ本題に入りましょう!」

「あれ?」

「そうですわね。ちょうど1人倒れてますし。3人ともこちらに座ってもらえます?」

「ああ、ハイ……ってアレ?」

「どうしたの?」

「……水野さん。今さらりと先輩の台詞が黒くなかった?」

「それは恋だよ! 冬林くん」

「文脈が通じてないよ……」

「微笑ましいやり取りは、そのくらいにしてくださいな。どうぞ、冬林くん。椅子ですわ。水野さんはこちらに」

「あ。どうもありがとうございます……」

「ありがとうでーす!」

 部長自ら、椅子を用意してくれたので腰かけます。

「新山さんは、わたくしの左に」

「はい、部長!」


 ?????


(……しまった。この席だと正面から見られて緊張する……)

「あら。どうなさいましたの? 日が差し込んで眩しいとか?」

「いえ……」

「でしたら、もうちょっと、わたくしの方を見ていただけます? 顔を逸らされると話しにくいですわ」

「ああ、ハイ。努力イタシマスデス……」

「あははー。冬林くんが照れてるよー。新山ちゃんも応援してね!」

「そこで伸びてるアホたれに比べれば、そっちのヘタレは安全牌あんぜんはいですね」

 ラブコメかよ! な空気が室内に流れます。

 が、しかし――

「……それで松川先輩。僕ら3人が茶道部を訪れた用事なのですが……アレ?」

「どうしたの?」

「……ねえ、水野さん。このテーブル、おかしくない?」

「? ホントだ! 何でサイコロが入ってるの?」

 先に気が付いたのは僕でした。

 4人が座るテーブルの真ん中にはプラスチックのケースが埋め込まれてあり、中には2個の6面体サイコロが。さらに4辺の部分には、細長い長方形の溝がついています。

「……もしかして、全自動卓というやつですか? 麻雀の」

「ええ。よくご存知ですわね」

「……父が欲しがってたんです。でも高いし邪魔だし、母さんに怒られるって嘆いてまして。僕はやったことないですし、父さんの漫画を読んでたくらいですけど」

「そう。でも、ルールはご存知と。では、せっかく4人面子メンツが揃ってることですし、入部試験も兼ねてちますか?」

「……へ?」

 にこにこと笑顔を浮かべたまま、茶道部部長の松川弓乃先輩は、白くて細くて長い指で牌をつまむ動作をしてみせました。

(……茶道部に来たはずが、何故に麻雀対決に?)

 しかも、打つを「ぶつ」と言ってるあたりが本格派。


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「――さてと。くたばれ」


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「はーい! ごめんなさい! 私、このゲーム知りません!」

「あらあら。簡単ですわよ、水野さん。最初に1000点の手であがったら、後の全局9種9牌で流して勝利です」

「? きゅーしゅきゅーはい?」

「……松川先輩。どう考えてもそれは確率が低過ぎです」

「部長にツッコミを入れるとは何事ですか……と言いたいですが、わたしも確かに今のはどうかと思います」

「可愛がってた部員に裏切られましたの……。めそめそめそ」

 泣き真似をする先輩もお美しい顔でした。……が、スルーしたほうが良さげだと、僕の直感がアラームON。


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「1本場になるだけだっつーの。まだ八連荘パーレンチャンの方があるわ」


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「新山さんも麻雀やるの?」

「パソコンで遊ぶ程度です。リアルで打ったのは数えるほどしかありません」

「……こっそりネト麻の段位とか持ってたりしない?」

「ご想像にお任せします」

「むー。知らない言葉ばっかりでつまんないー!」

 水野さんがむくれるが、問題はそこではないのです。

「あらあら。では、どのゲームで勝負しましょうか? ウチには何でもありますわよ。将棋、囲碁、チェス、オセロ、ドミノにバックギャモン。トランプやウノや花札はもちろん、ボード系なら、人生ゲームにモノポリーなんかも……」


 ?????


「これな? ドア・イン・ザ・フェイス・テクニック。五分五分のゲームなんか挑むアホは死ぬ」


 ?????


「ちょっと待ってください。ここは茶道部の部室ですよね?」

「ええ」

「百歩譲って、ゲームがたくさんあるのはいいとして……」

 部室内をざっと見回します。

 畳……なし。

 掛物かけもの……なし。

 花入はないれ……なし。

 倒れている相坂くん……(今のところ)関係なし。

 その他、ひしゃくや釜など茶道に使いそうな道具……影も形も見当たらない。

「……茶道の道具が全然ないのは何故なんでしょうか?」

「もともと、ここはゲーム部の部室でしたから。茶室は別に校舎の外にありますの」

「ゲーム部?」

「ええ。将棋部や囲碁部やその他が合併して出来た、結構大きな勢力でしたわよ」

「……過去形ですか?」

「過去形ですの」

「……過去形になった理由を、お聞きしてもよろしいですか?」

「何となく察しはつきません?」

「……ついてしまうのが嫌なんですよ!」

「あらあら」

 口元を押さえて微笑む松川先輩からは、ブラックなオーラが発散されてる……?

