その後……
『名持ち』。ダンジョンで突如発生する異常種を指す言葉である。通常のアイテムドロップの法則からも外れたその存在は、死した後、必ずドロップ品を残す。
他のドロップ品を凌駕するその存在を人々は『銘造武具』と呼び特別視した。
『名持ち』は強い。例え最低位の『開位』の名持ちであろうとも、その力は生半なモンスターを凌駕する。
ベテランの冒険者であっても、討伐できずに敗れる例は多いのだ。
それが今、討伐されかけている。たった三人の冒険者によって。
愛憎の鬼と執念の【呪術師】の戦いは終わりを迎えようとしていた。
鬼が吠える。絶殺の誓いを。炎を持って彼を絶やすと命を燃やす。
その目に映るのは過去の後悔。今の復讐。未来を焼いて、全てを呪う。
黒鉄の穂先を持った【呪術師】は猛った。ただ、勝利を。呪いを。力を、と吠える。
【呪術師】は最後の力を振り絞り、果敢に駆けた。
聖女の輝きが穢れを阻み、狩人の矢が道を開き、最後に支配の手が愛憎を払い、その命に黒鉄の刃が突き立った。
そして光が散った。
それは勝者をたたえる讃美歌だ。
散り行く黒の光は天へと舞って消えていく。
そして大地に一振りの『片手斧』が突き立った。
「ふふっ、ふふふふふっ」
彼女は心の奥からあふれ出る笑みを殺すことが出来なかった。
自身と戦っていた冒険者たちが怪訝そうに顔を顰める。
ここは、特区第一ダンジョン2階層、『ゴブリン村の戦場』前のルームだった。
『スターレイン』の救助隊として組織された数十人を超える冒険者、その半数以上は大地に倒れ、残りも皆、満身創痍。
唯一無事なのは、眼前の着物の美女のみ。
「何か面白いことでもあったのか?」
「あったよ。君ももうすぐわかる」
今にも溶けそうなほど歓喜にゆるんだ表情でレナ・フォールはそう言った。
どこまでも白い白亜の美女は、眼前の敵のことなど忘れたように心の衝動のままに踊る。
「ああ、素晴らしい!力だけでなく、その心もまた、人のそれではないね!よかったよ、見に来て!ワタシは今日、英雄の誕生を目にした!この先、数多の困難が君を襲うだろう、時にはくじけそうになるだろう。でも、大丈夫。ワタシがいるから!いつまでも、いつまでも、永遠に、君が命尽きるまで、見守ってあげるからね」
陶酔したように誰かへの執着を語る眼前の女に、同性として侮蔑と嫌悪の感情を抱いた九条姫は、先に行った自身の妹分の身を案じる。
(悔しいが、私では勝てん。どうにか生き残れよ、レイハ)
「じゃあ、ワタシは帰るよ」
「は?」
散々自分の邪魔をした女の言葉に、低く唸る。
「ワタシと彼の出会いは衝撃的でなければいけないからね。こんなところで会うわけにはいかないんだ。決して恥ずかしいわけじゃないよ?」
「………さっさと消えろ、変態め」
現れた時と同じように、白の女は突如として消えた。
燐が『名持ち』を討伐した直後のことであった。
□□□
「…………またここか」
水面から浮かび上がるように意識が覚醒する。とても快適な目覚めとは言えない。
全身は炎が宿ったように熱く、呼吸するだけで締め付けるような痛みが走る。
だがその痛みと、見覚えのある古臭い蛍光灯が、燐が生きていると示している。
だが無事ではないのだろう。全身には包帯がまかれ、視界も一部が塞がっている。
そして右手には太い管が何本も刺さっている。
「燐ぃいんん!よがっだぁああああ!!」
動かない燐の視界に、大泣きをしている金髪の妖精が飛び込んできた。
「うおッ……」
べたり、と全身で顔に張り付いたアリスのせいで燐はろくに息が出来ない。
動かない身体で何とか顔を捩って呼吸を確保する。
「うええええええぇええええんんんん!燐ぃいいいんんんん!」
「うるさいぞ、アホアリス…………。医者呼べ」
燐は苦笑した。心配をかけた自覚のある燐は、アリスが泣き止むまで大人しく付き合った。
□□□
「うーん、半分死んでたね」
アリスが呼んできた医者、七伏泰三は呆れたようにそう言った。
もはや見慣れてきた顔と言葉に、燐は「へえ」とどうでもよさそうに返した。
「君が初めてここに来たときぐらい死んでたね。『スターレイン』が提供した回復薬が無かったら、死んでいたよ」
「だから全身が痛いんですか?」
「そうだね。まだ治療途中だからね。今は4分の1ぐらいが死んでるよ」
「へえ」
病室内には、医者の他にも人がいる。アリスは当然のように燐の枕もとに座り込み、医者の背後には十香、キキ、雫がいた。
「費用はこちらが持ちますので、残りの治療もお願いします」
