第11話 思い出の場所
「・・・・またね」
玄関のドアが閉まったあと一人でボソッと呟いた。
「部屋に戻ろうかな・・」
あとは何もすることはない。もらった袋を片手に少しだけまた中を覗き込んでからその袋を抱きしめた。
お母さんがもうすぐ帰ってくる。玄関で一人突っ立ったまま紙袋を抱きしめてる息子を見たら多分叫び声をあげるだろうから袋は片手に持ち直して長居せずに部屋に戻った。
「・・・・・よいしょっと」
渡されたのはプリントとノートだけ。もしかしたらと変な期待をしてガサガサ全部取り出して見たけど、それ以外は入っていない。
(紙のメモとか入ってたらって思ったけど、・・・・それは流石に・・・)
自分にとって都合のいいことが起きると他にもないかなと探してしまう。まるで幼い時のクリスマスが小学生の高学年になっても勝手に続くものだと思っていた時のようだ。少しだけ期待して朝起きて枕元を確認して、案の定何にもないから悲しくなって落ち込みながらリビングに行っても、開けたドアの先から聞こえてきたのは「おはよう」という朝の挨拶だけ。
(・・・他の子は小学生の時はもらってた子が多かったな)
学校に行くと皆話題にする。僕は輪には入らず、というか入れず皆の楽しそうな話を盗み聞きしていた。
「・・・こうたくんに月曜日お礼も兼ねて明日何か買おうかな」
夜ご飯をまだ食べてないから、ノートとプリントを机の上に並べてそのままの状態でリビングに向かった。
ガチャ
「・・・・・」
ドアを開けると台所で何やら冷蔵庫を整理しているお父さんの背中が見える。
「・・・・お父さん」
「・・ん?あぁ、かずきか」
「・・・・・・」
「こうたくん?だっけ、帰ったんだね」
「うん・・・」
気まずい。会話を聞かれていないとは思うけどなんとなく普通に接することができない。
(っていうか、お父さんとの普通の会話ってなんだ)
「お母さんはもうちょっとで帰って来るらしいけど、先に二人で食べとこうか」
「え、いいの?」
「うん。別にいいよ、すぐにできるからちょっと待っててね」
「・・・・うん、な、何か僕も手伝うこととかある?」
「いや、大丈夫」
「・・・分かった」
普段2人きりでいることが少ないから無理矢理繋げようとしても変な形で終わる。
僕はお父さんの邪魔をしないようにソファに座ってテレビを観ることにした。
(・・・・・つまんないな)
流行りのものとかあまり興味がないからテレビを見ても楽しめない。チャンネルを変えては少し見ての繰り返しで結局選んたのは音楽番組だった。
知らない歌手が歌っているその歌詞は恋愛を描いたものに聞こえるけど、人を切なくさせるそのメロディーは失恋ソングだろうか。
「・・・・思い出のあの場所」
聞こえてきた歌詞に妙に反応してしまった僕は思わずリピートした。こうたくんの連絡先のトップ画面は思い出の場所だと言っていたけど、僕がこうたくんと出会った思い出の場所とは全然違うから彼はあの時のことなんて覚えてないと思う。
「・・・・・」
ソファに脚も乘せて体育座りのように膝を抱え込んだ。
また会いたいと思っていたのは僕のほう。
また会えて喜んだのも僕のほう。
最初の出会いで忘れられなくて、外に出るたびに似てる人を探して、あっと思って追いかける視線の先は結局違う人。
何処かで会えたらと思いながら、僕のこうたくん像があの高校の入学式の日までに膨らんで、自分の都合の良いように形作られてしまった。
それでも冴えない僕に対する神様の最初で最後の大きなプレゼントだったのだろうか、再会したこうたくんは僕が勝手に作り上げた想像をいい意味で簡単に超えて、しかもそれは今でも継続中だ。
(・・・・会いたい・・・同じ空間に居たい・・隣で横顔ずっと見ていたい)
さっき会ったばかりなのにもう会いたい。
喋るのが下手くそなくせに一緒に居たいと思う。
「き・・・かずき」
「・・・え、あ」
一人の世界に潜り込んでいた僕はお父さんに呼ばれた声に反応するまで時間がかかってしまった。
「ご飯できたよ」
「あ、・・・ありがとう。今行く」
ソファから立ち上がり、ダイニングテーブルの席について出来上がった料理を呆然と見つめた。
(・・・パスタ)
「こんなんしか出来なかったけど」
「ううん、僕ナポリタン好きだから・・・ありがとう」
「なら良かった」
できたばかりだからお皿に盛られたパスタからは美味しそうなケチャップの匂いとともに湯気が見える。
「スプーンはいる?」
「いや、いいや。フォークだけで食べるよ」
「そうか、じゃあ父さんもそうしようかな」
2人で手を合わせていただきますを言ってから、同じタイミングで食べ始めた。
フォークでパスタをすくうと、中からも湯気が凄い。熱々だからきっとこれは舌が火傷する可能性がある。中に溜まった熱気を外に逃がすように何回かフォークに絡ませた麺を持ち上げた。
「ふぅー、ふぅー・・・・」