「? どういうこと? 新山ちゃん」

「フ。察しが悪いですね、水野さん。つまり、わたしたち茶道部は――」

 そして僕の予想の通り――

「――わたくしたち茶道部は、部活バトルでゲーム部を潰して、この部室を乗っ取りましたの。敗戦の責任を取って当時の部長と副部長は退学。残った部員たちも散り散りになりました」

「やっぱりか!」

「わたくしが1年の時の話ですから、キミたちに直接の関係はないですわよ?」

「そういう問題ではありません……!」


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《激戦だったねえ……。ゲーム対決×部員全員》

「ウィル能力なしで勝負しようと約束したのに、違反した相手から能力を奪い取る能力」

《【フェアでファウルなアゴンとアレア】》

「きれいはきたない。きたないはきれい」

《マクベスだよね》


『アゴン=競技。実力ゲー。アレア=運ゲー。サイコロやルーレット。ミミクリ=ごっこ遊びや演劇。イリンクス=目まい。飲酒やバンジージャンプ、肝試しもだな』

《解説ご苦労! とおりゃんせ》

「? どうされました。【フォルトゥーナ】」

『遊びと人間は超名著だ』


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「では、冬林くん。水野さん。それと名前を忘れましたけど、もう1人。――あなたたち3人が部活バトルで頼りになる人材かを試すため、ちょっとしたゲームなどをいたしません?」

 松川先輩の笑顔に僕は――

「……帰りたくなって来ましたよ」

「頑張ろう! 冬林くん」

「わたし的には、尻尾を巻いて逃げてくださっても結構ですです」

 国立ウィル能力研究大学附属高等学校。通称、異能力バトル高校。

 茶道部への入部試験スタート! でした。(相坂くんはまだ死亡中)


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 さて。

 いつの間にかゲーム対決をすることで話が決まりかけております。

「……ところで、松川先輩。わざわざ僕らをテストする必要なんてあるのですか?」

 彼女の交渉術に気付いた僕は、少しだけ抵抗を試みました。

「あらあら、冬林くんってば。腰が低いように見えて自信家ですわね」

「いえ。僕らの実力が図抜けて高いとかではなくてですね。……あなたたち茶道部も、そんなに凄そうには見えないと言いますか」

「む。何を失礼なことをおっしゃいますか! この男」

「じゃあ、新山さんに聞くけれど。キミたち茶道部って総勢何人?」

「わたしや部長も含めて3人です。今はいないけど、2年の先輩が1人います」

「どう考えても弱小勢力じゃん! 頭数だけなら僕らと同じだよ!」

「あらあら」


 ?????


「ふん? まあな。数は客観的な指標だ」


『違う。王将が最強。後は団子』

《ふふふ。葵ちゃんも任期1年どまりか。ヒロインヒロイン》


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「……失礼を承知で言わせてもらうとですね、あなたたち茶道部に仲間を選んでいる余裕なんてあるのかなーと。増やせる戦力は増やしておいた方が良いのでは?」

「いい所に目をつけます。ただ流されるだけの、お坊ちゃんでもないのかしら?」

 ……やっぱり。

 さりげなく台詞が黒い。

「いいのですか、部長? こんなひょろひょろ野郎に言わせておいて」

「ええ、新山さん。ただ相手に合わせるだけでなく自分の主張もきちんとするのは、むしろわたくしには好印象。簡単にイモを引くような野郎には、よその部活との交渉を任せたりできませんもの」

「おお! 好感度アップだよ、冬林くん」

「水野さん。『イモを引く』って、劇画でヤクザさんが言ってた言葉のような」

「そんなの読むの?」

「……父さんがね」

 実家の書斎の本棚には、色んな書籍や漫画がありました。


 ?????


「はあ。あ、素敵かも……」

《原ちゃんと相性が良さそうだね》

『ギャンブルバトルは中学生の内に読むべきだ。負けたらこんな取り立てに遭うとな』

《そうそう》

「あー。ウィル能力をアイテム化出来るなら――」


 ?????


「では、冬林くんに水野さん。キミたちはこんな話をご存知です? ――『保険会社は保険のセールスはするけれど、自分から保険に入りたがる人はお断り』」

「……何ですか、それは」

「つまり自分から保険に入りたがる人は、すでにトラブルを抱えている可能性が高いということですの。保険金の支払いが発生すれば会社にとっては損になる」

「……それが僕らに、何の関係があるのデショウカ?」

「わたくしたちみたいなヤクザな連中の仲間に加わりたいとわざわざおっしゃるからには、裏があると思うのが当然ではありません?」

 にっこりと。

 ……凄みのある笑顔。


 ?????


「物知りだよなあ。やっぱり部長クラス」


 ?????


「あなたたち、1年B組でしたっけ? 木嶋先生のクラスですわね」

「……ご存知なのですか?」

「わたくしが1年の時、担任でしたの。そのご縁で今もたまに準備室にお邪魔して、世間話などもする仲ですわ」

「……サヨウデシタカ」

「あの人のお話ですと、そちらのクラスは大変だったみたいですわね? 初日に考えなしのお馬鹿な男子がヤンキーを挑発して、クラスの雰囲気が最悪になったとか」

「……そういうこともアリマシタ」

「負けた子の名前は忘れましたが、ウィル能力は覚えてます。【ホーリー=フィンガー】でしたっけ? 湯飲みについた茶渋を落とす能力」

「……湯飲みの汚れなんて、指に塩をつけてこすれば落ちますヨネー!」

「その子がお茶繋がりでウチに入部しに来たらどうしようかなーなどと、先生とお話していたのですけれど」

(あの人。そういうことは先に言ってよ……!)

「木嶋先生を責めるのは、筋違いですわよ?」

「心を読まれた!?」

 主導権? 何それ。

 ……な状態です。


 ――ヤクザに絡まれた人が別のヤクザに助けを求めて、結局そっちのヤクザに身ぐるみはがされるお話とかあったよねー。

《原ちゃんか。【らぶらぶ=ラブノミクス】》

『うむ。恋占い能力。どれだけ客がつくか』


 ?????


「さてさて。冬林くんはポーカーフェイスが上手ですわね。でも、ポーカーを知らない人が、この言葉を聞いたら『豚肉野郎の顔』とか訳しそうではありません?」

「……ポーカーの語源にもよりません?」

「かも知れません。あと、【ホーリーフィンガー】って結構下品なスラングだった気がするのですが、そのことを承知で能力名をつけたのでしょうか?」

「本人に聞いてみないことには何ともデスネー……」

 ロジカルに攻めて来たかと思えば、関係のないことで煙に巻く。

 僕も反撃の言葉を考えようとしましたが――

「新山さん」

「はい! 部長」

「水野さんの様子はどうでした?」

「へ? 私」

「ころころ表情を変えてましたよ。部長が何かおっしゃるたびに、『おお、すげえ!』みたいな感じになって、そのあと慌てたように表情を打ち消しての繰り返し」

「はい、確定」

「あっ! うー! うー……っ!」

 僕らの事情を完璧に洞察されて、すぐに交渉は詰み負けでした。


 ?????