「はい。お任せください。具体的な治療プランとしまして―――」
大人二人は燐たちを放り出して、具体的な入院費用や治療プランの話をし始めた。
「やっほ。生きててよかったよ」
横たわる燐を覗き込むように、雫が微笑む。
年不相応のコケティッシュさを持つ少女の、人懐っこい笑みに燐は視線を奪われた。
そしてそれを恥じるように首を振った。
「助けてくれて、ありがとう。礼羽」
「雫でいいよ。ほら、呼んでみて?雫って」
「………雫」
「わぁ~~かわい~~。いい感じだよ!」
燐のしかめっ面と雫の楽しそうな笑顔を見て、キキは微笑ましそうに笑った。
燐はようやくその少女を見る。
年のころは、燐よりは2つ3つほど上だろう。
少女らしい潔癖さと女性らしい清楚な魅力を宿した顔立ちは、外国の血が流れているのか異国風に整っており、美しい。
背丈も燐と同じほどであり、修道服のような服装に隠されているが、スタイルはいいのだろう。
明るい地上で落ち着いてみると、目も覚めるような美少女だ。
「あ、どうも」
「ええ。2階層では助けていただきありがとうございます」
そして会話が終わった。
燐は元々会話が得意な方ではない。アリス以外とは業務連絡以外していないため、まともな人間との雑談などいつぶりか。燐は気まずそうに視線を逸らすキキの顔を見ながら、思い返す。
一方のキキも小中共に女子高育ちであり、異性と会話する経験自体がほとんどない。
どちらも慣れない行為に狼狽え、相手の出方を伺った。その結果、誰も話さない。
「…………」
「…………」
「えっと、自己紹介でもする?」
見かねた雫が助け舟を出す。
初めに口を開いたのはキキだった。年長者である自分が先にするのが筋だろうと、責任感の強い真面目な彼女は思った。
「私は如月・アリエスフィア・桔梗と言います。パーティーではキキと呼ばれることが多いですね。好きなものは辛いもの。苦手なものはスプラッター映画です。
改めて、命を助けていただきありがとうございます。そしておめでとうございます。貴方に冒険者として惜しみない賞賛と感謝を捧げます」
独特な言い回しは、年不相応の威厳のようなものを感じさせるが、不思議とキキには似合っている。彼女が纏う俗世場慣れした清らかさのせいだろうか。
学校の自己紹介のような好き嫌いを言ってしまう天然気味の言動も合わさり、彼女の嫌味の無い言葉は本心なのだと、若干人間不信の燐にも分かった。
だから燐もまた、素直に言葉を返した。
「遠廻燐。回復魔法かけてくれた、よな?今更だけど助かった」
「いえ。それが役目ですので。お役に立てたなら何よりです」
開かれた窓から、夏風が空気を読まずに吹いて来る。仄かな熱気がカーテンをさらって、少女の柔らかな銀糸の長髪をヴェールのように広げた。
その奥で小さく微笑むその姿は、清純な風を思わせた。
「―――はい。ではそのように」
燐たちが自己紹介を終えたころ、ちょうど十香と七伏の会話も終わった。
七伏は病室を出て、十香は燐たちのいるベッドの方へと向かってきた。
「さて、とりあえずおめでとう、燐君」
彼女は笑みを浮かべて、燐を讃えた。
「治療は私が手配するから気にしなくていいわ。君は傷を治しなさい」
「えっと、ありがとうございます。なぜそこまで?」
「いいもの見せてもらったからね。そのお礼よ」
気にする必要は無いと、十香はそう言った。
燐は素直に感謝を告げる。
「傷が癒えたら、また話しましょう。それと、これを。君のよ」
十香はアタッシュケースを差し出してきた。彼女が病室に来た時からずっと持っていたものだ。
その素材は金属だが、燐が見たことのないものだ。間違いなくダンジョン産の素材だろう。
「なんです?これ」
「『銘造武具』よ」
その一言で、燐の視線のみならず、雫とキキもアタッシュケースを凝視する。
それだけのものだと、三人とも理解している。
燐は手渡されたケースの留め具を開ける。鍵も何もないため、不用心だと思ったが中身を見てその考えを改めた。
鍵なんて無くても、取ろうとするものはいないのだと。
中もまた、白色の金属で構成されている。だがその中心部から黒く染まっている。
まるで中に納まるそれに汚染されているように。
「呪いに強いミスリル銀で作った【耐呪のケース】なんだけどね」
一日でこうなったと、十香は苦笑交じりに伝えた。
中に入っていたのは、白銀の刃を持つ片刃の片手斧だった。
サイズは燐でも扱えるサイズであり、グーラに取り込まれる前の形状に近い。
その柄は血が乾いたような赤褐色であり、銀の刃には片面には怒りに染まる鬼が、片面には悲哀に鳴く鬼が描かれている。