行儀が悪いかもだけど、舌が火傷してヒリヒリしながら食べても味がしないから思いっきりふぅふぅした。
チャンネルを変えずに流しっぱなしにしてある音楽番組からはまた別の曲が流れてきている。
(また知らない曲・・・)
曲が始まって少ししたら、いい感じの熱さになったから口に入れた。噛むと甘酸っぱいケチャップの味と外は少しカリっとした食感のソーセージが口の中いっぱいに広がって思わず心の中で普段言い慣れない言葉を言ってしまった。
(・・・・うまっ)
「かずきには熱かったね、ごめんよ」
「大丈夫・・・・これ凄い美味しい」
「そうか」
テレビはBGMの役割を果たしてくれたから、しばらく2人何も喋らず食べていた。何か忘れているけど何だろうと思った僕は、ポケットに入ったスマホのバイブ音でそれが何かを思い出した。
「あ、そうだ・・・あのさ、きりゅうくんって覚えてる?橋本きりゅうくん」
「きりゅうくん?いとこの?」
「う、うん」
「もちろん。まぁ覚えてるも何も身内だからね」
「・・・・そ、そうだよね」
大人はそうなのか。子どもの僕からしたら、会いもしないし連絡も取らないいとこは知らない人と同意義なようなもんだ。
「どうかした?」
「うん・・・・なんか、この前連絡が来て、明日の土曜日買い物に行こうって」
「そうなんだ。行ってくればいいじゃないか」
「う、うん・・・」
「どうかした?あ、もしかしてお小遣い足りない?」
「いや、全然そんなんじゃないけど・・・・きりゅうくんってどんな子だっけ。あんまり覚えてなくて」
お父さんは「あぁ~」といいながら動きを止めて、思い出すように話した。
「かずきよりも背が低いんじゃないかな」
「そうなの?」
「うん、確か・・・・。あと、高校変わったらしいね、編入・・・だったかな」
「そうなの?」
「うん」
「何かあったの?」
(なんでまた編入なんか・・・・)
「ん~・・・あんまり詳しくは聞いてないけど、明日会ったら聞いてみてもいいんじゃないかな?それにしてもかなり急だね」
「・・・う、うん・・そうだね、僕も驚いてる」
理由なんて言えない。お父さんに話してもダメだとは思わないけど、多分いい空気にはならない。
「まぁ、楽しんでおいで」
「うん、ありがとう」
深く理由を聞いてこないのはお父さんなりの気遣いかもしれないし、元々そんな性格の人なのかもしれない。いずれにせよ今の僕にとっては居心地が良いからありがたい。
(お母さんならズケズケくるんだろうな)
テレビで流れていた音楽番組が終わったちょうどそのタイミングで玄関からお母さんの「ただいま~」という声が聞こえてきた。
「あ、帰ってきたね」
「うん」
僕たちもちょうど食べ終わって、お皿を片付けようとしているところだった。
疲れた顔をしたお母さんがリビングに入ってくる。
僕はお父さんが作ってくれたからそのお礼にお皿を洗おうとして台所に立って水を流し始めた。
「おかえりなさい」
「ただいま~、あ~、もう疲れた」
「お疲れだね」
「ご飯食べた?」
「うん、お父さんが作ってくれた」
「2人で食べたよ」
「そうなんだ。良かった」
他愛もない会話をしてから、僕はお風呂に入って部屋に戻った。
「・・・・はぁ」
ベッドの上に座って一瞬横になろうとしたけどギリギリでストップ。
「そういえばお母さんに明日のこと言ってないな・・・まぁ、お父さんに言ったからいいか。そういえばスマホ」
食事中にバイブ音がなった気がしたけど、確認していなかったと思い、取り出して画面をタップするとメールが来ている。差出人はきりゅうくんからだ。
「・・・・そうなんだよね」
明日の服装教えてほしいと連絡が来ていた。そして僕はそれを決めようとして、ベッドに横にならなかった。タイミングが良かったけど、何を着ようか迷う。
「適当でいいや・・・こうたくんじゃないし」
悩むほどの服を持ち合わせていないから適当もクソもないんだけど、とりあえず寒くないように選んだ服をきりゅうくんにメールで伝えといた。
(向こうは僕の顔覚えてるのかな)
準備をしてからベッドに横になってスマホを見上げる。
「・・・ん~」
きりゅうくんのことは一応大丈夫になった。今度はこうたくんに寝る前に何か送りたいと思って色々考えてみたけど何もいい案が浮かばない。
打ち込んでは消して、また打ち込んでは送信ボタンをタップしようとして止めて、結局最後に選んだのはありきたりな言葉だった。
【もう寝ましたか?僕はこれからです。今日はありがとう。いい夢見てね。お休みなさい】
電気を消して、枕元に置いたスマホは伏せておいた。返事を期待してないといえば嘘になるけど、もしこうたくんからの返事が来たら多分寝られなくなる。
楽しみは明日の朝に取っておこうと思いそのまま目をつぶった。
好きで好きでたまらない しおあじ @nukonuko_
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