「ふん? アホではないな。この部員」

《弓乃ちゃんがパワー型なのだよ》

『リーダーが先頭で戦わないと、下っ端兵士は簒奪さんだつを目論む』

《いやー。とおりゃんせ。愛してる》


 ?????


「……ごめんね! 冬林くん。私の表情を読まれていたよ」

「仕方ないよ。大丈夫。まだ終わったわけじゃ……」

「でも、凄いよ! この松川先輩の洞察力と、冬林くんのウィル能力があれば、学校制覇も夢じゃ……もごもごもご!」

「? どうなさいましたの。急に水野さんの口を押さえたりして」

「……何でもアリマセン。ただの遅れてやって来た厨二病です」


 ?????


「あー、コイツ政治家秘書とか出来そう」

《他人事だね。葵ちゃん》

『秘書か。秘書に必要な物は何だと思う? 先生を親と慕うことだ』

《?》

『愛されて育った要には無理だな。木嶋か。うん。親とは不仲らしい』

《だねー。地元に帰ってないし》

「何か言いましたか? 【女神ウィル】」


 ?????


「学校制覇がどうだとか……」

「気のせいですよ。僕らみたいな1年生の弱小集団が、身の程知らずな野望を持つはずがないじゃないデスカ。はっはっは」

「ぷはっ! 失礼なこと言われてる――っ!」

「では、それは保留にしまして冬林くん。わたくし、キミのクラスの上田くんとやらは危険人物かも知れないと、頭の隅っこに留めておいておりました。彼が何者かに倒されて入院しているという情報も掴んでいます」

「優秀なアンテナをお持ちデスネー……」

「冬林くんが【ホーリー=フィンガー】の持ち主ですの?」

「違います」

「では、あっち?」

「……ええ。あっちです」

「あれ? いいの、冬林くん。相坂くんの能力をバラしちゃって」

「……仕方ないよ。どうせウチのクラスの誰かに聞けば分かることだし。変な嘘をついたりしたら、かえって心証がマイナスだ」

「おお、なるほど!」


 ?????


「いや、クラスメイトじゃねえんだよ」

《うん。教師。あっはっは!》

『松川なら欲しいが要は要らないと。うむ。下馬げばひょうとはそういうものだ。ルーキー不利』


 ?????


「上田くんを倒したのは、あなたたち?」

「……ええ、そうです。僕と水野さんでやっつけました」

「ふーん。なるほど……」

「ねえねえ、新山ちゃん新山ちゃん。何を松川先輩は考えているんだろう?」

「……何でそれをわたしに聞きますか。まあ、すぐに分かりますよ」


 ?????


「騙してんだよ」

《そう。油断させるため》

『要は油断していない。ふむ。女を守るとか言っている奴は温い。女も敵だから決闘する。それが本当のフェミニストだ』


 ?????


「上田くんをやっつけたはいいものの報復が不安で仕方ない。共通の敵である相坂くんを仲間にして、わたくしたちに後ろ盾になってもらいに来たなんてところですかしら?」

「……それを言うなら、『共通の敵を持つ』ではないですか?」

「! 何か言いやがりましたか? てめえ、こら」

「いえ、別に」

 顔が赤くて、台詞が黒い。


 ?????


「あ。分からんか」

《うん。敵なんだよ。弓乃ちゃんにとっては相坂くん》

「こんな弱小要らんわ。金かかる」

《ふっふっふ。騙されてる》

『木嶋の方がな。神能力だぞ。【ホーリー=フィンガー】。下手すりゃ学校トップクラス』


 ?????


「凄ーい! 茶道部の部長さんともなると、こんなにアッサリ私たちの狙いを見破っちゃうんだ」

「ふふーん。当然です!」

 ……水野さんは素直に信じていましたが。

 もしかして木嶋先生に圧力をかけて、僕ら2人の情報も聞き出したりしてないです? この人。

 この学校の強い生徒は、下手な教師より影響力を持っていそうですし。

「……コホン。気を取り直しまして。そういう事情があるのでしたら、あなたたちを部員にすることに、こちらもやぶさかではありません」

「本当ですか! やったよ、冬林くん!」

「水野さん。喜ぶのは、話を全部聞いてからのほうがいいかもよ」

「……本気ですか、部長。その上田さんとやらが、ウチの敵になってしまうリスクもありますよ?」

「ええ、新山さん。こちらの戦力が増えるメリットもありますし。この世にノーリスクなんてありません。人生はリスクとリターンを天秤にかけての取捨選択。でも、それはそれとして――」

 不敵に微笑む松川先輩。

「ここで簡単に入部させるのは、やっぱり面白くないですわ♪ というわけで、冬林くん。水野さん。あなたたち3人の入部をかけてゲームをしましょう」

「……茶道部の入部試験というわけですか?」

「ええ。あなたたちの実力を、わたくしはまだ知りません。上田くんを倒したと言ってるのは、自分たちを売り込むためのハッタリの可能性もありますし」


 ?????


