『レベル差』の力

「黙れぇえええっ!!『子供』が!子供を殺さないといけないんだぁああっ!?」


我を失ったかのように叫ぶヨネダに、燐を含む少年少女たちは皆、気圧された。

再びヨネダが駆ける。その標的は、白銀の少女だ。


「キキ!」


シュンの叫びが木霊する。

後衛を狙う彼の前に、ドントと呼ばれた少年が盾を構え、その間に割り込む。

拳と盾がぶつかり合い、けたたましい激突音が鳴る。

そして、盾が押し負けた。


「こ、こいつ、強い!」

「抑えてろ、ドントぉ!」


肉薄するロウマが渾身の薙ぎ払いを放つ。

スキルの光を帯びた剛撃を、ヨネダは冷静に手のひらでいなした。


「なっ!」


『野良』と侮っていた男が見せた『技』にロウマは驚愕する。だがすぐに顔を苛立ちに染め、荒々しい獣のように剣を操る。

だが、それでも当たらない。ロウマの振るった刃すら、何らかのスキルによる高速移動で躱し、カウンターの蹴りがロウマの頭部を掠める。


ヨネダのレベルは7。冒険者全体としてみれば、駆け出しの域を出ない貧弱なステータスである。だが、この上層においては、最上位のステータスを持つ。


襲われる仲間を見て、シュンは駆けよろうとする。だが、突如背後の通路からゴブリン〈赤帽子〉が複数体飛び出てくる。


「………まだいたのかっ!?」


あまりにもタイミングの良すぎる登場に頭を悩ます暇もなく、シュンは赤帽子に対処にかかりきりになる。

赤帽子は数の差を活かし、シュンを挟み、死角を狙おうと機敏に動き回る。


「くっ……こいつら、僕を狙って!?」


シュンは経験したことのないモンスターの戦術に冷や汗を流す。

まるで人間の兵士のような動きは、とても通常のモンスターとは思えない。


『燐、ポーションを飲んで!』


燐は震える手でポーションの瓶を取り出し、中身の溶液を口に含む。

腹部を中心に走っていた痛みが去る。


「クソっ、あいつ、頭おかしいぞ……」


明らかにヨネダは正気を失っている。

初めに顔合わせをした時から明らかに燐たちに敵意を向けていたが、DMの監視下で強硬手段に出るとは思わなかった。

燐はDMへの端末を取り出し、通信をかける。


『こちら本部。問題か?』

「ああ、対人戦に長けた奴がいる。ヨネダが襲って来た」


そう言った途端、職員の声音が硬直する。


『―――了解した。位置は把握している。時間稼ぎに徹しろ』


「さて、やるか。アリス、懐に居ろ」


現れたアリスへと触れて、【呪い】を掛ける。アリスは小声で【フェアリーリング】の詠唱を開始した。

端末をしまい込んだ燐は、短槍を構える。

レベル7の冒険者の一撃を受けても、短槍に傷は無い。


「頑丈なやつにしといてよかったよ」

『今度盾でも買う?』

「どでかいのにしよう」


燐は魔法の詠唱をしながら混乱する『スターレイン』のパーティーに向かう。

そして魔法を放つ。


「【カース・バインド】!」


紫の鎖が地面から発生し、右足を縛り上げる。


「―――この、野郎がぁっ!」


一瞬の停滞を付いたロウマの斬撃が、袈裟切りに傷をつける。


「――――がかああああっ!!」


よろめいたヨネダは倒れることなく、拳を振るった。

ロウマは上手く背後に跳んで躱す。


(流石に硬いな。あれでも薄皮一枚斬っただけ。格闘系のジョブ。それも、耐久寄りの【武闘僧】か何かか)


