地底の葬送歌②

「ぶっ殺す!!」


グーラに【初級呪術】を命中させた燐は、一気に攻勢に出る。

遠心力を乗せ、振られた黒鉄の短槍の一撃は、胴体を捉えた。


だが鋼鉄の如き呪いの炎に阻まれた。

お返しとばかりに、天から拳が振り下ろされる。


燐は地面を蹴り、グーラの足元を滑り抜ける。

靴と地面が擦れる摩擦音を奏でながら立ち上がった燐は、大きく背後に飛び、距離を取った。


「燐!危なすぎ!」


燐の無茶苦茶な回避方法にアリスは苦言を呈する。


「アリス、詠唱を続けろ!デバフ漬けにするぞ!」


デバフが積もれば積もるほど、燐に有利になる。


「ふううううぅううう――――」


燐は大きく息を吐いて両腕で槍を握りしめる。

対面する鬼は、燐の身の丈ほどもある巨大な斧を構えた。

野生の獣が棍棒を握締めるような技も術理も無い雑な姿勢だが、燐は冷や汗が止まらなかった。


グーラのアビリティは、二種の魔法で低下している。

それに加え、燐は自身の指に嵌った指輪を見る。

『敏捷の指輪』と呼ばれる最低位のアビリティ補正のアクセサリーだ。

それを装備限界の5個まで装備している。

上昇幅は、固定値で100。

グーラから見れば取るに足らない上昇率だが、それのお陰で何とかグーラの攻撃を見切れている。


グーラは、大きく身をかがめる。膨張した太ももが、きりきりと力を溜める。

その姿に、燐は次の行動を想像し、頬を引き攣らせた。


だんっ、と地面を蹴り砕きながら、巨体が嘘のように宙を舞う。

跳躍したグーラが空中で姿勢を変える。頭を下にするように落下しながら、斧を振り下ろす。


「―――――――ッ!?」


燐は刃の軌道を睨みつけるように見切り、体を全力で捻る。

急な動きに腰の筋肉が悲鳴を上げるが、構わず身体を動かす。

砕ける大地に足を取られながら脇腹を通り抜けるように刃で撫でる。


「ぐっ………!」


硬質な手ごたえに手首に衝撃が走る。

でたらめに振られる斧が燐の身体を掠める。

大地を抉る一撃に堪りかねて燐は距離を取った。


「落ちてこれか……!」


回避しか許さない『敏捷』と巨体を宙に舞わせる『力』。

そして、炎の防御力。

『アビリティ』が落ちても、呪いの力は陰らない。

燐の攻撃力で身に纏う『鎧』をはがすことは不可能だ。


「【フェアリーリング】!」


アリスの魔法が放たれる。

だが、グーラは高い身体能力で光輪を避けた。


学習している。燐はその事実にこそ恐怖を覚えた。

僅か一度で煙幕の対処法を見破った事実、そして光輪を致命的な攻撃だと判断して躱す知性。

燐はグーラが人語を話し始めたとしても、驚きはしないだろう。


(長引けばこっちが不利だ……!)


【呪術】の影響も永続ではない。相手の高い耐性を考えれば、すぐに効果切れになる。

それまでにケリを付けなければならない。


燐は短槍を放り捨てた。


「燐!?」


アリスから悲鳴が上がる。グーラもまた、窺うように視線を細めた。

武器を捨てるなど自殺行為だ。

行動の理由を探るように、グーラは警戒し始めた。


(やっぱりな。知性が高いと、些細な行動にも理由を探す)


燐は武器を失くした心細さから、顔色を青くする。そして一歩、また一歩と後退し始めた。

グーラに気付かれないように右手をポーチの中へと入れた。


じわじわと下がっていく燐に、グーラは一歩踏み出した。

警戒はしていても、燐を逃がす気は無いのだろう。

想像通りの動きに、燐は下手くそな笑みを浮かべた。


(だけど、人間ほど賢くはない)