「本題」

《だね》

『まあ、結果は視えているが』


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「むぅ……悔しいけど、そう思われても仕方ないのかな。よーし、その勝負を受けましょう! でも、麻雀は嫌!」

「はい。いざ尋常に勝負です♪」

「……水野さんってば」

 僕はため息をついてから――

「あの、松川先輩。ゲーム対決で勝てば3人とも入部でいいのですね?」

「はい。種目はこちらで決めさせてもらいます」

「条件が互角なら文句はつけません。ただ、僕らが負けた場合には……?」

「そうですわねー。先日の野球部と園芸部の件は知ってます? 愛と勇気と正義のために、キミたち3人で園芸部の仇を討ってもらうなんてのはどうかしら?」

「やめて! 死ぬ!」

「良し。頑張るよ、冬林くん!」

「水野さん。空気読んでよ……!」

 どうにか交渉した結果、僕と水野さんが1回ずつ先輩と勝負し、どちらかが勝てば入部ということに。(気絶中の誰かさんは戦力外)

 初戦のゲームは松川先輩が決定しますが、2回戦は僕らが決めます。


 ?????


「はあ。粘るんか。ここで」

《分からなくなって来た……》

『どうせ松川の勝ちだよ。ゲーム能力』

《ふーん? BETはしない。まだ》

『うむ。2回勝負か。引き分けだと明日バスケ部に襲われて全滅なのだが』


 ?????


「では、わたくしの最初のお相手はどちらです?」

「はーい! 私でーす!」

 でも、負けた時の条件は引っ込めてもらってません……。とりあえず水野さんに出てもらって様子見を。

「では、よろしくお願いしますわね。あ、そうそう……。最後に1つだけ」

 思い出したようにおっしゃる松川先輩。コ●ンボか。

「そんなに警戒した顔をしなくても。純粋に勝負を楽しみたいので、ゲーム中、ウィル能力の使用はお互い無しにしませんか? という提案なのですけれど」

「どうする? 水野さん」

「いいよー!」

「……僕もいいです」

「そう。ありがとうございますの♪」


 ?????


「発動」

《約束は守れ。これ強いんだ♪》

『その通り。だから鶴賀がヤバイ。【深淵を覗く契約者】――サインとハンコをコピーする能力』


 ?????


(……僕ら2人のウィル能力は、どうせ役に立たないだろうから関係ない。でも、松川先輩や新山さんの能力は? ただの口約束だから場合によっては――)

「しめしめ。狙い通りですの。発動条件クリアっと」

「……何か言いました?」

「いえ、何でもありませんわよ? では、水野さんとの1回戦。わたくしはこんなゲームを提案させていただきますわ」


 誕生日当てゲーム

 ~ルール~

 ①プレイヤーは相手に、イエス・ノーで答えられる質問を1つする。あるいは正解だと思う日付を1つ言う。

 ②された質問に、相手は嘘をつかず答える。あるいは日付を当てられたら負け。当てられなかったら攻守交替。


 ?????


「だと思った」

《鬼教師》

『おだまきか。形は水仙すいせんに似た紫色の花で、真ん中だけが白い。菖蒲あやめ杜若かきつばたには似ていない』


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「おお! 面白そうだよ!」

「……水野さん。負けたら大変なことになるってのは分かってる? それと松川先輩。それだと審判がいないので、質問に嘘をついたりもできません?」

「んー。学生証に生年月日があったでしょう? 勝負が済んだら確認で」

 制服のポケットから出したそれを、お互い裏返しにして、テーブルにしている全自動麻雀卓の中央に。


 ?????


「デュエル」

《ただしイカサマあり》

『イカサマをさせたくないのなら、司法機関を設立しなさい。水と安全はタダではない』


 ?????


「良ーし! 正々堂々、勝負です!」

 水野さんも同じことをして、僕と席を交替しました。

 僕の右が水野さんで、左が松川先輩。正面が新山さんで、その後ろに窓があります。見えるのは放課後の校舎だけで、生徒の姿はありません。

 よその部活動では今頃何をしてるやら……。

「では、水野さん。先攻と後攻のどちらがいいですの?」

「決めていいんですか? じゃあ、先攻で!」

「はい。では、そちらの質問からスタートですわ♪」

 ゲーム開始。

「何にしようかなー……。まずは普通の質問で。松川先輩の産まれた月は偶数ですか?」

「ノー」

 攻守交替。

「わたくしの番ですわね。何を聞くのがいいかしら」

「部長。ここは一発で答えを当ててはいかがですです?」

「あははー。新山ちゃん。それはさすがに無理だって!」

「水野さんの誕生日は5月の14日だと思いますの」

「何で分かるの!?」

 瞬殺ぅううううううううう――――っ!


 ?????


「え? えええ? 何で? はっ! もしや松川先輩。相手の誕生日が分かるウィル能力を持っている!?」

「違いますわよ。水野さん。実はわたくしにとってラッキーなことに」

「らっきーなことに?」

「わたくしの母も、5月の生まれでしたのよ」

「それが何!?」

 松川先輩の言い分を僕は信じたわけではありません。

「実は中学時代、母の誕生日に花束でもプレゼントしようと思いまして。どうせならと、5月の誕生花について調べたことがありました」

「あれ? もしかして」

「ええ。水野さんのお名前の苧環という花は、14日の誕生花。本やネットで調べてたのが、たまたま頭に残ってました」

「うわー……何というアンラッキー。私の名前にそんな由来があったとは知らなかったよ。ごめんね! 冬林くん。負けちゃった!」

「……うん。仕方ないよね、勝負だし」

 たとえば、さりげなく出させた学生証。

 松川先輩が透視ができるウィル能力を持っているとしたら? あるいは、木嶋先生から僕らのことを聞き出していて、僕らの名前も知っていたら?

(レアな名前だから、何かの由来があると考えてもおかしくない……)

「ふふーん! 流石は部長。これで茶道部の1勝ですです! 今の内に、尻尾巻いて逃げ帰ってはいかがです?」

「しかし、まわりこまれてしまった……みたいなオチになりそうだからやめておく」

 新山さんにため息をついてから、水野さんと席を交替。再び松川先輩と向かいます。

(……さて。僕が決める番だけど。どういう勝負ならこの人の裏をかける? じゃんけんか何かで運勝負だと、流れは向こうにありそうだし……)

 少し考えてから僕は――

「良し。水野さん。帰ろうか」

「帰っちゃ駄目だよ、冬林くん!」

「だって、どうしても茶道部に入らなきゃ駄目ってわけでもないし」

「駄目だよ! そんな! ここで私たちが撤退したら、犠牲になった相坂くんの英霊に申し訳ない!」

「死んでない死んでない死んでない!」

 水野さんに軍部の指導者だけはやらせてはいけません。


 ?????