【武闘僧】は、【耐久】補正が高く、自己回復系のスキルも覚えるが、その反面、攻撃力は低い。燐が初撃で死なずに済んだのは、そのおかげだろう。


「ははっ、こんなもんかよ!」


威勢を取り戻したロウマは笑みをこぼしながら、剣を振るう。豪快に空気を切り裂く刃をヨネダは後退しながら避けていく。

その逃走に、ロウマは俊敏な足さばきで追い付き、嬲るように剣を振るった。


「―――ッ、撃てない!」

「ロウマさん、下がってください!」


魔法職の少女が、杖を震わせながら照準をあちらこちらへと向ける。

重なり、時には反発する二人の前衛職の戦いに、完全に追いつけていない。

昂揚するロウマへと、ヒーラーのキキが忠告を発するが、ロウマの中では喧騒の一つとして処理された。


「『子供』は、子どもは殺すんだぁああああああっっ!!」

「―――ッ!?」


ヨネダの正気を失った瞳に射竦められたロウマは一瞬、硬直した。

それは、格上の冒険者相手には致命的な隙だった。

ヨネダの肉体は、一瞬のうちに剣の間合いのさらに奥、ロウマの懐にあった。


「がぁああああああああああっ!!」

「―――ごあぁあっ……!」


獣のような雄たけびと共に突き上げられた拳が、ロウマの腹を抉った。

余りの衝撃に宙に浮かんだ肉体を、ヨネダの腕が掴む。

首を硬い五指が締め付ける度に、ロウマの口から音のない悲鳴が漏れる。

その視線が、ちらり、とキキたちに向かう。まるで誘うように。


「くそっ、待ってろ、ロウマ!」


耐え切れなかったのは、盾役のドントだ。

盾を構えたまま、ヨネダへと突き進んでいく。


『ゲームオーバー?』


無垢な声で問うアリスに、燐は呆れたように返す。


「結構前から詰んでたろ」


燐の目から見ても、シュンを欠けたパーティーの連携はまともに機能していなかった。そうなれば、レベルが下のロウマたちが各個撃破されるのは当然の結果だ。


燐の予想を裏付けるように、ヨネダはあっさりとロウマを放り捨て、ドントの真横を通り過ぎる。

鈍重な盾持ちでは追い付けないだろう。


その足は真っ直ぐに、後衛の二人へと向かう。

その狙いは、キキと呼ばれる銀髪の少女であった。


驚愕で見開かれる薄氷のような瞳。そこに映るのは、狂気に染まった男の醜悪な眼差しのみ。

男の魔手が、キキに触れる前に、無防備な脇腹に渾身の短槍が突きこまれた。

確かな肉を抉る感触。しかし攻撃を加えた燐の眼差しは険しい。


(硬いっ!)


身体を貫くつもりで放った突きは、しかしながら筋肉で止められた。

現状、燐が持つ最大の攻撃が止められた以上、燐に勝ち目は無くなった。


「離れろぉおおおっ、子どもおぉおおおっ!!」


乱雑に振られた腕が、燐の命を脅かす。髪を幾筋から巻き込みながら、頭部を掠めた一撃に燐は冷や汗を流す。


『燐、時間稼ぎよ!?』

『分かってる!だけど見捨てられないだろ!』


「【アテンション】!」


敵の意識を引き寄せるスキルをドントが発動させる。僅か一瞬、ヨネダの意識が引き寄せられ、燐の短槍が、その首筋に振り下ろされる。

確かな出血が見て取れる。だがそれは、一瞬のうちに塞がった。


「【武闘僧】のリジェネよ!」


魔法職の女性、ジナが震える声で叫ぶ。


「お前はさっさと詠唱しろ!」


分かり切ったことを叫ぶ魔法使いに燐は叫ぶ。

子供に怒鳴られたジナは一瞬、言葉に詰まるがすぐに詠唱を始めた。


『ワタシも出る?』

『……まだいい』


【火魔法使い】であるジナの砲撃が、ヨネダに直撃する。轟音が轟き、熱波が燐の元まで届いてきた。

国内最大手のギルドに属する『冒険者』の力に燐は笑みを深めた。


「こんな火力出るのか。俺の貧相な呪術と交換してほしい……」

「いらないわよ、陰湿な魔法なんて!」


燐の言葉が聞こえていたのか、ジナは律義にも返事を返した。

が、猛火を割って出る武闘僧の姿を見て、その顔は歪む。

無論、無傷ではない。防具は焼け、その身は爛れていた。だが、スキルの光が這うと、傷はすぐに癒えていく。


(レベルの割にスキルレベルが高いのか……)


