誰かの陰謀、花開く狂気

燐たちは、黙ってダンジョンを進み始めた。先頭を行くのは、『スターレイン』の冒険者たちだ。燐は最後尾を一人進む。


『ねえ、そもそも人数多くないかしら?』


アリスが当然の疑問を問う。2階層の探索に10人規模のパーティーというのは、ゴブリンの異常増殖というイレギュラーを考慮に入れても、多すぎる。


『………俺の予想だけど……争わせないようにするためだろ。例えば、あのヨネダってやつとスターレインの奴らだけだったらどうなると思う?』

『殺し合いそうー』

『だろ?だからいろんな勢力の奴らを混ぜて、牽制させてるんだろ。というか、この3班だけ異様に人数が多い』


燐たちと同じような見回りのパーティーは何組かあった。

それでも3班ほどの人数は無かった。


(ヨネダはDM職員が『スターレイン』に尻尾振ってるとか言ってたけど……。気を使ってるのは確かだろうな)


中々面倒な班に割り当てられたと、燐は嘆息した。

先頭を行く『スターレイン』の冒険者たちが、湧き出てきたゴブリンたちを討伐していく。

大規模な群れが来ても危なげなく倒していく姿に、後ろを進む冒険者たちは気を抜く。


「………おぉー、ムカつくが、実力は確かだな」


燐の前方を歩いていたヨネダを制止した三十代ほどの男が、小さく呟いた。

聞いていたのは燐ぐらいだろう。

ちらりと後ろを振り返り、燐と目が合うと、バツが悪そうに苦笑を滲ませた。


「よう、お前さんも災難だったな」


「………ああ、別に」


一瞬、何のことかと思ったが、ヨネダに絡まれたことだろうと思い、返事する。


「いつもああなのか?あの人」

「………まあ、若い才能は眩しいもんさ。俺はタジマだ。お前は……『スターレイン』のガキじゃねえよな?」

「違う」

「そりゃよかった。……ヨネダじゃねえが、苛つくよな、あいつら。野良っつったぜ?でけえギルドにいるだけのガキに舐められるなんざ、ムカつくぜ」


鬱憤が溜まっていたのか、燐が『スターレイン』と無関係の子どもだと知ると、堰を切ったように文句を言い始めた。


燐は前線で虐殺劇を繰り広げる少年たちに視線をやる。

盾持ちがゴブリンを受け止め、赤褐色の短髪の好戦的な少年が惨殺する。

少し傷を負っても、白銀の少女が癒し、最後は魔法職の女性が一掃する。

そして異なる役割を担う彼らを纏めるのが金髪の少年だ。


バランスの取れた強いパーティーだ。

レベルはそこまで高くはなさそうだが、仲間同士の連携と攻撃の鋭さは、確かな才能の賜物だ。

そんな才能の原石の中でも、燐の視線は金髪の少年に向かっていた。目立つ働きはしていないが、的確にパーティーの処理能力を超えるゴブリンを素早く処理し、全体に素早い指示を出している。その姿はとても駆け出しには見えない。