「ま、終わりか」

《どうすんだろうね。第2ゲーム》

『俺なら上田の能力を売って協力を求めるが、入部は無理だろうな』

《とおりゃんせでもそれか》

「? 女神様」


 ?????


(――どうしよう。松川先輩とガチで勝負して負けたら目も当てられない。こっちに有利なイカサマとかで騙すのが理想的なんだろうけど……)

 ちらりと正面にいる先輩の顔を見ます。

「あら? どうなさいましたの」

「……いえ」

 この人なら、僕の罠や仕掛けなんてあっさり見破りそうな予感……。

(どうしよう……どうしよう……どうしよう……そうだ! 父さんの持ってた漫画の主人公だったらこんな時!)

「では、先輩。僕もゲームを決めました」

「はい。どんなのですかしら?」


 誕生日当てゲーム

 ~ルール~

 ①略。

 ②略。

 ③先手……僕。

「――待てや、こら! ですの」

 お美しい笑顔のままで、先輩はドスの効いた声を出しました。


 ?????


「は!?」

《あれー?》

『おい、松川負けた! ゲーム対決で……!』

「嘘だ……」


 ?????


「あのですわね、冬林くん。それ、わたくしが考えたゲームですわよ?」

「そうでしたっけ? でも、同じゲームが駄目とは言われてないですし」

 飄々ひょうひょうとしてみせますが、内心はかなりドキドキです……。


 ?????


「言ってねえな……」

《言ってない》

『煙草ふかしてえ』

《時代遅れだよ》

『エンタメは広告塔だ。トレンディードラマのおかげで家具が売れる』

「…………。えっと。連続行動?」

《合ってるねー。よろしい。転生決めた!》

『困るな。イカサマの代償はこれなのだ』


 ?????


「では、それはいいとしましょう。ですが、先程わたくしは水野さんに先手を譲ってあげました。でしたら今度は、こちらが先攻になるのがスジではありません?」

「それは先輩と水野さんの勝負で、僕には関係ないでしょう? どちらが先手か決めるのも、ルールの決定権の範疇はんちゅうだと思ってます」

「……可愛い顔して、えげつけない手を使ってきますわね?」

「いやー、だって負けたら、僕の仲間たちが危険なことになりますし……」

 この主張が通った場合、僕は2問分のアドバンテージを獲得します。

 1年366日の誕生日候補をイエス・ノーで半数に減らして行く。これが基本になるこのゲームで優位に立てるのは間違いなし。


 ?????


「ひでえ……」

《「この手があったか!」って、こういう時のために使うんだなあ。気に入った》

『うむ。ルール通りだ。イカサマをされた報復に吊り合っている』


 ?????


「冬林くん! 凄い! えぐい! ずるくて汚い! でも、逆に格好いい!」

「ウチの部長との取り決めを逆手に取るとはですですね……」

 しかし、実際勝負してどうなるかは別問題。あっさりハンデを覆して、先輩が勝つ可能性だってあります。

(でも……)

 その場合は「ずるい! 連続で勝つなんてイカサマだー!」などと叫びつつ、水野さんの【スプーン=スネイク】で松川部長を攻撃。

 相坂くんを抱えて部室から逃げ出す選択もあるかなーと……。

(実際、最初の勝負はどう考えてもペテンだろ……)

「雲行きが怪しくなって来ましたわ……。キミ、わたくしに要求でもありますの?」

 もちろん先輩や新山さんの能力次第では、戦って負ける危険もあります。


 ?????


「やべえな……」

《「こんなヤバイ1年生なんて聞いてない」ってまた来るね》

「うげ!」

《どうする? 葵ちゃん》

「嫌だ……。松川に肩入れさせられるのは嫌だ……」

『ここの教師も能力者なのだよなあ』

《まあね。勝負は続く》


 ?????


「そうですねー。これ以上はお互い面倒なことになりそうですし、勝負はやめにしませんか? 茶道部部長、松川弓乃先輩」

「冬林くん! 何を言ってるの!?」

「へい、ジョニー! ここで逃げては男がすたるぜ!」

「いや、逃げるわけじゃなくってね……って、さらりと相坂くんが復活してるー!?」

 いつの間にか背後に立たれてて、びっくりでした。


 ?????


「何でこんなに偉そうなんだろうな……アホ相坂」

《はっはっは》

『騙されてる。茶渋を消すか。言い換えると?』


 ?????


「いやーはっはっはっはっは! 本当はしばらく前から目が覚めていたんだよ。ただ、この部室の床は、愛しの新山ちゃんや松川部長が踏みしめていた物だと思うと、もうちょっとすりすりしていたくなってだなー……」

「もういっぺん死ね! この変態!」

「相坂くーん。私もそれはキモイと思う」

「そんなに、わたくしの靴の裏が舐めたいですの?」

「はっはー! 総攻撃だぜ。それでジョニー。これからどうするんだい?」

「そうだねー……」

 女性陣の視線が冷たくなったのに気付かないフリをしつつ、この場の全員の不満を最小に抑えるアイディアを考えます。


 ?????


「やべえよ……。【召眼目フィールド】オフに出来ねえ」

《きついねえ。これ。【ヒヲナラス】も効かんわ》

『あ。F組の弥生やよいか』

《あの子可愛いよね》

『うむ。22歳新任教師。学生だった木嶋と面識がある』


 ?????