燐はグーラから視線を外して一気に走り出した。

敵を視界から外すことは自殺行為。だが燐の場合は、別の目がある。


『あと5歩』


脳内にアリスの声が聞こえる。燐はその声に従いながらおおよその位置を掴む。

グーラは逃げ出そうとした燐に一気に近づいた。

基礎的な『敏捷』に差がある以上、逃げることは出来ない。

だが逃げるのが目的ではない。


燐は草陰に向けてポーチから引き出した『羊皮紙』を向ける。

一枚の紙の表面には、全体を埋め尽くすほどの文字や文様が描かれている。

それは『スクロール』と呼ばれる使い手捨ての魔法発動媒体だ。

作成には【魔法職】の他にも【書記系統職】が必要であり、作成できる人間の少なさから非常に高価な品だ。


「【ムーブ】!」


燐は、無属性魔法の名を唱えた。紙は青白い炎を浮かべて燃え尽きた。

そして魔法効果が発動する。

走って来るグーラの側面の森から、鎖が飛び出してきた。

細いその鎖は、グーラの足元に絡みついた。

そしてそのまま止まることなく動き続けた。


『GA!?』


抵抗すら許されず、足元を掬われたグーラは驚愕の声を上げる。


まるで線上にいたグーラを無視するような不可思議な軌道。

その結果、グーラは宙を舞った。足元を掬われたグーラは頭から転倒した。


「よっしゃあ!上手くいったぁあ!!」


燐は凶悪な笑みを浮かべて叫んだ。


【ムーブ】。それは物体を対象とする移動魔法だ。

下級職の魔法であり、動かせる物体のサイズ、重量は大したことは無い。

また動かすルートも、起点と終点を定めることしかできない。

そのくせ、発動には長文詠唱を必ずしなければならず、魔法名だけで発動させる【喚起】も【無詠唱】も使えない。そんな欠陥魔法だ。


地味な無属性魔法の中でも、さらに使い勝手の乏しい不人気魔法であり、燐も『呪われし小鬼』の討伐方法を調べるまで、存在すら知らなかった。

だが調べれば調べるほど、この【ムーブ】という魔法の可能性に目を輝かせた。


―――【ムーブ】の魔法は一度発動すれば、止まらない。


現実への影響力が大きい、と言えばいいのだろうか。

何が何でも決められたルートを通るぞ、という意思を感じさせるほど愚直なその魔法は、媒体となった物体が壊れない限り、動きを止めることは無い。

軌道上にある物体を押しのけながら、必ず終点へと辿り着く。


燐が用意した鎖は、大型モンスター捕縛用の頑丈な品。そして絶対に止まらない魔法。

この二つの組み合わせは、『名持ち』の動きすら止めた。


燐は土煙を上げるグーラの元へと駆け出す。うつ伏せになったグーラの左手に飛びついた。


「消えろ、呪い!!」


赤褐色の呪いの炎に燐の右手が触れる。

そして炎が消えた。


全てを支配する【右方の調律デクシア・レクトル】は、『名持ち』の呪いすら容易く凌駕した。

それが正しい姿だと言わんばかりに、支配の力は左手から駆け上がり、肩付近まで影響を及ぼす。その結果、炎が消え、焼けただれた黒い地肌が見えた。


『GAAA!?』


消えた炎にグーラは悲鳴を上げる。

グーラからすれば、突然自身の鎧を剝がされたようなものだ。

その声音には、得体の知れない者へと向ける恐怖もあった。


『GAAAAAaaaaaaaaaa!!』


グーラは左手を跳ね上げる。

斧の切っ先が掠り、燐の防具に深い傷を刻み、切れた肌から鮮血が迸る。

だが燐は笑った。笑いながら、右手に握った球を投げた。


「ほら、やるよ。耐えてみろ」


燐は剥き出しになった腕を見て、残酷に挑発をする。

投げた球は最後に残った爆発の玉。


同時に燐は、最後のスクロールを発動させる。

灰となって消えた羊皮紙に刻まれていた魔法は、【プロテクト・ウォール】。

【聖職者】の用いる防御壁を生み出す【聖魔法】だ。


そして、眩い劫火と共に、膨大な熱が発せられる。

燐はさらに両腕を顔の前に掲げて防御態勢を取る。

その瞬間、鮮赤の花が咲いた。