「でも、強そうだぞ?」

「だから、ムカつくんだろ。特にあの金髪と赤髪な。この年になって順風満帆な若者なんて見てられん」


金髪と赤髪の少年をあげたのは、同性だからだろうか。確かに経歴もルックスもタジマよりも優れている。


「そうだな」


燐は適当に流しながら、さらっとムカつくリストから外された盾使いを憐れんだ。

燐が見たところ、老け顔だが20歳前後ほどだろう。

だがそれを言うのはやめた。愚痴が加速してはたまらないからだ。


「俺はいいのか?」

「お前は……なんつーか、苦労してそうだからな」


そう言って快活に笑うタジマは、燐の想像していた荒くれ者と言った風情だ。


「その防具、なかなかいいな。トロールの革か?」

「厚革だ」


そう言った途端、タジマの声音が鋭く変わる。


「………お前もボンボンか?」

「違う。2階層のレア湧きだ」

「お、おう」


燐の暗い声に、タジマは気圧されたように言葉に詰まった。


「……そうか。苦労してんだな……」

「………死にかけた。だけどいい防具になった」

「冒険者の醍醐味だな。強えモンスターを狩って、装備を揃えて強くなる。俺は、長いことしてねえが」


タジマの横顔には哀愁のようなものが見て取れた。だが燐は何も言わなかった。


そのまましばらく、3班は定められた進路を進む。

モンスターの数は、確かに多い。

『ゴブリン村』から逃げ出したゴブリンたちの流れに、湧いたモンスターが合流し、大群となっている。

広いダンジョンにばらけているが、それでも目に見えて増えている。


燐は最後尾でタジマとぽつぽつと雑談しながら進んでいく。


「お前、ソロなのか!?無茶苦茶すんなぁ」


話題は燐の探索のことになった。

ソロと聞いたタジマは今日一番の驚愕を露わにする。


「やめとけよ、普通に死ぬぞ?特に駆け出しの頃はな。ソロでやれんのは、ああいう天才どもだけだ」

「まあ、無理そうだったらやめるよ」


パーティーを組めない理由を言えない燐は、適当に流す。


『GiGiGiiiiiiiii!!!』


その時、燐の真横の壁が崩れた。

壁面から生まれたのは、ゴブリンだ。数は3体。


「うおっ……!」


突然の奇襲に、タジマが狼狽え、慌てて剣を引き抜く。

そしてその頃にはすでに、燐は短槍を振り終えていた。

一閃し、一体目の首を刈り取り、流れるように刺突で二体目の頭を貫く。

短槍を捨て、三体目が生れ落ちた瞬間、石蜻蛉で魔石を貫き討伐する。


最短最高効率でゴブリンを屠った燐へ、タジマは感嘆の息を吐く。


「お前、ソロでもやれるかもな……」

「どうも」


2階層のゴブリンを燐ほど長く相手した冒険者はそうはいないだろう。

対ゴブリンなら、すでに熟達と言えるほど慣れていた。


タジマの叫びに、3班の視線が集まっていた。

燐は先頭からこちらを見ていた銀の少女と目が合った。澄んだ湖のように揺れる淡い青の瞳。

全てを見透かすようなその色を燐は見返した。


「チッ、止まるな!進むぞ!」


ヨネダと揉めていた少年が、声を張る。

別にパーティーリーダーというわけではないが、彼の言葉で班は進んでいく。

少年の声に気を取られたためだろうか。燐もアリスも、こちらを見る視線に気づけなかった。


□□□


『それにしても、数が多いな』

『多分、モンスターが多く湧いたんでしょうね。『ゴブリン村』から逃げて来た奴と、大量発生した奴が混じってるのよ』

『最悪に最悪が重なったな』

『そういうものよ、ダンジョンって。でも、所詮はゴブリンよ。すぐに収まるわ』


そう、事実ゴブリンは順調に屠られている。

駆け出しでも苦労せずに狩れる程度だ。

だが燐は、何か嫌な予感がしていた。それは勘とかいう曖昧なものでは無い。

今まで数度、ダンジョンでイレギュラーに見舞われ、死にかけた燐の経験から来る予測だ。


言葉には出来ない。だが、今のダンジョンは『普通』ではない。

そういう時は決まって、死にかける。


その予感が当たったのは、大規模なルームに入った時だった。

今までひっきりなしに襲ってきたゴブリンが何度目とも知れぬ襲撃を仕掛けてくる。

ルームに繋がる4つの通路のうち、二つから、約十体ずつ現れた。


「チッ。またかよ」


赤茶色の髪の少年が、剣を構える。

堂に入った様子で振られた刃は、先頭の個体の命を刈り取り、瞬間、二つの群れは反転した。


「は?」


誰かの声が漏れる。

ゴブリンはいきなり、撤退し始めたのだ。


「なっ!待ちやがれ!!」


二つの通路に消えていく敵。その後を追うロウマと呼ばれた赤褐色の髪の少年。それを見た金髪の少年は一瞬迷ったが、すぐに声を張り上げた。


「『スターレイン』でこっちを追う!残りはそっちで討伐してくれ!」

「――――ッ、頼みました!」

「おい、待て!」


少年のパーティーメンバーの4人は迷いながらも彼を一人には出来ないのか、後を追う。

だが、タジマたちはその場で武器を構え、周囲を警戒する。

燐もまた、脳裏に走る違和感が、本能に警鐘を鳴らしていた。


(ゴブリンは逃げたりしない……、罠か!)