「松川先輩。僕ら茶道部に仮入部って出来ますか?」

「仮入部ですの?」

「ええ。勝負に勝ったわけではないので、僕らを正規の部員にしてくれとは言いません。ただし負けたわけでもないので、野球部とのバトルは無しにしていただければと……」

 僕としては、それが最低限の条件です。


 ?????


「あ。上手い」

《引き分け狙いか。奥義なんだよ》

『仲間が物分かり良ければな』

《うん。普段からお小遣いあげてれば》

『貧困国はまとめやすい』

《そう。儲ければ儲けるほど、メンバーは貪欲になる》

『たまには節食するべきなのだなあ』


 ?????


「正規の部員でないのなら、わたくしが守って差し上げる義務はないですわよ?」

「……ヤバイ問題が起きたら切り捨てる宣言ですね。今はそれで構いません。ただ、何か起きた場合は先輩の指示で働きますし、功績次第では正規部員への昇格を」

「悪くないですわね」

 水野さん、相坂くんだけでなく、松川部長にもメリットがあるはずの提案。

「正式な部員である新山さんのことも、茶道部の先輩として立てますので……」

「……如才がなくてムカつきますね、この男」

 こうは言っていますけど、彼女は基本、部長に従うと見ました。


 ?????


「詰み」

《要くん美形だからバトルにならん》

『だよな。フツメンがこの交渉したら泣かれる』

《学生がお付き合いなんて、とんでもありません!》

『なのだよ。女兄弟がいたから、要は女能力者を仲間に出来る』

《お話しするってスキルなんだよ》

『その通り』

《レアアイテムやキーアイテムの在り処? Aボタンだけで聞き出すなんて無理だよ》

『対価を払え。ガセかも知れんが』


 ?????


「どうでしょうか? 松川先輩。とりあえずでも茶道部に置いていただけるのでしたら、僕ら頑張ってお役に立ちたいと思います」

 僕の左横と後ろで、水野さんと相坂くんもうんうんと頷いています。

 ――狙うはチェスで言うところのステイル・メイト。

 松川先輩を屈服させることが、本来の目的ではありません。プライドや勝ち負けなんて、今の場面ではどうでもいい。

「冬林くんと言いましたっけ? キミは意外と使えそう。でも、あとの2人は微妙かなーと思ってしまうのですが」

「……え」

 まさか他の2人を切り捨てて、僕だけ茶道部に入れと言ってます……?

「ん。まあ、いいでしょう。歩のない将棋は負け将棋とも言いますし。全然使えなさそうに思える子でも、意外な場面で役に立ってくれたりするものですわ」

 そうおっしゃる先輩には、確かに何かの風格がありました。

 こうして僕ら1年B組の3人は、茶道部に仮部員として所属することになったのです。


 ?????


「えー? こうなるのか? この弱小3人が?」

『うむ。ここで相坂を切り捨てると新山が逃げる』

《あ。賢いな。とおりゃんせ》

「? 誰と……」


 ?????


「やったー! 冬林くんのおかげだよ! 凄い交渉術だった! 格好いい!」

「ああ、うん……。良かったよね」

 満面の笑顔になった水野さんが僕の手を取って振って来て――


 ?????


『お。いちゃいちゃ=死亡フラグだ』

《本当だ》

「何ですか? さっきから」


 ?????


「はっはー! ハニー! 今日から、ここが俺たちの愛の巣だぜ!」

「触るな! キモイ! 肩に手を回すな! あんたとくっつくくらいなら、舌を噛んで死にますですよ!」

 僕の仲間2号がやっぱり空気を読まない人で――


 ?????


「本当に何でこの能力で……」

『嘘をついているからだ』

《中継しない。とおりゃんせ》

『【ホーリー=フィンガー】は全ての物を新品に出来る能力だ』

《だから中継しないって言ってるだろ。葵ちゃん。キミは知らなくていいからね♪》

「?」

『茶渋は余技』

《変な決め台詞するな》

「???」


 ?????


「やれやれ。今年の勝負はどうなることやら。わたくしのいる1年間、皆には酷い目に遭って欲しくないのですけどね?」

「……スミマセン。松川先輩。僕の仲間たちをどうかよろしくお願いします」

(ああ……どうにかなった)

 しかし、僕たちの戦いはここからが本番だったのです……。


 ?????


「待ってろ、水野と冬ぴー!」

「俺が行く。よろしいですな、主将?」

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!


 ?????


 翌日の放課後。僕、水野さん、新山さん、相坂くんの1年生4人は、茶道部の部室で麻雀の全自動卓を囲んでおりました。

「……自分で言ってて意味不明。まったく松川先輩は何を考えているのやら」

「ブツブツうるさいですよ。冬林さん。ほら、何を切るのです?」

「ドラの5索ウーソーで」

「むむむ……。ジョニーはドラ切りか。ミス水野の1筒イーピンをチーしたってことは、ホンイツか? では1萬イーワンは通ると見たぜ!」

「ロン。三色さんしょく同順どうじゅんドラ2。半荘ハンチャン終了。僕2着ー」

「酷い、冬林くん! せっかく逆転の手だったのに!」

「……それに振り込むと僕がラスになりそうだったから。いいじゃない。今ので相坂くんがラスになったよ」

「わたしはトップをキープでラッキーです」

「自分の力で和了あがりたいの!」

 とりあえずゲームが終わり、新山さんが各自の得点を紙に書いていきます。

「……しかし、何なんだろうね、この状況」

「何がです? 冬林さん。あ、次は水野さんの起家チーチャです」

「よーし! 今度は負けないよ」

「はっはー! いやいや、次こそ俺がトップだぜ!」

「……茶道部に入部したはずが、何で最初の命令が『今日中に4人で麻雀を覚えなさい』なのさ!?」


 ――とりあえず、基本的なルールはマスターしてくださいな。お金は賭けちゃ駄目ですけど、ポイントの集計はしてください。わたくしは出かけてきますので、お留守番をよろしくですわー♪


「……もしかして新山さん。松川先輩って茶道に興味ない? 水野さんの9索キューソー、チー」

「む。ジョニーがまた変な鳴きをしているぜ!」

「その可能性はありますね。部長は元々ゲーム部の人でしたから」

「……そのゲーム部って茶道部に潰されたって所? 1索イーソーポンして3索サンゾー切り」

「そうですね。2索リャンソーは通ります?」

「通ります。一度負けたけど、よその部活の力を借りるとかして乗っ取った? それとも敵ながら優秀な人だったから、当時の茶道部の人にスカウトされたとか?」

「さあ? そこまでは存じません」

「むむむ。冬林くんが大物手の予感だよ……! ここは――3筒サンピン!」

「ロン。ジュンチャンのみ。2000点」

「あううううっ! また、そんな手で親を流された!」


 ?????