「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!?」


障壁は、一瞬で焼け解けた。

次に感じたのは、肌を刺す激痛。

炎が肌を這い回り、衝撃が燐の身体を吹き飛ばす。

数十メートル以上吹き飛んだ燐は森の中に突っ込み、木々をへし折りながら地面に転がった。


「―――――――――が…!いッ……あああ……!」


体がまるで動かない。焼けついた肌がぱきぱきと悲鳴を上げる。

衝撃で骨が折れたのか、息をするだけで全身が絶望的な痛みを訴える。


激痛で意識が消えかけた瞬間、燐の口に瓶が突っ込まれた。

中から出てきた溶液が、燐の喉を通り、全身を癒していく。

それに合わせて振りかけられた回復薬が、燐の全身の肌を癒してく。


「―――今、死んでたわよ!?」


顔を焦りで染めながらアリスは悲鳴を上げる。

真っ赤に焼け焦げた燐は、死体そのものだった。

二本の上級回復薬を使って何とか死の淵から救い出したようなものだ。


ポーションが身体の傷と熱に反応して白煙を噴き上げる。

その中で燐は、地面を両の指で抉りながら、血を吐いた。


「がはッ、ごほッ、がっ、あ、はははははぁッ。過去一死にかけたな」


燐は不格好に治った喉で、笑った。


「もうっ!二度としないでよ!!」

「俺だってしたくてしたわけじゃない。それよりアリス、俺の短槍探してきてくれ」

「え?流石に死んだでしょ」

「あの程度で死ぬかよ……」


下層のモンスターを吹き飛ばす程度の爆弾で、『名持ち』が死ぬはずがない。そう言い切った燐にアリスは瞠目する。


「急げ。武器が無いと死ぬ」

「………ッ!分かったわ」


燐は最後の回復薬を口に含み、飲み干した。

傷は完全に塞がった。だが失われた体力は完全には戻らず、震える拳を握りしめた。

膝をつき、のろのろと立ち上がった。


爆炎が晴れる。

地面に巨大なクレーターを刻む破壊力は、上級魔法職の高火力魔法に匹敵する。

だがその中心に、巨大な人影を見た。


「バケモンが……」


分かっていたとはいえ、その大木の如き二足で大地を踏みしめる怪物に、燐は悪態をついた。

無傷ではない。

全身にはおびただしいやけどが刻まれ、固まった血が身体から零れ落ちる。

そして燐に呪いを剥がれた左手は、焼け落ちていた。

肘辺りから先は完全に蒸発し、二の腕も骨しか残っていない。

呪いの斧は、クレーターの底に赤熱しながら転がっている。


「斧は残ったが……握れないだろ」


隻腕の鬼は片手を失った。それは力の根源である『呪いの武器』を失うことを意味する。


(あいつの手札は二つ。身に纏う『呪炎の鎧』と『呪いの一撃』)


燐はグーラの能力を思い浮かべる。

『呪いの一撃』と燐が呼ぶ攻撃は、斧に黒い呪いを纏わせて、爆発の如き強撃を繰り出すものだ。『呪われし小鬼』時代から使っており、呪いの武器固有の能力だと推測している。


(アビリティ高補正か破壊力増加か。呪いの武器らしい力だが、斧が無いと使えないだろ)


残るは『呪炎の鎧』。

燐はグーラを見る。呪いの炎はグーラが弱った影響か、小さく、全身を覆えていない。


―――死に体


そんな言葉が燐の脳裏をよぎる。


「燐、槍よ」


アリスが燐の短槍を持ってきた。

燐はそれを受け取り、肩に担ぐように構える。


「お互い、長く持ちそうは無いんだ。さっさと終わらせるぞ」

『Guuu、hruuuuuuuu、Gaaaaaaaaaaaaaaaaa……!』


グーラは荒い息を吐きながら、それでも瞳の憎悪は薄れない。

怒りを忘れない。共柄を失った悲しみを燃やし、猛り続ける。


【炎縁傷呪】グーラ。


炎は唯一の愛を焼き、憤怒と悲哀が『グーラ』となった。

鬼はどれだけの傷を負おうと、心を変えることは無い。

すでに憎悪に満たされた心が闘争以外を選ぶことは無い。

ただ愚直なまでに、戦い続ける。己の復讐を果たすその時まで。

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