まるでグーラを刃に押し込めたような武器だと、燐は感じた。
武器としても、今まで見たことがないほどのポテンシャルを秘めていることが分かる。だがそれ以上に、悍ましいこの呪い。
「銘造武具は持ち手のジョブや戦闘方法に合わせた装備になることが多い。だからそれが【呪いの武器】になることなんて無いんだけど…………」
燐は違う。呪いの武器を求めた燐が呪いを扱う鬼を討伐したら、呪いの武器が落ちるのは必然。
「銘造武具が呪われるなんて、聞いたことがありません…………」
その呪いのオーラに息を呑むキキが、そう言った。
世界で初の呪われた銘造武具だ。
燐はその刃に向けて、手を伸ばした。周囲の驚愕にも構わずに赤褐色の柄を握りしめて、ケースから取り出した。
刃を灯に透かすように掲げる。
厚い刃はずしりと重く宿した呪いの密度を伝えてくる。
黒い呪いが滲み出す。持ち主の精神を蝕もうと触手を伸ばすが、燐の右手はそれを許さない。
右手に弾かれた呪いは諦めたように斧の内に戻っていった。
「アリス」
燐は名を呼び、アリスに指示出す。ふわふわと飛んだアリスは、魔法を発動させた。
「【ステータス】」
――――――――――――
Name:【飢炎傷斧ゴア・グーラ】
Rare:『開位』
耐久度:10000/100000
Skill
【
HPとSP消費。破壊増幅。
【
『耐久』を除くステータスに高補正。『器用』にマイナス補正。精神汚染。常時発動
【
再生阻害。回復阻害。復活阻害。
【■■■■】
条件未達成
【使用者限定:遠廻燐】
――――――――――
これがグーラの『名造武具』のステータスだ。
耐久度は驚異の一万。燐の知るどの武器よりも高い。
そしてスキルは5つ。ひとつは『名造武具』固有の所有者固定であり、ひとつは使えないようだが、どれもグーラ固有の能力であり、ジョブでは手に入らない強力なスキルだ。
燐が求めていたステータス補正も存在する。
精神汚染は今のように【右方の調律】で無効化できるため、デメリットらしいデメリットと言えば、『器用』のマイナス補正ぐらいだろう。
最適ともいえる武器に燐は頬を吊り上げた。
(これでようやく始められる)
燐の冒険者活動の第一歩目を踏み出すために必須のパーツが揃った。
呪いの武器を使い、推奨レベル以上の階層で戦う。それが燐の当初の目的だ。
ただの呪いの武器ではなく、『銘造武具』になったのは想定外だが、問題は無かった。
「……じゃあ燐君。これからの話よ」
その言葉で燐は、視線を十香へと戻す。
彼女はスマホを差し出してきた。
燐は疑問の表情を浮かべてそれを受け取り、画面を覗き込む。
それは動画サイトの画面だった。
以前は燐も見ていたが、冒険者になってからはすっかり遠のき、偶にアリスに付き合わされるぐらいしかない。
十香の指が再生ボタンを押す。燐はアリスと共に動画を見る。
そこは、燐のよく知る『特区第一ダンジョン』の大広間だった。多くの冒険者たちが行きかうその場所は、動画内では普段とは違う困惑と驚愕に彩られた喧騒が包んでいた。
その中心点にいたのは、十香や雫、キキたちと担架で運ばれる燐だった。
「は?」
その背後からは犬の散歩のように紐で繋がれた片刃の斧が引きずられている。
その姿はとても、目立っていた。
特殊な造り、装飾をした片手斧は見るものが見れば銘造武具だと分かり、そして呪われていることはそれがまき散らす黒色の呪いのせいで明らかだ。
その動画は、当然世界中に出回っており、再生回数は数千万回を超えている。
そして関連動画の欄には、「妖精ちゃんまとめ」というタイトルで数百万再生を記録している見覚えのある妖精の顔のサムネがあった。
「燐君がダンジョンに入るときに妖精を連れていたこと、そして帰ってきたら私に連れられて、『銘造武具』があった。察しのいい冒険者や記者は気づいてるわ」
「それってつまり…………」
十香の言いたいことを察した燐は、顔を引き攣らせながら尋ねる。
「しばらくは冒険者稼業は無理ね。君の周りは騒がしくなるだろうし、同業者のちょっかいも増えると思うわ。特に君は無所属。勧誘も増えるでしょう。面倒が嫌なら、落ち着くまでダンジョンに近づかないことをおすすめするわ」
伝えられる言葉の余りの面倒くささに、燐は天を仰いで意識を飛ばした。
そしてそれから数か月、燐は忙しい毎日を送ることとなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます