スターレイン

地中のはるか奥、異常の大地を揺らすのは怪物たちの軍靴の音だ。

遮る物のない広大なルームでは、モンスターと冒険者たちが剣戟と牙を打ち鳴らしている。


「盾役は後衛を守れ!」


『スターレイン』副団長、伊佐木蝕いさぎむしばみの指示が轟く。

『竜の壺』55階層に湧く群竜種『タイラント』が獣の如き四肢を振り乱しながら、冒険者たちの奥へ奥へと突き進んでいく。

人と怪物が入り乱れ、乱戦へと変じていく。


槍士の鋭い穂先が頑強な竜の肉体を貫き、魔導士の劫火が怪物を灰へと変える。

歯を食いしばり盾を掲げる戦士たちは、恐怖を雄たけびで拭い去り、不倒の誓いを両腕に宿す。

掲げられた星屑の旗が、冒険者たちの勝利を願う。


だが、全ては守り切れない。


「あ、あぁ……」


少女の前に怪物が立つ。

禍々しい口腔の赤は鮮やかで白い牙には冷たい殺意が籠っている。


「何やってんだ、ラーマぁ!さっさと殺せ!」


遠くで双剣を使い、モンスターを解体していた同僚の叫びが届く。

だが、手のひらが痛くなるほど握りしめた杖は震え、怯えた唇が呪文を紡ぐことはない。

少女が死を覚悟した瞬間、その怪物の肉体は二つに絶たれた。


「リオ、さん……」


震える瞳でラーマは自身を助けた少女を見る。

彼女はラーマよりも幼い。未だ成人しておらず、しかしその身に宿した力は強者揃いの『スターレイン』の中でも頭一つ抜けていた。


「わたしはあれを殺してくるね」


夜空のような瞳でラーマを眺め、何でもないように彼女はそう言った。


その刃は戦場の遥か奥を貫く。

そこにはルームを占める『タイラント』たちを超える巨躯を持つ怪物が鎮座していた。


群竜種『タイラント』。『竜の壺』55階層でもトップクラスの身体能力を持ちながらも、群れで狩りをする頂点捕食者。気性の荒いその種に王はおらず、全ての個体が生体ネットワークを通じて意思疎通をすることで群れを維持していた―――はずだった。


『タイラント』から生まれたそれはどの固体よりも強く、気性が荒く、貪欲であった。『タイラント』達の頂点に立ち、種の在りかたを塗り替えた時点でその竜は、唯一となった。

そして『唯一』には名が与えられる。計り知れない力と共に。


配下を従える『名持ち』へとリオは駆ける。

間に立つ全てを切り伏せながら。


「お前も来たか、リオぉ!!」


赤い長髪を血で染めた『団長』が、追い付いてきた少女へと狂乱に染まった暴笑を浮かべる。

短剣を振り回す獣の如き青年と灰の少女が『タイラント』を切り伏せ、美貌の双子が道を作る。

巨人が王の肉体を叩き、若き英雄がその命を貫いた。

その日、『竜の壺』の最前線は攻略され、夜見石リオの名は世界へと轟き、その名声を一層高めた。


□□□


高度一万メートル付近。対流圏と成層圏の狭間に、その『怪物』はいた。

空という比較するもののない超高度にあってなお、巨大すぎる肉体。星底島と比べても劣らない巨体は、悠々と阻む者のない空を彷徨う。

【廻世竜】グランドバース。その怪物はそう呼ばれている。50年前、ダンジョン発生時に地底の底から現れ出でた『災厄』、その落とし子である。

ダンジョンを飼うその竜の背にできた都市の名は、廻世都市ロウ。

『スターレイン』の主力が集う主戦場である。


大きな円卓があった。大小さまざまな机が周囲を取り囲む。多くの人間たちがいた。

彼らは皆、冒険者の中でも一握りの実力者だ。

荒れくれ者と呼ぶにはあまりにも強すぎる彼らも、今はその相貌を喜びに染め、手に持ったグラスを握りしめる。


「では、55階層の『名持ち』討伐を祝って、乾杯!」


黒と赤の長髪。聖職者のような澄んだ瞳と女性のような顔立ちを備えた青年は、高らかに声を上げる。

伊佐木蝕。『スターレイン』の副団長の声に、一斉に冒険者たちは酒瓶を突き出す。

人を超える巨躯を誇る巨人の店員が、机ほどの大きさもあるトレイを持って、料理と酒を運ぶ。


歓声が打ちあがるたびに、何百万もする食材や酒が、凄まじい速度で減っていく。

冒険者は皆、健啖家だ。一晩の代金は軽く億を超えるだろう。だがその程度を苦にしない者だけが、この廻世都市で冒険者として生きられるのだ。


蝕は席を立ち、今日の主役の元へと向かう。


「どうだ?新しい防具の使い心地は?」


美しい少女だった。まだ幼さを残す顔突きながらも、将来の絶世の美貌を約束されていた。

腰まで伸びた黒髪は、黒曜石のように煌めき、白磁の肌は触れれば溶けそうなほど繊細な質感を宿している。儚さと力強さを兼ね備えた夜空の輝きを宿す瞳は、見るものを惹きつけて止まないだろう。

そんな彼女はつまらなそうに、その手に持った『籠手』を弄んでいる。


「外れ」


鈴を鳴らすような声で、言葉を転がす。

隣に座っていた少女が、呆れたように息を吐いた。


「『空位』の『銘造武具』なのに、贅沢者~、あたしも、欲しかったにゃー」


灰色の長髪を伸ばした野性的な美女が、肉を頬張りながら、そう言った。

彼女の溢したカスを、楚々とした仕草で食事をしていた西洋人形のような少女が拭いて、ほう、と息を漏らした。


「汚いですよ、レティさん。『スターレイン』の幹部として、もっとちゃんとして―――」

「え~?ラーマは固すぎ。もっと適当でいいじゃん、あたしたち冒険者なんだから」


気付けば言い合いを始めた二人の幹部を、蝕は慣れたように無視をした。

蝕は少女の前の席に腰を下ろす。


「『銘造武具』はたまに外れるから最悪だよ。人にも譲れないし」


憂いを孕んだ声音は淡々としていて、感情は読みにくいが、長い付き合いの蝕には少し落ち込んでいると分かった。


「『空位』でも、君の望み通りの能力を持たなくなったということだ。強くなった証明だよ」


「当然です。リオさんほどの冒険者が『空位』程度の銘造武具で満足するはずがありません!」


副団長の言葉にラーマが誇らしげに噛みつく。

段々と言葉尻が上がっていき、最後は陶酔したようにくねくねと身を揺るわせる。

いつもの発作に、周囲の団員も苦笑を浮かべ、ちょっと距離を取った。


黙っていれば金髪碧眼の美貌を持つ、リオとは方向性の違った美少女なのだが、稀に見せる奇行は歴戦の冒険者たちも退ける。

蝕は慣れたもので、さらりとラーマの言葉に乗っかった。


「ラーマの言う通り、君は世界でも最上位の冒険者だ。いずれ英雄となるだろうね」

「………あんまり興味ないかな。でも、強くなりたい」


蝕は、リオの様子が数か月前とは変わっていることに気づいていた。

彼女はこれまで淡々とモンスターを討伐し、レベルを上げ、強くなり続けていた。

その姿は機械的で、熱に欠けていた。

だが今はどこか、クリスマスを待つ子供のような浮かれた雰囲気を出すようになっている。


(確か、『特区第一ダンジョン』の氾濫の後ぐらいからか。あの時は見たことが無いぐらい落ち込んでいたが、その後急に変わった)


「最近、何かあったのかい?」


蝕は問う。リオは数瞬考えた後、にこりと輝かんばかりの笑みを浮かべて、「秘密」と言った。

その珍しい表情に、周囲の団員や酒場の客までが見惚れて、酒以外の理由で頬を朱に染めた。


「何か知らないが、『スターレイン』の幹部として自覚ある行動を頼むよ」


彼女の変化の理由は分からないが、蝕は、組織運営において全く使えない団長の代わりに念を押した。

リオは小さく頷いた。


「うわぁあああん、私は今日もビビっちゃいたました……!早く強くなりたいっ」

「チッ、腐るなよ面倒くせえ」

「あららー、また始まったねぇ、ラーマは酔うと面白いにゃー」


気付けば宴は盛り上がっている。失態を侵した魔法職のラーマが金髪を料理に埋めながら机に突っ伏し、双剣士の青年、グリムが汚物を見たように舌打ちを返す。

灰の長髪の野性的な美女、レティがぐりぐりと彼女の頭を撫でる。

団長をはじめとした大人組は、酒場の隅で静かにグラスを傾けている。酒場の喧騒に花を添えるのは、いつだってラーマ達、少年少女だった。


そんな酒場に新たな客が入ってきた。

その女性の姿を見た入り口付近の客は自分が酔い過ぎたのではないかと目を擦る。

なぜならその女性は非現実的な姿をしていたからだ。

頭の先から足の先まで真っ白。髪も肌も当然白く、服装も真っ白のゴシックドレス。驚くことに開かれた瞳の眼球までも白かった。


「やあ、リオ。『名持ち』討伐おめでとう。同じギルドの人間として祝いに来たよ」


その声が響いた瞬間、酒場中の『スターレイン』の団員が静まりかえった。

彼女に向ける感情は畏怖、恐怖、嫌悪、怒り、敵意、どれも彼女を排除しようとしている。

普段から表情が変わることのないリオすら、嫌そうに視線を細めている。


「何しに来やがった、クソ女」


彼女の前に立ったのは、グリムだった。毛先が赤く染まった黒髪を持つ彼の姿は、少女と対照的に見えた。

『スターレイン』の中でも屈指の荒くれ者であり、『終位職』の青年に対し、クソ女、と呼ばれた女性はにこやかに言い放った。


「グリム。今日も君には用は無いよ。リオ、私の親友、無二の姉妹よ!今日はあいさつに来たのさ!」


大仰に足を踏み鳴らし、舞台役者のように腕を広げる彼女へと、リオは「……何のこと?」と小さく返した。

普段から捉えどころのない性格をしている彼女だが、今日は本当に楽しそうだと、冒険者になったときから彼女を知るリオは内心で僅かに驚く。


リオは好奇心と倦怠感がない交ぜになった視線を注ぐ。

彼女が楽しそうなときは、最悪なことが起こる。

今回は何をする気だと、他人事のように思っていた。彼女の次の言葉を聞くまでは。


「私は今日、『星底島』に行ってきたんだ」


空を巡るこの巡世都市ロウと日本の東方の海に位置する『星底島』は一日で行って帰ってこれる距離には無い。

だが彼女の与太話を疑う者はいない。それほどこの得体のしれない白の女性は異常だった。


「レナ。余計なことをしたようだね」


蝕は、リオとの間に立ち、彼女に問いかける。

レナは鷹揚に頷いて見せた。


「君たちが新しく入れた【ユニークスキル】持ちがいたでしょう?あの子を試してきたんだ」

「キキのこと?」


リオは、一度顔を合わせたことのある『新人』の名を口にする。


「そうだよ。面白い子か試したくて」


レナはゾッとするほど美しい笑みを浮かべた。

その美貌が享楽的で退廃的な色に染まり、それが彼女の本性だと知る『スターレイン』の冒険者たちは眉をしかめた。

どこからか団長が連れて来たこの白の女性は、リオに執着し、彼女とその周囲の人間に悪意としか思えない嫌がらせを繰り返し続けている。それにもかかわらず、ギルドの一員でいることを団長から許され続けている謎の人間だった。


「だけど思いもよらない『成果』を見つけたんだ!」


彼女は歌うように歓喜の声を発した。


「まだほんの駆け出しだった。でも、私が見たことが無いほど不思議で、謎めいていて、美しかった……。あれほどの【ユニークスキル】を見たのは初めてだったよ。私の能力がまるでゴミか何かのようにあっけなく散らされたんだ!」

「何が言いたいんですか?変態。またリオさんに何かしようと―――「ああ、違うよ」」


ラーマの言葉を遮ったレナの次の言葉は、リオの表情を一変させた。


「彼、君の友人なんでしょう?だから一応、挨拶しておこうと思って」


返答は斬撃であった。

僅か一振り。それだけで、3階までの高さと広さを持つ酒場が上下左右に切断された。

酒場が崩壊し、瓦礫の山と化す。

空間干渉系の上位職の力を使い、酒場から逃げたレナは、それを見て小さく笑った。


「いやあ、地雷を踏んだのは初めてかも」


斬撃が放たれるまでの刹那、自身に向けられたそれは、今まで数多のちょっかいをかけてきたレナにとっても未体験のものだった。

憎悪、嫉妬、執着、怒り、愛情。レナへと向ける感情と、彼を想う心が入り乱れたどこまでも黒い殺意に、レナは冷や汗を流しながら、背後を振り向く。


「燐に手を出したら殺す。どこに逃げても追い詰めて殺す。燐に、近づくな、クソ女」


空間転移をしたレナに当然のように脚力だけで追い付いてきた少女は、凄まじい威圧感を発しながら刃に絶殺を誓う。

返答を誤れば、レナの首は飛ぶだろう。だが彼女はそれでも笑った。


「仲良くしようよ。君は彼に強くなって欲しいんでしょ?なら私に任せてよ。それとも、私みたいな絶世の美女が愛しい彼に近づくのが耐えられないのかな?」


二度目の斬撃は家屋を数件薙ぎ倒し、都市のシステムに甚大な被害を刻んだ。

瓦礫から這い出てきた蝕は、大笑いする団長の横で被害額を計算し、真っ白な灰になっていた。


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