2階層で活動して長い燐も、冒険者歴の長いタジマたちも、この『異常事態』に気づく。

だが駆け出しであり、2階層をすぐに超えた少年たちは、それに気付けなかった。


「タジマ!」

「―――助ける義理はねえ!違うか!?」


全くその通りだ。互いに信頼関係は無く、冒険者業は自己責任。

タジマたちに、少年たちを助ける理由は無かった。


「――――クソっ!」

「おい、正気か!?」


燐は少年たちの後を追いかける。

敏捷型の燐の速度は、敵を警戒しながら進む少年たちよりも速い。


『ワタシ、出た方がいい?』

『出るな!面倒なことになる!』


燐は手を突き出し、魔法名を唱える。


「【カース・バインド】」

「きゃっ!?」


白銀の髪のヒーラーの少女へと放たれた魔法は、その身体を縛り上げた。

追い付いた燐は、少女の腕を捕まえ、叫ぶ。


「止まれ!こいつを殺すぞ!」

「えぇっ!?」

「なっ!?てめえ、何のつもりだぁっ!」


燐の大声は、ルームの出口に差し掛かっていたロウマの足を止めた。

そして燐は見た。通路の奥、その暗がりから姿を現した小鬼を。


(ギリ、射程圏内か!?)

「【カース・バインド】!」


放った魔法は、小鬼を縛り付ける。

次の瞬間、ゴブリンの首が飛んだ。


「―――ッ!」


燐は自身と同時、否、一瞬早くゴブリンへと反応した金髪の少年に驚く。

彼は流れるように刃を振るい、押し寄せる小鬼を瞬時に解体していった。

やはり一人だけ、ものが違う。剣技は燐よりも遥かに鋭く、状況判断はソロで死闘を潜り抜けた燐と同格かそれ以上。


たとえ同じレベルでも、戦えば燐に勝ち目はないだろう。そう思わせる才能に、燐は下を巻いた。


(少しタジマの気持ちが分かったな)


燐が苦々しい思いに浸る暇もなく、状況はさらに悪くなる。


「なんだ、こいつ!?」


異変に気付いたロウマが驚愕の声を発する。

その小鬼は、通常のゴブリンとは違っていた。


通常種よりも頭一つ大きな体型に、加工した衣服を身に纏っている。

手には、岩を削りだした精巧な剣を持ち、瞳にはゴブリンらしくない冷静な色が宿っている。


「『赤帽子』?何でこんな所にいる!?」


『ゴブリン〈赤帽子〉』。ゴブリンの通常進化先であり、通常種よりも身体が大きく、手先が器用で精巧な衣服や武器を作成する知性を持つ。

このモンスターが湧くのは、もっと下の階層からである。

トロールのようにレアモンスターとして、2階層に湧く種類ではない。

となれば答えは一つ。2階層でレベルを上げ、進化を重ねたのだ。


『……餌不足。ゴブリンが増えたせいで食べ物が無くなって共食いしたのね』

『殺し合ってレベルを上げたってことか』


通常種のゴブリンを統制して、少年たちを釣り出したのもこの個体だ。


「―――坊主!こっちにもゴブリンが来た!撤退する!」


背後からタジマの声が響く。振り返ると、他の通路からゴブリンが溢れ出している。それらは燐たちには見向きもせずに、真っ直ぐタジマたちを襲っている。


(分断……!こんなに賢いのか?)

