愛想




「すまんな、十上君。」


車に乗り込むと高山が笑って頭を下げた。


「帰るついでですから。

それと俺の事はセイと呼んでください。」

「でも君達はみんなセイだろ?」

「もう俺一人だけですから。」


高山がはっとした顔になる。


「そうだったな、九津君は半年前だったか……、」

「亡くなりました。」


しばらく二人は無言になる。


「セイ君、何か困った事はないか。」


高山が静かに言った。


「いや、特にはありません、が、」


セイがちらりと高山を見た。


「鬼憑きについて何かご存知ですか。」


高山の顔が厳しくなる。


「美戸川から聞いてないか?」

「ほぼ聞いてません。ただ六花と一緒に街を歩けと。

それと黒い楔を渡されました。

でも六花から六花のお母さんが茨島神社の巫女だったと。

そして美戸川室長から首にされたとは聞きました。」


高山が大きくため息をついた。


「相変わらず美戸川は自分の興味がある事しか考えてないんだな。

他の者は全て物扱いだ。

だから僕は六花ちゃんに美戸川の所には行くなと言ったんだ。

半年ぐらい前に美戸川から六花ちゃんに

茨島の巫女として来てくれと言われたんだ。

僕は断っていたんだが、知らないうちに六花ちゃんが行くと決めてしまって

一人暮らしも始めてしまった。」


高山はセイを見た。

窓越しに街の明かりが瞬く。


「君達の時もそうだ。

自分がやりたい事、興味がある事だけに突っ走って

気が付いたら何体もキメラが出来ていた。

今なら犯罪行為だ。生命の冒涜だ。

そして生き残ったのは君と九津君だけだったな。

美戸川はある意味天才だ。

だが人としての倫理観や心が欠けている。」


高山は大きくため息をついた。


「僕はあいつの近くにいたのにそれを止められなかった後悔がある。

君は生きているが、だからそれで良いと言う事じゃない。

今クローンの法律に携わっているのもその経験があったからだ。」


その時高山のマンションに着く。

かなりの高級マンションだ。


「僕は君に話したい事が沢山ある。

今はなかなか時間が取れないが機会があればぜひ会いたい。」

「俺もぜひ。」


二人の目が合う。


「六花の所に猫の世話と掃除に行っています。

またクロに会いに来てください。」

「掃除?」

「いや、なんでもありません。お体に気を付けて。」

「君こそな。鬼に襲われて死ぬなよ。」


高山が車を降りた。


「それで六花ちゃんに手を出すなよ。」


セイの顔がぽかんとなる。

高山がそれを見てニヤリと笑い、

慌ててマンションに入って行った。




セイはウヒョウビルに戻った。

すると一階の割烹「三よし」の暖簾を下げている三芳がいた。

セイは三芳に頭を下げる。

すると彼はセイに言った。


「十上さん、腹減ってないか?」


セイは立ち止り三芳を見た。


「キャンセルが出ちまって食材が余ってんだよ。

半額で良いから食べないか?」


セイは夕食を食べていなかった。

確かに腹は減っている。

家で何かを食べるつもりだったが今から作るのも面倒だった。


「……食べようかな。」

「よし来た。」


三芳は暖簾をしまいながらセイを迎え入れた。




三よしの店内はカウンターがあり、テーブルがいくつかある。

それほど広くないが清潔感のある店だ。


「助かるよ、急にキャンセルが出ちまって。

しかも無断キャンセルだ。」

「よくあるんですか?」

「たまにな。

でもせっかくの食材だし処分なんかしたくないから、

あんたがいいタイミングで来てくれて助かったよ。」


三芳は手際よく準備をする。


「悪いけど俺も喰うよ。」


カウンターに二人分の刺身定食と熱燗が出て来た。


「いけるだろ?」


三芳がにやりと笑う。


「ところで六花ちゃん、元気にしてるか。」


セイの猪口に日本酒を注ぎながら三芳が言った。


「六花ですか?」

「面白いな、あの子。ザルだな。

何回か来てくれたんだよ。

それであんたの話も聞いたよ。ネコが好きだって?」


セイが刺身に箸をつける。


「……美味うまい。」


三芳がにやりと笑った。


「だろ、今日の魚も良いものだったんだ。

キャンセル野郎もこんな良い魚を食べられなくて残念だよ。」


三芳がセイを見た。


「六花ちゃんがあんたの事色々と話してくれたよ。」

「六花は何を話したんですか?」

「ああ、あんた警官だってな。六花ちゃんから聞いた。

だからちょっと目つきが悪くて怖いんですぅと言ってたよ。」

「こ、怖い……、」


三芳が酒を啜ってニヤッと笑った。


「この前ここで騒ぎがあっただろ。

六花ちゃんが痴漢に追っかけられたとか言ってた。」

「あ、ああ、」


先日六花が鬼に襲われた時だ。


「六花ちゃんはパトロールをしていたと言っていたな。

二人で治安維持のために色々な所をパトロールしてるって?

一般市民としては助かるしありがたいよ。」


セイは今まで人にそのように言ってもらった事が無かった。

内容は全然違うがさすがに鬼を探しているとは言えない。

彼女なりに考えて三芳にそう言ったのだろう。


「その、すみません、俺、愛想が悪くて。」

「時々食べに来てくれるだけで良いんだよ。

あんた警官だから尚更安心だよ。」


セイは料理を食べる。


「俺は和食が好きなんですよ。自炊はするけど

やっぱり料理人の作ったものは全然違う。」

「料理を誉めてもらうのが一番嬉しいね。」


三芳は笑った。


そしてやがて食事は終わる。

セイにとってはとても満足のいく食事だった。

彼は店のお品書きを見た。


「電子マネーで良いですか?」

「半額で良いよ。」


セイは首を振った。


「いや、正規の料金を払います。でないと次ここに来にくい。」


三芳ははっとした顔になる。


「でも今日は酒だけ奢って下さい。美味かった。」

「はは、良いよ。また来てくれよ。」

「来ます。」


セイはそう言うと店を出た。

三芳は片づけを始める。

口元が何となくほころんでいる。


「なかなか気の利く良い男じゃねぇか。」


今まで見かけるだけの愛想の無い男だった。

だが六花が来てからセイの様子は変わった気がする。


「あの二人は仕事だと言ってたな。」


だがそれ以上の何かを三芳は感じた。

若い二人だ。運命と言うものはどう転ぶか分からないものだ。

三芳もそれなりに経験がある。

しばらく様子を見ているのも面白いかもなと彼は思った。






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