「ねえねえ、新山ちゃん。新山ちゃんの名前ってどんなーの?」

「うるさい、黙れ! リーチ!」

「何で怒るの! ドラ切り!」

「一発で何を切っちょりますか、あんたは!」

「はっはー! 俺は知ってるぜ! ハニーの名前は、梅子うめこっていうんだよな?」

「ぎゃああああああっ! 何で茶渋野郎がそれを知っちょりますか!?」

「愛するハニーのことを知りたいとは思うのは当然じゃないか! 具体的には今日の昼休みに、隣のクラスに行って聞き出したぜ!」

「畜生! クラスの誰か知らないですですが、コイツに情報をもらした奴はタダじゃおかねえ!」

「……行動力があるよね、相坂くんは。……現物げんぶつペー

「おっと、ジョニーが牌を捨てたぜ。最初に6筒ローピンを捨ててるし、たぶん3筒サンピンは平気……」

「ロン! リーチ一発一通イッツー満貫マンガン!」

「アウチ! 愛が痛いぜ!」


 ?????


「でもさ、梅ちゃん。何で名前を知られるのを嫌がってたの? すっごく可愛くていい名前じゃない?」

「梅ちゃん言うな!」

「……花の名前で水野さんとおそろいだね。新山さんの名前も誕生花?」

「そうなの? 梅ちゃん!」

「うるさいですね! わたし、自分の名前そのものが嫌いなわけではなくてですね、名前の由来を聞かれるのが嫌なんですよ!」

「何で?」

「……天真爛漫な人間って、たまに無性にムカつきませんか? 冬林さん」

「そうか! ハニーが俺に冷たく当たるのは、それが原因だったのか!」

「あんたは無神経なだけじゃ、こら!」

「……僕も新山さんの名前はいい名前だと思うけど」

「わたしの梅子という名前なのですが。実はわたし、4人兄弟なのですよ。姉が松子まつこで兄が竹男たけお。双子の妹がいて、その子がうぐいす」

「……それは、うん」

「感想はいいですよ。『いい加減だねー』とか『男だったら、梅太うめただった?』とか『妹さんと双子だって分かった時に、両親がとってつけた感じ』とか、そういうのは聞き飽きました」

「……もしかして、ご兄弟もこの学校にいたりする?」

「いいえ。上の2人は年が離れてますし。妹も適性検査に合格しましたが、普通の学校に行きました」

「そっか……。親元離れて大変じゃない? ご飯とかはちゃんと食べてる?」

「何で同学年の男子に、そんな心配されにゃならんのですですか」

「ツモ! これって高い手かな?」

「……水野さん。それは緑のみ! 役満ですです!」


 ?????


『ロン。字牌じはいのみとか言ってみたいな。一度。いやー、心臓ばくばくして無理か』

『それ字一色ツーイーソーだろ。兄貴』

『メメント・モリか』


 ?????


「オーラスで逆転リーチが和了れなかったぜ! でも、親だからもう1回チャンスがあるってことだよな?」

「……ごめん。相坂くん。僕、ながし満貫」

「おーう!?」


 ?????


「そう言えば、新山さん。このゲーム部じゃなくって茶道部って、もう1人先輩がいるんだっけ?」

「いますよ。夏村エレン先輩。2年生。3日に1回くらい部室に来ては、隅っこで体育座りして、『どうせ私はダンゴ虫みたいな女よ……』『世界中の人間が自分の黒歴史を公表されればいいのに……』とか壁に向かって呟いてます」

「何それ怖い……!」

 などといった場面を挟みつつ、東風戦とんぷうせんを10回終えたところで集計を。

「……結果が出ましたですですよ。トップがわたし。2着が冬林さんで3着が水野さん。この2人はほぼ同点で、そこの馬鹿が1人負け」


 ?????


『我が名は「とおりゃんせ」。これ部内の序列通りになっている』

『おや?』

『念のため訊くが松竹梅しょうちくばいくらい知ってるよな? 今のガキ』

『うなぎおごれ』

『分かった。生のうなぎ奢ってやるから自分でさばけ』

『ぐえー。串打ち三年焼き一生』

『梅にうぐいすは花札だ。松に鶴。菊に酒』

『春夏冬と書いて「商い」さ』


 ?????


「ははは。俺はこのゲームが苦手なようだ。ハニーに花を持たせただけで満足だぜ!」

 コンコン、と。部室のドアがノックされたのはこの時でした。

「おっと。お客さんだぜ、マイハニー!」

「……仕方ないですね。正規の部員のわたしが出ます」

 新山さんが部室のドアを開けました。

「どうも。こちらは茶道部でよろしかったですな? 松川部長はご在室でしょうか」

 顔を出したのは、クールで大人びた印象を持つ、眼鏡をかけた男子生徒でした。きっちりと真ん中で分けて撫でつけたような髪型で、身長は新山さんよりだいぶ高め。

「……いいえ。部長は出かけておりますが。どちら様でしょうか?」

 知り合いではないようで、新山さんがピリピリしてます。

「俺はバスケ部2年の神平正信と申します。松川部長にお話があったのですが……」

 バスケ部という単語に聞き覚えがありました。

 ――実はお前らが入学する少し前、バスケ部とバレー部の間で中規模な武力衝突が起きてたんだ。その時の怪我人が今も病院に入院してる。


 ?????