悪鬼のごとく呻きながら進むヨネダを見て、燐はそんなことを思う。

ヨネダは長い間、上層で燻ってきた冒険者だ。種族レベルは7で止まっているが、スキル使用による熟練度上昇により、ジョブレベル、そしてスキルレベルは冒険者歴相応の高さである。


『燐、使うわよ』

『…………少し待て』


アリスは焦れたように『フェアリーリング』の使用を求める。

だが、人目がある。シュン、ドント、ジナ、キキと呼ばれた4人の冒険者たち。

彼らにアリスとその魔法を晒す決断を燐は下せない。

その逡巡は、格上の冒険者相手に、致命的であった。

ヨネダの用いる距離を詰めるスキル。気づけばヨネダは、拳を構えた姿で燐の懐にいた。

ロウマの時の焼き直しのように、振り上げられる狂撃。知覚できなかった燐は、それが硬質な音を立てた時、初めて気づく。


「―――ッ!」


燐はその音に圧されるように背後に跳ぶ。先ほどまで燐が居た場所には、拳を振ったヨネダと、それを阻むように現れた障壁があった。

燐は背後を振り向く。聖木の杖を構えたキキが、安堵したように憂いの張った瞳で燐を見やる。


(【聖職者】系統の障壁魔法―――ヨネダの攻撃を防げて、あいつはキキを狙ってる―――)


思考は一瞬であった。

燐は勢いよく走りだし、キキの手を握り、駆け抜ける。


「え?」


ぽかん、と開いた小さな唇から呆気にとられた声が漏れる。


「な、何をしてるんですか!?」


敵前逃亡に、キキは責めるような声を上げる。


「黙って走れ!魔法職2人の足で逃げ切るのは無理なんだから、捕まったら死ぬぞ!」

「え!?ま、魔法職!?貴方が!?」


妙なところに驚くキキをよそに、2人はルームから出て通路へと抜けていく。

背後から理性を感じないヨネダの叫び声と、甲高い「誘拐犯よー!」という馬鹿魔法使いの声がするが、燐は無視した。


「ちょ、ど、どこまで」

「ここだ!いいか、今から見るものを黙ってろ。それが助ける条件だ」


肩を掴み、言い募る燐へと、キキは目を回す。

今更になって繋がれた手や近くに迫った少年の顔を意識してしまう。

今年で16歳。小中高共に女子高育ちの彼女は、男性に慣れていなかった。たとえそれが年下の少年であっても。


「ちょ、ちょっと、放してください。変態ですか……?」

「何でそうなる!?それよりもさっさと答えろよ!」

「……わ、分かりました。黙っているので、助けてください」


なんか意味が違う気がする。静謐な瞳を揺らし、長い睫毛を伏せる彼女を見て、燐は自分がいけないことをしてしまったような罪悪感を覚えた。

だが、言質は取った。


「『子供』ぉおおおおおおっ!!銀髪の、逃げたなぁああああ!」


ヨネダは暗いダンジョンの奥から這い出てくる。爛爛と輝く瞳は真っ直ぐにキキを睨みつける。その視線に怯えるように、背後のキキが息を呑む雰囲気を感じた。


真っ直ぐにキキへと突き進み、その射線にいた燐へと殺意を向ける。

背筋を指す悪寒に逆らい、燐は短槍を構えた。カウンター狙いの露骨な構え。

だが、ヨネダは警戒することなく突き進む。燐とヨネダでは、レベル差がある。

例え相打ちになっても、ダンプカーと自転車が正面衝突するようなものだ。

リジェネ持ちのヨネダは、多少の負傷を覚悟するだけでいい。


(やっぱりな……!)