『ゴブリンの中にも異常に賢い個体がいるの。こいつはそうみたいね。だから2階層で進化できたんでしょうけど』


「ドント!敵を惹きつけろ!ジナは詠唱開始!」


リーダーの少年は、すぐさま指示を出す。ドントと呼ばれた盾を持った少年は敵を惹きつけるスキルを使い、赤帽子の周囲にいた取り巻きは、ドントへと向かう。

そしてジナと呼ばれた魔法職は詠唱を始める。


彼らは、10体を超えるゴブリンと戦う。

盾役のスキルを使い、引き付けた固体を、リーダーの少年が切り伏せ、赤帽子を、魔法職の放つ炎弾が焦がす。

そして取り巻きを屠った後、パーティー全員で赤帽子と交戦を始めた。燐が腕を掴んでいる少女を除いて。


「おー、パーティー戦って感じだなぁ」

「………あの、放してくれませんか?」


感情の伺えない声音でそう言った少女は、魔法の鎖で縛られていた。

白い聖職者のようなローブの上から、紫色の呪いの鎖が這う姿は、許されざる背徳感が漂っていた。

恐らく燐よりも二つ三つ年上だろう。そんな美少女が間近で上目遣いをしてくる光景は、見惚れそうなほど艶やかで、燐は僅かに赤面しながら手を離した。


「ごめん。忘れてた」


燐は魔法を解く。鎖から解き放たれた少女は、自身の細い腕をさすりながら、何か言いたそうに、薄青の瞳を窄めた。


「………助けてくれてありがとうございます」

「どういたしまして。……分断されたな」


タジマたちの姿は既にルームの中には無い。

今頃、全速力でDMの建てた拠点に撤退しているだろう。

彼らはこの年まで生き延びた冒険者だ。撤退の判断を誤るような愚は侵さない。


燐の懐の端末が震えた。

燐はそれを取る。


「はい?」

『こちら作戦本部。班が分かれているようだが、どうした?』

『ゴブリンの進化種に出会って分断された。討伐できそうだから応援いらない』

『進化種だと!?帰ったら、報告してもらうぞ。応援はいらない、了解』


「報告ぐらい入れといてくれよ……」


段取りの遅いタジマたちにため息を吐き、乱雑に端末をしまい込む。

そんな燐に、紋章の中のアリスは苦笑を向ける。


『燐も逃げたらよかったのに』

『こいつらを見捨ててか?変な悪夢見そうだ』


見捨てた少年たちが枕もとに立つ夢なんて最悪だ。

そうしているうちに、『スターレイン』のパーティーは『赤帽子』を討伐した。

魔石を穿たれた赤帽子が、灰と変わり崩れ落ちる。


「ドント、ジナ、周囲を警戒してくれ。生き残りがいる可能性がある。ロウマ、君は「……おい、お前!」」


リーダーの少年の声を遮って、ロウマと呼ばれた少年は叫ぶ。


「ん?俺?」

「お前だよ、ガキ!いいか、次俺達を脅すようなことを言ったら、うちの威信にかけて潰すからな!」

「ロウマさん!彼は私たちを「ああ、気を付けるよ」」


銀髪の少女を庇って燐はにこやかに返答する。

険しい顔で燐を睨むロウマと呼ばれた剣士は、大きく舌打ちをした。


「クソっ!あのおっさん共、俺達を見捨てやがった!」


ロウマの次の獲物はタジマたちのようだ。

勝手に撤退したことに、不満を吐き捨てる。


「ほんと、あり得ない。ねえ、シュン、帰ったら報告しましょうよ」


ロウマの怒りに、鋭い目をした茶髪の魔法使いが同調する。

神経質そうにつま先でダンジョンの地面を叩く姿は近寄りがたい。


その姿に嫌悪を覚えたのか、盾役のドントと呼ばれた少年は、重苦しい沈黙を保ち、銀髪の少女は眉根を顰めた。

2人は無意識に、リーダーであるシュンを見た。


「落ち着こう。彼らに非はない。僕たちはあくまで同じ集団で動くだけ。撤退の判断は各自の自由だ。それに、悪いことだけじゃない。なんたって、手柄を横取りされることはないからね。この『赤帽子』の討伐は三班の成果ではなく、僕たちのものだ。そうだろ?」


『上手い説得ね』

『そうだな。正論言ってからメリットを告げる。誰にもヘイトが向かない』


どうやらリーダーとしての器もあの少年の方が上らしい。

燐は嫉妬よりも先に関心を覚えてしまった。

ロウマの怒りは収まったようだが、今度はちらりと燐の方を見て、何かを言っている。手柄、いただけ、子ども、そんな単語が聞き取れる。


『ああ、俺が邪魔なわけか。もう一人で帰ろうかなぁ』

『いいんじゃない?なんかやな感じだし。でも、真っ直ぐ戻るのはおすすめしないわ』


燐は拠点方向の通路を見る。そして気付く。

人がいることに。


『なあ、アリス。ヨネダがいるぞ』

『………ええ。さっきからずっと、あそこにいるわ』


ヨネダの口元が動いていることに気づく。

冒険者として上がった身体能力が、その言葉の断片を捉える。


「―――れを、――『子供』が―って――こいつら全員――――てやる」


『燐、構えて!』


アリスの言葉に弾かれるように、燐は咄嗟に短槍を構える。

その頃にはすでに、ヨネダは燐の懐に迫っていた。

拳が振られる。固い防具で覆われたその一撃は、偶然短槍の柄に命中し、燐を吹き飛ばした。

それでも胴体にめり込んだ柄が肺を押しつぶし、燐は呼吸を忘れた。


「―――ガッ、った、……はやいな……」


ルームの地面に倒れ込んだ燐は何とか体を起こし、息を吸う。


「―――なっ、何をしているんだ!」


シュンが吠える。その声は、突然の凶行に狼狽えていた。


「黙れぇえええっ!!『子供』が!子供を殺さないといけないんだぁああっ!?」


狂気が花開く。

常軌を逸したヨネダの様子に、燐は痛みをこらえながら何かに巻き込まれたことを察した。

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