エピローグ

夏の日差しは陰り、秋の冷たい空気が日常になった。青々と茂っていた木々は姿を変えて、色づく前の寂しい地肌を晒している。

道行く人の服装も変わった。訪れる冬の足音を感じながら、日々を過ごしている。

燐もまたその一人だ。


秋は忙しい季節だ。まるで間を繋ぐように、真っ青な夏と何もない白の冬を繋ぐ。

どちらかの都合で長くなったり短くなったりもする。

気付けば終わり、人々は一年の終わりを感じ始める。


だから燐も秋は好きだった。終わりの季節だ。苦行ともいえる学校生活の残りが、一つ、また一つと減っていくのを感じる。


あれから数か月、ようやく冒険者業とは別に忙しい毎日を終えた。

燐は今、久々の休日を使って星底島の郊外へと足を進めている。

背の高い建物は少なくなって、電車の駅も間隔が開いていく。


山の真横を過ぎる景色を見て、そろそろ降りる頃だと意識をする。

燐の服装は長そで長ズボンにマフラーという私服だ。

モノレールの中は暖房がかかっており、マフラーは少し暑いが外せない。


「アリス、マフラーの中でものを食べるな」


もぞもぞと首元で動くくすぐったい感触に燐は苦言を呈す。

ぴょこん、と顔を出したアリスは、クッキーを口に含みながら「分かったわ!」と元気に答えてまた一口、クッキーを齧った。


そんな愛らしくも奇妙な妖精に姿に、対面に座っていた女子高生らしき二人組が気づいた。先ほどからちらりと燐の顔を盗み見て、何かを話していた二人だ。

アリスも気づいて、小さな手を振った。すると二人も小さく歓声を上げてアリスに応えた。

アリスを纏めた動画もサイトに多く出回っていた。そのため、アリスの知名度も若者の間では結構ある。


知らない人に話しかけられたくない燐は仏頂面で座っていたのに、アリスが人当たりよくしたせいで、2人組は席を立とうとしている。面倒だと思った燐は、先に立ち上がり、別の車両に移った。


「そんなに嫌なら変装でもしたらいいのに」


燐の行動理由なんてお見通しなアリスはそう言った。

燐はそれに険しい顔で答えた。


「有名人気取ってるみたいでいやだ」


人に話しかけられたくないのに、変装するのは恥ずかしい。

そんな思春期特有の自意識の高さと謎の偏見に、アリスはくすりと笑った。


『次は~』


電車のアナウンスが聞こえる。燐の目的の駅だ。

小さな駅で燐は降りた。

そして緑の匂いを感じながら、迷いなく足を進めた。


小高い山の側を進む。人の気配はほとんどない。進めば進むほど誰ともすれ違わなくなっていく。

燐は古びた道を進んでいく。両側の木々が、アーチのように枝葉をしならせていた。

進むこと5分ほど。燐の視界に、並ぶ墓石が見えた。


ここは燐の両親が眠る墓地だった。

ここに来たのは、両親が死んだと知ってすぐ。目覚めたばかりの頃だった。

あの時燐の心中にあったのは、悲しみとそれを上回る執念だけだ。

涙は流れなかった。ただ、決意をした。


燐は足を進めて、両親の墓前に立つ。

あれから半年。少し汚れていた。燐はアリスと共にそれを丁寧に洗い、落ちた木々の枝葉を片付ける。


「やっぱり、変わらないな」


今も涙は流れない。半年前と自分は何も変わっていない。

それが今も胸の奥で燃え続ける炎で分かる。


アリスはそんな燐の横顔をじっと見ていた。たった半年で燐は成長した。背丈は伸びで、全身には筋肉が付いた。その横顔も半年間の成長を感じさせる凛々しいものへと変わっている。

そして変わらない危うさ。自分の命すら投げ出して、執念のために突き進むその姿は何をしても変わらないだろうと、アリスは悟っていた。


「ワタシも一緒にいるから」

「…………当たり前だろ」


いつになく真剣なアリスに、燐は笑って返した。


「アリス、しばらくダンジョン探索は10階層で止める」

「…………えっ!?何で!?」


燐のダンジョンへの執念を知るからこそ、アリスは驚愕を漏らした。

燐が仕方がない理由でダンジョンから離れたことはあっても、自分の意思でダンジョンに潜らなかったことは無い。どれだけの大けがをしても、それは変わらなかった。


「今の俺じゃ、上層が限界だろ」


燐の言葉には、認めたくないという苦しみと、仕方がないという諦観が滲んでいた。


「10階層以下は別世界になる」


事実、冒険者たちは初心者とそれ以外を隔てるものとして、10階層を定めている。

11階層以下のモンスター、環境は上層とは一線を画す。

モンスターの種類は増加し、毒持ち、魔法使いなど状態異常や遠距離攻撃持ちも出てくる。

加えて、ダンジョンの環境も険しい。対策が無ければ環境に殺されることなど、日常茶飯事だ。


そして活動する冒険者の数も増加し、冒険者同士の争いも残念ながら発生する。

貴重な素材、レアドロップなど、あそこは宝の山だ。

誰も見ていない地の底では、犯罪は立証しにくい。モンスター以上に同業者に警戒を払う必要があるという者もいる。

燐は一人で冒険者活動をするため、ヒーラーの回復も、魔法使いの遠距離攻撃も全て自前で揃える必要がある。


「どうしたのよ、気味悪い」


だからアリスらしからぬ厳しい言葉が出たのも仕方ないだろう。

今までは前のめりに転びそうになるほどダンジョンの最奥を求め続けた少年の言葉とは思えなかった。


「お前な……。分かったんだよ。俺の力じゃ何も考えずに無茶してもすぐ死ぬって。それが今回のことでよくわかった。そういうことができるのは特別な奴だけだ」


燐が思い出すのは幼馴染の姿。

一瞬で冒険者の頂点に立った彼女のようになりたかったが、現実は違った。

燐に彼女のような才能は無い。


(なら俺は、後から一足飛びに追い付いて見せるさ)


燐は実際にダンジョンに潜って気づいた。ステータスの表示されない技術や経験の重要性を。それが無ければどんなに優れたステータスでも脆い。

ダンジョンで見た雫や『スターレイン』の冒険者たちの戦い方。あの流れるような美しい技術までとはいかないが、今の武器を使えているだけ、の現状よりは技を納めなければならない。


「後は金策もだな。耐毒の装備は欲しいし、ジョブレベル上げもしないと。少なくとも1年ぐらいはかかるか?」

「そんなに?」

「ほとぼりを冷ますって意味もある。今回の件で目立ちすぎた。他の冒険者にやっかまれるのはまだ早い」


燐はアリスに今後の予定を話しながら山を下った。

内に秘めた狂気は変わらない。執念は欠片も消えていない。

それでも冒険者としての知恵と頭を手に入れた。

後はそう、知らずの内にくすぶる小さな火種も。


それから1年。遠廻燐の名前が表舞台に出ることは無かった。しばらくはネットを中心に『名持ち討伐は偶然だった』『一発屋』といった声が叫ばれていたが、それも流れの早いネットの世界ではすぐに埋もれ、燐の偉業は過去のものとなった。


彼が再び世界に名を轟かせるのは、もう少し後のことだ。


―――――――――――――――――――――――――――

お久しぶりです、蒼見雛です。

これで第一章は終了です。

ここまで読んで下さり、ありがとうございました。

これからもよろしくお願いします。

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アンダー・ザ・ダンジョン~少年は最下層を夢見る~ 蒼見雛 @turdh1582

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