直線軌道にも関わらず、ほとんど目で追えない。だが、燐の背後で俯瞰する彼女は、しっかりとタイミングを読み、魔法を発動した。


「【プロテクト・ウォール】」


生み出された魔法の障壁が、ヨネダの拳を受け止める。

その一瞬、彼の身体は反動で宙に浮く。


「アリス!」

「【フェアリー・リング】!」


燐の懐から飛び出した妖精が、魔法を唱える。

黄金の円環が発生する。

【呪い】状態のアリスの『状態』が円環内の存在に共有され、ヨネダの肉体から力が抜ける。それのみでなく、耐久、敏捷といったあらゆるステータスが減少する。


燐は短槍を突き出す。真っ直ぐに進む槍の穂先は、的確にヨネダの胴体を捉えた。

先ほどは筋肉で止められた一撃。だが今は、確かな手ごたえと共に、そのHPを抉り取る。


「うおぉおおおお……」


噴き出す血を捉えるように藻掻くヨネダ。短槍を手放した燐は、『石蜻蛉』を引き抜き、振るった。

首筋を捉えた斬撃は、肉を切り裂き、ヨネダのリジェネスキルでも容易に癒せない傷を与える。

そんな彼の身体に、燐は右手で触れる。そして眉をしかめた。


(やっぱり、なんか絡みついてるな)


アリスの回復魔法で実験した時に感じたような、魔法の感触。だが、癒すアリスの魔法とは違い、その淀んだ魔力からは、悪意を色濃く感じる。

そしてアリスの魔法を弾いた時と同じように、その魔法効果を支配し、打ち消す。


「あ、お、おれは、なん、を……」


正気の色が戻った瞳が周囲を見渡し、ヨネダはふらりとその身体を横たえた。


「あ、あなた、今何を?それにその浮いている子は妖精ですか?」

「見ての通り、妖精よ!ワタシは―――」

「黙ってろ、アリス。……見たことは黙ってる。それが約束だろ」


むーむー!と藻掻くアリスを紋章の内に戻して、キキに念を押す。

彼女は小さく頷いた。


「あんた、狙われる心当たりは?」

「………色々ありますよ。これでも『スターレイン』の所属なので」


燐はその言葉にはっきりと眉をしかめた。


名の知れたギルドには敵が付き物だ。その華々しい活躍に嫉妬する者、独占する情報を求める者、過去に争い恨みを買った相手など、同業者から犯罪者まで、敵を数えればきりがないだろう。


首謀者を突き止めるのは無理だな、と燐は諦めた。


通路の奥から複数の足音が聞こえる。現れたのは、シュンだった。

彼は驚くことに、下の階層に出るようなモンスターを複数体相手にし、僅かな時間で討伐したようだった。


シュンは初め、無事なキキの姿を見て、ほっと胸を撫で下ろした。

そして次に、何かを話し込んでいる燐とキキに気づいた。

時折、笑みをこぼすキキの姿から、2人は親密そうに見えた。


「キキ!大丈夫か!」


大声で呼びかける。思っていたよりも大きな声に、シュン自身が驚いた。

2人の視線がシュンへと向いて、並んで彼の元へと向かってくる。

燐が何かを言うよりも早く、シュンは口を開いた。


「えっと、僕は新凪駿だ。よろしくな」


燐よりも頭半分ほど大きな彼は、そう言って右手を差し出した。

燐は一瞬迷うように右手を震わせ、そして差し出すことは無かった。


「悪い、右手の調子が悪くて、悪手は遠慮しとく」


不愛想に言い残し、ルームへと戻っていく燐に、手持ち無沙汰となった右手を振って、駿はキキに問う。


「………あいつは?」

「遠廻燐さんです」


生真面目な答えに駿は苦笑する。求めていた答えではないが、キキらしいと諦めた。


「よく足手まといを抱えた状態で勝てたな」

「……いえ、私が助けてもらいました」

「へぇー、そうなのか」


道中で見た燐の実力は、ヨネダや自分たちには遠く及ばないものだった。

そんな冒険者がキキを助けられるとは思わなかったが、キキの言葉を尊重し、適当に流す。

そして彼らは遅れてやってきたDMが雇った冒険者たちと共に地上に帰還した。

燐は散々な目に会ったクエストに、小さくため息をついた。


――――――――――――――――――――――――――

蒼見雛です。

レビューをいただきました。ありがとうございます!

これからもよろしくお願いします。

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