「…………」

「? どうしたの、冬林くん。怖い顔して」

「ジョニー! 悩みがあるなら相談に乗るぜ!」

「おや? しばらく見ない内に、賑やかになりましたな。今年の茶道部は部員数が少なくて、数ヶ月ももたないだろうというのが、大方の予想だったのですが」

「……喧嘩売りに来たのですか? 部員が増えたのはウチの部長の人徳ですです!」

「ふむ。あの人は敵には容赦がないが、目下の者には面倒見がいいとの評判ですな」

「ふふーん! 分かれば、よろしいですです」


 ?????


『お前が弱いから茶道部が潰れると言われている』

『ふーん。新山ちゃんも駄目か』

『自分が弱小能力者だとバラしたも同然』

『なんだよな。バトルタイプは2秒で分かる』


 ?????


「使い道のない雑魚能力者に無用な情けをかけ過ぎて、それまでの仲間が去って行ったという噂も耳にしましたが」

「やっぱり喧嘩売りに来たのですか、この眼鏡!」

 バスケ部2年、神平先輩。

 彼が今日、何をしにこの部室に来たのかは分かりません。ただ、この人の動きに最大限の注意を払って警戒しろと、僕の奥底に眠る本能のようなものが告げていました。


 ?????


『見込みあり。相対的に』

『ふーん。鼻差で勝てばいいか』

『そう。圧勝すると仲間を呼ばれる。僅差きんさで勝つと――』

『組むかどうか検討し始める』

『その通りだとも。易牙えきが。いや、メメント・モリ』

『流石、元一国の主は違うな。大国主命おおくにぬしのみこと

『ふん』

因幡いなば白兎しろうさぎってアレ何?』

蝦蟇がまあぶらって知っておるか』

『はあはあ! 傷薬の宣伝であったか』


 ?????


「ふむ。怒らせてしまいましたな。いや、失礼。そんなつもりはなかったのですが。本当は大事な用事があったのですが、後日改めてうかがいましょう」

「……二度と来るな!」

 しかし、この場では特に動きもなく、神平先輩は去って行きます。

「ええーい! 塩け塩!」

「……お疲れ様。新山さん。流石に誰も塩は持ってない」

「感じの悪い眼鏡だったねー」

「へーい! 次の半荘を始めるかい?」

「麻雀なんぞやってる気分ではないですですよ!」

「梅ちゃんがねちゃった……。トランプでもする?」

「……ごめん、水野さん。僕もちょっと考えたいことがある」

 しばらく沈黙の時間が続きました。

「ただいま、戻りましたわー。……? どうしましたの。皆さん、お静かで」

 松川先輩が戻って来るだけで、ほっとしたような空気になります。

「お帰りなさいです! 松川部長」

「……お帰りなさい」

「お帰りなさーい!」

「ご飯にします? お風呂にします? そ・れ・と・も・俺?」

「ただいまですわ、冬林くんに水野さん。わたくしの留守中に変わったことはありましたかしら? 新山さん」

「はっはー! 華麗にスルーされるのも快感ですぜ!」

「で、留守中、何かありました?」

 惚れ惚れするようなスルーでした。

「いけ好かない眼鏡の男子が来ましたですよ。部長が留守だと伝えたら、すぐに帰って行きました。あと、これが半荘10回の集計です」

「ありがとうございます。新山さん。いけ好かない眼鏡というのはどんな子ですの?」

「バスケ部のカミダイラさんとか言っていました。2年だそうです」

「ああ、神平くんですか」

「……お知り合いですか?」

 用紙を渡した新山さんに代わって、僕が訊きます。


 ?????


「あの眼鏡をかけた坊やでしょう? 彼らとは、去年ちょっと色々ありまして」

「……それは先輩たち個人でなくて、バスケ部と茶道部の間でということですか?」

「ええ、冬林くん。あら、この結果、面白い……」

 集計結果を見た松川先輩は、何かを考えていたようでした。

「さて。今日はもう遅いですわね。部活はもう終わりにして、また明日ここでお会いしましょう。では、皆さん。さようならー♪」

「はーい! さようならー!」

「失礼しますです。部長」

「ハニーと部長のお顔を見られることを励みに生きて行きますぜ!」

 元気一杯に、3人の仲間たちが去って行きます。

「それでは僕もこれで……」

「あ。お待ちくださいな。冬林くんは、ちょっと残ってもらえます?」

「? はい……」

 夕暮れの部室で、松川先輩と2人で残されました。

「……あの、先輩?」

「ん。ちょっと待っててくださいね。今考えを整理していますから」

「はい……」

 机代わりにも使っている自動卓。

 昨日、最初に座った時と同じ並びに座り向かい合います。

「んー。どう考えたものかしら……。アレがアレでこうなって……」

「…………」

 夕日の色が滲む室内で会話は無し。だけど、居心地は悪くありません。

(何だろうね……この感じ……)

 この部室に来て2日目。茶道部部長の3年生、松川弓乃先輩と出会って2日目。

 たったそれだけの時間でしたが、不思議とここの空気は過ごしやすく感じます。

 しかし。

「あのですわね、冬林くん」

「はい」

「あなたたちの敵の上田くんが、バスケ部に入部したみたいです」

「…………はい?」

「そして、キミたちへのリベンジという名目で、バスケ部は茶道部に部活バトルを仕掛けて来るものと思われます」


 ?????


『よろしい。戦争だ』

『本当だね。とおりゃんせ。仲良くしろか。どれだけ大変だと思ってる。隣人がチャカを隠していたら、どう責任を取ってくれるんだい? お上はよう』

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